第152話

 ボルンターの屋敷を守っている門番でもあるサンカントとフェーダー。その2人はいつもなら既に酒場なり娼館なりに行って眠っているこの時間帯にも関わらず、夜を徹しての門番を命じられて不満そうに愚痴をこぼしていた。

 もっとも、愚痴をこぼすのは殆どがフェーダーであり、サンカントはその愚痴を聞きながら時々頷くだけだったが。

 それでもそれなりに金払いのいい仕事であるという理由と、同時に屋敷の中に大量にいる冒険者達の存在を考えるとそう忙しくはないだろう仕事に思えていた。


「にしても、ガラハトさんも何を考えてるんだろうな。ボルンターさんに逆らうなんて」

「さあな。俺達は俺達に命じられた仕事をやればいいさ。それに、現在この屋敷にはアゾット商会の息が掛かっている冒険者が殆ど全て集まっているんだ。さすがにガラハトさんでもわざわざここに攻め込んでくるような馬鹿な真似は……」


 サンカントがそう言いかけた時。その馬鹿な真似をしようとしているガラハト達がボルンターの屋敷の門の前に姿を現す。それも、ガラハト1人だけではない。その弟分とも言えるムルトがいるのは2人にも予想の範囲内だったのだが、その他にも数人。しかもその中の1人と1匹には嫌と言う程に見覚えがあったのだ。


「レ、レイ!? それに……ひっ!」


 レイの後ろから姿を現したセトの姿を見て思わず固まるフェーダー。その隣にいるサンカントは、それでも何とか口を動かす。


「ガ、ガラハトさん。ガラハトさんにはアゾット商会の方から反逆の疑いが掛けられています。大人しくして貰えますか?」

「反逆……まぁ、兄貴を会頭の座から引きずり下ろそうとしているんだから反逆と言われてもしょうがないか」


 ガラハトから返ってきた言葉の内容に、思わず頬を引き攣らせるフェーダーとサンカント。だがサンカントは屋敷の中へと素早く視線を向け、まだ誰も自分達に気が付いていないことを知るとほっと安堵の息を漏らす。

 この時レイ達にとって幸運だったのは、屋敷の庭やら何やらで待機していた冒険者達が自分達の人数の多さに油断して緊張感を切らし、敵の襲撃を警戒すると言うよりは庭に腰を下ろして無駄話に興じていたことだろう。さすがに酒を飲んだりといったことはしていなかったが、それでも自分達の人数の多さに油断しきっていたのは事実だった。これが実力もあり、ランクの高い冒険者達ならまだ緊張感を保っていたのだろうが、不幸なことに庭に配置されているのはその殆どがランクEやFの低ランク冒険者。あるいはとにかく数を揃える為に集められた、冒険者にすらなれないチンピラ達だったのだ。

 もちろんアゾット商会が雇っている冒険者達の中にはそれなりにランクの高い者もいる。アゾット商会で唯一のランクBだったガラハトには及ばないものの、それでもランクD冒険者は多少はいるし、ランクC冒険者も数は少ないが数人程度はいるのだ。

 だがそういう者達はその殆どがボルンターの直接の護衛として屋敷の中にいたり、あるいはガラハトに恩を感じるなり同情的な者であったりするのでどうしても人数が少なくなっている。


「ガラハトさん、俺達もガラハトさんには色々と助けて貰っている身です。なので悪いことは言いません。ボルンターさんに謝罪して反逆なんて真似は止めてくれませんか?」


 サンカントの言葉に、その隣でフェーダーも何度も頷いている。

 何しろ自分達はボルンターがわざわざ呼び寄せたレイを勝手な判断で追い返したというミスがあり、それを目の前にいる人物に取りなして貰ったのだから恩を感じるなというのが無理だった。


(ただまぁ……)


 内心で呟き、レイとセトへと視線を向けるサンカント。


(俺達が庇われる原因になった人物がこうして目の前にいるとなると、ちょっとばかり感じるものが無いとは言えないんだけどな)


 どこか懇願するような目を向けられたガラハトだったが、そのガラハトにしても既に下克上というこの事態は自分だけの都合で動いている訳では無い。アゾット商会の現状を憂う商会員達。そしてレイから聞かされたこの街の領主であるラルクス辺境伯が既にボルンターの排除を黙認していること。さらには……

 一瞬だけレイへと視線を向けるガラハト。

 例え半分しか血の繋がりがないとは言っても、あるいは疎まれ、邪険にされているとしても。自分の母親が病を患った時にその薬を用意してくれた恩に報いる為にも、ここでレイにボルンターを殺させる訳には絶対にいかなかった。もし自分がここで手を退いた場合、まず間違い無くボルンターはレイに殺されるだろうと半ば確信している為に。


