第359話
「脆いものだな」
ここ暫くの間、近辺を荒らしまわっていたバイコーンの群れ。毒の角を持つ筈の凶暴な馬型のモンスターとは言っても、さすがにランクBへなろうという冒険者達4人に掛かればその命運は、まるで熱せられた鉄板に乗せられたバターの如くあっさりと溶けて消えていった。
その様子を眺めながら呟いたマルカの言葉に、コアンは相変わらず口元に小さく笑みを浮かべながら頷く。
「バイコーン個々の力ではレイさん達の力に敵う筈も無く、かと言って背後からセトのようなグリフォンが追ってきては連携を取ることも出来ず……これがもう少し頭の良いモンスターであれば、あるいはあの状況でも連携を取り、小を犠牲にして大を生かすといった真似を出来たかもしれませんが」
「うむ。所詮は低ランクモンスターであったということか」
呟くマルカだが、個体でのランクD、集団ではランクCと分類されるバイコーンは普通の冒険者にしてみれば決して楽に倒せるような存在ではない。今回はランクC冒険者が揃っており、更にはレイとセトという規格外の存在がいたからこそ、こうもあっさりと片付いたのだ。
もしバイコーンの群れの討伐を普通の冒険者達に依頼していたとしたら、少なからず怪我をした者は出てきたであろうし、最悪死者も出たかもしれない。
バイコーンの額から生えている2本の角はそれだけの毒性を持っているし、通常の馬よりも1回り程巨大であるその身体から繰り出される蹄による一撃、あるいは馬型のモンスターにも関わらず生えている、肉を噛み千切る為の牙はそれだけの脅威でもあったのだ。
「……とにかく、バイコーンの群れの討伐は完了した。そうなると次は……」
マルカの言葉を聞いていたアルニヒトが視線を巡らせる。その視線を受けた試験官のレジデンスは小さく頷く。
「彼等がバイコーンの群れを相手に苦戦するようなことは最初から想定していませんでした。何しろ、異名持ちがいるのですから」
「なら、この先は……」
「ええ、予定通りにお願いします」
レジデンスの言葉にアルニヒトが頷き、同時にオルキデもまた頷く。
(ギルドの試験に必要なこととは言っても……人を騙すというのはあまり好みではないのう)
マルカは小さく溜息を吐きつつも、高ランク冒険者になるには必要なことであるというのも理解していた為、特に何かを言うでもなく皆と共にバイコーンの群れを倒したレイ達の下へと向かうのだった。
「いやぁ、結構簡単だったな。これでランクB? ま、俺の実力からすればそうおかしな話じゃないけどよ」
地面に倒れ伏している30匹近いバイコーンの死体を前に、得意気に呟くロブレ。
その手に持っている槍は5匹近いバイコーンを屠っており、その戦果を考えれば自慢したくなるのも無理は無いだろう。
「あんたが仕留めたバイコーンよりもレイが仕留めた方が圧倒的に多いんだけどね」
「そうは言っても、槍を投げて遠距離攻撃するなんて俺にしてみれば信じられないぞ? 特に使い捨てにする槍の値段を考えれば尚更にな。それこそ、よくそんな資金的な余裕があるな」
視線を向けて来るロブレを気にした様子も無く、早速とばかりにバイコーンの討伐証明部位でもある尻尾と最も危険な部位でもある2本の角を切り取るレイ。
本来であればこの場で皮を剥ぎ、魔石を取り出して肉の切り分けといったものもやってしまいたいのだが、さすがにランクアップ試験の最中にそれをやるような時間は無いだろうと判断したのだ。
それを理解しているのか、セトもまたレイが倒したバイコーンの死体を鉤爪で掴みながらレイの下へと持っていく。
(……バイコーンの死体は普通に運べるのに、私達を背中に乗せて飛ぶことは出来ないの?)
