第384話

 ダンジョンへと入る前の、広場ともいえる空間にいた野良パーティを募集する冒険者達。その中でも一際目立つ、どこか似た意匠の装備をしている20人程の集団に疑問を抱いて口にしたレイの質問に答えたのは、レイのパーティメンバーであるエレーナではなく全く聞いた覚えの無い声だった。

 声のした方へと振り向くと、そこにいたのはレイより少し年上らしい10代後半の人間の男。動きやすさを重視したレザーアーマーに、腰には剣の収まった鞘という典型的な戦士の格好をしている。


「聖光教?」


 レイの口から出たのは、男の正体よりも聖光教と呼ばれた20人程の集団に関してだった。それはあれ程の人数がいるにも関わらず、ダンジョンに潜っていないというのもあるが……


(宗教、か。この世界では初めて見るな。……出来れば関わりたくないな)


 内心で呟くレイ。

 日本に生きてきたレイは正月には神社に初詣に行き、クリスマスにはパーティを行って騒ぐ。葬式は寺で行う……といった風に宗教に関しては典型的な日本人らしく気にした記憶がない。だが、それでもニュースを見れば宗教が関係した戦争や紛争、テロ、あるいは日本国内においても怪しげな新興宗教が事件を起こすのは珍しくは無かった。そんな宗教観なだけに、レイの中では完全に宗教と厄介者というのはイコールで結ばれていた。

 だが、男は当然そんなことに気が付く筈も無く説明を続ける。


「ミレアーナ王国ではまだあまり知られてない宗教だな。このエグジルで知られるようになったのもつい最近だし。なんでもミレアーナ王国からかなり遠い場所に総本山とかいう場所があるらしい。で、まぁ、あいつ等が何をしているのかと言えば……簡単に言えば傭兵だな」

「傭兵?」


 男の口から出て来た予想外の言葉に思わず尋ね返すレイ。


「ああ。その日の収入の3割を報酬として支払うことになっているらしい。雇う側が5人でも10人でも15人でも聖光教の人員を1人雇うごとに総収入の3割を持っていかれるんだからな。ぼったくりに近い」

「……なるほど。だから聖光教って存在があるにも関わらず野良パーティを募集している冒険者がいるのか」

「そうなる。さすがに収入の3割を持っていかれるのは痛い。だから、どうしようも無い限りは聖光教を雇う奴は殆どいないな」


 男にしても聖光教という存在は鬱陶しいのだろう。20人程の集団へと視線を向け、鼻を鳴らして視線を逸らす。


「で、聖光教の件についての説明はありがたかったけど、それだけじゃないんだろ?」

「ああ。もしよければ俺と一緒に野良パーティを組まないかと思ってな。どうだ? そっちも見たところダンジョンに潜るのは初めてなんだろ? なら……」


 男が更に言葉を続けようとしたのを、レイが首を横に振って止めさせる。


「悪いけど、俺達はエグジルのものではないがダンジョンに潜ったことはあるし、それに前衛に関しては十分に間に合っている」


 レイはデスサイズと炎の魔法を使えて遠距離・近距離の両方をこなせるし、エレーナもまた同様に連接剣と風の魔法で両方をこなせる。セトにしても、基本はグリフォンとしての能力を活かした近接攻撃が主だが、ウィンドアローや水球といった遠距離攻撃が可能だ。イエロは戦闘力に関しては皆無だが、使い魔としての能力で偵察を始めとした細々なところで役立つ能力を持っている。

