第234話

 護衛としてギルムの街を出てから約2時間。特にモンスターの襲撃も無く、アレクトールの商隊は順調に街道を進んでいた。


「ギルムの街に行った時に比べると、随分とモンスターの襲撃が無いな」

「全くだ。行きの時は何かに呪われてるんじゃないかってくらいに、何度もモンスターの襲撃に襲われていたからな」

「だなぁ。あの回数の襲撃が無ければ護衛の体力の消耗も少なくて済んだんだろうし。そしてそれならあいつ等も……」

「よせよ、今更言ってもしょうがない。それよりも俺達は生き残ったんだから、精々あいつ等の分もきちんと人生を楽しむとするさ。もちろん商売に関してもな」


 レイのすぐ前を進んでいる馬車から、商人達のそんな話し声が聞こえてくる。

 その内容に多少興味を持ったレイは、馬車のすぐ後ろまで移動して商人達へと声を掛けた。

 何しろ純粋な索敵範囲を考えると、レイはセトの足下にも及ばない。そしてそんなセトが歩きながら周囲を警戒している以上は、モンスターが襲ってくるにしても奇襲を受けることはまず無いと判断していた為だ。


「ギルムの街に来た時には、そんなにモンスターに襲われたのか?」


 突然掛けられた声に商人達は一瞬驚いたものの、すぐにその声の主がレイであると知ると安心して口を開く。


「ああ、アブエロの街からギルムの街までに3回? いや、4回襲撃があったのか?」

「そうだな。アイスバードを入れて4回だ。とは言っても、基本的にはゴブリンやソルジャーアント、ソード・ビーといったのが数匹程度。多くても10匹に届かない数だったから何とかなったんだが……」

「まさか最後のアイスバードで50匹を越えるとは思ってもいなかったよな」

「ああ」

「……多いな」


 商人達の話を聞き、ポツリと呟くレイ。

 もちろんレイは街道をきちんと歩いて通ったことはない。基本的にレイが街の外に出た時はセトに乗って移動する為だ。きちんと街道を歩いて移動した時と言えば、ランクアップ試験の時の盗賊の討伐くらいだろう。それにしても盗賊の根城へと向かった為に、途中から街道を逸れて移動していた。オークの集落やエレーナ達と共にダンジョンへと向かった時には、アブエロの街とは全く違う方向だったので街道は途中までしか存在していない。


「まぁ、確かに襲撃の回数は多かったが、異常って程でもないさ」


 考え込んだレイへと向かって、商人の1人が声を掛ける。

 その商人の声に、周囲の商人達もそうだとばかりに皆頷いていた。

 実際、街道を進む上でモンスターなり、あるいは盗賊なりに襲撃される可能性は決して少なくはない。その為にこそ冒険者を護衛として雇っているのだし、そもそもここが辺境である以上はモンスターの襲撃が多くなるのはある意味当然でもあった。


「普通はそんなものか。……ただ、今回の場合はそれ程モンスターの襲撃自体は心配しなくてもいいと思うぞ」

「……?」


 レイの言っている意味が分からなかったのだろう。話を聞いていた商人達がそれぞれ不思議そうな顔をしたり、あるいは首を傾げていた。

 そんな様子を見ながら、レイは自分の近くを一緒に歩いているセトへの頭を撫でる。


「グルルゥ」


 撫でられる感触に嬉しそうに喉を鳴らすセト。その様子を見ながら、再びレイは口を開く。


「何しろ、今回のこの旅にはセトがいるからな。ある程度以上の知能があるモンスターなら、格の違いを本能的に察知して襲い掛かって来るのを躊躇するだろうさ」

「……でも、アイスバードは応援としてセトが来ても全く構わずに戦っていたけど?」

「既に戦闘状態になって、興奮していたからだろうな」


 商人の疑問に答えるレイだったが、実際にはレイが使った炎の竜巻を見たことにより恐怖心を刺激されて極度の興奮状態になったというのが正しい。もっとも、レイ自身はそれに気が付いていなかったのだが。


