第211話

「さ、入って。言っておくけど、逃げようなんて思わないように。一応ここはそれなりの拘留施設が用意されてるんだ」


 そう言いながら、影の一行へと鋭い視線を向けるランガ。

 その目にはいつものように優しい光はない。ただ、自分達の住んでいる街を混乱に陥れようとした原因へと鋭い……否、観察するような視線を向けている。

 だが影達にしても、自分達の背後に巨大な鎌を持ったレイの存在がいる限りは迂闊な行動を取れるとは思っていない。いや、むしろレイという存在に怯え、スラムでの一連の出来事でその心を徹底的にへし折られていた為に、従順と言ってもいいような態度だった。


(……これは、立ち直るのに暫く時間が掛かるな)


 唯一、圧倒的な実力差を見せつけられながらも何とか心が折れるのを堪えた影の隊長を除いて。

 ここまで歩いてくる間に、当然この一行は酷く目立っていた。何しろ20人以上の者達のうち、大半が絶望に染まった目をしている集団なのだから。もしも率いているのが警備隊の隊長であるランガでなかったとしたら、恐らく奴隷を引き連れている奴隷商と勘違いされていたかもしれない。


「隊長、これは!?」


 本部の中にいた数名の警備兵達が、影を引き連れてきて建物の中に入ってきたその様子を見て思わず声を上げる。


「話は後で。今はまず牢屋の方の準備をしてくれ。この人達はこう見えてもベスティア帝国のスパイらしいから、決して逃げられないように準備を。……それと、領主の館に誰か行って欲しい。騎士団長……はちょっと難しいかもしれないから、幹部を連れてきて。護送馬車の襲撃犯を捕らえたって言えば問題無いと思う。騎士団長には改めて経緯を記した書類を提出するってのも忘れずに」

「分かりました!」


 警備兵が返事をし、素早く建物の外へと出て行く。

 雪が舞い落ちてきているが、この街で起こった大事件の犯人を捕らえたという報告なのだ。そんなのは関係無いとばかりにコートを羽織ったまま警備兵は街中へと走り出す。


「……さて。牢屋の準備の方は?」

「とりあえず何とか人数分の用意は完了しました。ですが、さすがに完璧という訳には」


 部下の説明に、小さく頷くランガ。

 ランガにしても、幾ら警備隊の本部であるとはいっても20人もの……それも、一流のスパイをいつまでも捕らえておけるとは思っていない。とにかく今は、騎士団の方に引き取って貰うまでの間だけでも何とか逃がさないようにすればいいのだ。


(まぁ、そうは言っても……)


 チラリと、近くにある壁に寄り掛かっているレイへと視線を向ける。

 その顔は不機嫌であり、出来るのなら今すぐにでも街の外へとセトを向かえに行きたいと如実に物語っていた。それでもそうしないのは、影達を率いる男が何か行動を起こした時に対処出来るのが自分だけだと理解しているからだろう。

 そして、レイがいるからこそ捕まった影達も大人しくランガの言うことに従っているのだ。この状態で、もしレイがいなくなったとしたら……


(護送馬車の時の再現となる……かな)


 ランガにしても警備隊の隊長を務めているだけに、戦闘力に関してそれなりに自信はある。それでも、一流と表現してもおかしくない大量のスパイに対抗出来るかと言われれば、まず無理だ。

 そうなると、やはり目の前にいる者達を牢屋の中に隔離するまではレイにいて貰わないと非常に危険なことになる。今のところはレイの力に心をへし折られた為に大人しくしているが、その本質は護送馬車を襲撃して騎士や、恐らくは馬車の中に捕まっていたかつての仲間を殺した者達なのだから。


「隊長、準備が出来ました」


 そんな風にランガが考えていると、部下の報告を聞き小さく頷く。


「そっちの男と女は他の人達とは隔離して牢屋に」


 隊長と副隊長だろう男女へと視線を向けて部下へと命じると、すぐに部下達は頷きそれぞれの場所にある牢屋へと男達を連れていく。

 20人分全員を連れて行くのに掛かった時間は約20分。その時間が過ぎるまで、苛立たしそうにしていたレイはその視線をランガへと向ける。


「もう俺は行ってもいいな?」

「うん、助かった。協力感謝するよ。依頼に関しては達成したとギルドの方に知らせておくから」

「そうして貰えると助かる」

「それで、レイ君はこれからどこに?」


 どこに行くのか。それは既に分かってはいたが、一応念の為とばかりに尋ねる。

 ベスティア帝国のスパイ部隊である影の隊長が説明した内容によると、転移石というのは一定距離が限界であり、尚且つその転移先に魔法陣を用意しておかないといけないらしい。そして男が用意した魔法陣は、ギルムの街の近くにある川の上流にある洞窟の中に用意したと言っていたのだ。

