第296話

「これは、一体……?」


 ベスティア帝国軍の総司令カストム将軍を討ったという報告をする為に、本陣へと向かっていたレイとセト。だが、戦場へと到着したレイが見たのは激しい戦闘の場面……では無く、ミレアーナ王国軍の姿のみであった。それも、上空から見る限りではかなりの被害を受けているように見える。


「グルゥ?」


 どうするの? と喉を鳴らしながら後ろを振り向いてくるセトに、首を撫でてやりながら国王派の司令部がある方へと視線を向けると、幸い前線に出ていた部隊とは違って被害を受けている様子は無い。


(まあ、2度も3度も敵に被害を与えられていれば手柄も何もあった訳じゃ無いだろうしな)


 内心で呟き、セトに司令部へ向かうように頼む。


(けど、何でもう戦闘が終わっているんだ? そして何よりも、俺は敵本陣からまっすぐにここへとやって来た。なのに撤退しただろう敵軍と一切接触しなかったのは何でだ? 恐らく何らかの手段で総大将の討ち死にを知ったんだろうが、それでも空を飛ぶセトに見つからないように撤退出来るものか? まるで不測の事態じゃなくて、最初から予定していた出来事のように……いや、まさかな。わざわざ自分達の総大将が討たれるのを見逃すような必要なんてある訳が無い、か)


 そんな風に考えている間にセトは地上へと降り立ち、本陣の天幕の近くへと到着する。

 その天幕については、レイも見覚えがあった。レイが先陣部隊に選ばれたのが納得いかないとしたルノジスが上に訴え、その時に呼び出された天幕だ。

 そして以前と同様、天幕の前には警備兵2人の姿がある。


「奇襲部隊に配属されているレイだ。アリウス伯爵に報告をしたいので、取り次ぎを頼む」

「っ!? 成功したのか!?」

「やっぱり、ならあの撤退は……」


 レイの声を聞いた途端、驚愕の表情を浮かべる警備兵。やがてその驚愕は感嘆へと変わる。


「ああ、無事にな。それよりもアリウス伯爵に取り次ぎを」

「あ、ああ。ちょっと待っててくれ」


 レイへとそう返し、片方の警備兵が天幕の中に入っていく後ろ姿を見送り、残っている方の警備兵へと声を掛ける。


「それで、戦場はどうなっているんだ? 既にベスティア帝国軍は撤退しているようだが」

「……お前、確かグリフォンに乗っていたよな? つまり、空を飛んできたんだろう? 撤退していったベスティア帝国軍を見なかったのか?」


 逆に不思議そうに問い返してくる警備兵に、レイが口を開こうとした時。


「アリウス伯爵がお呼びだ。入ってくれ」


 天幕の中に入っていった警備兵が戻ってきてそう告げる。

 異例の早さ、と言ってもいいだろう。もちろんここが戦場であるという理由や、奇襲部隊についての報告を早く聞きたいという理由もあるのだろうが、それでもレイとしてはある程度待たされる覚悟をしていただけに予想外と言ってもよかった。

 それでもレイ自身にとって好都合である以上、躊躇せずに天幕の中へと入っていく。もちろん腰に装備しているミスリルナイフを預けてからだが。


「レイ、ご苦労だった。敵が撤退したということは、奇襲が成功したと考えてもいいのだな?」


 レイの姿を見るや否や、尋ねてくるアリウス。


(……それだけ状況が不明になっている訳か)


 内心で呟きながらも、頷くレイ。


「はい。シミナール……様が、ベスティア帝国軍の総大将カストム将軍を無事に討ち取りました」


 咄嗟にシミナールと呼び捨てにしそうになり言い直すが、それを聞いていた国王派の者達はそんなレイに気が付いた様子も無く笑みを浮かべる。


「よし! 奇襲部隊が総大将を倒したか。これで国王派の面目が保てる」

「いや、それどころではないぞ。敵の総大将を倒したということは、一番手柄だと言ってもいい。……確かお前の名前はレイとか言ったな。お前としてもこの戦争の一番手柄は我々国王派にあると思うだろう?」


 アリウス伯爵の近くにいた貴族が、何かを含んだようにレイへと尋ねる。

 もちろんこの貴族にしてもレイの手柄を認めていない訳では無い。だが、それでも国王派の面目を保つ為にはたった1人の冒険者に戦争全体の一番手柄を持っていかれる訳にはいかないのだ。

