第240話

 デスサイズを肩に構えつつ様子を窺っていた茂みから出たレイは、盗賊団『草原の狼』達の前へと姿を現す。

 その姿を見た半数程の盗賊達は意表を突かれたかのようにレイへと視線を向け、残り半数は驚愕の表情を浮かべる。

 前者はレイの存在を知らない者達で、こんな弱そうな子供が何でこんな場所にいるんだと考えた。そしてエッグも含めた残りもう半分は少し前に自分達が襲撃しようとした相手であり、更には一方的に負かされたといってもいい状況に追い込まれて撤退した時にいた者達だ。


「おい、あいつ……」

「ああ。間違い無い。何でこんな場所にいるんだよ」

「ちょっと待て。あいつがここにいるってことは……あのグリフォンも近くにいたりするのか!?」

「おいおい、夜の林でグリフォン相手とか。勝ち目が全く無いぞ」


 レイの顔を知っている者達が小声で情報をやり取りする。

 殆ど声を出さない程度の小声ではあったが、それでもレイの聴覚はその会話を聞き取ってはいた。


(確かにセトがいれば、1発でこの状況をどうにか出来たんだろうが……護衛として雇われている以上、依頼主の安全が最優先だからな。しょうがない)


「……何故、お前がここにいる?」


 そんな中、エッグがバトルアックスを肩に担ぎながらレイへと問いかける。

 傷跡が無数に残るその顔が多少の困惑に彩られており、不審というよりは純粋な疑問といった様子の問いかけだった。

 エッグにしても、レイ自身がどれ程の力を持っているのかは知っている。何しろグリフォンを従えている程の相手なのだから。見かけが背の小さい子供に……あるいは見習い魔法使い程度にしか見えなくても、油断をする気は一切無かった。

 そして同時に、目の前にいる男程の実力があるというのなら、つい先程自分達が倒した盗賊達と行動を共にする必要は無いというのも察している。何よりも……


「俺が感じた気配は2つ。その中にお前の気配は無かった。実際、そこの茂みにまだ2つの気配があるしな。何の為に出て来たんだ?」

「おいおい、妙に質問が多いな。……まあ、俺にしても無益な戦いは望まないし、素直に答えておくとしようか。俺が……俺達がここにいる理由は簡単だ。単純に護衛している商隊がここの盗賊団に襲われたからだよ。だから、後の災いを絶つ為に纏めて処分しようと思って来たんだが……お前達に先を越された訳だ」

「……なるほど。こいつらも自分の実力を弁えずにお前のような化け物を相手にするとはな。ついてない奴等だ。もっともついていれば俺達に殺されることも無かっただろうがな」


 エッグの言葉が耳に入った瞬間、周囲の盗賊達がざわめく。

 何しろ草原の狼を率いる者として、絶対の信頼を置かれているエッグだ。その性格に惹かれて集まってきた者も多いが、草原の狼の中で最も強い男だからこそリーダーを任されているのも事実。それなのに草原の狼最強の男が化け物と評する男に、以前にレイと会った者以外は驚愕の視線を向ける。


「俺達が来る前にお前達が片付けた訳だがな。お前と向こうのやり取りを聞いた限りだと、色々と性格的に危険な相手だったみたいだが?」

「……ああ。殺人に快楽を覚え、弱者を殺すのを何よりの楽しみだと公言していたような奴だ。だからこそ、俺達にとばっちりが来ないようにこうして先手を打たせて貰った訳だ。……で、どうする? お前達の目標は既に全滅しているが、俺達とやるのか? お前と戦っても勝ち目は無いだろうが、せめて一矢は報いるぜ?」


 決してただでは負けない。首だけになってでもその喉笛を食い千切ってみせる。そんな気迫の込められたエッグの言葉に、笑みを浮かべるレイ。


「ちょっと、レイ。何やる気になってるの。向こうが見逃してくれるって言うんなら、こっちも退くわよ!」


 レイの背後にある茂みから、タエニアの囁き声が聞こえて来る。


「……いいのか? 盗賊達の溜め込んだお宝も目当てだったんだろう?」

「確かにそうだけど、それは安全に入手出来るならって前提条件よ! 幾ら何でも草原の狼相手に一戦やらかしてまでとは思わないわ」

「そうねー。私としてもタエニアの意見に賛成かなー」

「お前達がそれでいいのなら、俺は別に構わないが」


 そうは言いつつも、もう少し今回新たに手に入れた錆びた槍の使い勝手を試してみたいというのがレイの本音だった。


(まぁ、ここで意地を張ってタエニアとかを戦闘に巻き込んで、さらに怪我でもさせたら護衛の依頼に支障が出るしな。とは言っても、このまま何の収穫も無しに戻るのは癪だし……そうだな)


