第233話

 いざギルムの街を出発する、という時にアレクトールが人足に引かせてきた荷台。それだけなら特に何でも無かったのだが、その荷台の上に載っているのが100本近い槍だというのが……さらには、その槍のほぼ全てが錆びていたり穂先が欠けていたりと、槍を使う戦士どころか、それ以外の冒険者でも眉を顰めるような状態であった為に周囲の注目を集めていた。

 それを見ている商人達は、何のためにこんなゴミ同然としか思えないような槍をアレクトールが持ってきたのかを不思議がっていたし、タエニアはもしかしてこれを自分達に使えと言われるんじゃないかと思って嫌な予感を抱いていたのだ。

 そんな中、周囲の沈黙を破って1歩前に進み出たのはレイだった。


「20本程度でいいと言ったと思うが……よくこれだけ集められたな」

「いえいえ。言われる程に苦労はしていませんよ。何しろ見ての通り手入れしなければ使えないような物、あるいは廃棄しなければならない物ばかりですので。その為、鍛冶屋や武器屋の人達には却って喜ばれました。その結果がこの量でして……実は、これらを集めるのに元手は殆ど掛かっていませんのでお気になさらず」


 満面の笑みを浮かべてレイへと言葉を返すアレクトール。何しろランクC冒険者を雇う為の報酬がこの槍という名の、半ばゴミに近い物なのだから商人としては笑みを浮かべるなというのは無理だったのだろう。

 ……もっともアレクトールの甘い考えは、後にセトの食欲をその目で見て、さらにはレイの食欲も同時に見て砕かれることになるのだが。


「ちょちょちょちょ、ちょっと、レイ! こんなゴミとしか思えないような槍をどうするのよ!」


 2人で笑みを浮かべながら会話をしているレイへと、タエニアが思わず声を掛ける。

 ハルバードという長物を武器としている為、タエニア自身が口に出したようにゴミとしか思えない大量の槍に対して思うところがあったらしい。

 だが、そんなタエニアの憤りとも混乱ともつかないような問いかけに対して、レイは平然と答える。自分には何ら疚しいところは無いと言わんばかりに。もっとも、実際にレイにしてみれば投擲に使う使い捨ての武器なのだから実際に疚しいところは無い。むしろ使い捨てとして使うのだから、立派な槍よりはアレクトールが持ってきてくれたような槍の方が懐的に考えて優しいのだから。


「何って、もちろん戦闘に使うんだが?」

「だから! こんな槍を戦闘で使ったら危ないでしょ!? 敵に刺したら、それだけで穂先や柄が折れたりするわよ!?」


 真面目な顔で忠告をしてくるタエニア。だが、レイは問題無いとばかりに笑みを浮かべながら口を開く。


「ああ、大丈夫だ。そもそも俺は大鎌を使っているのを見て貰えれば分かるように、実際の戦闘で槍を使った近接戦闘は行わない」

「……は? あんた何言ってるの? 言ってることが矛盾してるわよ?」


 レイの言葉を理解出来なかったのか、どこか胡散臭そうな視線を向けるタエニア。そんな疑惑の視線を受けながら、レイは早速とばかりに荷台の上の槍へと手を伸ばす。


「俺が槍を使うのは、遠距離攻撃にだ。盗賊が短剣を投げるような攻撃をする時があるだろう? あれを槍でやるようなものだと思ってくれていい」

「いや、槍を投げるっていったって……」


 ハルバードを使っているからこそ、タエニアは槍の重量を理解出来る。槍というのは基本的に軽い物でも2kgから3kg。ちょっと重い物になれば5kg近い物も少なくない。それこそ、タエニアの使っているハルバードは5kgに若干足りない程度の重量を持っているのだから。


「ん? あぁ、そうか。俺の力を知らないのはしょうがないか。この外見だしな」


 ローブを着ている状態でもその身長は小さく、そして華奢だ。戦闘している場面を見たことがあるとは言っても、ほぼ初対面であるタエニア達に対して、いくらレイが自分は腕力が強いといってもまず信じられないだろう。デスサイズは見るからにマジックアイテムであり、重量軽減の効果があると判断しているのかもしれない。いや、それは事実正しいのだ。レイとセトが持った時に限りという条件付きではあるが、その重量はほぼ無視出来る程度の、それこそ枯れ木や割り箸、あるいはナイフやフォークといった程度の重量にまで減らされるのだから。