 それ故、レイ自身にそれを認めさせようと。自分の言葉に逆らうようなら国王派として動くと滲ませてレイに尋ねたのだ。

 だが、そんな重大な意味を持つ問いに対してレイは何の躊躇も無く頷く。


「確かに敵の総大将を討ったのはシミナール様である以上、この戦争の一番手柄はシミナール様にあると思ってもいいかと」


 レイの言葉を聞いた貴族が、一瞬頬をひくつかせる。一番手柄はあくまでもシミナール個人のものであり、国王派のものではないのだと言われたのだから無理も無いだろう。

 だが、不愉快そうな表情をしたその貴族が次に何かを言う前にアリウス伯爵が口を開く。

 アリウス伯爵にとって今大事なのは現状を把握することであり、個人のプライドを満足させるようなやり取りは全てが終わってからやれ、というのが正直な気持ちだった。


「それで、お前がここに報告に来たということは、グリフォンに乗って空を飛んできたのだろう? その途中で撤退するベスティア帝国軍を見なかったか?」

「……いえ。残念ながら全く見ていません。俺としてもここに到着した時、既に戦闘が終了していて驚きましたし」


 俺、という言葉使いに数人の貴族が眉を顰めるが、今はいちいち冒険者の言葉使いを気にしている場合ではないと理解しているのだろう。特に何を言うでもなく、話の先を促す。


「それでこちらからも聞きたいのですが、ベスティア帝国軍が撤退したのは具体的にどれくらい前になりますか?」

「どれくらい、と言われてもな。お前がここにくる随分前としか言えないが」

「……随分前、ですか」


 呟き、眉を顰めるレイ。

 時計というのが高価なマジックアイテムである以上正確な時間は分からないが、それでも既に全軍が纏めて撤退を完了しているとなれば10分や20分では無いのだろうと、それこそレイが土のドームを破壊して中に突入した時……下手をしたら、カストム将軍が腕輪に魔力を大量に吸収されて死んだ時には既に撤退を開始していたのではないかと思われた為だ。


(つまり、最初から仕組まれていた?)


 罠に嵌めたつもりが、嵌められていた。奇襲を仕掛ける前に部隊内で話されていた、テオレームがミレアーナ王国軍の奇襲を読んでいるという話が脳裏を過ぎる。


(だが、俺達を利用して自軍の総大将を殺してどうする?)


「どうした? 何か思い当たることでもあるのか?」


 内心の考えに没頭していたレイが、アリウス伯爵の言葉で我に返る。


「思い当たるというか、ベスティア帝国軍が撤退して、更には俺が奇襲作戦成功の報告を持ってくる進路上で自分達の姿が見つからないように遠回りをして撤退していったとなると……全ては誰かの手の平の上の出来事だったんじゃないかと……」

「馬鹿なっ! それは、つまりミレアーナ王国軍がいいように利用されたというのか!?」


 アリウス伯爵の周囲にいた貴族が大声で叫び、それと同意見の貴族達も不愉快そうな表情を浮かべ、レイを鋭い視線で見据えていた。


「待て、この者に意見を聞いたのは儂で、あくまでも可能性を言ったにすぎん。決め付ける必要は無い。……だが利用、か。ベスティア帝国軍の総大将は確かカストム将軍だったな?」


 確認するような問いに、アリウス伯爵の近くにいる部下が頷く。


「はい。第2皇子派の中でも軍事的な方面で主要人物の1人と言われています」

「……閃光は?」

「第3皇子派に所属しています」

「となると、決まり……か」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアリウス伯爵。政治的な敵対相手を、それも軍事方面での主要人物とまで言われている相手を排除する為に自分達が利用されたのだから、そんな表情を浮かべるのも無理は無い。


「アリウス伯爵、利用された可能性が高いと言っても、まだ確定した訳ではありません。それに利用されたとしても、我等国王派の者達で結成された奇襲部隊がベスティア帝国軍の総大将を倒したというのは事実です。ならば、この戦争は侵略を阻止し、国土を守り、更には敵の総大将を討った我等ミレアーナ王国軍の完勝と言っても間違いではないかと」

「馬鹿な! それでは結局敵にいいように使われただけではないか! そのような、敵の情けで得た勝利を喜べなどとは貴様には貴族としての、陛下を守る誇りというものは無いのか!?」

「待て、確かに敵に利用されたというのは不愉快な事実だが、それはそれだ。我等が利用する価値があるからこそ敵もそうしたのだろう。ならばそれは、我等を恐れて戦力を減らすのを目的としていたとは考えられないか? 勿論総大将を捨て駒にしたというのは変わらないが」


 周囲にいる貴族達が喧々諤々と現在の自分達の立場を言い合う。

 その意見は大まかに3つに分かれていた。1つ目は利用されたのは事実だが、そこから最大限の利益を得ようと主張する者、2つ目は利用されたのが許せず、このままベスティア帝国に逆侵攻を仕掛けるという者、3つめは敵がミレアーナ王国軍の戦力を恐れ、少しでもこちらの戦力を削る為に総大将を捨て駒にしたと主張する者。