 レイ達のパーティは、戦力的なバランスで考えれば誰もがオールマイティに活躍できる構成となっているのだ。

 ただ、最大の欠点がダンジョンに仕掛けられている罠を発見したり解除することが出来る盗賊がいないことだが、それに関しては取りあえず後回しにすることにしている。


「……そうか。お前さん達と一緒ならダンジョンの攻略も進むと思ったんだけどな。ま、駄目だってんならしょうがない。また気が向いたら声を掛けてくれ」


 男は、それだけ言って軽く肩を竦めて去って行く。

 その様子を見ていたレイは、若干予想外の展開に驚いていた。

 レイとしては、自分達のおこぼれを目当てにしてしつこくされると思っていたからだ。だが、断ったら予想外にあっさりと去ったのだから無理も無い。


「レイ、ちょっと言い過ぎだったんじゃないか?」

「……てっきり俺達を利用しようとして近づいて来た奴だとばかり思ってたからな。ちょっと悪かったかも。今度あったら謝っておくよ」

「そうだな、それがいい。それよりも、盗賊に関してだが聖光教というのは……その顔を見ると駄目なようだな」

「ああ。悪いけど宗教関係にはあまり関わりたくない。それに幾ら稼ぎに関しては重視してないとは言っても、さすがに3割も持っていかれるのはちょっとな」


 聖光教が集まっている方から視線を外しつつエレーナへと言葉を返し、周囲を見回す。

 先程の男が野良パーティに加わって欲しいとはっきり口にして、それを断りはしたが特に暴れるような真似をしなかった為か、数人の野良パーティを募集している者達がレイへと視線を向けている。

 駄目元で声を掛けてみよう。そんな雰囲気が漂い始めたところで……


「エレーナ、とにかくダンジョンに行くか。今日は様子見的な意味もあって上層階を歩いてみるだけだから、俺達だけで大丈夫だろ」


 わざと周囲に聞こえるような声でエレーナに話し掛ける。

 あからさまに自分達を勧誘しようとしていた者に対する牽制に、エレーナは小さく笑みを浮かべつつ頷く。


「そうだな。確かにその方がいい。実際にダンジョンで戦ってみてこそ分かることもあるだろうし」


 エレーナにしても、今回のダンジョン探索は半ばレイとのプライベートな旅行という意味合いもある。それだけに、どうしても必要ならともかく、それ以外で余計な相手をパーティに加わらせたくはなかった。

 2人のやり取りに、周囲で様子を窺っていた者達は肩を落として諦め、別の人員を探し出す。

 中には無理矢理にでもレイやエレーナをパーティに入れようと考える無謀な者もいないではなかったが、そんな者達もさすがにグリフォンをその目で確認すると格の差というものを思い知って引き下がる。

 そんな相手を背後に残しつつ、2人と2匹はダンジョンの地下1階へと繋がっている階段を降りていく。

 ある程度以上の実力がある冒険者なら、それこそどんなに遅くても数日も掛からずに次の階へと移動する、まさに初心者用の階層。それ故に、外で見送っていた一行は言葉では様子見とは言いつつも、早ければ今日中に地下1階を攻略出来るだろうと予想するのだった。






「……中の様子に関しては、あのダンジョンと殆ど変わらないな」


 ダンジョンの地下1階。そこを10分程進んでからレイが呟く。

 薄らと光っている壁に、セトが余裕で戦闘できる程度の広さを持つ通路。現れる敵はポイズントードやゴブリンといった低ランクモンスターであり、その死骸をスライムが片付けていくところも継承の祭壇に潜った時のダンジョンとそう大差が無かった。


「グルルルゥ」


 これ持って、と噛み千切ったポイズントードの足を咥えて差し出すセトから受け取ってミスティリングの中に収納し、剥ぎ取り用のナイフで舌と毒袋を切り取り、魔石や討伐証明部位と共にミスティリングへと収納していく。


「まだ地下1階なのだから、その辺はしょうがないだろう。恐らくはどこのダンジョンでも浅い階層では殆ど同じではないか? ……もっとも、私もエグジルのダンジョンと継承の祭壇のあったダンジョンしか知らないが」


 連接剣を振るい、ゴブリンの血を払い飛ばして鞘へと収めながらエレーナが告げる。


「キュキュ!」

「こら、イエロ。それは汚いから触っては駄目だ」


 空中を飛んでいたイエロが、腹部を斬り裂かれて内臓を床へとこぼれ落としているゴブリンに興味深そうに近付いたのを見てエレーナが注意する。

 その様子を小さく笑みを浮かべながら眺めていたレイだったが、ゴブリンとポイズントードの素材の剥ぎ取りは完了したと判断してデスサイズを手に再びダンジョンを進み出す。


「確かにこのくらいの敵しか出てこないのなら、この階層では盗賊を必要とはしないだろうな。実際、俺達以外には誰も姿を見せないし」

「そう言えば確かにそうだな。ダンジョンに初めて挑む冒険者くらいはいてもいいと思うのだが」


 そんな風にしながらダンジョンの通路を歩いて行くと、やがて二叉の分かれ道へと到着する。


「どっちに行く?」

「……ちょっと待ってくれ」


 呟き、腰のポーチから1枚の紙を取り出す。前日にギルドで購入したダンジョンの地図だ。

 もっとも、地図の類は1階層ずつ売りに出されており、取りあえずとばかりに地下5階分まで買ってきた中の1枚である。

 本来の実力で考えれば全く必要が無い地図なのだが、継承の祭壇のダンジョンでは地図がない階層では非常に苦労した経験を持っていた2人は、一応念の為ということで購入してきたのだ。

