第150話

 ボルンターの命は助ける。しかしそれ以外に配慮はしない。そう告げたレイに対してガラハトは不承不承ながら頷く。

 もちろんガラハト本人としては到底受け入れられる内容ではなかった。自分が敬愛していると言ってもいいボルンターの命が掛かっているのだ。例えそれが向こうからは疎まれている、一方通行なものであるとしてもだ。


(だが……もしここでレイの提案を断れば、自分で言ったように俺に構わず1人でボルンターへと襲撃を掛けるだろう。そしてレイ程の実力と、その相棒であるグリフォン。この1人と1匹に襲撃を受ければ質より量で低ランクの冒険者しかいないアゾット商会側に対抗出来るとは思えない。あるいは正面から正々堂々と戦いを仕掛けるというのなら疲労やら魔力切れで何とかなるかもしれないが、レイ達はあくまでも1人と1匹。奇襲やら夜襲に徹して行動されればどうしようもない。それなら、何とか俺が手を組んで最悪兄貴の命だけでも守ってみせるしかない)


 内心で考え、鬱屈した思いを飲み込む。

 何故こうなった。そうも思わないでも無い。だが、今起きている事態の全ては自分が敬愛している兄が自ら起こしたものなのだ。それならば例え半分しか血が繋がっていないとしても、弟としてベストではないがベターの選択をするしかない。そう判断したガラハトは渋々ではあるがレイの提案を受け入れるのだった。


「入ってくれ。まずは現状を聞かせて欲しい」


 扉の前から移動し、部屋の中へと4人を迎え入れるガラハト。

 その部屋は上にある小屋と比べるとある程度の大きさがあった。だがそれでも4人もの人物がゆっくり出来るかと言われればそれは否でしかない。

 なにしろこの隠れ家は元々ガラハトとムルトの2人だけが使うと想定されていたのだ。3畳程の大きさの部屋に簡易的なベッドが1つだけ存在し、その他には椅子が1つ。そんな部屋の中にさすがに5人も入ると狭苦しい。せめてもの救いはレイが小柄な体格であること、フロンが女でそれなりに細身であることというくらいか。本来であればブラッソもその背の低さからそちら側のグループに入っても良かったのだが、何しろドワーフだけあって背は低いが筋肉は人間以上に付いている。よってブラッソはガラハト、ムルトの側に分類されるのだった。


「ったく、お前みたいな筋肉達磨がいるから狭く感じるんだよ。その筋肉を少しは金肉にでも変えて換金してこい。俺が役立ててやるから」

「なんじゃと、この阿婆擦れが! お主こそその無駄に取った年齢を売り払って20代にでもなってこんかい! そうすればこの部屋の中にも少しは華というものが出来るじゃろうて」


 全員が椅子やらベッドやら床やらに座り、一息吐いたところで突然起こったその言い合いをガラハトは唖然として眺めるしかなかった。

 そんな2人の様子を、呆れたように見ていたレイは溜息を吐きながら口を開く。


「お前達の仲がいいのは分かったから、とにかくその辺にしておけ。ガラハトも呆れているぞ」


 レイの言葉にチラリとガラハトへと視線を向ける2人だったが、確かにガラハトは目を見開いて2人の様子を見ている。

 その視線にさすがにいたたまれなくなったのか、フロンが小さく咳払いをして椅子へと座り直す。

 この隠れ家には1つしかない椅子だが、自分が女であるというのを主張して真っ先に占有したのだ。

 尚、ガラハトはまだ怪我が完全に治っていないということもあってベッドに座っており、その隣にはムルトがガラハトの補佐として座っている。結果的に床へと座っているのはレイとブラッソの2人のみだった。


「コホン。で、現状だが……ムルト?」

「あー、はいはい。現状はやっぱりこっちに不利ですね。一応ボルンターの経営方針に反対して閑職に回された者達はガラハトさんに協力してくれることになっています。ただ、やっぱりあっちが主流派だというのに変わりはないので……」

「そうか。穏便に兄貴を会頭の座から引きずり下ろすのは無理と考えた方がいいようだな」


 ボルンター派についている冒険者達も数多いが、それらは極少数の者以外は純粋に雇い主であるからこそ向こう側に従っているのだ。それを覆すような何かが無い限りは自分達に味方してくれる者は少ないだろう。そう判断して溜息を吐くガラハト。同時にその溜息には、同じ冒険者同士で傷つけ合わなければならないという憂慮も存在していた。


「そうですね。勢力的には負けてますので、どうしてもボルンターを会頭の座から引きずり下ろしてガラハトさんがアゾット商会のトップになるのなら強引な方法しかありません。ガラハトさんに協力してくれる者達で現在のアゾット商会を動かしている幹部達の動きを止めるなり確保するなりして、その間に俺達でボルンターの身柄を確保すると言うのが一番簡単で時間も掛からない手段だと思います。権力の交代がスムーズに進めば当然争う時間も少なくなるので、ガラハトさんが心配している冒険者同士の衝突も必要最小限で済む……と言ってました」

