第288話

 アーラと別れ、指示された方へと走っていたレイ。

 重さはともかく、取り扱いに邪魔だということでデスサイズをミスティリングの中へと収納し、草原の中を真っ直ぐに走っていた。

 アーラが鞭状になった連接剣の剣先を見たという場所を目指していたのだが、あの状況の中で詳細な位置まで聞ける筈もなく、また、アーラにしても魔獣兵達と戦っている中で一瞬確認出来た場所だけに、正確な位置を覚えている訳では無い。

 そんな中、それでもエレーナのいる場所へと向かっていたレイだが、ふと視界に見覚えのある存在を見つけて足を止める。

 その存在もレイを見つけたのだろう。レイへと向かって一直線に急降下し、その胸へと飛び込んでいった。


「キュッ、キュキュウッ!」


 何かを訴えるように、鳴き声を上げるイエロ。

 だが、相手がセトならともかく、竜言語魔法によって作り出されたイエロとレイでは意思の疎通が出来なかった。

 それでも必死に呼びかけているその様子を見る限り拙い事態が起きているのは明らかであり、レイはイエロへと声を掛ける。


「エレーナの件か?」

「キュ!」


 レイの問いに躊躇無く頷き、自分が飛んできた方へと顔を向けるイエロ。


「なるほど、そっちにエレーナがいるのか。なら案内を頼む」


 呟き、ミスティリングから再びデスサイズを取り出す。

 この先で確実に戦闘が待っている以上、走るのに邪魔だとしても確実に武器は必要になるのだから。


(それも、エレーナみたいに異名を持っている相手となれば尚更にな)


 手の中で、デスサイズの柄を回転させ、イエロを空へと解き放つ。


「イエロ、俺と一緒に移動していると突然戦闘に巻き込まれる可能性があるから、空を飛んで案内してくれ」

「キュ!」


 レイの言葉に短く鳴き、その短い羽でパタパタと羽ばたきながら空を進む。

 その様子を眺め、レイもまたその後を追う。


(異名、異名持ちか。どれ程の力を持っているか分からないが、それでもエレーナと2人で掛かれば負けることは無い筈だ)


 内心で呟き、再び地を蹴る。

 火災旋風の件や、その後のデスサイズを使ってベスティア帝国軍の先陣で大暴れした影響で、自分にも深紅と呼ばれる異名が付いたとは知らないレイだった。






「あそこか!」


 空を飛ぶイエロの後を追って、5分程。丁度20m四方の草原の周囲に木が生えており、自然と出来上がった闘技場とも言える場所から金属音が聞こえて来るのを、レイの聴覚が捉える。

 そして木々の隙間から微かに見える鞭のように伸びた剣。それは間違い無くエレーナの使うマジックアイテム、連接剣のものだ。

 木々の隙間に身体を滑り込ませたレイが見たのは、離れた位置で軍馬に乗って対峙しているエレーナと、1人の男。


(あの男が閃光とかいう……)


 自分達の戦場に入ってきたレイに気が付いたのだろう。その場で対峙していた2人もまた、視線をレイへと向けてくる。


「レイ!?」

「……また、予想外な」


 驚愕の表情を浮かべたのは2人共同様。ただしエレーナの顔が喜びの驚きであるのに対し、テオレームの浮かべた驚きはすぐに苦虫を噛み潰したようなものへと変わる。

 そんな対照的な2人を見ながら、デスサイズを構え1歩ずつ歩を進めていくレイ。


「……待たせたか?」

「さて、こういう場合は今来たところだと言うのだったか?」


 お互いがお互いの様子に怪我が無いのを確認し、軽い口調で言葉を交わす。

 ただし、そんな風に会話をしつつも、テオレームからは一切視線を外していない。

 テオレームとここまで戦い続けてきたエレーナにしても、そしてこの場で初めてその姿を見たレイとしても、テオレームから目を離すと何が起こるか分からないという怖さを持っていた為だ。

 だが、それでも有利なのは自分達なのだと、それを理解しているエレーナは再び連接剣に魔力を通しながらテオレームに向かって口を開く。


「私1人を相手にしても苦戦していたのだ。そこにレイが加わっては勝ち目は無いと理解出来るだろう? どうだろう、降伏してくれないか。そうすれば命の保証は出来るのだが」