 それらの意見を聞きながら、最も現実的な最初の意見を支持する者が大多数を占めているのはレイにとっても……そして、ミレアーナ王国としても幸運だっただろう。


(というか、今の状態でもそれなりに被害が出ているのに逆侵攻はまず無理だろう。元々国力という意味ではミレアーナ王国が負けてるんだし)


 ミレアーナ王国も周辺の国々に比べれば大国と表現してもいい規模ではある。だが、ベスティア帝国はミレアーナ王国と比べて更に大国といってもいい国なのだ。国力で考えれば、ミレアーナ王国の1.5倍程の違いはある。

 ましてや国王に命じられたのが侵攻の阻止という目的である以上、もしここで調子に乗って逆侵攻をしようものなら逆に命令違反として処罰されることになるだろう。

 そんな風に考えながら貴族達の話を聞いていたレイだったが、再びアリウス伯爵の視線が自分に向けられているのに気が付く。


「レイ、実際にカストム将軍の部隊と戦ったお前の意見を聞きたい。どう思う?」

「あくまでも私見ですが、カストム将軍の死亡が変えられない以上は利用されたというのはどうしようもありません。なら、最低限取れる利益は取るべきかと」


 レイの言葉に、その場にいた殆どの者が良く言ったと頷き、少数の者が余計なことを言うなとばかりに睨みつけてくる。

 だが、レイとしてはその意見を言う以外の選択肢が無いというのも事実である為、敢えてその者達の視線に関しては受け流す。

 アリウス伯爵もまたその意見に頷き、決断する。


「実際に奇襲部隊にいたレイが言うのだから、その意見は聞くべきところがあるだろう。……よし、全軍に指示を出せ。奇襲部隊が捕らえたという捕虜達の回収や、敵陣地に何らかの重要な情報やマジックアイテムの類がある可能性もあるからな。とにかく、この戦争が我等の勝利で終わったのは間違い無いのだ。それを宣言し、堂々と胸を張って凱旋しようではないか」


 利用はされたのかもしれないが、それでも将軍を倒し、ベスティア帝国を撃退したという結果は残った。この軍の総大将となる為に大量の財産を使ったアリウス伯爵としては、十分以上の成果だと言えるだろう。敵の秘密兵器ともいえる魔獣兵の攻撃を……それも、転移石というこれまでにないマジックアイテムを使って行われた奇襲を撃退したというのは、間違い無く自分の大きな手柄になると判断していた。


(本陣に奇襲をされたという失態はあるが……寧ろ、転移石というマジックアイテムを使った奇襲を、苦戦したとは言っても初見で防いだのだ。そして同様の奇襲をして敵の総司令官を討ち取った。ならばそれ程致命的な失態とはとられない筈)


 内心で呟き、視線を目の前に立っている冒険者へと向ける。

 色々と問題のある戦いではあったが、この戦争で勝てたのは間違い無く自分の視線の先にいる冒険者のおかげなのだ。一見すると魔法使い見習いのようにしか見えない小柄な体躯ではあるが、その身に秘めた実力は間違い無く一級品。更には世界でも稀少品であるアイテムボックス持ちであり、高ランクモンスターとして名高いグリフォンを従えている男。敢えてマイナス要素を探すとしたら、目上の者に対する礼儀の無さだろうか。


(だが、それに関してはこれから幾らでも変えていける。これ程の人物を逃す手は無い、か)


 周囲で戦争が自分達の勝利で終わったと喜んでいる貴族達を一瞥し、再びレイへと視線を向ける。


「レイ、お前はこの先どうする?」

「どうする、とは? まずはダスカー様の下に奇襲作戦の成功を報告に行く予定ですが」


 当然、とばかりに告げるレイに、アリウス伯爵は首を左右に振る。


「そうではない。この戦争が終わった後のことだ。もし良ければ儂に仕えないか?」


 そう告げた瞬間、周囲で喜びの声を上げていた殆どの貴族達の視線がレイへと向けられていた。

 他の貴族達にしてもレイという人材の有能さは知っており、それを見逃す手は無いと思っていた為だ。だが、この場でアリウス伯爵が勧誘するとは思っていなかったので1歩後れを取った形になる。

 だが、レイはそんな貴族達の視線を気にした様子も無く横に首を振る。


「申し訳ありませんが、俺は貴族に仕えるよりも冒険者として辺境にいるのが性に合っています」


 そう告げ、周囲の貴族達からすれば栄誉が約束されているだろうアリウス伯爵の誘いをあっさりと断るのだった。


「……そうか。気が向いたら顔を出せ。儂はお主のような実力者が嫌いではないからな。今はまずラルクス辺境伯に奇襲部隊の件を報告してこい」


 アリウス伯爵もそれ以上強引に話を進めるでもなく、そう言いレイを天幕の外へ出すのだった。

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