第353話

 ランクアップ試験の説明がされる日、レイはいつもと同じようにセトと共にギルドへと向かっていた。


「セト、どんな試験内容かは分からないが、お互いに頑張ろうな」

「グルゥ?」


 自分も? と首を傾げるセトに、歩きながらレイはそっと頭を撫でてやる。


「ああ、今回の試験は前回と違ってセトがいてもいいらしい。セトも今回は一緒に来たいだろ?」

「グルルゥッ!」


 勿論! とばかりに鳴くセト。

 前回のランクアップ試験は盗賊の討伐というのが主目的であった為にセトを連れていくのを禁止されていたが、今回は問題が無いとギルドマスターのマリーナから聞いていた。ただし貴族がいるというのを承知の上で、だが。


(はてさて、ランクBへのランクアップ試験。どんな内容なんだろうな)


 楽しみなような、心配なような、そんな複雑な気持ちでギルドへと到着すると、いつものようにセトと別れてギルドの中へと入っていく。

 ギルドの中へと入ってまず目に付いたのは、予想外の人の多さだった。

 いつもならこの時間帯になれば朝の忙しい時間も過ぎており、寝坊した者や、あるいは最初から人気のない依頼を受ける者達が10人程度いるだけというのが普通だった。

 だが、この日は違う。ギルドの中にぎっしり……とまではいかないが、明らかに中にいる冒険者達の数は多い。


「これは……」


 思わず首を傾げているレイだったが、ギルドの中にいた冒険者達はそんなレイを見てお互いに話し始める。


「おい、あれが今回の大本命のレイか?」

「ああ、実力的に考えればランクBというのは当然だが……ただ、ランクDになる時のランクアップ試験と違って今回審査されるのは純粋に戦闘力だけって訳じゃないからな。その辺を考えると、微妙にレイは不利だと思う。戦闘力だけなら大本命で間違い無いんだが」

「……そう言えば、確かにあの子は人付き合いが苦手だって話を良く聞くわね。となると、意外と難しいかもしれない?」

「どうだろうな。何だかんだ言っても、冒険者で最も重要なのは戦闘力であるってのは間違い無い。それを考えればやっぱりレイが本命で間違い無いだろうよ」

「誰よ、この知ったかぶりのお馬鹿さんは。確かにランクが高い冒険者は戦闘力も高いけど、逆に戦闘力が高い冒険者が必ずしも高ランク冒険者って訳じゃないのよ? 特に今回のランクアップ試験は色々と趣向を凝らしてるって話だし」

「んだとこら。俺の分析に何か文句でもあるのか?」

「ほらほら、2人共。こんな場所で喧嘩しないの。冒険者同士の争いが黙認されてるとはいっても、ランクアップ試験当日にそんな真似をしたらギルドに目を付けられるわよ?」

「アイテムボックス持ちなんだろ? その時点でレイの有利は変わらないな。それに戦闘力の高さとセトという従魔もいる。……やっぱり本命だろ。俺はレイに銀貨5枚だ」


 そんな風に賑やかに話している声が耳に入り、ようやくレイにも何を目的としてここまで人が集まっているのかを理解する。


(ランクアップ試験に俺が合格するかどうか……いや、正確に言えば試験に参加する者達の中で誰が合格するのかを賭けているのか)


 微かに眉を顰めるが、冒険者の本場と言われているギルムの街の冒険者にしても一流、あるいは高ランク冒険者として認識されるランクBに達する者はそれ程多くはない。それだけに、ランクBへのランクアップ試験というのは格好の娯楽でもあるのは事実であり、賭けを行うのもある意味ではいつものことだった。


「あ、レイ君。おはよう。会議室でランクアップ試験についての説明よね?」


 周囲の冒険者達の言葉でレイに気が付いたケニーが、嬉しそうに頭部に生えている耳を動かしながら声を掛けてくる。

 依頼を受けに来た冒険者に向ける職務上の笑みとは違い、心底レイと会えて嬉しいというのが見て分かる程の笑顔。

 そんな笑顔を浮かべているケニーに好意を持っている多くの冒険者達が見惚れ、あるいはその笑顔を向けられているレイに対して嫉妬の視線を向ける。だが実際に何らかの行動を起こすような者がいないのは、この街でのレイの立場がしっかりと確立されてきている証拠なのだろう。


「ん? 今日はレノラはいないのか?」

「今日のレノラは休日だから。……ま、だからこそ私がレイ君を1人占め出来るんだけどね」

「1人占めって……いや、まぁ、いいけどな。とにかく2階だな?」

「そうよ。ランクアップ試験、頑張ってね。勿論私はレイ君の合格に銀貨3枚賭けたから」

「……そうか」


 ケニーのその言葉で、ようやくランクアップ試験に関する賭けがギルド公認の……正確には黙認のものだと理解し、小さく溜息を吐いてから頷き、早速とばかりに2階の会議室へと向かうべく階段を昇っていく。