「実際に見せた方が早いか」


 百聞は一見にしかず、とばかりに荷台の上に槍を5本程纏めて持ち上げる。まるで力を入れている様子も見せずに、それこそその辺に落ちている小枝でも拾うかのように槍を持ち上げたのだ。そして順番にミスティリングへと収納していく。

 あまりと言えばあまりのその光景を見せられ、さすがにタエニアも絶句していた。それはタエニアの隣で話の成り行きを見守っていたファベルや、商隊に所属しているアレクトール以外の商人達。そして鉄の槍100本以上を頑張ってここまで運んできた人足達も同様である。

 そんな驚愕の視線に晒される中、レイは次から次に荷台の上の槍をミスティリングへと収納していき、やがて10分も掛からずに全ての槍が荷台の上から消え去った。


「……私、ちょっと疲れてるみたい。宿で一泊してくるから、ファベルは後をよろしくね」

「あー……確かに……って、ちょっと待った! どこに行くのよ!」


 自分へと背を向けて街中に戻ろうとしたタエニアの肩を掴んで引き留めるファベル。このままここで現実逃避をさせてしまえば依頼破棄ということで賠償金を支払う羽目になるし、何よりもこのままだとレイのような非常識な人物の相手を自分がしなければいけない。そんな風に判断しての行動だった。


「何よ、何で槍をあんなに簡単に持ち上げられるのよ。私がハルバードを自由に使えるようになるまで、どれだけ苦労していると思っているの? これはきっと夢なのよ、うん。間違い無い。だから離して、ファベル。私は宿に戻ってぐっすりと寝るの! それこそ春まで!」

「ったく、相変わらず非常事態に弱いわね。それに人間なのに冬眠とかしてるんじゃないわよ。ほら、行くわよ」

「やー! 私おうち帰るー!」


 幼児退行したかのような言動を取るタエニアを落ち着かせ、数分程でようやく元に戻すことに成功する。

 その頃になれば槍を運んできた人足も荷台を持って帰っており、周囲には商隊の面々と護衛の冒険者パーティ麗しの雫、そしてレイとセトだけというメンバーになっていた。

 ……尚、幼児退行したタエニアを見て若干不安そうな表情を浮かべていた商人もいたのは、ある意味しょうがないことだったのだろう。






「おや、レイ君。君が護衛の依頼を受けるのかい? また、珍しいこともあったものだ」

「成り行きでな。ほら、この前のアイスバード襲撃で助けた時の縁だ」


 ギルドカードと従魔の首飾りを渡しながらランガと会話をするレイ。その近くでは、他の警備兵達が商隊の馬車を不審な様子が無いか調べたり、あるいは通行証におかしなところがないのかを確認していた。何しろベスティア帝国関係の騒動が短期間で複数起きている為に、街の出入りに関しては以前より厳重になっているのだ。警備隊の隊長でもあるランガがここにいるのも、いつもの道楽という面以外にもいざという時に咄嗟の対処をする為という理由もあった。


「ああ、そう言えば」


 数日前の騒動を思い出したのだろう。ランガが納得するように頷く。


「あれからモンスターに襲撃される奴とかは出ていないのか?」

「そうだね、出ていないよ。何しろこの季節にわざわざギルムの街まで来る人自体が少ないというのもあるし」


 言外に、今回のアレクトールの商隊が珍しいのだと告げるランガ。そして、だからこそ身分証明等のチェックが厳しくなっているのだというのも同様に匂わせている。


「そうか。まぁ、俺が見たところでは特に問題は無いと思うが……それに関しては、専門家に任せるとするさ」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 そんな風に会話をしている間にようやく馬車のチェックも終了し、問題無しと認められる。


「よし、通ってもいいよ。……レイ君、気を付けて」


 最後に一言だけ残し、その言葉を背に受けながらレイ達は街の外へと進み出すのだった。






「じゃあ、私が商隊の左。ファベルは右ね。ルイードは弓だから真ん中でどこからモンスターや盗賊が襲ってきてもいいように警戒して。レイは馬車の背後をお願い。セトがいるってことは嗅覚とかも私達よりは鋭いから、背後から誰かが攻撃を仕掛けてきたらすぐに分かるでしょ」


