第281話

 ギルムの街の冒険者達に取って、レイとセトという1人と1匹の冒険者は異端と言ってもいいだろう。

 ミレアーナ王国の中でも、辺境にあるという関係上最精鋭の冒険者達が集まるギルムの街。そんな街でグリフォンというランクAモンスターを従え、ギルドに登録後は最速でランクCまで駆け上がってきた存在。

 見かけは見習い魔法使いにしか見えないが、態度は横柄といってもいいようなものであり、それが気に入らない熟練の冒険者もいる。

 だが、その強さだけは圧倒的だった。これまで幾度となくギルムの街の冒険者に見せつけてきたその実力は、さすがに誰も疑う余地がない程の高みにあると。戦士はレイの持つ圧倒的な身体能力とデスサイズという扱いにくい大鎌を思う存分扱うその技術に、魔力を感じ取ることの出来る者はレイ自身が持つ莫大と評してもまだ足りない魔力に。

 そんなレイが戦場に降り立った。本来であれば冒険者として取っつきにくい性格であるレイだったが、その実力を知っているだけにギルムの街の冒険者達がいる戦場では士気が天井知らずに上がっていた。

 更には、他の中立派貴族に雇われている冒険者。あるいは兵士、騎士といった者達も、ギルムの街の冒険者達に引きずられるようにして士気を上げていく。

 そもそもベスティア帝国軍の先陣は次第に弱まってきているとは言っても、未だに存在し続けている火災旋風のおかげで戦力や士気が落ち、兵士達の混乱もあって迎撃態勢を整えるのすら難しい。いや、混乱している中でミレアーナ王国に両翼から挟み撃ちにされている為に混乱が収まるどころか更に高まっていると言ってもいいだろう。つまり中立派の者達にしてみれば、ただでさえ有利な状況の中で、圧倒的な戦力を持っているレイが駆け付けたのだ。士気が上がらない筈が無い。


「セトちゃん、レイ!」


 戦場であるにも関わらず、ベスティア帝国軍の兵士達が一連の様子を見て攻撃を仕掛けるのを躊躇っていると、周囲の兵士達を斬り捨て、あるいは矢を放ち、風の魔法を使いながら灼熱の風が合流する。


「そっちも無事だったらしいな。……飛斬っ!」


 近付いてくるミレイヌ達3人へと一瞬視線を送り、そのまま飛ぶ斬撃である飛斬を使用する。

 デスサイズの刃を振るうことで放たれたその斬撃は、レイの隙を突いて何とか攻撃を仕掛けようと短剣を両手に持った盗賊らしき冒険者の右手を切断して血を吹き出させる。


「がああああああっ!」

 

 地面に転がった己の右腕を抱え、血を吹き出しながら慟哭する冒険者。だが、怒声や悲鳴が渦巻いているこの戦場でそんなことをしても誰にも注目されることはなく……次の瞬間風を斬り裂いて迫る音に気が付き、レイは咄嗟に身を翻す。それと同時にレイの頭のあった空間を通り過ぎるようにして放たれた矢が通り過ぎ、腕を切断されて喚いていた冒険者の額へと突き刺さり一瞬で絶命する。


(回避しないと俺に矢が突き刺さっていたが……流れ矢か?)


 その様子に、今の矢が流れ矢だったのか、あるいは誰かが狙って矢を放ったのか。一瞬だけ疑問に思ったレイだったが、戦場でそんなことを気にしている暇も無い。

 自分を包囲するように……正確にはグリフォンのセトに畏怖を覚えて距離を取り、近づけないでいるベスティア帝国軍の兵士や騎士、冒険者達を一瞥してから、近づいて来たミレイヌへと声を掛ける。


「伝令は届いているな?」

「ええ。混乱に乗じて敵先陣を一気に殲滅するんでしょ? そしてそのままこの戦いそのものを終わらせるって」

「そういうことだ。なら俺達がやるべきことは、ただひたすらに敵を倒して倒して、更に倒しまくること。そうしてベスティア帝国軍に恐怖を刻みつけ、壊乱させる」


 槍を持って鋭い突きを放って来た騎士の一撃を、デスサイズを振るって柄の中程の部分で切断。余程に自信があったのだろう。唖然とした目で切断された槍を見ている騎士へと、空中で手に取った槍の穂先を投擲して顔面へと突き刺す。

 騎士だけに兜を被ってはいたのだが、それでも視界を確保する為や呼吸の為に顔を完全に覆うわけにはいかない。その隙間を狙った一撃だった。


「このままでもいずれ敗走するんじゃないの? レイが作った炎の竜巻もまだ健在だし」


 レイが作った炎の竜巻。レイやセト、あるいはミレイヌ達の隙を窺っていた者達は、その言葉に反応した。そして文脈から目の前にいるグリフォンと共に空から降ってきたローブを被っている子供があの地獄のような存在を作り出したのだと知り、反射的に目を見開く。

