第317話

「無事だったか!」


 レイとセトが水の槍の攻撃を回避し続け、攻撃した時と同じく唐突に攻撃が終了し、救助を再開すべくマジックアイテム船の集まっている場所へと到着すると、そう声を掛けられる。

 何度か言葉を交わしている冒険者達のリーダーと思しき男の声に頷くレイ。

 

「さっきの攻撃が噂の賞金首だと考えていいのか?」

「恐らくな」

「……恐らく?」


 この場にいる以上は、冒険者の男達にしても賞金首目当てなのだろう。だというのに要領を得ない返事に、レイはセトに跨がったまま首を傾げる。

 だが、冒険者の男は困った様に溜息を吐きながら周囲を見回す。

 その表情には先程までの焦燥の色は無い。賞金首であるモンスターが現れたのは非常に厄介だったのだが、不幸中の幸いというべきか、そのモンスターに恐れをなして海中で海に投げ出された乗客や船員達を狙っていたモンスターも姿を消していたのだ。

 勿論このままではまたすぐに姿を現すだろうが、それでも救助へと向かっている多数の船がここへ到着するのが早いと見たのだろう。

 男の仲間の冒険者や他のマジックアイテムの船に乗っている冒険者達も、周囲の警戒は緩めないが表情にはどこか安堵の色が浮かんでいる。

 中にはもう安全だと判断したのか女子供や老人を自分達の船に引き上げているパーティもおり、そこまでいかずとも船へと掴まるようにして海に投げ出された者達が集まっている者も多い。

 仲間の冒険者が海中にいた子供を数人船の上に引き上げているのを見ながら、レイと話していた冒険者の男は言葉を続ける。


「ああ。これまでに何隻も船を沈められてはいるんだが、敵の姿を確認した奴はいないらしい。あるいはいるのかもしれないが、知っている奴がいたとしてもそいつは情報を抱え込んでいるんだろうな」

「……船を沈められそうになって魔法使いが反撃して撃退したって話を聞いたんだが……それは嘘か?」

「いや、事実だ。とは言っても、モンスターに直接攻撃を仕掛けた訳じゃ無い。お前も使われた、あの水の槍を破壊して海中に魔法を叩き込んだらそれ以降は攻撃されなくなったってのが正しいな」

「厄介だな」


 レイの呟きに無言で頷く男。

 姿を見せず、遠距離からの攻撃によって船へと攻撃をしてくるモンスター。レイ自身はセトのおかげで殆ど回避出来ていたが、その攻撃の威力も船の底を破壊するのに十分な威力を持っており、並の冒険者では対処が難しい。


(……まるで狙撃手だな)


 見えない場所からの致命的な一撃。その様子に、内心でそんな風に考えるレイ。

 あるいは先程自分を狙って放たれた水の槍のように連続して攻撃出来るのを思えば、その厄介さは狙撃手をも上回るだろう。


「ただ、その厄介さも今回の場合は助けにもなったけどな。奴が現れたおかげで他のモンスターが姿を消してくれたし」

「この状況がそいつの仕業である以上、自作自演に近いと思うけどな。……レイだ。こっちはグリフォンのセト」

「ああ、やっぱり」


 レイの名乗りに納得したように頷く。


「この前の戦争に参加した人から聞いてた通りだ。俺は……」


 その男がそう口を開いた時。


「おーい! こっちの準備は整ったぞ! 救助を開始してくれ!」


 レイとセトが何度か往復していた巨大な船が現場海域へと到着し、早速とばかりに救助活動を行うように要請してくる。


「っと、来たか。自己紹介はまた後でだな。今はとにかく海中にいる人達の救助が先だ。こっちも救助を始めるから、君もよろしく頼む。この状況では空を飛べる人がいるのは心強い」


 それだけ言って、言葉通りにさっさと海中にいた者を引き上げては巨大な船の方へと移動して縄梯子で甲板へと昇らせていく。

 他のマジックアイテムの船を使っている冒険者達も、それぞれが素早く船を動かして救助にやってきた別の船へと海中に投げ出された人達をそちらへと移す。

 その様子を見ていたレイは周囲にモンスターの姿が無いことを空中から確認し、離れた場所に浮かんでいる者を優先的にセトの上へと引っ張り上げては甲板へと運んでいく。

 これ程に近い場所に避難させる場所があるのなら、セトにしても体格のいい男を運ぶのも多少の苦労で済む。

 それでも、さすがに水夫と言うべきなのだろう。レイが手を伸ばした人物は、自分達よりも女子供や老人を優先して救助して欲しいと告げ、それに頷き次々と海中から引き上げては甲板へと連れていく。