 内心で呟き、肩に担いでいたデスサイズを大きく振るう。

 その速度とデスサイズの重量により、空気を斬り裂くような音が草原の狼の構成員達へと聞こえる。

 一撃。何でも無いように振るわれたその一撃を見ただけで、レイという存在を知らなかった者達もレイ自身が自分達がどうやっても敵う相手ではないということを本能的に刻み込まれた。


「先に言ったように、俺としても無駄な争いは好まない。……ただ、お前達の盗賊に対する姿勢がどんなものであろうとも、盗賊は盗賊だ。ここで狼を狩り尽くしてもいいんだが……」


 レイがその一言を口にした途端、周囲にピンとした緊張感が走る。戦っても勝てない、逃げても恐らく半数以上が殺されるのは確実。それなら自分達のボスであるエッグが言ったように、せめて一矢を報いる。そんな決意で周囲の雰囲気は戦いへと傾く。しかし。


「だがまぁ、俺達が倒すべき盗賊達を先に倒して貰った恩もあるしな。ここは見逃してやってもいい」


 あくまでも上からの目線であり、本気になればお前達はいつでも殺せると滲ませた言動だった。

 もし同じようなことを口に出したのが、その辺の冒険者であったのなら……それこそ茂みに隠れているタエニアが口に出したのだとしたら、その場で殺されていただろう台詞。

 だがそれを口にしたのは他の冒険者とは一線を画し、この場の最大戦力であるレイであった為に、草原の狼の者達にしても迂闊に反論は出来なかった。

 もし反論したとして、目の前にいるローブを纏った小柄な人物が本気でその気になったりしたら目も当てられない程の被害が出るのは確実なのだから。


「……条件は?」


 絞り出すような声を吐き出すエッグ。

 エッグにしても、先程の盗賊達の頭領との一戦で見せたようにかなりの戦闘力を持っていた。それでも自分ではレイに敵わないと判断し、戦闘を避ける為にレイへと尋ねる。

 そしてレイはその言葉を待っていた、とばかりに笑みを浮かべて口を開く。


「俺に対する借りが1つ、だ。いずれ何かあったら今回の借りを返して貰いにいくだろう。その時に返してくれればいい」

「……」


 レイに対する借り。それがどのような事態を引き起こすのかは分からないが、ここでレイを相手にするのに比べてどちらがより良い選択肢なのかは明らかだった。しかも自分達は先程一戦終えた直後なのだ。自分達に被害は出ていないとはいっても、怪我をしている者はそれなりにいるし、体力の消耗も大きい。

 数秒の沈黙の後、エッグの口が開かれる。


「分かった。俺達、草原の狼の名に於いてレイに恩義を受けたことを宣言する」


 そう、高々と盗賊達の死体が転がっている洞窟の前で宣言したのだった。


「……その言葉、確かに受け取った」


 エッグに頷き、そのままふと気になったことを尋ねる。


「俺の名前を知っていたようだが……?」

「ふんっ、俺達も独自の情報網って奴がある。何より、お前はそこの茂みに隠れている奴から名前を呼ばれていただろう」

「ほう、随分と耳がいいらしいな」

「けっ、お前に褒められても嬉しくねえよ。むしろ何かあるんじゃねえかって気になる」


 眉を顰めつつ告げてくるエッグだが、それを気にした様子も無く言葉を続けるレイ。


「そう捻くれて取るなよ。純粋に褒めただけだ。……さて、じゃあ目標の盗賊達もお前達が片付けたことだし、俺達は護衛対象の下に戻るとするか」

「そうしろ。全く、あいつらといいお前といい、今日は最悪の1日だったぜ」

「そうでもないだろう? あの盗賊達が溜め込んでいたお宝は、奴等を殺したお前達の物だ。もちろんそれが目的でないというのは分かるが、それでも全く何も手に入れられなかった訳じゃないと思うが?」

「ふんっ、奴等の溜め込んでいた金銭は別に俺達の下に入る訳じゃねえ。色々と渡すべき相手がいるんだよ」

「……ほう」


 エッグの言葉に、僅かに感心したように呟くレイ。

 今までの言動から、あの盗賊団の手に掛かった者達に対して金を使おうと言っているのを理解した為だ。


(殆ど駄目元でこいつらに貸しを作ったんだが……これは予想外に儲け物だったか?)


