第146話

 レイの部屋でムルトがしていた説明。その説明を聞いていたレイが口を開く。


「それでこれからどうするんだ? そもそも、その閑職に回されていた奴等がガラハトを支持するのは分かったが、そこからどう持っていく?」

「まぁ、簡単に言えば結局は武力で排除ってことになるんだろうな。本来ならアゾット商会で働いている者達に根回しをして徐々にガラハトさんの勢力を広げていくってのがベストなんだが。閑職に回されていた者達にしても、アゾット商会の内情を知ってる者が殆どでボルンターとガラハトさんの関係を知らない者の方が少ないし」

「しかし、じゃ。お主の話を聞く限りではガラハトと言うのはずっと冒険者をやってきたのじゃろう?」


 不意にコップから口を離してブラッソが尋ねる。

 その問いに頷くムルト。


「ああ、そうだ。そうでもなきゃランクBなんて高ランクまで上がるのはまず無理だろ」

「となると、もしそのガラハトとかいうのがアゾット商会の会頭になったとして……商会の運営をきちんとこなせるのかのぅ」

「……そうか、言われてみりゃそうだよな。確かに生まれてからずっと商会の経営に関わってきた訳じゃないガラハトって奴が、ボルンターを相手に下克上してアゾット商会を乗っ取っても、きちんと商会を動かせるかどうかと言われれば……」


 ブラッソの言葉に頷くフロン。まがりなりにもこれまでアゾット商会を経営してきたボルンター。だが、それに取って変わろうとしているガラハトはあくまでも冒険者であって商人ではないのだ。当然アゾット商会のような、ギルムの街でも有数の商会を経営してきた経験がある筈も無い。

 そんな人物が辺境の、しかも冒険者達が数多いギルムの街で武器の取引を仕切っていると言ってもいいアゾット商会を上手く動かしていけるのか。そんな疑問を口にしたフロンだったが、ムルトは問題無いとばかりに頷く。


「確かにガラハトさんは商人じゃない。だが冒険者になってからずっとアゾット商会に雇われていた為に、その辺の商人よりは余程アゾット商会の内部に詳しいんだよ。それにガラハトさんがなるのはあくまでもアゾット商会の代表であって今の会頭であるボルンターとは違う。実質的に商会を動かすのは、自分を支持してくれている商人達の合議制とかいうのにするらしい」


(一種の民主制な訳か。……衆愚政治とかにならないといいんだけどな)


 ムルトの言葉を聞いてレイが思い浮かんだのは、かつて自分が暮らしていた日本の政治家達だった。いや、むしろ政治家と言うよりも政治屋と表現するのが正しいと言える者達。自国の利益よりも自分に利益をもたらしてくれる他国に尻尾を振って擦り寄る、政治家としてはもちろん政治屋としても疑問を抱かざるを得ない売国奴達。

 脳裏を過ぎったそんな考えをすぐに振り払う。ここは既に自分のいた日本ではないのだから、と。


「まぁ、とにかくこのままガラハトがアゾット商会を乗っ取ってもギルムの街が混乱したりはしないと思っていいんだな?」


 内心の考えを振り払うかのように小さく首を振り、ムルトへと尋ねるレイ。


「ああ。当然少しの混乱も起きないって訳にはいかないだろうが、それでも最低限で済む手筈になっている。何しろボルンターの野郎が閑職に回していたのは自分に従わない従業員だ。そしてその従業員の殆どは今のままだとアゾット商会はいずれ駄目になると判断して諫言をした奴等だからな。能力的には十分な筈だ」

「そうなると、さっさとガラハトがいる隠れ家とやらまで行った方がいいかもな」


 呟いたレイへと、部屋にいる面々の視線が集中する。

 その中でも、フロンが代表して口を開く。


「何でだ? そりゃあ急いだ方がいいのは分かるけど、今はもう夜だ。別に明日でも構わないんじゃないのか? いや、むしろ盗賊を雇っている向こうの方が夜の活動は得意だろう」

「向こうが形振り構ってないからな。例えばさっきこの宿に押しかけてきた一団にしても、とにかく数を揃えようとしてアゾット商会が集めた連中だろう。今でさえ有象無象とは言ってもああいう奴等を雇っているんだ。これが行動を起こすのが明日になったとしたら、ボルンターとガラハトの戦力比はより大きくなるぞ? 向こうが有している戦力の殆どがさっきのチンピラみたいな雑魚であっても、数は力だ。それを考えると早く動いた方がいい。……ムルト、ガラハトは武力でボルンターを引き下ろすって話だったがお前達にはどのくらいの戦力があるんだ?」