そんなセトの様子を見ていたシュティーが、内心で呟きながら小首を傾げる。
だがレイはそんな様子を気にした様子も無く、角と尾を切り取ったバイコーンの死体を草原に並べていく。
一応臨時とはいってもこのパーティで倒したモンスターなので、取り分について決めていない以上は角や尾といった素材や討伐証明部位も1ヶ所に纏めて置かれていた。
「皆、ご苦労だった。今回の試験内容でもあるバイコーンの群れの討伐はこれで完了したと判断しよう」
「それより、もっと話すべきことがあると思うんだが」
レジデンスの言葉に、マルカの方へと視線を向けながら呟くロブレ。
マルカ本人はその視線を受けつつも、特に表情を動かすことなく沈黙を守りつつレジデンスの説明を聞いている。
本人は隠したつもりなのだろうが、シュティーも一瞬だけオルキデへと視線を向けていた。
唯一オンズだけが、寡黙なままで表情を動かすことなく沈黙を守っている。
その様子を見ていた訳でも無いのだろうが、レジデンスは懐から取り出した魔笛を吹いて馬車の御者へと合図を送り、呼び寄せる。
「ああ、バイコーンに関しての分け方はそっちに任せる。お前達もすぐに出発するって訳にはいかないだろうから、少し休みながら話し合って決めるといい」
「えっと、私達で勝手に決めてもいいんですか? その、一応これはランクアップ試験なんですけど……」
恐る恐る尋ねたシュティーだったが、レジデンスは何の問題も無いと頷いて貴族の面々との会話へと戻っていく。
それを見ていたランクアップ試験参加者達だったが、やがて本当に問題が無いと判断したのだろう。30匹近いバイコーンをどのように分けるかの相談に入る。
……レジデンスを初めとした、貴族達が自分達の様子をそれとなく気にしているのに気が付かないまま。
「じゃあ、どうする? 俺としては無難に自分が倒したバイコーンを自分の分け前にすればいいと思うんだが」
「ちょっと、それじゃ補助に徹していたオンズさんの分け前が少なすぎるわよ。大体あんたが槍で倒したって自慢してるけど、オンズさんがバイコーンを牽制したり、攻撃しようとしたのを妨害したりとフォローしたからこそなのよ?」
「ぐぎっ、いや、まぁ、確かにおっさんの援護があったから倒せたのは事実だけど……そ、そうだ。レイはどう思う? 何だかんだ言ってもお前が今回一番多く倒したのは間違い無いだろ。セトの貢献度合も考えれば間違い無くな」
ロブレが話題を逸らすかのようにレイへと尋ねる。
そのロブレの言葉を聞き、シュティーは思わず動きを止める。
シュティーにしても、レイが今回のバイコーンの討伐で最も活躍したというのは認めざるを得ない。だが、逆に言えばレイが自分の倒したバイコーン全てを自分の取り分と決めると、それに反対する訳にもいかない。レイから見れば、それは自分の倒した獲物を掠め取るように感じるのだろうから。
だが、そんなシュティーの心配はレイの口から出た言葉ですぐに解決する。
「ま、別に誰が倒したとかは考えなくてもいいんじゃないか? 普通に全員で分ければいいだろ。余った分はセトの取り分として俺が貰うけど」
「……まぁ、レイがそう言うなら構わないけどよ」
当てが外れたように口に出すロブレだが、もし自分の仕留めた数がそのまま取り分となると5匹。だが、全員で分けるとなると7匹という計算になるので、取り分が増えたことで小さく口元に笑みを浮かべる。
「その、ロブレが聞いておいて何だけど、本当にいいの? 自分が倒した分を取り分にすれば、セトの分と合わせてかなりの量がレイの取り分になるのに」
「構わない。最低限魔石が2個手に入ればそれでいいしな。まぁ、バイコーンの肉というのも多少は興味があるけど」
「グルルルゥ」
レイの口から出た肉に興味があるというのは、どちらかと言えばレイ自身よりもセトの為を思ってのことだろう。実際、レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らしながら、草原に横たわっているバイコーンの死体へと視線を向けているのだから。
もっとも、レイがバイコーンの肉に興味がないかと問われれば決してそんなことは無いと答えるのだが。
「一番の功労者でもあるレイがそう言うのなら、それで決まりかしらね。ロブレ、いいわよね?」
「譲られた感じがちょっと気に食わないが、まぁ、儲けるのに越したことは無いしな」
多少不満そうではあったが、それでも自分の取り分が増えるのは問題無いのだろう。ロブレはシュティーの問いに問題無いと頷く。