「言ってました?」


 自分の意見ではない、と示すかのようなその言葉に不思議そうな顔をして尋ねるフロン。

 そんなフロンの問いに、ムルトは当然とばかりに頷く。


「俺がそんな細かい作戦まで立てられる訳ないだろ? これに関してはさっきも言った、ガラハトさんに協力している商会のメンバーが考えてくれた策だよ」

「……なるほどな。まぁ、確かに戦闘時間が短ければ短いだけ冒険者が怪我をする可能性が低くなるの確かだろうな」

「そうだな、好んで戦いをするような者も……まぁ、いないとは言わないが、少数派であるのは確かだ。ムルト、兄貴は現在貴族街にある屋敷にいるんだな?」

「はい。何しろあそこは嫌味な程に金を掛けた屋敷ですからね。防御設備も相応に充実してるんでしょう」

「もしかして屋敷の中に罠とか仕掛けてあったりするのか?」


 嫌そうな顔をしながら尋ねたレイだったが、ガラハトは小さく首を振る。


「さすがに屋敷の中にまで罠を仕掛けるようなことはしないさ。と言うか、そんなことをしたら危なくて屋敷の中で生活出来なくなるだろう。そうじゃなくて、屋敷の周りを囲んでいる塀や柵を頑丈で壊れにくい金属で作ったりしているんだ」

「その塀や柵だって上から飛び越えれば問題は無いんじゃないか? 元々こっちは少人数なんだ。セトに何往復かして貰えば問題は無い筈だ。この中で一番重量があるだろうブラッソにしても、短距離なら何とかなる筈だしな」

「それは出来ない。確かに屋敷の中に罠の類は存在していないが、塀や柵となれば話は別だ。盗賊やら何やらの類が侵入する可能性があるからな。兄貴もその辺の準備は万端に整えている」


 ガラハトはそれ以上言わなかったが、強引な商売をしているアゾット商会の会頭が住んでいる屋敷だけに、これまでにも何回か義賊気取りの盗賊や商売で足下を見られたり不利な取引を結ばされたような者達が意趣返しにと暴漢やら冒険者やらを雇って忍び込ませようとしたことがあったのだ。だがそれ等はその殆どが貴族街の見回りに捕まり、あるいは一種のマジックアイテムでもある塀や柵の電撃の効果によって麻痺して地面に倒れている所を発見されて捕縛されている。

 もちろん広大な屋敷そのものをマジックアイテムの塀や柵で覆うようにして作るとなると莫大な金額が掛かる。それを可能にするのがアゾット商会の財力であり、ボルンターの権力だった。何しろこのギルムの街は辺境であり、危険が多い。装備品に金を惜しむ者は自らの命でその代償を支払わなければならない。その武器取引を仕切っており、あるいは辺境故に入手出来る稀少なモンスター素材を使った武器を他の街に輸出することによって得る利益は莫大なものになる。その莫大な儲けを利用して根回しやら賄賂やらで様々な便宜を図って貰えるようにしているのだ。それらの権力を使って根回しをすれば、例えば今夜宿屋に押しかけてきたチンピラ集団や、厩舎でセトへと襲い掛かった冒険者達は即日に無実で解放……とはいかないものの、軽い罰金程度で済む可能性が高いだろう。


「となるとやっぱり正面突破しかないか。まぁ、無理とは言わないけどな。何しろボルンター……と言うよりも、アゾット商会に雇われている中でもっとも高ランクの冒険者はランクBであるお前なんだろう? 残りは全てランクB未満。つまり高くてもランクCな訳だ。そんな冒険者達が大体40人前後。それならどうにかするのは無理じゃない」


 何でもないとでも言うように呟いたレイだったが、それに待ったを掛ける人物がいる。今回の騒動の中心人物でもあるガラハトだ。


「待ってくれ。確かにあれ程の一撃を出せるレイなら正面からアゾット商会が雇っている冒険者達とやり合ってもどうとでもなるだろう。だが、先程も言ったように向こう側に付いているのは純粋に金で雇われている者達が多い。出来ればそんな相手に対してあまり怪我をさせたくない」

「いや、だからそれを最低限に抑えたやり方が正面突破で戦闘を短期間で終わらせるって奴なんだろう? お前、言ってることが矛盾してないか?」


 フロンの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも頷くガラハト。


「ああ。もちろん自分が無理を言っているのは分かっているさ。だが、考えてもみてくれ。ここで向こうの冒険者達の殆どを倒して騒動を収めたとする。だが、その場合は明日からのアゾット商会が出す他の街へと向かう為の商隊の護衛はどうする?」

