第230話

 ギルムの街の冒険者ギルド。相変わらず冬で依頼ボードの前よりも併設されている酒場の方が賑わっている中、レイは真っ直ぐにカウンターへと進んで行く。

 シスネ男爵家で依頼完了の証明書を貰った後、そのままセトと共にギルドへとやってきたのだ。もちろんギルドに訪れた理由はランクアップの手続きを行う為以外の何ものでもない。


「あら、レイさん。今日はどんな御用ですか? 生憎とケニーは今日は休みをとっていますが」


 そんなレイへと向けて、カウンターの向こうからレノラが声を掛けてくる。相棒とも呼べるケニーが休日ということもあって暇だったのだろう。どこかからかうような声だった。

 あるいはこれが冬以外の季節であったのなら、冒険者の相手に忙しくてここまで軽口を叩ける余裕も無かったのかもしれないが。

 いつもはお堅いと言ってもいいようなレノラのそんな態度に微かに、笑みを浮かべつつギルドカードと依頼完了の証明書をカウンターの上に置く。


「戦闘訓練の依頼完了だ。これで俺のランクはCになるんだよな?」

「ええ、その通りです。ではギルドカードの書き換えをしてきますので、少々お待ち下さいね」


 そう言い、カウンターの奥へと向かったレノラを見送り、特にやることも無くなったレイは周囲を見回す。

 こんな時にケニーがいれば話し相手になって貰えるのだが、休日をとっている以上はしょうがないという判断だった。


(さて、ギルドカードの更新が済んだらどうするか。……そういえばアイスバードの魔石があったな。街の外でセトとデスサイズに吸収させるか。冬のモンスターを相手にする可能性を考えると、それ程遠くない場所で……)


「あの、すいません。もしかして……」


 レイがこれからの予定を考えていると、唐突に横から声を掛けられる。

 その声のした方へと振り返ると、恰幅のいい中年の商人風の男が笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

「何か俺に用事でも?」

「ええ。えっと、貴方はレイさんですよね? 私は昨日貴方達にアイスバードから助けて貰った商隊を率いている者です」

「あぁ、昨日の。……無事で何よりだったな」

「はい。レイさんを含めたギルムの街の冒険者の方々には、本当に何とお礼を言ったらいいのやら」

「気にするな、こっちも未知の魔石を手に入れられたからな」


 未知の魔石。その言葉をレイが口にした時、商人の目が一瞬だけ鋭く光った。

 昨日街に入る時にミレイヌと名乗った冒険者から聞いた情報と一致した為だ。

 だが、その鋭い光も宿っていたのはほんの一瞬であり、すぐに元の柔和な色へと戻る。


「どうでしょう? 昨日のお礼がてらお食事でも。是非貴方のような将来有望な冒険者の方とは懇意にしたいのですが」


 そう誘ってくる商人に、若干躊躇いながらも頷く。レイにしても、目の前にいる商人に尋ねたいことがあった為だ。


「いいだろう。なら酒場の方で席を取っておいてくれ。こっちの用事が終わったら酒場に向かう。……あぁ、酒はそれ程好きじゃないから、冷たいお茶やジュースでも注文しておいてくれると助かる」


 再びピクリと微かに眉を動かす商人だったが、小さく頷いてから酒場へと向かっていく。


「……かなり食えない商人だな」


 その背を見送り、呟くレイ。

 外見だけで見れば、裕福な商人以外の何者でもなかったのだが、時折見せる一瞬だけの鋭い表情。その表情が、レイにあの商人が見た目通りの人の良い商人ではないだろうと理解させていた。


(まさか、この時期にベスティア帝国の手の者がまた送り込まれてきた……とかだったりしないだろうな? いや、わざわざああも派手に街に向かって来たのを見る限りでは可能性は低いか。それに警備隊の者達にしても、これまでの経験から考えてベスティア帝国の手の者を警戒しているだろうし)