「なら、ある程度以下の知能しかないモンスターは襲ってくると?」

「ああ。具体的に言えばゴブリンとかが代表的な感じだな。さっきの言葉と矛盾しているようだが、中途半端に知能が高いからセトとの実力差を理解出来なかったりする。それに……」

「それに?」


 先を促す商人の言葉に、何かを確認するかのように馬車の進む先の道を見ながらレイが言葉を続ける。


「人の類は、余程鋭く無いとセトの発している気配に気が付きにくいからな。実際にその目で見ないとセトを……グリフォンを連れているとは認識しない。つまり、この道中で注意するべきはモンスターよりも盗賊だな」

「なるほど、確かにそう言われればそうかもしれないな。アブエロはともかく、サブルスタの街の近辺には盗賊がかなりの数存在しているって話だし」

「……そんなにいるのか?」


 レイの脳裏を過ぎったのは、バールの街に行く途中で遭遇し、襲撃されそうになった盗賊団のリーダーの顔だった。その盗賊団が『草原の狼』という名前であったり、サブルスタの街近辺でも屈指の戦闘力を持っている盗賊団だということは知らなかったが。

 草原の狼で重要なのは規模ではなく、その戦力だ。規模が大きければ自然と所属している盗賊の質にもばらつきが生まれ、中には農民がそのまま武器を持っただけという者も少なからず存在している。だが草原の狼を率いるエッグはそんな素人を仲間に加えずに、ある程度の戦闘力がある者だけを厳選して仲間に加えていった。さらには毎日厳しい戦闘訓練を行っており、享楽的に過ごしている他の盗賊団とは戦力的な面で一線を画している。


「ああ。何しろ辺境のすぐ近くの街だ。つまりは、辺境から運ばれてきた珍しい商品を積んでいる馬車なんて、盗賊にしてみれば宝の山だからな。襲わない道理も無い」

「……それが分かっているのにサブルスタの街の領主や領主代理は討伐軍を出さないのか?」


 当然といえば当然のレイの疑問だったが、商人達は溜息を吐きながら首を振る。

 その顔に浮かんでいるのは、呆れや嘲笑、そして同情といったものだった。


「確かに定期的に騎士団を派遣したりはしているさ。だが、それもどちらかと言えば上に対する名目上のものだな。本気で盗賊を一掃しようなんて風には全く考えていない」

「何でだ? 盗賊が増えれば街道を通る人の数も減る。そうすれば街の税収にも影響してくるだろうに」

「ま、理由は色々とあるが……やっぱり最大の原因は、恐らく領主代理と盗賊が裏で繋がっているってことだろうな」


 何でも無いかのように商人の口から出たその言葉に、レイは目を見開く。だが、次の瞬間には逆に納得したように頷くのだった。


「確かに賄賂とかを貰って……というのはあるかもしれないな。だが、今の話を聞く限りではあくまでも代理なんだろう? なら本来の街の領主である貴族に知られたら、投獄どころか死刑になるんじゃないか?」

「確かに税収が大幅に減ればそうなる可能性もあるが……何しろ、この街道はギルムの街に繋がっている唯一の街道だ。つまり、辺境に行くには必ずこの街道を通らなきゃ駄目で、そうすると一定以上の商人やら商隊やらは確保されている訳だからな。ある程度の税収は落ちても、貴族に目を付けられるようなところまでは落ちないんだろうよ」

「……なるほど」


 商人の言葉に頷き、領主代理の狡賢さに対して眉を顰めるレイだったが、それを見て盗賊に対する不愉快さだと勘違いした商人の1人が馬車の中から手を伸ばしてレイのドラゴンローブに包まれた肩を軽く叩いてくる。


「ま、今回は心配いらないだろう。何しろ、冬のこの時期に辺境に向かうような奴がアレクトールさん以外にそうそういるとも思えないしな。そうなると、いつ来るか分からない獲物を延々と待っている……なんて真似はさすがにしないだろう」