「それはギルドで……あぁ、そうだよな」


 フロンが溜息を吐く。

 現在のギルドではアゾット商会の悪評判が広がっており、護衛を受ける者は少ないのだ。今アゾット商会に雇われている冒険者達にしても報酬がいいからという理由でしょうがなく雇われているに過ぎない。つまり現在アゾット商会に雇われている冒険者以外の者が改めて商隊の護衛を受けるかと言われればその実態を知っていたガラハトは首を傾げざるを得ない。

 あるいは、もっと依頼のランクを下げてランクFやランクGで募集すれば人数は大量に集まるだろう。だが、初心者からようやく抜け出した程度のランクではそもそも戦力として計算できない可能性の方が高いだろう。中には才能のある人物がいるかもしれないが、そんなのは何十人に1人、何百人に1人程度の確率だ。

 ガラハトの言いたいことが分かったのか、フロンは舌打ちをする。


「けど、じゃあどうするんだよ。迂闊に相手を倒せないんじゃ、結局戦闘する時間が伸びてそれだけ怪我人が増えるだけになるぞ?」

「……ああ。だからこそ、レイに頼みたい。確かに俺達はレイに頼ることになるだろう。だが、出来れば向こうに重傷を負わせるのは無しにして欲しい。殺しは当然却下だ」

「俺がそこまで配慮する必要があるのか? 既に何度か言ってるが、正直俺1人でも今回の件は既に解決出来る。それなのに、わざわざお前達に協力して、自らの手足を縛った状態で戦えと?」

「そこを何とか……頼む!」


 深く頭を下げてくるガラハト。

 レイはそのガラハトを困ったように眺めながら数秒程考え……やがて口を開く。


「そうだな、依頼としてなら受けてやってもいい」

「本当か! 分かった。そうしてくれ。報酬については白金貨2枚でどうだ?」

「え!?」


 その報酬額に驚きの声を上げたのは、ガラハトの隣で話を聞いていたムルトだ。

 白金貨2枚。それだけの依頼はレイやムルトの現在のランクであるDランクではそうそうお目に掛かれるものではない。


「いいだろう。だが俺に出来るのは、あくまでも簡単な手加減だ。全員を軽い怪我で済ませるような真似は当然出来ないだろうし、そもそも軽い怪我と言っても骨折程度は許可して貰うぞ」


 この世界には魔法という回復方法がある為、打撲程度の怪我ではそれこそ数分で回復する。レイが言った骨折にしても腕のいい魔法使いにしてみればその場で回復するのはそう難しくはないだろう。だが当然骨折程の怪我を魔法で回復するには相応に魔力を消耗するのでそう何度も連続して使えるものではない。あるいはポーションや魔力ポーションのようなものもあるが……骨折を短期間で回復可能なポーションは相応の値段がするし、魔力を回復させるポーションはさらに高額なのだ。


「構わん。俺のように内臓が傷つくようなことがあれば完治には時間が掛かるが、骨折程度ならば何とでもなるからな」

「よしっ、話は決まったな。じゃあ早速出向くとしようか。何しろ今日は色々とありすぎた。さすがに俺も疲れてきたから、早く片付けて柔らかいベッドでぐっすりと眠りたい」


 今日1日で起きた怒濤の出来事を思い返しながら、フロンが伸びをする。

 何しろハーピーの討伐をしてからまだ1日も経っていないのだ。その間に数時間程の仮眠を取ったとは言っても、さすがに疲れが溜まっているのだろう。暖かい布団で惰眠を貪るという、ある意味で究極の贅沢を思ってフロンはこれが最後の仕事だとばかりに立ち上がった。

 そんなフロンへと済まなさそうに視線を向け、ガラハトもまた立ち上がる。


「ガラハトさん? 何を?」


 隣にいたムルトが不思議そうに尋ねるが、ガラハトは何でも無いように己の身体の状態を確認しつつ口を開く。


「兄貴を引きずり下ろすんだからな。どうしたって俺が現場に行く必要がある」

「ちょっ! 今のガラハトさんはまだ戦いが出来る状態じゃないんですよ! それも相手に手加減をして殺さないようにしなきゃいけないのに……」

「そうだろうな。だが、兄貴を会頭の座から引きずり下ろしたその時、そこに俺がいないと色々と拙いだろう」


 ガラハトのその言葉に、小さく眉を顰める一行。

 確かにボルンターをどうにかした時、その場にガラハトの姿があるのと無いのとでは色々と違って来るのは事実なのだ。だが……


「その為に足手纏いのお前を連れて行け、と?」

「……頼む」


 数秒程睨み合うガラハトとレイ。最終的に視線を逸らしたのはレイだった。


「好きにしろ。ただし、自分の身は自分で守れよ。……いや、ムルト。お前がガラハトの護衛でもしてろ。派閥が違うとか何とか言っても、アゾット商会に雇われている冒険者同士だ。正面から戦ったりしたら後々こじれる可能性もあるだろう」

「……済まん」


 ガラハトが短くそう言い、方針が決まったこともあり早速とばかりに貴族街へと向かうのだった。

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