「悪いな、ここで俺が退く訳にはいかない。兄貴には申し訳ないが、既に兄貴がアゾット商会の会頭を辞めて貰うというのは決定事項なんだ」

「……どうしても、ですか?」


 苦虫を噛み潰したような顔を向けてくるサンカントに頷くガラハト。

 お互いがじっと視線を交わし……やがて深く息を吸うとサンカントは持っていた槍の穂先をガラハトへと突きつけた。


「残念です」


 サンカントは小さくそう呟き、隣で同様に槍をレイ達に向けているフェーダーへと視線を向ける。

 さすがにずっと組んで門番をやって来ただけあり、相棒の意志を理解したフェーダーは大きく息を吸って敵の来襲を告げる。


「敵襲だ! ボルンターさんに対して反逆したガラハトが来たぞ! 全員戦闘準備だ!」


 その大声はボルンターの屋敷の庭中へと響き渡った。

 最初はその声を信用出来るかどうかとざわざわと声が上がり、やがて数人がポツポツと門の前へと様子を見る為に姿を現す。

 この辺の初動の遅さもまた、庭にいる者達が数あわせのチンピラであったり実力の低い低ランク冒険者であったりというのを証明していた。


「うわっ、本当に来てやがる! しかもたった5人だぜ!」


 最初に門の近くへと顔を出したチンピラの男がそう叫び、やがて我も我もと庭に集まっていた者達が門の中から姿を現す。

 その殆ど全てが最初に一行の先頭に立っているガラハトと、そのガラハトを守るように立っているムルトへと嘲笑を向け、次にドラゴンローブを纏っているレイへと視線を向け、フードを下ろしていない今のレイの冒険者とは思えないような体型や背の小ささに苦笑を浮かべ、最後に長剣を持っているいかにもベテランといった雰囲気を出しているフロンと、見るからに重量のある地揺れの槌を担いでいるブラッソへと警戒の目を向ける。そして……


「グ、グリフォンだとぉっ!?」


 集まってきた者達の目がレイ達の最後尾に存在していたグリフォンに目を止めてその動きを止める。


「おい、ちょっと待て。グリフォンだと? 確かギルドの方で何か噂になってた奴がいただろ? 確かランクDパーティの鷹の爪をたった1人で相手取って完勝したとか何とか」

「本当か? 俺はそんなのを聞いた覚えがないぞ? グリフォンに関しては、街でマスコットキャラとして可愛がられているというのは知ってるが……」


 そんな風にそれぞれが自分の知っている話を持ち出していたが、それもブラッソがその地揺れの槌を地面へと叩き付けるまでだった。

 ドガァッ! という、とてもではないが地面を叩いた時に出るような音ではない音を周囲へと響き渡らせ、同時に地揺れの槌が叩き付けられた地面は半ばクレーター状に窪んでいる。

 その威力の凄まじさに唖然とする者達を尻目に、たった今叩き付けた地揺れの槌を肩へと担ぐブラッソ。


「儂等と本気でやり合うつもりがある奴以外はとっとと去れ! 残った奴だけ相手をしてやろう。……ただし、残ったからには儂の敵となることを自らが選択したんじゃ。儂のこの一撃を受ける覚悟のある奴だけが残るんじゃな」

『……』


 たった今見たその一撃。それがどれ程の威力なのかはクレーター状に抉れている地面を見れば分かるだろう。その一撃を見て静まり返るチンピラや低ランク冒険者達。そして、それは門番の2人も同じだった。

 しかし去れと言われて、はいそうですかと去る訳にいかないのはその場にいる全員に共通している。何しろこの場で最初に去れば、それは一番最初に臆病風に吹かれたと見られるのは間違いないのだから。それもこれ程大勢の目の前で。しかもここはこの街でもどちらかと言えば上位の権力者であるボルンターの屋敷なのだ。裏切ったと見なされた場合は明日以降この街で暮らすのは非常に難しくなるだろう。

 かと言って、ブラッソに向かって攻撃を仕掛けるかと言われれば、それもまた今の一撃を見てしまった以上は危険性が高い。

 最終的にその場にいた者達が選んだのは攻撃ではなく口撃だった。


「お前等、この街でアゾット商会に逆らって冒険者としてやっていけると思ってるのか? さっさと尻尾巻いて帰れよ。そうしたら見逃してやるからよ」

「そうそう、大体こっちには何人いると思ってるんだ? 普通はこの人数差を見たら大人しく引っ込むだろう。そのくらいの常識も持って無いのか?」

「ほら、分かったらお前達の方こそさっさと帰れよ」


 口々に放たれる言葉。言っている本人達にしてみれば数の優位で相手を威圧しているつもりなのだろうが、レイ達にしてみればまさに弱い犬程よく吠えるという表現そのままの姿だ。