「だといいんだがな。……まぁ、話は分かった。盗賊に対しては出来るだけ注意しておく。幾ら可能性が少ないとは言っても、いつ何が起きるか分からないしな」


 商人にそう言い、馬車から離れセトと共に周囲の警戒をしながら街道を進んで行くのだった。






 ギルムの街を出発してから6時間程。朝焼けだった太陽も今は既に真上まで来ていた。


「腹が減ったな。そろそろ昼食にしてもいいんじゃないか?」

「場所が悪いのさ。せめて岩陰のように、モンスター達に多少でも見つかりにくい場所を見つけてからじゃないと」


 レイとセトの近くを移動している馬車から商人達が話している声がレイの耳にも聞こえてきた。


(確かにそろそろ腹が減ってきたのは事実だな)


 内心でそんな風に思いつつ、隣を歩いているセトへと視線を向ける。するとそこでも、腹を減らしたセトが喉をゴロゴロと鳴らしながらレイへと視線を向けて何か食べ物をちょうだい、と無言で訴えていた。


「しょうがないな。ほら、これで昼飯まで我慢しろよ」


 ミスティリングから取り出した干し肉をセトに与えつつ、そのまま更に30分程進み続け……やがて街道の脇に高さ5m程の、ちょっとした岩山のような巨大な岩が存在している場所へと通りかかる。そしてその岩が見えてきたのと同時に、馬車の速度が落ちていく。

 そして前方の馬車からアレクトールが降りて……


「おーい、ここで昼食にしよう。各自、準備を進めてくれ!」


 レイ達の近くにいる馬車へとそう声を掛けるのだった。

 それを聞いた商人達も、待ちかねたとでも言うように次々に馬車を降り、素早く焚き火の用意をしてお湯を沸かし、それぞれにギルムの街で買ってきたのだろうサンドイッチを配っていく。


「ほら、レイも」


 商人の1人から受け取り、次に視線を向けるのはセトだった。


「グルゥ?」

「ああ、ちょっと待ってくれ。セトの食事はアレクトールさんが用意しているからな。確か……」

「お待たせしました」


 アレクトールの方でもレイ達を探していたのだろう。1m程の大きめの袋を持ったままレイ達の方へと近付いていき……


「はい、どうぞ。これがセトの食事です」


 その袋から取り出した、1kgはあろうかという肉の塊をセトへと差し出す。


「グルゥ!」


 余程に空腹だったのか、喉を鳴らしつつその生肉へと食らいつくセトを横目にレイはアレクトールへと驚きの目を向けていた。


「その袋は……」

「ええ。アイテムボックスの簡易版です。とは言っても、これは今回の件で貴族の方から借りているだけですが」

「……今回の件? アレクトールの判断でギルムの街に来たんじゃなかったのか?」

「そこはそれ、色々と後ろ暗いことがあるんですよ」


 自らが後ろ暗いことをしていると堂々と宣言したその様子に、レイは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、次に苦笑を浮かべる。

 アレクトールも笑みを浮かべながらそんなレイへと視線を向け、商人達や麗しの雫の面々が集まっている場所へとレイを誘おうとしたその時。


「グルルゥ」


 あっという間に肉を食いきったセトが、もっとちょうだいとばかりに喉を鳴らしながらアレクトールの方へと顔を向ける。


「……え? ちょっ、ちょっと待って下さい。あの肉の量をこの短時間で食べたんですか!?」


 普通の人間なら、1kgの肉を食うのに30分程度は掛かるだろう。むしろ、それだけの肉を食いきれずに残してしまう可能性の方が高い。だが、セトの身体の大きさを考えれば、1kg程度の肉はおやつ程度にしかならなかった。

 慌てて次の肉を取り出すアレクトールだったが、その肉もすぐにセトの腹の中に収まり……結局、同じことをもう5回程繰り返してようやくセトの昼食が終わる。

 その際にアレクトールの頬はこれ以上ない程に引き攣っていたのだが、それでもセトが腹8分どころか、腹5分程度であると知らなかったのはある意味で幸せだっただろう。






 全員で集まり、サンドイッチとお茶という簡単な食事を取っていたのだが、もちろん周囲の警戒をしていない訳では無い。何しろこの一行にはセトという存在がいる以上は、モンスターにしろ盗賊にしろ、余程高レベルの者ではないとセトの感覚に引っ掛からずに近寄ってくることは出来ない。そのおかげで、一行は比較的安心して食事を取ることが出来ていたのだった。……もっとも、アレクトールはセトの予想以上の食欲にこれからの食費を考えて頬を引き攣らせていたのだが。