 そのまま約1時間程。さすがに100人近い者達を引き上げるのにはその程度の時間が掛かったが、ようやく全員を救出することに成功する。

 それでも海に投げ出された全ての者達を救い出すという訳にはいかず、少なくない乗客や水夫達がモンスターの犠牲になってはいたが、それでも人々の顔には笑顔があった。

 勿論、受けた被害の大きさは明らかであるし、船を所有していた人物、あるいは組織は大きな損害だったろう。それでも、乗客や船員の多くが生き延びたのは事実であり、それ故の笑顔だった。


「おう、兄ちゃん! 今回は面倒を掛けたな!」


 既に何度も甲板へと乗客を運び、すっかりと顔見知りになった船長が大声を上げてそう声を掛ける。


「いや、こっちとしても出来れば全員助けたかったんだが……」

「無茶言うな。あの状態でここまでの人数を助けられれば上出来だよ。それに奴を引きつけてくれたからこそ被害は増えなかったんだ。上出来だ上出来」


 奴。それが何を示しているのかというのは、レイにとって考えるべくも無いことだった。


「あの水の槍を操っていたのが賞金首のモンスターか」

「ああ。さっきみたいに海の水を操って攻撃してくるわ、船を沈める時でも海中にいるわで、どんな姿をしているモンスターかってのもまだはっきりしていないんだよ。ったく、モンスターの割には悪知恵が働く奴だ」


 船長が忌々しげに吐き捨て、海へと鋭い視線を向けていると、やがて港に戻る準備が完了したと船員が報告にやって来る。

 それを聞いた船長は、早速港へと向かって戻るように指示を出す。

 その様子を見て、もう問題無いだろうと判断したレイがセトの背へと跨がろうとした時、再び背後から声を掛けられる。


「兄ちゃん、兄ちゃんもグリフォンなんて存在を連れてたら、港の連中に警戒されちまうぞ。一応港からも空を飛ぶモンスターが救助活動を手伝っていたのは見えていたが……」

「そう言われればそうか」


 船長に言われ、頷くレイ。

 実際、救助活動に参加したのを考えればそこまで脅えられることは無いのかもしれないが、それでもグリフォンであるセトを連れているのを見られればいらない騒ぎになる可能性が高いと納得したのだ。

 だが、すぐにマリーナから貰った手紙のことを思い出す。


「一応ギルドマスターからの紹介状があるから、それ程混乱は起きないと思うが」

「……いや、兄ちゃん。グリフォンを連れ歩いて混乱しないってのは無いだろ。とにかく、このまま俺の船で帰った方がいい。こう見えて、エモシオンの街じゃそれなりに顔が広いからな。色々助けて貰った礼もあるし、悪いようにはしないが……どうする?」

「どうすると言われてもな。……まぁ、そこまで言うなら世話になるよ」

「グルルゥ」


 レイの言葉を聞いていたセトにしても、それがいいと喉を鳴らす。

 自分が高ランクモンスターであるというのを知っているセトだけに、自分の件で何も知らない一般人達を怖がらせるのは気が進まなかったのだろう。これが、あるいは盗賊やらレイと敵対するような相手ならそんな心配りはしないのだが。


「そうか、分かってくれたようで何よりだ。まぁ、港までは1時間掛からないから、短い船旅を楽しんでくれ」


 船長の言葉に頷き、セトは甲板の広い場所で寝転がる。

 そんなセトを見ながら笑みを浮かべ、自分の仕事に戻っていく船長の後ろ姿を眺めつつ、いつものようにその身体へと体重を預けていたレイ。そんな中で、ふと数人の子供達が自分を……より正確にはセトへと視線を向けているのに気が付く。

 最初はグリフォンという存在に怖がっているのかとも内心で考えたレイだったが、セトを眺めている5人程の子供達の目には恐怖の色は無い。寧ろ、好奇心で輝いている。


「グルゥ?」


 セトも自分を見つめている幾つもの視線に気が付いたのだろう。寝そべったまま閉じていた目を開き、小首を傾げて子供達の方を見返す。


「うわあっ! こっち見た!」

「ちょっと、怖がらなくてもいいでしょ。私達を助けてくれんだから」

「そうだよ。お礼を言いに行くって言ったのはテットじゃないか」

「うう、ちょっと怖い……」

「そう? こうして見る限りだと可愛いけど。ほら、どうしたの? って小首を傾げている様子とか」


 子供達にしてみれば小声で呟いているつもりなのだろうが、あいにくとレイの耳にはしっかりと全部聞こえている。


(子供らしいというか……いや、そう言えばギルムの街でも最初にセトを怖がらなくなったのは子供だったか)