 背後からケニーの応援の声を聞きながら。






「へぇ、あんたが噂の深紅か。思ったよりも見た目は普通なんだな。いやまぁ、その分見た目で判断するような馬鹿は悲惨な目に遭うんだろうが」

「ちょっと、止めなさいよ! えっと、その、ごめんなさいね? 私はシュティー、こっちの失礼な男がロブレ。貴方と一緒に今回のランクアップ試験を受けるランクC冒険者よ。よろしく」


 会議室に入った途端に掛けられた声。その声の方へと視線を向けると、そこには2人の冒険者がいた。

 最初にレイへと声を掛けた男は、腕や胴体といった攻撃を受けそうな場所だけを金属の鎧で覆っている、部分鎧とでも呼ぶべき防具を身につけている20代前半程の獣人の男。狼か犬の獣人である証として犬耳が頭部から生えている。座っているテーブルには2m程の槍が立て掛けてあった。

 女の方は狐の獣人らしく大きめの耳とフサフサとした尻尾が腰から伸びていた。テーブルの上には弓が置かれており、背中には矢筒が背負われている。こちらもロブレと呼ばれた狼の獣人と同年代の、20代前半程か。


「ここにいるってことは、お前達もランクアップ試験を?」

「そうだ。あんたのお仲間だよ。聞いた話じゃもう1人ランクアップ試験を受ける奴がいるって話だが、そいつはまだ来てないらしいな」

「というか、私達が早く来すぎたんだけどね。ロブレったら今日が余程楽しみだったのか昨日から……」


 笑みを浮かべながら何かを説明しようとしたらシュティーに、ロブレが慌てたように口を塞ぐ。


「おいこら。初対面の相手にいきなり何を言おうとしてやがる」

「ふがふが」


 抗議するように上目遣いでロブレへと視線を向けるシュティーに、やがてそっとロブレは手を離し……


「昨日から興奮して眠れなくて夜遅くまでおきてたのよねおかげで私まで気になって眠れなかったったらなかったわ」


 瞬間、一息で素早く告げるのだった。


「シュティーッ!」

「ふふん、私がロブレの裏を読めないとでも? 長年付き合ってきた経験は伊達じゃないのよ」


(……なるほど)


 一連のやり取りを見て、2人がどのような仲であるのかをレイはすぐに理解する。即ち、恋人同士でパーティを組んでいるのだろうと。


「い、い、いいか! 言っておくけど幾らお前が異名持ちだからって、ランクアップ試験で手は抜かないからな! 俺だって戦争に参加していれば異名の1つや2つくらい……」


 顔を赤くしながら告げるロブレだったが、それに答えたのは話し掛けられたレイではなく隣にいたシュティーだった。


「あのね、そんなに簡単に異名持ちになれる訳がないでしょうが。そもそも戦争に参加出来なかったのって、ロブレが護衛依頼を受けたのが原因でしょ? もうすぐ戦争になるってのは分かってたのに」

「いや、あれはだな……冬の間にちょっと金を使いすぎて色々と資金不足に……」

「ようは自業自得でしょ、全く。それに付き合わされた私の身にもなって欲しいわね」

「……すまん」


 傍から見る限りではロブレの方が主導権を握っているように見えるのだが、実際にはシュティーの方が立場が上らしい。

 2人の性格から考えると意外な光景に小さく驚いているレイだったが、不意に会議室の入り口から人の気配を感じてそちらへと視線を向ける。

 するとそこには、40代ほどの人間の男が姿を現していた。


「あら、あの人も試験を受けるのかしら」

「へっ、あの年齢になってようやくランクBのランクアップ試験を受けるとか、才能無いんじゃねえか?」


 自分が不利な話題をずらせると判断したのか、挑発するような口調でそう告げたロブレだったが、すぐにシュティーの拳がその頭へと落とされる。


「す、すいません。うちの馬鹿が。えっと、こう見えても悪気はあまり無いんですが、その……すいませんっ! ほら、ロブレも謝る!」

「痛っ!」


 狼の耳が生えている頭部を強引に下げるその腕力を見ていたレイは、微妙な表情を浮かべる。


(狼の獣人よりも腕力の強い狐の獣人って……いやまぁ、恋人同士だからこそかもしれないが)