「なら俺達はそろそろ立ち去らせて貰うか。また機会があったら会おう」

「こっちとしては、お前みたいな相手とはもう2度と会いたくねえがな。さっさと行け」


 そんな声を背に受けながらその場を立ち去っていくレイ。

 茂みの横を通り過ぎた時に、慌ててタエニアがルイードの手を引っ張りながら合流してくる。

 背後を気にした様子を何度か見せていたが、草原の狼の者達が妙なちょっかいを出してくるようなことは一切無かった。






「全く、いきなり草原の狼の前に出て行った時には目を疑ったわよ。命知らずもいいけど、こっちを巻き込むような真似をしないでよね」


 夜の闇に包まれた道とも呼べないような道を進みながら、タエニアが隣を歩いているレイに向けてブツブツと呟いていた。

 3人の移動は盗賊達のアジトに向かった時と同じく先頭をルイードが、そしてその後ろをレイとタエニアの2人が並んで進んでいる。

 行きと違うのは、もう盗賊に察知されるというのを心配しなくても良くなった為に声を潜めて話す必要がないということか。その為、タエニアも暗闇に対して特に恐怖を感じる様子も無く愚痴っているのだ。


「そうは言っても、折角あそこまで行ったんだ。せめて何か収穫があってしかるべきだろう? それが義理堅い盗賊団に対する貸しというのなら、俺としては今夜の収穫は十分だったがな」

「……ええ、ええ。あんたはそうでしょうよ。でも、結局こっちは何もないじゃない」

「でもー、あの草原の狼と遭遇して生き延びたんだからー。それにエッグとかいう人にも見逃してもらったしー」


 2人の前を進むルイードが、後ろも見ずにそう告げてくる。

 実際、もしあの場にいたのがタエニアとルイードの2人だけでレイがいなかったとしたら、どのような目に遭っていたのかは分からない。

 極力人に対して危害を加えないのが草原の狼だとは言っても、その気性や実力はまさに狼と名乗るに相応しいものがあった。それを、自分達が襲撃予定の盗賊達との戦いで見せつけられたのだから。もちろん純粋な戦闘力で言えば自分の方が上だと思う。だが、向こうは20人近くの人数を揃えており、さらにエッグという自分では到底勝ち目のない存在もいた。それを考えると、確かにレイに対してこれ以上愚痴を溢すのは恩知らずと言われてもしょうがなかっただろう。


「分かったわよ、全く。……それより、話してないでもう少し急ぎましょ。向こうが襲われていたりしたら洒落にもならないわ」

「私やレイは夜目が利くんだけどー」


 誰のせいで進みが遅いのか。言外にそう言われたタエニアは、鼻を鳴らして夜の林の中を進んで行くのだった。






「レイさん? タエニアさんや、ルイードさんも。随分と早かったですね。もう盗賊達を倒してしまったんですか?」


 アレクトールがレイ達3人の姿を見つけ、思わず呟く。

 視線の先では、レイに甘えているセト、そしてそんなセトを撫でているルイード。呆れた様に自分の仲間を眺めているタエニアといった光景が広がっていた。

 そしてタエニアはルイードの様子に小さく溜息を吐くと、アレクトールの方へと首を振りながら近付いていく。


「駄目だったわ。私達が盗賊達のアジトに到着した時には、草原の狼との抗争になってて、一方的に負けてたのよ。こっちが何かするような余裕は無かったわ」

「……草原の狼、ですか。確かこの辺でも別格と言われている盗賊団でしたよね」

「ええ。レイが何とか話を纏めて結局戦いにはならなかったんだけど、あの盗賊団は全滅してたし、まさかその状況でお宝を奪ってくる訳にもいかなかったからこうして戻って来たの。それよりもこっちで異常は……?」


 周囲を見回すタエニア。

 その視線の先では、ここで護衛を任されていたファベルが軽く手を振って特に問題無いと態度で示していた。

 そして先程の襲撃や死体の処理で身体を動かして目が冴えたのだろう。殆どの商人がまだ夜も明けていないというのにそのまま起きており、冬の寒気を焚き火でやり過ごしながらスープのような物を飲んでいる。


「ご覧の通り、あれからは特に問題はありませんでした。言われた通り盗賊達の死体の処理も終わってますし。……しかし、そうですか。まさか草原の狼が出て来るとはさすがに予想外でしたね」

「どうやら、私達を襲ってきたのは殺人を楽しむような奴等が集まっていた盗賊団らしいわ。それを止めさせようとしても結局止めさせられなくて、最終的に実力行使に出た……ってのが正しいみたい」


 タエニアは自分が見た草原の狼達に関してをアレクトールへと説明しながら、夜明けを待ってサブルスタの街へと出発するのだった。

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