 本来であればまず洩らさないような情報ではあるのだが、それを許さないだけの殺気をあの時のレイは放っていた。それこそ、もし情報を話すのを躊躇ったりした場合はどのような目に遭うのか容易に想像出来る程に。

 そして案の定、レイは迷いすらもなく口を開く。


「決まっているだろう。セトを迎えに行く。あの男の話では洞窟にあるのは魔法陣だけだと言っていたが、それが事実である確証はないしな」


(いや、あの殺気の前で嘘を吐く度胸とか普通は無いから)


 思わず内心で突っ込むランガだったが、レイはそれに気が付いた様子も無く話は終わりだと警備部隊の本部から出ていく。

 その背を見送っていたランガは、思わずポツリと呟く。


「彼がこの時期にギルムの街にいてくれたのは、運命の思し召しって奴なのかもしれないね」


 




「あれ? レイ? 今日はセトがいないの?」


 街の正門で警備兵にそう声を掛けられると、無言で小さく頷きギルドカードを渡す。


「ちょっとトラブルがあってな。悪いが、その辺についてはランガに聞いてくれ」

「……分かった」


 その言葉だけで、護送馬車襲撃事件と関連づけたのだろう。最初に声を掛けた時とは違う真面目な顔付きで頷き、街を出る手続きを済ませる警備兵。


「問題無しだ。いいぞ」


 その声を背に、レイは街の外へと出て行く。

 さすがに既に冬に入っていることもあり、正門前には商隊や行商人の類は存在していない。冒険者にしても、この季節にわざわざ外に出るような者は金に困っている極少数か、あるいは物好きだけなのだろう。見渡す限りそこにいる人影はレイ1人だけだった。


「……さて、こうしていてもしょうがない。確か川の上流だったよな」


 呟き、以前に悠久の力の面々と共にミスティリングの中に溜まっていたモンスター素材の剥ぎ取りをした場所へと向かう。

 その途中でふと魔石について思い出す。


「そう言えば、ブルーキャタピラーの魔石はまだ吸収してなかったな」


 ミスティリングへと視線を向け、そこからブルーキャタピラーの魔石とデスサイズを取り出すと、魔石を放り投げ……


「はぁっ!」


 気合いと共にデスサイズの刃で魔石を2つにする。


【デスサイズは『風の手 Lv.2』のスキルを習得した】


 脳裏を過ぎるアナウンス。それを聞き、若干満足そうに頷くと街の近くにある林の方へと入っていくのだった。

 そのまま歩き続け、川が見えてきたところでデスサイズへと意識を集中する。


「風の手!」


 その言葉と共に、デスサイズの石突きの部分から無色透明の風の触手が伸びて行く。

 Lv.1の時と同じ100mまで伸び……そこから更に伸びて行く。

 この辺がLv.1とLv.2の違いなのだろう。そのまま風の手は伸び続け、やがて150m程に到達したところで限界に達する。


「なるほど。有効範囲は大体150mか」


 呟き、満足そうに頷くレイ。


「これでセトと火災旋風を作り出す時に安全性が多少だが増すな」


 スキルを停止し、やがて舞ってきた雪へと鬱陶しそうな視線を向けてから川を上流へと辿っていく。

 幸い周辺にモンスターの姿は無く、特に襲い掛かられるようなことも起きずに1時間程歩き続け……


「……」


 ふと、数人の人の気配を感じてその動きを止める。

 視線の先には何本もの木が生えており、視界を著しく狭めている。その為、感じている人の気配が敵なのか味方なのかは分からない。だが、川の上流へと向かって来たこの場所で出会う以上はスパイ一味の関係者だろうと判断し、男の嘘に騙された自分に苦笑を向けながら、いつ襲い掛かられてもいいようにデスサイズを構える。

 そして次の瞬間、巨大な何かが木の陰から飛び出してくる。2m近いその大きさの存在に、咄嗟にデスサイズの柄を握っている手へと力を込め……そのままデスサイズを地面に落として飛び出して来た存在を抱きとめるのだった。


「グルルルルゥッ」


 飛び出して来た存在……すなわちグリフォンのセトは、思っていた以上に早かったレイとの再会に嬉しそうに鳴きながら、そのままレイを押し倒して顔を擦りつける。

 さすがに体長2mを越えるセトを受け止めることは出来てもその勢いまでは殺せなかったらしく、レイはそのまま繰り返しセトに撫でれ、とばかりに顔を擦りつけられていた。


「セト! 無事だったのか……」


 擦りつけられる顔を撫でながら、心の底から安堵したように溜息を吐く。


「グルゥ、グルルルゥ、グルルルルルゥッ!」


 喉を鳴らしながらひたすらじゃれついてくるセトの相手をしつつも、上半身を起こしながら周囲を見回す。


「セトちゃーんっ! いきなり走り出してどうしたの!? ……あ、レイ」


 レイの存在を感知し、急に飛び出していったセトを追いかけてきたミレイヌが見たのは、ひたすらセトにじゃれつかれているという、ミレイヌにとっては、まるで天国のような光景だった。


