第223話
223
7日目。今日もまたレイとバスレロはギルドの訓練場へと向かっていた。
一応訓練場を使う前にギルドでレノラに断っていたのだが、幸いなことに今日はバスレロへと絡んでくる酔っ払いがいなかったのは前日の出来事を思えばある意味で当然だったのだろう。
「先生、今日の相手もハスタさんとですか?」
訓練場へと向かう途中でバスレロがレイへと尋ねるが、レイはそれに小さく首を振る。
「ハスタはランクはそれ程高くないが、色々と忙しい奴でな」
そう言い、家でやっている食堂で使うモンスターの肉を獲っているというのを説明するレイ。
「へぇ……ハスタさんも家族思いなんですね」
バスレロにしても、父親であるムエットやメイドであるアシエに関しては大切に思っているので、ハスタの気持ちは十分に理解出来た。
「まぁ、そういう訳でハスタは今日は街の外に出ている筈だ。他の金欠の冒険者達と一緒にな」
「じゃあ、今日はただ訓練場で先生と訓練を? でもそれならうちの裏庭でも……」
「安心しろ、今日も特別ゲストを呼んである」
そう言いつつ、レイが訓練場の方へと視線を向ける。
そこにいたのは、モンスターの皮で出来たレザーアーマーを身につけた1人の女戦士だった。
「……」
一瞬、その凛々しい美しさに目を奪われるバスレロだったが、それも次の瞬間には崩れ去る。
レイ達一行を見たその瞬間、女はバスレロにとっては信じられないような速度で突っ込んで来たのだ。
「っ!?」
そのあまりの速度に、思わず危機感のままに鞘から剣を抜こうとして……口元に苦笑を浮かべたレイに止められる
「先生?」
「問題無い。あいつはいつもああだからな」
「セトちゃん、セトちゃん、セトちゃーんっ! 元気にしてた!? お腹減ってない? 今日もセトちゃんの好きそうな物を幾つか持ってきたから一緒に食べよう!」
急速に距離を縮めたその女戦士――ミレイヌ――は、レイとバスレロが目に入っていないかのように通り過ぎ、そのままレイの背後から付いてきていたセトの首筋へと抱き付く。
「グルルゥ」
そんなミレイヌを既に慣れたように受け止め、そのまま顔を擦りつける。
「えっと……先生?」
つい先程見た、凛とした女戦士といったイメージが一変した様子に、どこか戸惑った様にレイへと声を掛けるバスレロ。
「ああ、気にするな。こいつはセトに入れ揚げていてな。セトを見るといつもこうなんだよ」
「……大丈夫なんですか?」
セトへと抱き付き、頬ずりし、背中を撫でながら至福の表情を浮かべているミレイヌを見ながら、バスレロは思わずレイへと尋ねる。
そんな質問に、レイは苦笑を浮かべながら小さく頷く。
「まぁ、これだけを見ると心配になるのもしょうがないが、こう見えてランクCパーティのリーダーだ。特に武器は見ての通り剣だから、バスレロにとっては最適の相手だと思うぞ」
「ランクC!?」
レイの言葉に思わず叫ぶバスレロ。目の前でセトを相手に蕩けている女戦士がレイよりも高ランクの冒険者だとは、とても思えなかった為だ。
そしてレイとしてもバスレロの気持ちは分かったのだろう。先程浮かべた苦笑をより強くしながらセトと戯れているミレイヌへと視線を向ける。
「性格と能力は別物って奴の典型的な例だな。実際、剣の腕はかなり立つのは間違い無い。……昨日お前と模擬戦をしたハスタと戦っても勝率が9割を切ることはないだろうな。……ハスタが2人いて、初めて互角程度と言ってもいいと思う」
「そんなに……」
唖然として自分を眺めている視線に気が付いたのだろう。ミレイヌはようやくセトから離れてレイへと向き直る。
「ん、コホン。色々と言われていたようだけど、今日貴方の訓練に付き合うことになったミレイヌよ。よろしくね」
「はい! 先生よりもランクが上の方に訓練して貰えて嬉しいです。よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げるバスレロだったが、その口から出て来た言葉にミレイヌの頬は思わず引き攣る。
「えっと、バスレロって言ったわよね。確かに私はそこにいるレイよりもランクは上よ。でも、いい? 決して間違って欲しくないのは、レイという存在はある種の規格外だっていうこと。ランクは私よりも下でも、単純に強さだけで考えればランクA相当だって話なんだから妙な勘違いはしないようにね」
レイと同等の強さだと思われてはやっていられない、とでも言うように告げるミレイヌ。