「レイさん、お待たせしました。……レイさん?」


 ギルドカードの書き換えを終えたレノラがカウンターへと戻って来てレイに声を掛けるが、肝心のレイはその声が聞こえていないかのように自分の考えに耽っている。


「ふぅ……レイさん!」


 溜息を吐きながら、カウンター越しにレイのドラゴンローブを強く引っ張っていつもより大きめの声を上げるレノラ。

 そこまでされて、ようやくレイはレノラの存在を思い出す。


「っと、悪い。ちょっと考えごとをな。……それで、そのギルドカードが?」

「はい。ランクCのギルドカードです」


 そう言い、レイへとギルドカードを手渡すレノラ。

 レイが受け取ったギルドカードを見てみると、確かにそこにはランクCという文字が表記されている。


「まぁ、変わったのはこのランクの表記だけだから、いまいち実感がないけどな」

「そんなことないですよ。ギルムの街のランクCまでの最年少記録で、最短記録なんですから。もちろんミレアーナ王国全体を見れば、もっと早い人もいるかもしれませんが……それでも、このギルムの街で最年少記録、最短記録の2つをランクCで得たというのは凄いことだと思います。何しろここは辺境なだけに、冒険者の入れ替わりも多いですから。……その分、冒険者志望の人も多いんですけどね」


 レイの言葉に、とんでもないとばかりに説明を続けるレノラ。そんなレノラに対して、驚いたような視線を向けるレイ。

 いつもは冷静沈着であるレノラがここまで勢い込んで話すのは、ケニーとのやり取り以外では珍しかったからだ。


「ん、コホン。失礼しました。とにかく、レイさんは晴れて今日からランクC冒険者となります。ランクC冒険者ともなれば、既にベテランクラスと認識されてますので、くれぐれもその辺を注意して行動するようにして下さいね」

「行動、か。例えばどんな風なのが駄目なんだ?」

「鷹の爪のような出来事です」


 そう言われるも、レイはレノラが何を言っているのか一瞬分からなかった。だが、数秒程でようやくレイ自身がゴブリンの涎と名付けた面々を思い出す。


「あれに関しては、向こうから絡んできたんだからしょうがないだろう? まさか、絡まれたままにして一方的にやられっぱなしになれ、なんて言うのか?」

「それはもちろんそうですが……それでも全財産を奪うのはやり過ぎですよ。鷹の爪の皆さん、あれからギルドに借金をして、それを返すのに大変だったんですから」

「それに関しては自業自得だろう。そもそも、ああいう冒険者を取り締まらないギルドにも責任があると思うが?」

「うっ、それはそうなんですが。ただ、ああいう荒っぽい人は多いので、それがこのギルムの街の活気になっているというのもあるんです。それでも戦力が足りない時とかありますし……まぁ、いいです。とにかく何度も繰り返しますが、今日からランクC冒険者であるというのを忘れないで下さいね」

「分かったよ。手続き助かった」


 それだけ言って、カウンターの前から立ち去るのだった。






「レイさん、こっちです!」


 ギルドに併設されている酒場へと向かったレイ。そんなレイを目敏く見つけ、商人は手を振って自分の居場所を知らせる。

 商人の座っているテーブルに既に幾つもの料理が並んでいるのを見ながら、そちらへと向かって行くレイ。


「待たせたか?」

「いえいえ、レイさん程の冒険者と話が出来る機会だと考えれば、この程度の待ち時間はどうということもありませんよ。それよりもCランクにランクアップしたそうで。おめでとうございます。これは私からのお祝いですので、どうか好きなだけ食べて下さい」