「気にするな」


 短くそれだけ告げ、無精髭の生えている強面の顔をピクリとも動かさずにそのまま歩き続け、レイの隣へと腰を下ろす。

 装備しているのは何らかの蛇系モンスターの皮を使って作ったと思われるレザーアーマーで、武器は腰に付けている2本の短剣。それだけを見れば典型的な盗賊の装備だった。


(とは言っても、ランクBになろうというんだから何らかの奥の手があってもおかしくは無いだろうけどな)


 内心でそう思っていると、シュティーが座っていた席を立ち上がって男の方へと歩いて行く。


「その、すいません。本当に。あれでもロブレは悪気は無いんです。なので許して貰えませんか?」

 

 男の無愛想な様子に、まだ怒っていると判断したのだろう。そして、自分の恋人に頭を下げさせる原因となったロブレはどこか所在ない様子で頬を掻いている。

 シュティーの言葉通り、本人に悪気はなかったのだろう。だが、それでも口に出してしまった言葉を取り消せる筈も無く、結局は成り行きを見守るしかなかった。

 だが、男は無言で小さく首を横に振ると口を開く。


「気にしていないのは本当だ。元々無口なんでな」

「……そう、なんですか?」

「ああ」

「その、もし良ければ名前を聞いてもいいですか?」

「オンズだ」


 オンズと名乗った男に、再びシュティーが頭を下げる。


「その、今回の試験は一緒に行動する事になると思いますが、よろしくお願いします」

「……」


 シュティーの言葉に無言で頷き、そのまま以後は何も喋らず、ただ沈黙を守るオンズ。

 どこか面白く無い表情を浮かべつつも、ロブレはそれ以上特に何も言わずにあらぬ方を見て……


「来たな」


 不意に、会議室の入り口へと視線を向ける。

 それと同時にレイやシュティーも入り口へと視線を向け、そのまま30秒程で会議室の中に5人の人影が現れる。

 1人はギルド職員の制服を着ている30代後半から40代前半程の中年の男。恐らくは試験官なのだろうというのは、その場にいる誰もが容易に想像出来た。

 そして残る4人の内2人は10歳にも満たない少女と、20代ほどの笑みを浮かべている青年。

 それが誰なのかをレイは知っていた。何しろ、つい数日前に友誼を結んだ相手なのだから。

 その後に続いて会議室に入ってきた2人も貴族なのだろうというのは明らかだった。


「マルカにコアン?」

「え? 知ってるのか?」


 レイの呟きを聞き咎めたロブレの言葉に小さく頷くが、それに何かを口に出す前にギルド職員と思しき人物が口を開く。


「さて、まずは挨拶から始めようか。俺はレジデンス。服装を見て貰えば分かると思うが、ギルド職員で同時に今回の試験官でもある」


 中年の男、レジデンスの言葉にロブレとシュティーの顔が真剣なものになり、レイとオンズの2人は特に表情を変えないままに説明を受ける。


「そしてこちらの方々が今回のランクアップ試験に関して依頼をしてくれた貴族の方々だ」


 レジデンスがそう告げると、まず最初にレイの見知らぬ貴族の男が1歩前に出て口を開く。20代程の男で、夏の大空を思わせるような青い髪が強く印象に残る男だった。


「アルニヒト・アルウェだ。次期男爵でもあるので対応にはそれ相応の物を期待する。尚、今回の依頼に関してはギルドからどうしてもと要望されてのことであり、本来であればお前達のような存在とは関わることがないというのを理解して欲しい」


 同じ人間ではなく、まるでその辺に転がっている石ころでも見るような視線で冒険者達を一瞥するアルニヒト。その視線にロブレが不愉快そうに眉を顰めるが、シュティーがそっと手を握って押さえる。

 テーブルの下で行われていたそんな様子に気が付いた訳でも無いだろうが、アルニヒトは鼻で笑ってそのまま後ろへと下がる。

 次に1歩前に出たのは、そのアルニヒトの隣にいた男。


「オルキデ・ダフニ。一応伯爵の次男坊。よろしく」


 言葉少なに告げるオルキデという男は、こちらもアルニヒトと同様に20代程の男であり、気怠そうな口調で自らの茶色の髪を弄りながら面倒臭そうにランクアップ試験に参加する者達へと声を掛ける。

 次に1歩前に出たのは、10歳に満たない少女。マルカ・クエントだ。


「妾はマルカ・クエント。この度お主等のランクアップ試験に同道させて貰うことになった。よろしく頼む! こっちは妾の護衛でもあるコアンじゃ。元ランクA冒険者ではあるが、今回は純粋に妾の護衛としての役割のみを果たすことになる」


 マルカが胸を張って告げ、その隣ではコアンが笑みを浮かべながら優雅に一礼をするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る