第228話
「レイ君! ……ふぅ、良かった。無事だったんだね」
アイスバードの分配を決め、残った2台の馬車を護衛しながらレイ達はギルムの街へと到着する。
するとそれを待ち受けていたかのようにランガを含めた警備隊の面々が出て来て、驚きと笑みを浮かべながら出迎えるのだった。
「ギルドの方から連絡はいってるか?」
ギルドカードをランガに渡しながら尋ねるレイ。
「ああ、もちろん聞いてるよ。緊急事態で街中から直接セトで飛び立って行ったってのもね。今回はギルドの方からの申請があったから、街中からの飛行で罰則の類は無いから安心して欲しい」
ギルドカードをチェックして、レイへと返しながらランガが言う。
その視線の先には、普通なら街を出る時に回収する筈の従魔の首飾りを掛けているセトの姿があった。
「それは何よりだ。それにしても、アイスバードの群れか。こんなことは頻繁にあるのか?」
「いやいや。アイスバード自体の目撃例はそれなりに多いけど、かといってあれだけの群れを作るのは滅多にないよ」
「……となると、今回は特殊なケースだと?」
「恐らくね」
そんな風に会話を続けているレイとランガを横目に、商隊の商人達や護衛の冒険者、あるいは救援として出向いたミレイヌ達も街へと入る手続きを進めていた。そんな中、恰幅のいい商人の1人がセトへと視線を向けているミレイヌへと声を掛ける。
「すいません、あの人って一体どういう人なんですか? 顔を見る限りではまだ10代半ば程度の見習い魔法使いの子供にしか見えないのに、高ランクモンスターであるグリフォンを従えているし、護衛に来て貰った1人と1匹であそこまでの圧倒的な戦闘力を発揮して、更には魔法まで。……ちょっと信じられないんですが」
その商人の声に、他の商人や護衛の冒険者達も思わず耳を澄ませる。
子供の冒険者というのは珍しくないし、モンスターテイマーや魔法使い、戦士といったものも珍しくない。だが、それ等全てを併せ持った冒険者となると相当に珍しく、興味の出ない方がおかしかった。
それはミレイヌにとっても分かっていたし、ここで誤魔化したとしてもレイの存在はギルムの街ではかなり有名だ。それこそ、その辺の屋台の店主にでも聞けばある程度の情報はすぐに集まるくらいには。
頭の中で素早くそれを計算し、手を商人の方へと向けるミレイヌ。
情報料。それを要求しているのは明らかだった。
男も商人である以上は情報の重要性は理解していたので、特に躊躇う様子も無く銀貨を1枚ミレイヌへと手渡す。
銅貨程度を貰えれば御の字程度という風に考えていたミレイヌだけに、渡された金額の多さに内心で驚いていたが、それを表に出さずに商人の耳元で口を開く。商人にしてみれば、あれだけの腕を持つ冒険者の情報だ。正直に言えば銀貨どころか、金貨を渡してでも惜しくはないと思っていたのだが。
「名前についてはレイ。グリフォンの方はセトちゃ……もとい、セト。ギルムの街に来てからはまだ半年くらいしか経ってないんだけど、登録してから最短でランクDまで上り詰めた、ギルムの街でも現在売り出し中の冒険者よ。……あぁ、違ったか。バスレロの依頼を終わらせればランクCにランクアップするんだっけ。まぁ、どのみちギルムの街の冒険者ギルド史上最速でランクを駆け上がってきたってのは事実ね。何しろランクGの時にランクBモンスターのオークキングをソロで倒してるし」
「……嘘でしょう?」
さすがにその言葉は信じられなかったのか、思わずミレイヌに尋ね返す商人。
だが、それも無理はなかった。常識を持っている人なら、ランクG冒険者がランクBモンスターをソロで倒したと言われて信じる方がどうかしている。それ程の出来事なのだから。
「あ、そ、そうか。きっと噂が派手になってるんですよね? よく噂が一人歩きするってことはありますし」
そんな商人の言葉に、無言で首を振るミレイヌ。
「他の噂ならその可能性もあるかもしれないけど、オークキングに関しては間違いの無い事実よ。何しろ、私の目の前で実際に倒したんだから」
「……それは……」
「まぁ、戦闘力については今言ったように折り紙付きね。現在はランクDだけど、ランクAの冒険者とも互角に戦えるだろうと冒険者の間では言われているわ。実際、私もレイの戦闘力の底を見たことは無いし。それに……」