「……ほう。よく俺がランクアップしたってのを知ってるな。それ程大勢が知っている話じゃないんだが」


 感心したように、さらにはどこか警戒したように呟き、商人に勧められるままに向かいの席へと座る。


「そこはそれ、商人は情報が命ですからね。ささ、どうぞどうぞ」


 そう言いつつ差し出された樽を見て、微かに眉を顰めるレイ。


「俺がアルコールを好まないというのは、さっきも言ったと思うが?」

「それはそれ、折角のランクアップのお祝いですし。1杯くらいはいいでしょう? きちんと弱いワインを選んで貰いましたし」

「……まぁ、それならいいか」


 商人の折角の気持ちを無にする訳にもいかずに、黙ってコップへとワインを注がれるのを待っているレイ。


「いやいや、すいませんね。どうせなら美人の酌で飲むのがいいんでしょうが、こんな中年男の酌で」

「気にするな、ここの料理は十分に美味いからな。下手な酒場で飲むよりはいいさ」


 コップに注がれたワインを、念の為に1口、2口と少しずつ飲みながら身体に異常が無いかを確認する。

 もちろんレイ自身に薬の味が分かる訳では無いが、それでも身体に異常があるかどうか、あるいは妙な味がしないかどうかというのは確認出来る。

 もっとも、ゼパイルの技術の粋を凝らして作られたレイの身体だ。大抵の毒や薬の類に対しては十分な耐性があるのも事実だった。

 そして、そんなレイの様子を見た商人は思わず口元に苦笑を浮かべる。

 目の前にいる人物が自分を疑っているというのが分かったからだ。レイとしてはそれを隠そうとしているのかもしれないが、さすがに今まで幾多もの交渉を行って来た商人にしてみれば、警戒心を隠し切れてなかった。


(昨日の戦闘では圧倒的としか言いようのない戦闘力をみせたが、やはり年相応の部分もあるか。いやまぁ、この年齢であれだけの戦闘力を持っているというのがそもそも異常なんだろうけど)


 フードを下ろした今のレイは、その15歳程度の外見を露わにしている。昨日の戦いの時はフードを被ったままだったので顔をしっかりとは確認出来なかったのだが、こうして料理を口に運んでいるその姿は、年相応といってもいいものだった。


「……で、こうして食事をご馳走してくれるということは、わざわざランクアップを祝ってくれたかった訳じゃないんだろう? 用件は何だ?」


 ファングボアの串焼きを口へと運びながら、商人へと尋ねるレイ。

 その問いを待ってましたとばかりに、商人は笑みを浮かべて口を開く。


「そうですね。ではまずは自己紹介からにしましょうか。私はレイさんの名前を知っていますが、レイさんは私のことを知らないでしょうし」

「ああ。そうして貰えると助かる」


 串焼きの口直しに、野菜サラダを口へと運びながら頷く。


「先程も言いましたが、私は昨日レイさんに救助して貰った商隊を率いている者でアレクトールと申します」

「……へぇ」


 野菜サラダを食べる手を止め、僅かに感心したように呟くレイ。

 何しろ商人だとは分かっていたのだが、それでも商隊を率いていた商人だとは思ってもいなかった為だ。


「それはまた、色々な意味で大変だったな」

「ええ。確かに……」


 瞳に微かに憂鬱な表情を宿しながらレイの言葉に頷くアレクトール。

 元々アレクトールの商隊は馬車3台とそれ程大きな商隊ではなかった。それがアイスバードの襲撃により、1台の馬車が完全に駄目になってしまったのだ。冒険者が死んだのは護衛として雇っていた以上はしょうがないだろう。馬がアイスバードに食い殺されたのも、出費は痛いがまだアレクトールの許容範囲内だった。しかし馬車の車体そのものがアイスバードの攻撃で修復不可能なまでに破壊され、同時に馬車に積まれていた商品もその影響で大半が駄目になっている。そして最も痛手だったのは、馬車の中に隠れていた商人達までもがアイスバードに食い殺されたことだ。

 特に商人達はアレクトールがこれまで苦楽を共にしてきた家族と言ってもいいような存在だった。そんな存在を10人以上目の前で殺されてしまったのだから、外見上は気丈に振る舞ってはいても内心で覚悟は決めていた。

 そしてそんな中で出会ったのがレイであり、セト。自分達の命もこれまでか……そんな風に思って覚悟を決めていた時に、まるでそんな絶望は存在しないとばかりに現れ、アイスバード達を一掃したのだ。そんなレイとセトに対し、商人としての興味だけではなく1人の人間として興味を抱いたのも無理はなかっただろう。


「ですが、幸いその損害もギルムの街の取引である程度は埋められそうです。……もっとも総合的に見ると、どう考えても赤字なんですけどね」

「そもそも、何で冬のこの時期にわざわざここまで来たんだ? 冬になれば普通のモンスターの他にも昨日のアイスバードのような、この季節しか姿を現さないモンスターが出て来るのも予想出来たと思うが」

「……そうですね。確かに普通なら私も冬にギルムの街のような辺境までは来ません。せめて辺境でなければ、モンスターが現れることもそれ程多くないので何とかなるんですが……」


 そう告げながら、苦虫を噛み潰したかのような表情でワインの入っているコップを口元へと持っていくアレクトール。

 その様子は、飲まなければやっていれないというのを如実に表しているかのようだった。

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