「アゾット商会に雇われていた冒険者の中でも、ガラハトさんに助けられた経験を持つ奴や、ガラハトさんの人柄を慕っている奴を考えると……楽観的に見ても3割。下手をすれば1割程度って所だと思う」

「つまり確実に戦力になるのはその1割って訳か。具体的な人数は?」

「5人前後ってところか」


 ムルトの言葉に思わず驚きの表情を浮かべるレイ。

 何しろ1割で5人程度となると、単純計算で言えばアゾット商会が雇っている冒険者の数は50人近くになるのだ。


「アゾット商会の規模がでかいとは知っていたが、それ程の冒険者を抱え込んでいるとは……さすがに予想外じゃな」


 ブラッソもまた、レイと同様に驚きの表情を浮かべる。


「楽観的な場合に追加される2割は、一種の中立みたいな感じと考えてもいいのか?」

「まぁ、そうだな。他にも色々な事情があってボルンターの方に協力せざるを得ない状況にあるけど、気持ち的にはガラハトさんの味方とかな」

「ふんっ、確実に戦力に数えられないんじゃ戦力外と考えた方がいいだろうな。それよりも、確かにそこまでの戦力差があるんならなるべく早く動いた方がいいかもしれないな。数で負けて、その上行動を起こす速度でも負けてたら勝ち目はないぞ。こっちが勝ってる点と言えば……」


 フロンの視線がチラリとレイへと向けられる。

 ハーピーの討伐依頼で見たその実力は、決してランクD程度に収まるものではなかった。ランクAモンスターのグリフォンのセトを従えていることから考えても、総合的な実力はランクA冒険者に勝るとも劣らないだろう人物を。

 そして何よりも今回起きたこの騒動の発端もレイなのだ。それを考えれば、この規格外の戦力を使わない手はないだろう。


「どのみちレイは今回の騒動に巻き込まれるのは確実なんだ。……って言うか、パミドールに回ってきた話を考えれば既に十分巻き込まれているか。ならさっさと戦力に組み込んでアゾット商会の世代交代をさせた方が誰の為にもなるだろうさ。当然俺やブラッソにとってもな」


 何しろ自分達はレイとパーティを組んで依頼を受けただけに、嫌でも巻き込まれるのは確定しているのだ。それに評判の悪いアゾット商会を何とかして、もう少しギルムの街の風通しを良くしたいという考えもある。


「だから、さっさとそのガラハトとかいう奴が隠れている場所に行くぞ。ここからは時間との勝負だ。早く動けば動く程にアゾット商会側の戦力も少なくなる筈だからな」


 喋りながら立ち上がり、ベッドの上にいるムルトの腕を強引に引っ張って起き上がらせるフロン。


「あ、ああ。わかった……」


 その迫力に押され、済し崩し的に頷いてしまうムルトに、レイがミスティリングの中へと収納していたハルバードとレザーアーマーを取り出す。


「ほら、これから行くんなら最低限装備は整えないとな。今はまだ大丈夫そうだが、ガラハトと合流後はまず確実に戦闘になるんだろうし」

「これ、俺の……あぁ、そうか。確かレイはアイテムボックスを持っていたんだったか」

「おめでたい奴だな、忘れてたのか? そもそもこれが原因でボルンターが欲を出して今回の騒ぎになったんだろうに」


 若干呆れたような視線を向けるレイ。そんなレイの視線から逃れるように、ムルトは渡されたレザーアーマーを身につけていく。

 そんな2人を見ながら、いつの間にか最後の1杯になっていた酒を呷っていたブラッソが立ち上がる。小さめとは言っても樽1つ分の酒を飲み干して少しも酔っていないのは、酒に強いドワーフ族だからか、あるいはブラッソだからこそか。