その時ミレイヌの脳裏を過ぎったのは、オークとの戦いの時に見た、本来であればグリフォンが持っていない筈の数々の特殊な能力。
だが、もちろんそれを口に出すような真似はしない。何しろ、ミレイヌを含めた灼熱の風のメンバーの体内には『戒めの種』という魔法で作られた種が埋め込まれているのだから。
「いえ、何でも無いわ。それと戦闘中に見たように、マジックアイテムを多数持っているわ。個人的にもマジックアイテムを集める趣味があるみたいだし。……稼げるっていいわよね」
ポツリと呟くミレイヌ。最近のミレイヌとしてはセトに入れ込んでいる影響もあって、金欠気味でマジックアイテムを買うような金はどこを探しても無かった為に出た一言だった。
「マジックアイテムですか。なるほど。それなら何とか……」
商人の方は、マジックアイテムの当てがあるのか何かを呟きながら頷く。
そんな商人に向かって、ミレイヌはさらに言葉を続ける。
「他にも魔石を集めてるみたいよ。もっとも、1種類につき2つまでとか変な決め事があるらしいけど。レイに言わせると観賞用と保存用なんだとか」
「……魔石を? いえまぁ、マジックアイテムを集めるような趣味を持っているのなら、それもおかしくはないですけど」
「他にも、料理とかに詳しいみたいね。この街で少し前から流行し始めたうどんって料理があるんだけど、それを考えたのもレイだって話だし」
「うどん、ですか?」
「そ。まぁ、屋台とかでも売ってるから、気になるなら食べてみるといいわ。満腹亭って食堂の店主がレイに直接教わって広めた料理だから、きちんとしたのを食べたいのなら満腹亭に行っているのもいいかもしれないけど」
「はぁー……それにしても、最速のランクアップ冒険者で、実力も折り紙付き。それでいてその他の事柄にも知識が深いって……どんな超人ですか、あのレイって人」
感心した……と言うよりは、どこか呆れたような表情でランガと話しているレイへと視線を向ける商人。
「何でも、生まれてからこれまでずっと偏屈な魔法使いに育てられていたらしいよ。それで修行が一段落したから、後は冒険者でもやれって放り出されたとか何とか」
「へぇ……そんな人もいるんですね。……色々とためになるお話を聞かせて貰って助かりました。ありがとう御座います。後でお礼を言うついでにちょっと話してみたいと思います」
ペコリと頭を下げ、商人は仲間達と一緒に馬車でギルムの街へと入っていく。
それを見送って少し話しすぎたかもと内心で考えつつも、ミレイヌもまた自分を呼んでいるエクリルの下へと向かうのだった。
「坊ちゃま!」
レイとバスレロがギルドの中に入った瞬間、まるで悲鳴のような声が周囲へと響き渡った。
「ア、アシエ!?」
その声の主が誰なのかを瞬時に悟ったバスレロだったが、俯いていた顔を上げるよりも早くその小さい身体はアシエに抱きしめられて動きが取れなくなる。
「坊ちゃま、街の外に……それも、モンスターとの戦いに向かうなんて何を考えているんですか! しかも馬車に隠れて行くなんて! 坊ちゃまを迎えに来て、それを聞いた私がどんな気持ちだったか……」
力一杯バスレロを抱きしめながらも、アシエの顔からは涙が溢れる。
「もっ、もが、もがあっ! な、何でアシエがそのことを知ってるの!?」
15歳にしてはそれなりに豊かな膨らみを持つ2つの双丘で窒息寸前のところを何とか抜けだし、叫ぶようにしてアシエへと尋ねる。
その声に、酒場で我関せずと酒を飲んでいた者達の視線も集めるが、メイド服を着た少女と10歳程度の少年といういかにも酔っ払いに絡まれそうな2人組なのにすぐにその視線が外されたのは、2人の側に立っているレイやミレイヌを始めとした救援組の冒険者達の姿があったからだろう。
「坊ちゃまがいつもの時間になっても帰ってこなかったから、迎えに来たんです。そしたら受付の方に坊ちゃまがいないと言われて……」
「そ、それでも馬車に忍び込んでたなんて普通は思わないだろ? どこかで寄り道してるとか」
「レイさん達がモンスターに襲われている人達の救援に行ったのに、坊ちゃまがそんなことをするとは思えません!」
絶対の確信を得たかのようにそう告げるアシエ。そしてその迫力に、思わず息を呑んで後退るバスレロ。