「うわっ、羨ましい……じゃなくてっ! え? あれ? レイ!?」


 それでもすぐに我に返るのは、さすがにランクCパーティを率いている冒険者ということだろう。


「ミレイヌ、一体何が……おや」

「ミレイヌさん? ……ありゃ」


 そんなミレイヌの後を追って来たスルニンとエクリルもまた、ひたすらにセトにじゃれつかれているレイの様子に呆気に取られるのだった。






「……で、私達がリザードマンと戦っている時に、セトちゃんが援軍として空から降ってきてくれたのよ」


 セトと再会してから20分程。ようやくセトを落ち着かせることに成功したレイは、ミレイヌ達から事情を聞いていた。


「グルゥ」


 落ち着いたとはいっても、さすがにいきなり見も知らぬ場所へと転移させられたセトはレイから離れたくないらしく、レイへと顔を擦りつけている。

 そんなセトを撫でながら話を聞いていたレイだったが、ふと疑問に思って口を開く。


「それは分かった。……けど、この時期の冒険者は基本的に活動しないって聞いてるんだが……何でまた灼熱の風はここにいるんだ?」

「う゛っ……」


 触れられたくなかった場所だったのだろう。ミレイヌが一声呻き、わざとらしく顔を逸らす。

 それだけで大体の理由は理解出来たのだろう。レイはセトの喉を撫でてやりながら苦笑を浮かべる。

 いつもならそれでも突っ込んでいたのだろうが、レイにしてもやはりいきなりどことも知らぬ場所へと転移したセトと再会出来たのが嬉しかったのだろう。その嬉しさに免じてなのか、それ以上の追究は止めておくのだった。ただし。


「まぁ、言いたくないのなら詳しくは聞かないが……そっちも大変だな」


 チラリ、と視線をスルニンとエクリルの方へと向けながらそう告げるのは止めなかったが。

 その視線を受け止め、2人もまた苦笑で返す。


「ええ、まぁ。それでもミレイヌだからこそ、この灼熱の風は存在しているんです。だからもうその辺は諦めてますよ」

「呆れてる、の間違いじゃないんですか?」


 どうにか取り繕おうとするスルニンだったが、そこにエクリルが突っ込みを入れる。


「ちょっと、セトちゃんの前で変なことを言わないでよね。それに、きちんとリザードマンの討伐依頼は達成したじゃない」

「……セトに助けられなければ微妙に危なかったんですけどね」


 ミレイヌの言葉に、再びボソリと呟くエクリル。

 そんなエクリルに向かい、ミレイヌは余計なことを言うなとばかりに睨みつける。


「まぁ、そっちについては依頼が達成したんだから取りあえず良かっただろ。……俺達はそろそろ行くけど、そっちはどうする?」

「うん? そうね、私達もセトちゃんのおかげとは言っても依頼は達成したし、街に戻るよ。レイも一緒に行く?」


 そんなミレイヌの言葉に、首を振るレイ。


「いや、ちょっと確かめておきたいことがあってな。悪いけど先に行かせて貰う」

「えー、……折角セトちゃんと一緒に行動出来ると思ったのに」

「悪いな。こっちはこっちで忙しいんだよ。セト」

「グルゥ」


 レイの言葉に小さく鳴き、微かに身を屈ませて背に乗りやすいように体勢を整える。


「じゃ、俺達は一足先に行かせてもらう。一応ここに来るまでにモンスターはいなかったけど、気を付けろよ」

「分かってるわよ。これでもランクCパーティなんだから」

「……その割には、この時期なのに外で依頼を引き受けているけどな」

「ちょっ!?」


 そんな指摘に何かを言い返そうとしたミレイヌだったが、レイはそれを聞かずにセトの背へと跨がる。


「セト!」

「グルルルゥ!」


 そして、そのまま数歩の助走を経てから翼を羽ばたかせ、空を駆け上がっていくのだった。


「グルゥ?」


 どこに行くの? とばかりに喉を鳴らしながら後ろを向いたセトへと、レイは川の上流へと視線を向ける。


「セト、取りあえずランガに報告もしないといけないから、お前が転移した先の洞窟に向かってくれ。魔法陣ってのも一応確認しておきたいしな」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せろとばかりに高く鳴き、魔法陣のある洞窟目掛けて羽ばたく。






 尚、帰りの途中でブルーキャタピラーの魔石を吸収したセトだったが、新しいスキルを習得したり習得済みのスキルが強化されるようなことも無かったのだった。






『腐食 Lv.1』『飛斬 Lv.2』『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.1』『風の手 Lv.2』new『地形操作 Lv.1』


風の手:風の魔力で編み込まれた無色透明の触手のような物がデスサイズから生える。触手の先端部分で触れている物のみ風を使った干渉が可能。Lv.1で100m、Lv.2で150m程まで触手を伸ばせる。

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