「で、結局ガラハトのいる隠れ家ってのは何処なんだ?」

「裏通りの方にある小屋だ。かなり古いだけに殆ど近寄るような奴もいないから、まず見つかるようなことはないと思う」


 レザーアーマーを身につけつつフロンの質問に答えるムルトだったが、その答を聞いたレイが微かに眉を顰めているのを見て首を傾げる。


「どうしたんだ?」

「いや、ガラハトが隠れているのは古くてあまり人が近寄らない小屋なんだよな?」

「ああ。少なくても見かけ上はな。一応中身に関しては数日間程度は暮らせるように保存食の類は隠してあるし、色々と金を掛けて工夫はしている」

「……あぁ、なるほど」


 ムルトのその言葉に、納得したように頷くフロン。


「つまりレイの心配は、本当にその小屋には人が近寄らないのかってことか」

「ああ。外見が古い……と言うか、ボロいのなら確かに人は近付きにくいだろう。だが、それだけに孤児とかスラムの奴等が潜りこんでくる可能性がある。そしてそこからアゾット商会に情報が流れる可能性もな」


 一応このギルムの街ではダスカーが良政と言ってもいいような統治をしているが、それでもスラムというものは存在している。いや、辺境にあるギルムの街であるが故に防衛に経費を割かなければならず、どうしてもそちら方面が後回しにされるのだ。


「……なるほど。確かにその可能性が無いとは言えんのう」

「ああ、それに関しては多分大丈夫だと思うぞ。ガラハトさんはスラムの奴等に色々と援助したり仕事を回したりしてるからな。そっちからの信頼は結構ある」

 レザーアーマーを身につけ終え、ハルバードの様子を確認しながら言うムルトだったが、その言葉に小さく肩を竦めるフロン。


「孤児にしろ、スラムの奴等にしろ、その日を生きるので精一杯なんだ。そんな連中が金と義理のどちらを重視するかと言えば……まぁ、もちろん義理の方を重視する奴もいるだろうが、それでもどちらかと言えばやっぱり金に転ぶ奴の方が多いと思うがね」

「……少し急いだ方が良さそうだな」


 呟き、部屋の扉を開けるレイ。その後にフロンとブラッソが続き、準備を整えたムルトも後に続く。

 そして4人が階段を降りていくと、やがて食堂の方から賑やかな声が聞こえて来る。


「儂ももう少し酒を飲みたかったのぅ」


 羨ましそうに食堂の方へと視線を向けるブラッソだったが、その後頭部へとフロンが鞘に入ったままの長剣を振り下ろされた。


「レイの部屋で1樽開けて、まだ足りねぇのか! ったく、これだからドワーフは……」

「痛ぅっ! フロン、お主こそいい加減にせんかい。毎回毎回儂の頭を気安く殴りおって。せめて手で殴れ、手で。鞘に入ったままとはいえ剣で殴る奴がおるか!」


 頭を抑えながら苦情を言うブラッソだが、フロンは鼻で笑う。


「お前の石頭を素手で殴ったりしたら、俺の繊細な手が怪我するだろ」

「けっ、何が繊細な手じゃ。繊細な手を持つ奴は戦士なんぞやっとらんわい」


 既にレイにとっては見慣れたやり取りだったのだが、初めて見るムルトにしてみれば気が気ではなかった。


「おい、レイ。これから騒動の渦に突っ込むのは間違い無いってのに、あの2人が喧嘩したままでいいのか?」


 そっとレイへと尋ねるムルトだったが、ドラゴンローブを着込んでフードを被っているレイは特に表情を変えもせずに問題無いと頷く。


「俺も付き合いは短いが、あの2人にとってはいつものことだ。緊張して動きが鈍くなるよりはマシだろう」

「いや、けどよ。いざって時に仲間割れとかされたら……」

「だから今も言ったように、仲間割れとかじゃなくていつものじゃれ合いだよ。気にするだけ損をするぞ」

「……レイがそう言うんならいいが、本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ見えて2人共ランクCの冒険者だからな。相応の腕は持っている」


 そんな風に会話をしながら、階段を降りて宿の1階へと到着して外への出口へと向かう。


「あら、お出かけですか?」


 宿を出て行く4人を見つけたのだろう、食堂からラナが出て来て尋ねてくる。

 レイ達はそれぞれが武装をしており、どう見ても物騒な用事なのは明らかだったが、その口調はいつも通りのものだった。


「ああ。さっきの連中を寄こした奴にちょっとな」

「そうですか。では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 ペコリと頭を下げたラナに見送られ、4人は宿を出て行く。

 食堂の方からレイの奢りということで宴会をやっている賑やかな笑い声のようなものも聞こえ、その歓声を背に夕暮れの小麦亭を出て行く。

 唯一ブラッソのみがどことなく羨ましそうにチラチラと食堂へと視線を向けていたのだった。

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