「オンズさんは? その、援護を任せてばかりだったのでちょっと申し訳ないんですが……」
どちらかと言えば猪突気味なロブレのフォロー、あるいは弓術士であるシュティーにバイコーンが接近してきた時に対する護衛といった援護を一手に担っていたオンズだったが、特に異論は無いのか無言で頷く。
こうして取り分についてはレイの意見が取り入れられることになる。
レイ達のやり取りを聞いていたマルカやコアンが、そっと安堵の息を吐いたのを知らないままに。
「じゃあ、俺とセトが9匹、それ以外が7匹ずつだな。それで、どうする? さすがにここで剥ぎ取りをしている時間は無いだろ?」
質問をするというよりは、確認する意味を込めて尋ねられたレイの問いにレジデンスは当然とばかりに頷く。
「悪いが、バイコーンについては各自で持ち帰ってくれ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 持ち帰れって言ったって、こんなの7匹もどうしろってんだよ!」
バイコーンは通常の馬よりも大きく、体重にして500kgを優に超えているだろう。それを7匹。単純計算で3.5t。普通に考えて、そんな量を個人で持ち帰るのは無理だった。馬車があったとしても、これだけの量があれば運ぶのは無理だろう。
……そう。あくまでも普通であれば、だ。
「はぁ。……レイ、お願い出来る?」
「了解。取りあえず全部俺がアイテムボックスで持って行って、後で街で分けることにするか」
「ええ、それでいいわ」
「……ああ。なるほど」
シュティーの言葉に、ようやくアイテムボックスの存在を思い出したロブレが安堵の息を吐く。
そんなロブレの横では、レイが草原に並んでいるバイコーンの死体を次から次にミスティリングの中に収納していくのだった。
もちろん死体だけでは無く、角や尾といった前もって切り取ってある部位も一緒にだ。
それこそ、ものの10分も掛からずにミスティリングの中に収納し終わる。
「さて、じゃあギルムの街に帰るぞ。その後はギルドで1人ずつ面接を行う」
「……はぁっ!?」
「え?」
「何?」
ロブレ、シュティー、レイの順にレジデンスの言葉に思わず声を上げる。
もっともオンズのみはいつもと変わらず、特に言葉を発さずに沈黙を保ったままだったが。
だが、そんな3人の言葉を聞いてもレジデンスは何でも無いかのように小さく肩を竦め、近くまで来ていた馬車へと乗り込もうとして……
「おい、待ってくれよ! 何だって面接とかしなきゃいけないんだ!? ランクアップ試験に関しては、バイコーンの群れの討伐だろう!?」
「確かにバイコーンの群れの討伐が試験だったが、それのみとは言ってないぞ。それは、あくまでも試験の1つに過ぎない。大体、ランクBへのランクアップ試験の内容が、バイコーンのようなランクDモンスター、群れてようやくランクCモンスターの討伐で決まる訳が無いだろう? それに面接の他にも……」
最後に含むように口にしたレジデンスの言葉に、ロブレはその内容が理解出来無い、正確にはしたくないとばかりに黙り込む。
だが、レイとシュティーの2人は逆に納得したように頷いていた。
さすがにランクBへのランクアップ試験の内容がこの程度であるとは思えなかったからだ。
(いや、この程度というより、レジデンスが言ったようにこれも試験の1つでしかないと判断するべきなんだろうな。そして、その試験が終わった後で突発的に告げられる続いての試験。……意地の悪い試験だ)
内心で呟き、歯噛みして悔しがっているロブレへと視線を向ける。
だが、そのロブレに対してレイが何かを言う必要は無かったらしい。ロブレには頭の切れる恋人がついていたのだから。
「ほら、ロブレ。さっさと馬車に乗り込むわよ。こんな場所で減点されたくないでしょ?」
後半の言葉はロブレの耳にだけ聞こえるように小声で告げ、その言葉に目を見開くロブレと共に馬車へと乗り込む。
……ここに来た時と同じ、悪趣味な程に飾り立てられた馬車だったが。
レイもまた、来た時と同じくマルカの乗っているクエント公爵家の馬車へと乗り込み、オンズも同様にギルドの馬車へと乗り込む。
3台の馬車の準備が完了すると、そのまま外を歩いて移動するセトと共にバイコーンの虐殺現場となった場所から出立するのだった。
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