実際、このギルムの街にいる冒険者で最もレイと行動を長く共にした冒険者といえば自分達灼熱の風だという認識がある為に、レイがどれだけ規格外の存在なのかは一番よく知っていた。現在のレイのランクであるD以上の冒険者全てがあんな出鱈目な実力を持っていると思われては、ギルムの街が怪物の集まりになってしまう。半ば反射的にそう思い込んだミレイヌの勢いに押されたように、バスレロは頷く。
そんな2人の様子を眺めていたレイだったが、やがて手を叩いて2人の注目を集める。
「さて、下らない話はそれまでだ。それよりもミレイヌ、準備はいいな?」
「もちろんよ。それよりも、報酬の方忘れていないでしょうね」
「ああ」
本来は無関係なミレイヌを自分の依頼の手伝いとして引っ張り込んだのだから、当然そこには報酬が必要とされる。昨日のハスタのように冬の戦いにおける調整という意味でなら問題は無かったのだが、それはあくまでも特殊な例だ。普通の冒険者は基本的に冬の間は休業中なのだから。
「ふふっ、セトちゃんとデート、セトちゃんとデート。セトちゃんとデート。セトちゃんとデート」
まるで壊れたラジオのようにその単語を繰り返しながら、鞘から剣を引き抜くミレイヌ。その剣が、セトが転移石によって転移させられた時に使っていた剣と違うことにレイは気が付く。
(恐らくあの時の報酬で買い換えたか何かしたんだろうが……金遣いが荒いな)
そもそもミレイヌは、元々金遣いはそれ程荒い訳では無かった。だが、セトというミレイヌの心を一発で射止めた存在に出会って以降はセトへと餌付け――愛情の籠もった差し入れ――をする為に大量に金を使うようになっていた。そして、それに釣られるように金を使う感覚が若干変化していき、その結果が今ミレイヌの手にある新しい剣だった。
「せ、先生……何か怖いんですけど」
ミレイヌの様子に、思わずレイへと涙目で縋るバスレロだったが、レイは何でも無いかのように口を開く。
「気にするな、俺は気にしない。それに冒険者とかになれば、あんな風に色々と逝ってる相手と戦うなんて可能性もあるしな。それに慣れる為の訓練だとでも思え」
「……微妙に冒険者になりたい気持ちが無くなってきたような気がします」
ポツリ、と小さく呟くバスレロ。だが、その一言で意識を変えたのだろう。腰の鞘から剣を抜いてミレイヌに向かって構えをとる。
「行きます!」
「ええ、来なさい」
お互いに言葉を交わし、次の瞬間にはバスレロが地を蹴って剣を片手にミレイヌとの間合いを詰めていく。
まず最初は挨拶代わりなのか、放ったのは突き。それも昨日までの突きとは違い、エストックを使った突きの技術をハスタに教えられて、それまでよりも鋭くなった突きだった。しかし……
「甘いわよ。突きを放つのなら、せめてもう少し速度を重視しなさい」
キンッという金属音が聞こえ、次の瞬間にバスレロは自分の握っていた剣がいつの間にか消えていることに気が付く。
「……え?」
思わず自分の手へと視線を向けるバスレロ。だが、当然の如くそこには剣は存在していない。そして数秒後にはバスレロの右側へと上空に跳ね上げられた剣が落ちてくる音が聞こえるのだった。
「どうしたの? もう終わりにする?」
どこか挑発的な言葉を投げかけるミレイヌ。そしてその声で我に返ったバスレロは急いで地面に転がっている剣を手に取る。
「まだです! 次、行きます!」
再び剣を手にミレイヌと向かい合い、間合いを計る。今度は先程のように迂闊に接近せずに、観察するようにじっとミレイヌへと視線を向けていた。
「どうしたの? 来ないの? なら私から行くわよ?」
その声と共に放たれる剣撃。元々ミレイヌは力よりも速度や技に優れている剣士だが、それでもまだ10歳のバスレロに比べれば十分以上に力で勝っている。その為に振るわれる剣を何とか防ぐバスレロだが、その度に衝撃が走り手が痺れていく。そして当然そんな状態でいつまでも攻撃を防げる筈もなく。
「はい、お終いっと」
横薙ぎに振るわれた一撃を何とか防いだものの、そのまま手首を返して次の瞬間には首筋へと剣の切っ先が突きつけられた。
「……参りました」
「ん。君はどうも防御が苦手なようね。元々君の体格だと力で攻撃を防ぐなんて真似は出来ないんだから、刀身で受け止めるんじゃなくて受け流す方法を覚えなさい。いい? こうして剣が振られた時には、刀身を垂直にして受け止めるんじゃなくて、少し斜めにずらして受け止めるのよ。そうすれば、相手の力を幾分かは受け流すことが出来るから」
説明しつつ、攻撃の受け止め方を実際に自分の剣で実演してみせる。それを見逃さないように注意しつつ、バスレロは必死になって吸収しようと微かな動きすら見逃さないようにミレイヌの動きへと集中する。