 内心でそんな風に考えながら子供達から視線を外してセトの背を撫でながら滑らかな感触を楽しんでいると、やがて意を決したのか5人の子供達がセトとレイへと近寄り、声を掛ける。


「あの……ねぇ」

「うん? どうした?」


 セトを撫でながら視線を向けると、やがてタイミングを計ったかのように5人の子供が一斉に頭を下げる。


『助けてくれてありがとう!』

「……ああ、うん、気にするな。こっちも別に慈善事業でやった訳じゃ無いしな」


 まさかこうも真っ正面からお礼の言葉を言われると思っていなかったレイは、微妙に照れながらそう告げる。


「でも、僕達を助けてくれたのは事実でしょ」

「なあなあ、兄ちゃん。それよりもこのグリフォン触ってもいいか?」

「ちょっ、あんたね。そう言いながら、もう触ってるじゃない。この子が嫌がるような真似は止めなさいよね!」


 子供達が個別に行動し、ある者はレイへと話し掛け、またある者はセトを撫でようと手を伸ばす。それを止めようとしている者もいるが、まさに好き勝手に動いている状況だった。


「グルルルゥ」


 子供好きな一面があるセトが喉を鳴らしつつ相手をしていると、やがて周囲にいた他の大人達もセトに興味ありげな視線を送ってくる。

 その殆どが救助された者達であり、本来であれば荷物の類も全て無くしてしまった影響もあって港に戻ってからの食事や宿泊費といったものも心配しないければいけないのだが、そういう意味ではある種の逃避でもあったのだろう。

 そんな風に過ごすこと、約1時間。船が港へと到着すると恐らく今回の襲撃が気になっていたのだろうエモシオンの街の住民が港へと詰めかけているのが甲板にいるレイからも見えていた。

 そうなると当然港にいる者達からもセトの姿が見えることになり、船が近付くにつれてざわめきが広まっていく。

 部下に指示しながらそんな港の様子に気が付いたのだろう。船長がレイの方へと近寄ってきて声を掛ける。


「あー、兄ちゃん。悪いけど船が接岸しても暫くはここにいてくれないか? こっちで兄ちゃんが街中に入ってもいいように手を回すから」


 船長にしても、グリフォンというのがどのような存在なのかは知っていた。それ故に街中で暴れるようなことにはなって欲しくなかった為にそう提案したのだ。


「……そうだな、確かにこの状態で面倒な出来事に巻き込まれるのはごめんだし、そっちに任せるよ」


 それ故にレイもあっさりと船長の言葉に頷き、ミスティリングからマリーナに手渡された紹介状を取り出して渡す。

 面倒な出来事、という面でミスティリングの存在が知られると厄介になるかもしれないと一瞬思ったのだが、そもそも救助活動に伴う戦闘行動で幾度となくデスサイズと槍を入れ替えて使っているのだ。その時に見られていると思われる以上、既にここで隠したとしても意味は無いと判断したのだろう。

 ただこの時レイが迂闊だったのは、救助活動の時と比べて船の甲板には救助された者達がかなりの数乗っていたというのを失念していたことか。

 船員に関しては接岸作業の準備で忙しかったのだが、救助された者達は船員の作業を手伝うでもなく黙ってエモシオンの街へと……より正確に言えば港へと視線を向けていた。

 だが、その中でも極少数の者はレイが何も無い場所から1通の封筒を取り出す光景を見ていたのだ。それがアイテムボックスであるとは思いもしなかっただろうが、空間魔法を使って内部容量を広げたポーチのようなマジックアイテムのことはそれなりに知られている。それが非常に高価であることと共に、だ。そしてこの場にいる救助された者達は船を沈められ財産の殆どを失った者も多い。それらが組み合わさればどうなるのか。

 その答えが、レイへと向けられる欲に濁った視線だった。

 そんな視線を複数感じつつも、レイは気にせずに紹介状を受け取った船長へと視線を向ける。

 そもそも、セトという存在を連れ歩いているレイにしてみれば、欲望に満ちた視線を向けられるのはそう珍しくもなかった為だ。


「これは?」

「さっき言った、ギルムの街のギルドマスターから受け取った紹介状だ。これがあれば多少は面倒事を減らせると思う」

「そうか、ありがたい。なら俺はすぐにこの紹介状を担当の者に渡してくるから、兄ちゃんはもう暫くこの甲板で待っててくれ」


 船長の言葉に頷き、船が港へと到着するのを待つのだった。

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