 炎の竜巻でベスティア帝国軍が被った被害を考えれば、確かにその行為はやむを得なかったのだろう。だが、戦闘の中で見せるには、大きすぎる隙だった。

 ヒュヒュヒュッ、という連続して放たれた風を斬り裂く音。先程のそれとは違い、誰が放った矢か理解していた為にレイは特に気にした様子も無くスレイプニルの靴へと魔力を流す。


「スレイプニルの靴、発動」


 同時に、地を蹴り空を蹴り、そのままレイ達と向かい合っていたベスティア帝国軍の者達の頭上を通り過ぎ、数歩ではあるが空を蹴って跳躍し、敵先陣部隊の奥へと向かう。その際にエクリルが放った幾本もの矢が動きを止めた敵へと突き刺さっているのを確認し、デスサイズを振るいながら血の雨を作り出し、斬り殺した兵士達の存在した空間へと降り立った。


「グルルルゥッ!」


 その後ろ姿を見送り、セトは味方の援護をするべく一旦レイと距離を取る。


「え? ちょっ、セトちゃん!? レイを1人にしていいの?」

「グルルゥ」


 ミレイヌの言葉に短く鳴き、セトも自分でやるべきことをやる為に戦場の中へと身を躍らせるのだった。

 それを一瞬呆気に取られながらも見送り、それどころはではないとすぐに判断し、ミレイヌもまたスルニン、エクリルの2人と共に戦場を駆け抜けていく。

 そしてレイという存在が……否、グリフォンという、本来であればここにいるようなものではない存在が、焦りや混乱を一周させて逆に冷静にしたのか、ベスティア帝国軍の最前線でセトの姿を見た者達が次第に1つに纏まって抵抗を始める。

 セト自身には全く悪気が無かったのだが、この時からベスティア帝国軍は全体的に押され気味ではあるものの、次第に纏まって戦闘へと参加していくことになる。






 最前線で思わぬ理由から組織だった抵抗を始めたベスティア帝国軍だったが、それはあくまでもセトを直接その目で見ることが出来た者達だけに限っており、中央付近に近付けば近付く程……つまり、火災旋風に近付く程に混乱が酷くなり、指揮官達が必死になって部下を纏めようとしても、兵士達は少しでも火災旋風から逃げようとする為にそれもままならない。

 そして……そんな混乱の極致の場所へと空を蹴って移動していたレイが降ってくる。

 斬っ!

 着地した瞬間に横薙ぎに一閃。それだけで騎士3人が上半身と下半身に分けられて命を失った。

 横薙ぎに一閃したその体勢のまま、手の中で柄をクルリと回転させて大鎌の刃の向きを変え、右足を引いて身体を強引に動かしそのまま一回転。後ろから斬りかかろうと、今にも剣を振り下ろそうとしていた冒険者もまた、数秒前の騎士同様の末路を辿る。

 そして周囲の全てが敵である以上、レイは躊躇無くデスサイズを振るう。セトと別れたのもこの状況に持ち込む為であり、既にレイの中では目の前にいるのは人間ではなく、打倒すべき敵であった。

 長さ2mを越えるデスサイズを自由自在に振り回し、当たるを幸いと刃で斬り、柄で骨を砕き、石突きで肉体を貫通していく。


 踊る、踊る、舞い踊る。赤の華を撒き散らし、1閃、2閃、3閃。刃が煌めく度に深紅の華が咲き誇る。

 そこにあるのは死の象徴、死後の世界へ導く死の舞踊。


 炎の魔法を好んで使う様子と周囲を幾多もの血に染めるその姿から、後に吟遊詩人によって歌われるレイの異名、深紅。その真実の一端がここに現れているのは間違い無かった。


「くそっ、化け物がっ! 大盾隊、前へ! 魔法を放つ時間を稼げ! 弓部隊は途切れることなく矢を放ち続けて奴の動きを少しでも牽制しろ!」

「隊長、危険です。奴の後ろには友軍がいます! 奴がこちらの攻撃を回避すれば、それは全て味方に当たることになるんですよ!」


 次々とレイに斬り裂かれている味方を見ながら、小隊長を任されている男が叫ぶが、すぐに副官の男に反対される。

 だが、小隊長はそんな副官を強引に引き寄せ、あらん限りの力を込めて叫ぶ。


「分かってるんだよ、そんなことは! けどな、そんな無茶でもしないとあの化け物を止めるなんて真似は不可能だってのはお前も分かってるだろ!? 俺の作戦を無茶だって言うなら、何か代わりの作戦を出しケペッ」


 最後まで言葉を発するまでもなく、横薙ぎにされたデスサイズの一閃により小隊長の首は切断されて空中へと飛ばされる。


「隊ちょ……くそっ、奴を、あの化け物を何としても仕留……め、ろ……?」


 副官が咄嗟に周囲へと指示を出そうとしたその時。その時になってようやく周囲の先程までの喧噪が存在していないことに気が付く。

 慌てて周囲を見回すが、副官の視界に入るのは圧倒的なまでの赤だった。周囲にいた自分以外の全ての者が既に息絶え、胴体や四肢、あるいは首、下半身といった部位を斬り飛ばされ、砕かれ、破壊されて地面へと散らばっている。血の赤以外にも肉の桃色、骨の白、内臓から溢れた体液といった多種多様な色が地面に散らばっている。だが、それでも副官の男の目に強烈な印象を残したのは深紅の液体だった。