 もちろん全てをセト任せにしているという訳では無い。レイや麗しの雫の冒険者達は、会話をしながら食事をしつつ、それでもある程度は周囲の警戒へと注意を向けている。

 そんな中、商人達の会話の流れで来春には確実に起きるだろうミレアーナ王国とベスティア帝国との戦争についての話になり、その話題に興味を持ったレイはそちらへと顔を向けた。


「戦力的にはベスティア帝国が有利だが、かと言ってうちの国も大国に数えられる1国だ。最終的には明確な決着が付かないまま終わるんだろうさ」

「けどよ、今回は向こうも色々と準備をしているって話だろ? 実際、ギルムの街までベスティア帝国の手が伸びてきて何度も騒ぎが起きてるって話だし」

「ベスティア帝国がどう準備をしても、ケレベル公爵様のところにいる姫将軍様がいれば安心だろ」

「でも、これまでにも何度となく姫将軍様にやられている訳だろう? そうそう同じ失敗を繰り返すものかな?」


 サンドイッチを食べつつ会話をしている商人達の様子を見ていたレイだったが、不意にその会話へと入っていく。


「済まないが、今更な質問をしてもいいか?」

「ん? 何だい?」


 商人達のうちの1人が、ハムとチーズのサンドイッチを暖かいお茶で流し込みながらレイへと顔を向けてくる。

 その商人に対して、レイは以前から気になっていたことを口に出す。


「そもそもだ。何でベスティア帝国は何度も何度も、繰り返しこの国に攻め込んでくるんだ? 戦争を起こすともなれば、莫大な費用が掛かると思うんだが」

「……知らないのか?」


 心底意外だとばかりに目を見開く商人達だったが、幸か不幸かこれまでレイはベスティア帝国がそこまでミレアーナ王国へと固執する理由を知ることが出来無かった。もちろん調べればすぐに分かったのかもしれないが、モンスターや魔石、あるいはギルドの依頼に関係するものではなかった為に後回しになっていたのだ。


「ああ。知ってるかどうか分からないが、俺はまだギルムの街に来て1年も経っていないからな。それまではずっと世捨て人同様の暮らしを山奥でしていたんだ」


 結局、いつもの言い訳を口にして自分の世間知らずを誤魔化し、商人に話の続きを促す。


「そうか。……まぁ、簡単に言うとだ。ベスティア帝国ってのは山と陸に囲まれた場所に存在している。そんな場所にあるから農業とかは盛んで鉱山の類も多い、非常に裕福な国なんだよ。ここ10年近くは錬金術にも力を入れているしな。けど、ベスティア帝国にとって10年、100年、あるいはそれよりもっと昔から常に欲している物があった。それが……海だ」

「海?」

「ああ。陸地に囲まれているベスティア帝国は海に面していない。そして海……つまり、港はその国に莫大な富をもたらしてくれるからな。他にも塩や海産資源といったものもある。あいつ等はそれを欲して海に面しているうちの国を攻めてきているのさ」

「……なるほど」


 商人の言葉に頷くレイだったが、その脳裏にはギルムの街で戦った魔獣兵の姿があった。蟹の甲殻や鱗のような、海に生息していると思われるモンスターの魔石を使って作られた魔獣兵達。海が無いというのに、それらを作るのはコスト的には非常に厳しかった筈だ。


(いや、ベスティア帝国の目標が本当に海だというのなら、それに適応した魔獣兵を前もって用意しておくのは当然と言えば当然か)


 商人の言葉でようやくベスティア帝国がミレアーナ王国へと侵攻してくる理由を理解したレイだった。

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