 地図を見ているエレーナを、レイとセトがそれぞれ前後の様子を警戒し、イエロはエレーナの肩に止まって主と同じように地図を覗き込んでいる。


「右に行くと部屋が幾つかあって通路をある程度通り過ぎてその先に階段が。左は最終的に行き止まりだが、かなり広い部屋に通じているな。モンスターがよくそこにいるらしい」

「なるほど、初心者用の戦闘訓練場的な扱いか。後はダンジョンに慣れる為の」

「恐らくな。……どうする? この調子だとこの階層で出て来る敵は雑魚だけで、私達の相手としてはどうにも不足だ。なら次の階層に向かうか?」


 エレーナのその言葉に、数秒程考えたレイが決断する。


「そうだな、確かに2階に降りてみるのもいいかもしれない。なら右に行くか」


 何故か立場的には上のエレーナではなくレイが仕切っているのだが、エレーナは特に文句を言うでも無くその指示を聞き入れていた。

 これに関しては何度か行動を共にしてレイの能力を知っていると言うのもあるし、他にもレイが冒険者で判断力に優れているというのもあるのだろう。

 もっとも、完全にレイに頼り切るのではなく、間違っているところを見つけたらすかさず告げるのが、エレーナらしいと言えばエレーナらしいのだろうが。


「うむ、では右だな。このまままっすぐ進むと、通路の両脇に小部屋が規則的に幾つも並んでいるらしい。その小部屋の中にはモンスターが棲み着いていることもあるので、素材が目的の場合は大勢のモンスターに集中的に攻撃されないよう注意するように……と書かれているな。私達の場合はその辺は関係無いから直接階段に向かうが、構わないな?」

「ああ。素材を取るにしても、地下1階だとゴブリンとかポイズントードとかの雑魚モンスターしかいないしな。当然素材や魔石の買い取り価格も安い」


 レイの言葉に、同感とばかりにエレーナは頷く。その肩の上では、意味を理解しているのかいないのか、イエロもまた同様に頷いていた。

 こうして、2人と2匹は時々現れるゴブリンの様な低ランクモンスターを、まるで相手にもせず斬り捨ててダンジョンの中を進んで行く。

 最初の内は倒したモンスターの素材や魔石、討伐証明部位を剥ぎ取ってはいたのだが、結局ゴブリン程度のモンスターの場合は魔石を取りだしても二束三文にしかならず、手間と時間ばかりが掛かるということで簡単に切り取れる討伐証明部位の右耳以外はそのまま通路に残してきている。

 後からやってくるかもしれないダンジョン初心者の冒険者が見つければラッキーとばかりに素材の剥ぎ取りをするか、あるいはダンジョンの掃除屋でもあるスライムが片付けてくれるだろうと期待して。

 そんな風に通路を進みつつ、約1時間程。地図がある為にいらない部屋に寄ることも無く、真っ直ぐに階段を目指したレイ達は至極あっさりと地下への階段を発見する。


「こんなに簡単でいいのか?」

「いやまぁ、ここは地下1階である意味初心者用の場所なんだからしょうがないんじゃないのか?」


 どこか呆れた様な表情で呟くエレーナへと返したレイは、早速とばかりに階段へと視線を向ける。


「じゃ、行くか」

「ああ、そうだな」


 短く言葉を交わし、階段を降りていくと……まず見えてきたのは、階段のすぐ横にある魔法陣だった。

 その魔法陣が何なのかは、前もって情報を集めていたので理解していた。ダンジョンの入り口付近にあった転送装置を使う為のものだ。

 それを興味深そうに見ていると……やがて魔法陣が微かに光り、次の瞬間には1人の少女の姿がそこに現れていた。

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