「は、はははは……嘘だろ? この人数が1分も掛からないで全滅だと? 夢、夢だよこれは……そうだろ? そうだって言えよぉっ!」


 自分で見たものが信じられなかったのだろう。既に何も見ていない目でレイへと視線を向け、鈍重としか表現のしようがない速度で持っていた剣を振り下ろす。

 だがそんな一撃がレイに通用する筈も無く、あっさり身体を半身だけ後ろへと下げて回避。そのまま掬い上げるように放たれたデスサイズの刃が副官の脇腹へと迫り……


「っ!?」


 副官を斬り捨てる直前に風を斬り裂く音を聞き、反射的にデスサイズを手元へと戻して大きく振るう。

 キキキキンッ、という幾つもの金属音が連続して聞こえ、次の瞬間には地面へと4本の短剣が撃ち落とされていた。


「嘘だろ!? この距離で投げられた短剣を全部打ち落とすのかよ!?」


 いつの間にか副官の向こう側からレイへと向けて4本の短剣を一度に投擲した男が唖然とした口調で呟く。

 その隣には、身長2mを越える巨漢の男がいつでもハルバードを振れるように構えていた。


「……冒険者か」


 志願兵にしては整いすぎている装備。かと言って見るからに統一されていないその装備は職業兵士という訳でも無く、あるいは騎士と呼ぶのも苦しい。その為、レイは相手をベスティア帝国で活動している冒険者だと判断する。


「正解だ。随分と派手にやってくれたようだが……こっちとしてもこの戦争に雇われている以上はこのままやられっぱなしって訳にはいかないんでな。勝てないまでも、抵抗はさせてもらうぜ」

「……時間を稼げばそれでいい。幸い、炎の竜巻も既に消えた。このまま持ち堪えていれば混乱している者達も落ち着いて反撃に出るのは可能だろう。その前にこの化け物を何とかしないといけないがな」


 巨漢の男の言葉通り、つい先程まで猛威を振るっていた火災旋風はその姿を消していた。ベスティア帝国軍の受けた被害は甚大と言えるが、その被害を直接与えていた火災旋風が消えた以上は指揮官達も混乱している兵士を纏めて指揮系統も復活し、ミレアーナ王国軍から一方的に攻撃され続けることもないだろう。そう判断した為に漏れ出た言葉だった。

 そんな相棒の言葉を、短剣を持った男はレイの隙を狙いつつも溜息と共に言葉を吐き出す。


「確かにそうだが、今の被害を考えると先陣部隊はもうどうしようも無いだろ。この戦で勝つ可能性があるとしたら、本陣と合流して態勢を立て直すしかないが……それをさせてくれると思うか? こんな化け物に背中を向けたら、何が起きるか大体分かるだろ? 気が付いたら本陣に向かっていた先陣部隊全員が背中から斬り殺されてました、なんてことになっても俺は驚かないぜ」

「……だが、奴もそのつもりはないようだぞ?」

「何?」


 相棒の声に短剣を持っている男が気が付く。2人が話をしている間にも、本来であれば攻撃の1つや2つがあってもおかしくなかった。戦争中である以上は、わざわざ相手の話が終わるのを待つ必要も無いのだから。だが、実際に男達の前に立つ化け物は特に追撃を掛けるでもなく、微かに眉を顰めながら視線を空へと向けていた。そう、竜騎士がまっすぐに向かって来るその方向へと。

 もしその竜騎士がベスティア帝国軍のものなら、レイは槍の投擲をするなりなんなりして先制攻撃を仕掛けていただろう。だがその竜騎士がやってきたのは先陣部隊の中でもダスカー達がいる司令部の方であり、つまりは味方だった。

 グリフォンを目当てにしてレイを探せと上官に言われたものの、セトと別行動を取っていたレイを竜騎士が見つけたのは本当に偶然以外のなにものでもない。それでも戦場の中にぽっかりと空いた空間は上空から見ればすぐに判別出来る程であり、戦場ではこれ以上ない程に目立っていたおかげでなんとかレイを見つけることが出来たのだ。

 2人の敵と向かい会っていたように見えたが、上官から至急連絡を取るように言われていた竜騎士はそんな状態にも関わらずレイの背後へと飛竜を着地させ、レイに聞こえるように口を開く。


「本陣が敵の奇襲を受けている模様。レイ殿は至急本陣の救援に向かって欲しいとのことです! 他にも数名そちらの援軍に回すとのことでしたが出来るだけ急いで向かって欲しいと」


 こうしてミレアーナ王国軍が一方的に有利に進めていた戦場へ、再び転機が訪れることになる。

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