 テキパキと指示を出していくタエニア。その様子からは、ほんの10分程前に幼児退行をしていたというのを窺うことは到底出来なかった。

 商隊の商人達も、不安そうに向けていた表情を安堵のものへと変えていく。


(しまったぁ……全く、あそこであんな恥を掻くとは思わなかったわよ。おかげで商人達の視線が……大体、それもこれも全部レイが悪い。あんな非常識な真似ばっかりして)


「……ん? どうした?」


 タエニアに指示された通りに、商隊の背後へと向かおうとしたレイが視線に気が付き振り返る。

 するとそこにはどこか恨めしそうな視線を向けているタエニアの姿があった。


「な、何でもないわよ。それよりも、護衛の中でも背後はそれなりに重要な場所なんだからしっかりと気を引き締めてね!」

「そんな重要な場所に俺を置いてもいいのか?」

「セトがいるからね」


 言外にお前は戦力外だと言われたような気がしたレイだったが、実際に今回のような商隊の護衛という依頼は受けたことがない為に、それもしょうがないかと溜息を吐く。そしてどうせならとばかりに、先程から気になっていたことをタエニアへと尋ねる。


「商人達は馬車に乗ってるが、俺達は歩きなのか?」


 その質問を聞いたタエニアは、どこか呆れた様な視線をレイへと向けて口を開く。


「何、あんた護衛なのに馬車に乗って楽をしたいって言うの? 馬車に乗ったままだと、いざモンスターが攻めてきた時に素早い対応が出来ないでしょ?」

「それは分かるが、それよりも全員が馬車に乗ってさっさと移動距離を稼げば最終的には襲撃の危険性が少ないと思うんだがな」

「確かにそういう手法を取っているパーティがいるというのも事実よ。要は、襲撃の回数そのものを少なくしていざ襲撃があった時に護衛の反応が鈍くなるか、あるいはその逆か。私達は後者を取っている訳」

「なるほど。確かに馬車に乗っている状態だと地上を歩いている時と比べると、いざという時の反応が鈍くなるか」


 タエニアの説明に頷いているレイ。そしてそこにアレクトールが通りかかって口を挟む。


「それとギルドでも言いましたが、今回はアイスバードの襲撃のせいで商隊の仲間達と馬車を1台無くしていますからね。だから馬車にはギルムの街で仕入れた商品を限界まで積み込んであります。申し訳ありませんが、商隊の者達もギリギリ乗ることが出来ている程に押し込めているので、冒険者の皆さんを乗せている余裕が無いという理由もあるんですよ」

「……だって。分かった? ほら、ならさっさと自分の場所に行く! そろそろ街から随分と離れてきたから、隊列をしっかりと整えるわよ」

「了解した。セト、行くぞ。俺達は後ろだ」

「グルルゥ」


 レイの言葉にセトが鳴き、大人しく背後へと向かう。

 そんなセトの頭を撫でながら、そういえばアイスバードの魔石をまだ使ってなかったというのを思い出すレイだった。






 馬車の隊列を整え、レイ達はギルムの街からアブエロの街へと続く街道を進んで行く。

 もっとも隊列を整えるとはいっても、所詮2台の馬車だ。縦に前後して進んで行くに過ぎず、その周囲をタエニアが指示したように分散してレイ達が護衛を務めているという状況だった。


「……ん、大分明るくなってきたな」

「グルゥ? ……グルゥ」


 ふと空を見上げて呟くレイに、セトもまた釣られるようにして空を見上げる。その視線の先にあるのは、眩しく輝く太陽。幸いなことに雪は降っておらず、冬晴れと言ってもいいような天気だった。


「まぁ、寒さはどうしようもないんだけどな」


 視線を街道の脇へと向けると、そこでは霜柱の立っている地面が見える。つい悪戯心を出してその地面を踏むレイ。するとサクッという小気味よい音が聞こえてきた。


「グルルゥ?」


 自分もやりたい、と街道の脇へと進んでくるセトを見ながら、レイはすぐに護衛としての役目を思い出して再び馬車の後ろへと戻っていく。

 背後でセトが霜柱を潰してご機嫌に唸る声を聞きながら。

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