そのバスレロの頭の中には、自分に実践的な技術を教えてくれている目の前の人物がどこか怪しい性格をしているというのは既に残っていなかった。
「えっと、こうでしょうか?」
ミレイヌの真似をするようにして剣の切っ先を少し斜めにするようにして構えるバスレロ。それを見たミレイヌは、頷きながら笑みを浮かべる。
「そうそう。そんな感じね。じゃ、いい? もう1回行くわよ?」
「はい!」
お互いに離れ、再びぶつかり合う。そして先程と同様にミレイヌの剣が横薙ぎに振るわれ、バスレロはそれを教えられたように刀身を少しだけ斜めにしながら受け止めようとし……次の瞬間には、ミレイヌの一撃に負けてそのまま握っていた剣を跳ね飛ばされるのだった。
「ほら、今度は力を抜きすぎ。力を入れすぎてもいけないけど、抜きすぎても駄目なの」
「えっと、じゃあどのくらいの力で握ればいいんですか?」
「そんなのは人それぞれよ。何度も失敗して、試行錯誤するしかないわ。ほら、準備して。次行くわよ!」
「あ、はい!」
改めて剣を構えるミレイヌを見て、バスレロも慌てて飛ばされた剣へと手を伸ばす。
そして繰り返される横薙ぎの一撃。
「うわっ!」
「ほら、今度は力を入れすぎよ。私との体格差を考えなさい」
先程のミレイヌのアドバイスに従い、今度は剣を持つ手に力を込めすぎたのだろう。ミレイヌの一撃で手が痺れて握っていた剣を真下へと落とす。
それからも何度も同じような真似を繰り返して1時間程経った頃には、バスレロは既に剣を持つことはおろか立ち上がることすらも出来ない程に疲れ切っていた。
「ミレイヌ、ちょっと休憩にしたらどうだ? バスレロの様子を見る限りだと、これ以上無理をしても怪我をするだけに見えるし」
「え? うーん……それもそうね。この子がまだ子供だってのを忘れてたわ。30分程休憩にしましょう」
休憩という言葉に激しく息を吐き、冬だというのに顔から汗を滝のように流しつつ無言で頷くバスレロ。
晴天と呼んでもいいような天気ではあるが、やはり冬ということで周囲の気温は低く、それだけにバスレロの全身からは湯気が上がっているように見えていた。
「ほら、取りあえず汗を拭け。それとこれでも飲んで水分補給も忘れないようにな」
ミスティリングから取り出したタオルと、果汁入りの水の入った水筒をバスレロへと手渡す。
「あ、ありがとう……ございます……」
短期間でも、同じ剣を使う相手の……それも、明らかに自分と比べることも出来ない程に格上のミレイヌを相手にして余程に消耗したのだろう。何とかそれだけを言うと、汗を拭きながら水筒へと口を付けて貪るように飲み干していく。
「……で、どうだ?」
バスレロと同じだけ……いや、それ以上に動いたというのに全く汗を掻いた様子も無くセトへと甘えているミレイヌへ、バスレロに渡したのと同じ水筒を放り投げながら尋ねるレイ。
この辺の身体の鍛え方が大人と子供、素人とランクC冒険者ということなのだろう。
「そうね、剣の才能の攻撃に関して言えば天性のものがあると思う。ただ、どうしてもそっちの才能が大きいだけに防御が疎かになってるのよね。才能を10としたら、攻撃に7……いえ、8。防御に2ってところかしら」
ミレイヌの言葉を聞き、思わず溜息を吐くレイ。
昨日の訓練に付き合って貰ったハスタからも似たようなことを聞かされていただけに、改めてバスレロの才能の偏りを認識した形だ。
「となると……もしお前がパーティを組むとしたら、どう使う?」
「そう、ね。もしあの子とパーティを組むのなら、前衛に盾役を入れるでしょうね。そしてあの子には攻撃に専念して貰う形を取ると思うわ。あるいは、攻撃に関してはかなりの才能があるんだから、スルニンみたいな魔法使いでもいれば防御力を上げる魔法を使って貰うのも手だけど……どうしても、不安要素が残るわね」
「……だろうな」
レイにしても、もしパーティを臨時にでも組むとしたら、そんな攻撃偏重の戦士と組むのは遠慮したいというのが正直な気持ちだった。
何しろ当たれば落ちる可能性が高い以上、幾ら攻撃力が高くても戦力に数えるのは博打要素が高すぎるからだ。
(やっぱり、防御をどうにかするしかないか。……あるいは、デスサイズのスキルにあるようなマジックシールドのような魔法を使えればいいんだろうが……)
そう思いつつ、世間話をしながらバスレロが回復するのを待ち、再び戦闘訓練を開始するのだった。
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