 そんなエレーナの言葉に、テオレームは黙って首を振る。


「確かに私では君達2人に勝つことは出来ないだろう。だが、忘れているようだが、今も私の副官が魔獣兵を率いて……待て」


 何かを言い掛けたテオレームが、ふとその視線をレイへと向ける。


「レイ、とかいったな。確か君はグリフォンを従えていたと思うのだが……どこにいるのか聞いてもいいか?」

「その口ぶりからすると、大体予想出来ているんだろう? こっちの総大将のところで守りについているよ」


 レイの言葉を聞き、心中で安堵の息を吐くエレーナ。

 純粋にこの戦場にいる戦力という意味では、魔獣兵達の方が上だと理解していたのだ。だが、グリフォンであるセトがそこに参戦したのなら、まず総大将が討たれる心配は無いだろうと。

 そんなエレーナとは逆に、テオレームは微かに眉を顰める。動かした表情はそれだけで、動揺を表に出さなかったのはさすがと言うべきだろう。


「……なるほど。それなら君の自信も頷ける。確かにグリフォン程に高位のモンスターなら、魔獣兵やシアンスを相手にしても守りきることは可能だろう。……さて、ならここで取引といかないか?」

「取引?」


 予想外の言葉に、思わず問い返すレイ。

 そんなレイの様子に、薄らとした笑みを浮かべてテオレームは頷く。


「そうだ。これ以上ここで君達と戦っても、こちらには無駄な損害が増えるだけだろう。君という存在がいなければ、ここは退くべき時ではないのだが、生憎ここには君がいる。そしてグリフォンもいる。それならここで無駄な時間を使って、お互いに戦力を消耗するのは馬鹿らしいとは思わないか?」


 あっさりと口にしたテオレーム。ベスティア帝国軍の秘密兵器でもある魔獣兵に、更には非常に高価な転移石を大量に使って行われた奇襲作戦。上手くいけばこの戦争の行く末をあっさりと決めることが出来るだけの戦力を用意しながら、それでも撤退を口にするのは、テオレームにしても苦渋の選択だった。だが、ここで下手に時間を費やせば、たった今口にしたように戦力を無駄に消耗することになる。魔獣兵というのは作り出すのにも相応のコストが掛かっている以上、ここで消耗するのは愚策でしかなかったのだ。引き際を誤らず、瞬時にそれを選択するその決断力もまた閃光という異名を持つ将軍の証なのだろう。

 だが、当然と言えば当然のことながら、レイやエレーナにテオレームの事情を考慮する必要は無い。


「何故ここでお互いに剣を退くのを認めないといけないんだ? 見ての通り、こっちは2人、そっちは1人。今の状況ならお前を殺すのも、あるいは捕らえるのもそう難しくは無い」


 1歩ずつエレーナに近付きながらテオレームへと言葉を返すレイ。

 エレーナもレイと同意見なのか、特に言葉を挟むことなくテオレームが妙な動きをしないようにじっと観察している。

 そんな2対の視線を向けられたテオレームだったが、自らが絶体絶命の危機にあると知りながらも、薄らと笑みを浮かべたまま口を開く。


「確かに姫将軍1人に苦戦していた私だ。君達2人が相手では勝ち目は無いだろう。だが、忘れていないかな? 私は魔獣兵を率いる指揮官だと。人間から魔獣兵になる為の施術を受けた結果、倫理観や知性といったものが激しく低下する者もおり、あるいは我が軍の切り札でもある魔獣兵の秘密を他国に奪われないように、ある程度の仕掛けがしてある。……もっとも、これに関してはギルムの街で魔獣兵が捕らえられた為に急遽考えられたものなのだがね」


 君のおかげで。言葉には出さずとも、レイの方へと向けた視線でテオレームが何を言いたいのかがレイには分かった。


「……何を仕掛けた?」

「さて、何だと思うかな? あるいは何も仕掛けていないかもしれないし、致命的な何かかもしれない。それを決めるのは、もちろん私ではなく君達だ。だが……自分の選択に決して後悔はしないようにすることをお勧めする。私を殺したばかりに、魔獣兵諸共にアリウス伯爵が討ち死に……なんて真似は君達にとってもありがたくないだろう?」


 ブラフだ。レイは反射的にそう思う。だが証拠は一切無く、根拠はあくまでも自分の直感でしかない。そして、アリウス伯爵の近くにはセトもいる。あるいは、まだ出会ってからそう時間は経っていないが、貴族としては信じられない程に気さくで付き合いやすいシミナールの姿もある。