 それはレイ達一行の中では最も弱いムルトにしても同様であり、自分達を半分程包囲してはいるもののそこから揃ったように1歩も進み出てこないその様子を呆れたように眺めている。だがそれも無理はない。何しろレイ達の中でもっとも弱いムルトにしてもその冒険者ランクはD。今、目の前にいる者達と比べると圧倒的に強者なのだから。それにムルトは数日前にボルンターと対峙した時のレイの怒りを見ている。その凶悪とすら言ってもいい程の殺気をその身に浴びているのだ。それに比べたら目の前にいる者達は、弱い犬どころか子犬がキャンキャンと吠えているという表現が精々だろう。

 1分程口撃が続き、やがてこのままでは埒が明かないと判断したレイが1歩を踏み出す。

 その途端、包囲していた者達は殆ど反射的にレイが進んだ分だけ後ろへと下がるが、それすらも自分達が有利な為に見せた余裕だと無理矢理に納得させて再び口を開く。


「な、何だよ。お前はグリフォンのおかげででかい顔をしていられるんだろ? お前自身はひ弱なガキじゃねぇか。あんまり年上を怒らせるもんじゃないぜ?」


 今まで幾度か行われた、レイの行い。それによって、ギルムの街の冒険者ギルドでレイは悪戯半分に触れてはいけない存在だというのは広まっている。だが、それはあくまでも冒険者達だけに広がっている話であり、この場にいる殆どのチンピラ達はレイについての真実を知らなかった。もっとも冒険者達の中にもレイについては噂しか知らずに、その噂もグリフォンであるセトを使って作られたものだと信じている者達もいたのだが。

 しかし、それはある意味ではしょうがないのかもしれない。何しろレイの身長は170cmに届いておらず、体型もこれ見よがしに筋肉が付いている訳でも無いのだから。


「……はぁ」


 だがレイとしてはわざわざそんな奴等に構っている程に暇でもない。今日は色々とあって忙しい1日だったし、明日も明日でハーピーの解体やら素材剥ぎの面接やらがあるのだ。そう判断して手っ取り早く目の前にいる者達を排除することにする。

 当然、ガラハトからの依頼もあるので殺さないように、なるべく骨折程度で済ませるようにだが。

 ミスティリングのリストを脳裏に表示し、いつものようにデスサイズを取り出すレイ。

 それを見ていた周囲の者達は、どこからともなく現れたその巨大な鎌に目を見開く。


「このままここで時間を潰すのも面倒だ。来い」


 デスサイズを構えてそう宣言するが、当然の如くレイの間合いの内側に足を踏み入れてくる者はいない。いや、それどころかデスサイズの間合いに入るのは御免だとばかりにさらに距離を取って包囲をする。


「……どうした? やっぱりお前達のような雑魚共は口だけが得意なのか? まぁ、ゴブリンにも劣る程度の能力しかない雑魚ならしょうがないと言えばしょうがないんだがな。だが、それなら人間の前に出て来るような真似はしないで自分達の薄汚い巣に戻って震えていろよ」


 あからさまな嘲弄だった。挑発が目的だというのは明らかだったのだが、不幸なことにそれに気が付いたのはレイ達を囲んでいる中でも数名の冒険者のみしかおらず、残りの者達は最初何を言われたのかが理解出来ずにポカンとしていたのだが、やがてレイの言葉の内容が頭の中に染みこんでくると顔を真っ赤にして睨みつけてくる。それでもまだレイに対しての得体の知れ無さが勝っているのか動こうとはしない。


(もう一息か)


 その様子を見ながら、背後でフロンやブラッソが苦笑を浮かべているのを感じつつ再び口を開く。


「どうした? それだけの人数がいても俺1人を恐れて掛かって来ないようなら、いっそのこと腹を見せて全面服従の姿勢を見せてみるとかしてみたらどうだ? それなら俺にも多少の慈悲はある。見逃してやってもいいがな」


 自分を囲んでいる者達へと視線を向けながら、嘲笑と共にそう告げる。


「ふざけるな、このクソガキがっ! 大人を舐めたらどうなるか、その身に教え込んでやる!」


 レイと目の合ったチンピラ達のうちの1人が、そう言いながらナイフを手にしながらレイへと向かって突っ込んでいくのだった。

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