「それに、私のメイドの勘は坊ちゃまが馬車に忍び込んでいたと告げていましたから」
「いや、せめてそこは女の勘にしようよ」
2人の話を聞いていたミレイヌが思わず突っ込みを入れる。
そしてその言葉で我に返ったのだろう。慌てたようにアシエが周囲を見回す。
今まではバスレロの無事を確認して、感極まった為にそれどころではなかったのだろう。
「あ、その……すいません。私、シスネ男爵家に仕えているメイドのアシエと申します。今回は坊ちゃまが皆さんに迷惑をお掛けして……」
「ああ、いいからいいから。バスレロの行為で被害を受けたのはレイだけだしね。そのレイにしても、怪我らしい怪我はしていないみたいだし」
ドラゴンローブがアイスバードの放った氷の矢を受けたのは、もちろんミレイヌも見ていた。だが、それをわざわざ口にするつもりは一切無い。何しろ、そもそもが色々な意味での規格外の存在なのだ。マジックアイテムを集めているというのを知っている以上は、いつも身につけているローブがマジックアイテムだとしても驚くには値しなかった。
「レイさん!? 怪我の方は大丈夫ですか!? 回復魔法を……」
「いや、怪我はしてないから問題無い。ミレイヌが言ってる通りに怪我らしい怪我はしていないからな。それよりも、バスレロを屋敷に連れ帰ってやれ。人やモンスターの生き死にを初めてその目で見たんだ。今日はゆっくりと休ませてやった方がいい。屋敷の方には明日行くから」
平然とした顔でそう告げるレイに、アシエは確かに怪我はしていないのだろうと判断し。すぐにでも回復魔法を使おうとして取り出した短めの杖を腰へと戻す。
「そうですか。……では、今日は私と坊ちゃまはこの辺で失礼させて貰います。坊ちゃまを庇って下さってありがとうございました」
深々と一礼をするアシエと、それに釣られるように頭を下げるバスレロ。
「何度も言うが、気にするな。今回の件も戦闘訓練かと聞かれれば、そうだと言ってもおかしくなかったからな。……バスレロにしてみれば多少早い経験だったかもしれないが」
「そんな! 僕はあの光景を実際にこの目で見ておいて良かったと思ってます。先生が気にするようなことじゃ……」
慌てたようにそう言ってくるバスレロだったが、気にするなとでも言うようにその頭へとポンと手を乗せるレイ。
「とにかく、自覚はしてないだろうが色々と疲れている筈だ。もう屋敷に戻って休め」
「はい。……では、明日お待ちしています」
先程同様に深々と頭を下げると、バスレロの手を逃がさないとばかりにしっかりと握り、そのまま2人揃ってギルドを出て行く。
「ああして見ていると、仲のいい姉弟にしか見えないな」
「そうかもね。それよりレイ、ケニーが呼んでるよ。今回の緊急依頼の件だって」
レイと同じくアシエとバスレロの姿を見送っていたミレイヌの言葉に、視線を受付カウンターの方へと向ける。するとそこでは手招きをしているケニーの姿があった。ミレイヌに引き入れられた他の冒険者達の相手をレノラと共にしながらの手招きであると考えると、随分と器用な真似をしているといえるだろう。
もっとも、自分達の存在を蔑ろにされているように感じられていた冒険者達にとっては面白くなかったが、手招きしているのが人気の受付嬢であるケニーだったり、手招きされているのがレイだったりするのでそれを表には出していなかった。あるいは、早く酒場やら娼館やらに向かいたい者達はそんなのは関係無いとばかりに手続きを済ませている。
「ほら、行ってきなよ。愛しのケニーが待ってるからさ」
「別に愛しのって訳じゃないんだがな。色々と世話になっているのは事実だが……」
その時にレイの脳裏を過ぎったのは某姫将軍だったりしたのだが、本人はそれを表情に出すことなくケニーの下へと向かって依頼の後処理を行うのだった。結果的に得た報酬は銀貨5枚と労力に見合っているかと言われればそれ程でもなかったのだが、元々金に困っていた訳でも無いレイにしてみれば、未知のモンスターであるアイスバードの魔石を2つ手に入れられたことで十分満足だった。
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