 確実に嘘だと言える証拠が無い限り、この状況でテオレームに手出しは出来なかった。更に悪いことに、レイやエレーナは継承の儀式を行う為にダンジョンへと向かった時、ベスティア帝国の錬金術師によって生み出されたのだろう巨大なカマキリのモンスターと戦い、倒した時に証拠を残さずに消滅していく光景をその目で見ているのだ。自分の目でその様子を確認しているだけに、テオレームの言葉を戯れ言と判断する訳にはいかない。


「どうする? 俺としては奴の言葉は苦し紛れの嘘だと思うが、保証がない。下手をすれば……」


 レイの言葉に、エレーナが微かに眉を顰める。

 エレーナの勘でも、テオレームの言葉は嘘だと判断している。だが、レイと同様の理由でそれを証明出来ない以上は迂闊な決断が出来なかった。

 そんな風に悩むこと30秒程。その時間が、テオレームに対して決定的な時間を与えてしまう。


「……テオレーム様、ご無事でしたか」


 言葉と共に姿を現したのは、下半身が蜘蛛で上半身がローブを纏った魔法使いという存在。魔獣兵の中でも特にテオレームから深い信頼を受けているギルゴスだ。


「ああ、どうにかな。ところで来て貰って早々で悪いが、お前にあいつらを何とか出来るか? 特に巨大な鎌を持っている方だ」

「無理ですな」


 間髪入れずにテオレームへと答えを返すギルゴス。


「あの莫大な魔力を考えると、魔法の撃ち合いでもしようものならまず間違い無く押し切られるかと」


 そう言いつつも、ギルゴス本人には全く動揺した様子は無い。

 これまで、魔力を感じ取れる者が自分の魔力を感じ取った時にその殆どが恐慌状態や混乱状態に陥っていたのを思えば、ギルゴスがどれ程異質であるのかを理解するのに十分な態度だった。


「さて。ギルゴスがここまで来たというのに手出しをしなかったということは、取引成立と考えてもいいのかな?」

「……仕方なかろう。行け」


 その言葉に、思わず視線をエレーナへと向けるレイ。

 そんなレイに、どうしようもないと小さく首を振る。


「そうか、では私達はこれにて引き上げることにしよう。ギルゴス、合図を」

「は!」


 テオレームの言葉に、杖を上空へと向けて炎の魔法を放つギルゴス。撤退を知らせる為の信号弾のような物なのか、空中で円を描いた炎が激しく燃え上がり、そのまま消えて行く。それを見送り、テオレームは乗っていた軍馬を返す。

 そしてギルゴスもテオレームに従うようにしてレイ達の前から去って行く。

 その前に1度だけ振り返り、じっと観察するように自分へと視線を向けていたのが強くレイの印象に残った。


(他の魔獣兵達は人間にモンスターの要素を加えたような姿をしているのが殆どだったが、あのギルゴスとかいう男は人間の部分とモンスターの部分がはっきりと分かれている。恐らく通常の魔獣兵とは違う手段が取られたんだと思うが……後の禍根を思えば、ここで倒しておくべき相手だったかもしれないな)


「……これからどうする?」


 立ち去ったテオレームを見送り、横にいるエレーナへと声を掛けるレイ。


「そうだな、上の決断次第だろう。このまま戦いは終わりに向かう……とはならないだろうな」

「ベスティア帝国軍の侵攻を阻止しただけでは我慢出来ないってことか?」

「私達は本陣に奇襲を掛けられて国王派が大きな被害を受けたからな。そして総大将は国王派のアリウス伯爵だ。更に言えば、ベスティア帝国軍はレイの炎の竜巻やそれに伴うこちらの攻撃で先陣部隊が壊滅的な被害を受けている」

「奇襲を受けて潰された面子を、戦力の減った敵に攻撃を仕掛けて功績を挙げ、その功績で奇襲を受けたという不始末を帳消しにしたい訳か」

「恐らくは。とにかく1度アリウス伯爵の下に向かうとしよう。どのような判断をするとしても、ここで私達がどうこう言っても意味が無い」


 呟き、軍馬に乗ったまま手をレイへと伸ばす。

 一瞬その手をポカンと見ていたレイだが、エレーナの頬が薄らと赤くなっているのに気が付き、レイもまた若干照れくさそうにその手を握って軍馬へと跨がる。


「普通、こういうのは男と女の位置が逆なんだがな」


 照れ隠しに呟いたレイの声が、少し前までエレーナとテオレームが激戦を繰り広げていた場所に消えて行くのだった。

 幸いにもそれを聞いていたのは、上空を飛んでいるイエロのみだったが。

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