第137話

 ハーピーの巣についての報告が終わり、領主の館から出て来た時には既に周囲は夕焼けによる赤色に染まっていた。

 その夕焼けを眩しそうに眺めながらフロンが口を開く。


「いや、予想以上に時間が掛かったな」

「何を言っとるんじゃ。説明を全部儂やレイに投げおって。お前はただ黙って茶を飲んで、茶菓子を食べてただけじゃろうが」


 呆れたようにブラッソが溜息を吐く。

 その横ではこちらも同様に説明を投げられたレイが呆れた様子でフロンへと視線を向けていた。

 2人からの呆れた視線を向けられたフロンは、どこかバツの悪い笑みを浮かべつつ頬を掻く。


「そんなこと言っても、俺は貴族とかと話したことなんかないんだし……慣れてる奴に任せるのが一番だろ?」

「儂だってそんなんないわい」

「俺は……まぁ、ないこともないが、それだってここ最近の出来事だしな」


 2人の言葉に形勢が不利だと思ったのか、視線を逸らしつつフロンが改めて口を開く。


「そ、そもそも火炎鉱石はレイの担当で、その他の鉱石に関しても知識があるのはブラッソだろ? ほら、そう考えれば俺は関係無いし」

「……もういいわい。取りあえず報告も一段落したし、ギルドに依頼達成の報告に行くとするかの」


 ブラッソが諦めの溜息と共に言葉を発すると、レイが領主の館の奥の方から近付いてくるセトを発見する。


「グルルゥ」


 満足そうに鳴きながら近付いてくるセト。そのクチバシに、何かのタレのようなものが付いているのを見たレイは思わず笑みを浮かべつつセトの頭を撫でる。


「どうやらここでも可愛がって貰ったらしいな」


 セトの様子からそう察し、頭を撫でながら視線をブラッソへと向ける。


「それで、ギルドに報告に行くって話だったが……火炎鉱石はどうする?」


 そう、ハーピーの巣から持ち帰ってきた一抱え程もある火炎鉱石。その火炎鉱石を、ダスカーは今回の報告の褒美だということでレイ達に自分の物にしてもいいと許可したのだ。


「いやぁ……あれ程の大きさの火炎鉱石だと、売る方も買う方もおいそれとはな。一応、儂等が今回の件を頼まれた鍛冶師の所に持ち込んでみるか?」

「俺としては金には困ってないから、出来ればその火炎鉱石はそのまま残しておくか……最悪、3等分に分けてって風にしてくれると嬉しいんだがな」

「うーん、その辺をどうするかだな。レイは金に困ってないらしいが、俺とブラッソは貧乏って訳じゃないが金に余裕がある訳でもないし。……けど武器を新調する時とかに火炎鉱石を使えるというのを考えると、このまま売りに出すのもちょっとなぁ」


 悩んでいるフロンのその様子に、ふと何かを思いついたかのようにレイが口を開く。


「ならこの火炎鉱石を売った場合に幾らくらいになるかを鑑定して貰って、その3分の1ずつを俺が2人に支払うってのはどうだ?」


 レイのその提案にフロンは数秒程悩み……やがて頷く。


「俺はそれで問題無い。ブラッソはどうだ?」

「む、むむむ……確かに金も捨てがたいんじゃが、火炎鉱石もまた……」


 頭を抱えつつ悩むブラッソの様子を眺めながら領主の館から街中へと進んでいたレイとフロンだったが、やがて賑やかな街の中へと入るといつまで経ってもこのままではブラッソが決断できないと判断したレイが口を開く。


「なら、取りあえず火炎鉱石の査定をして貰わないか? その値段によってはブラッソもどうするか決められるだろうし」

「う、うーむ……そうじゃな。確かに本職の者達に鑑定して貰えばその辺で1つの指針にはなるじゃろう」

「ならあそこの武器屋でいいか?」


 レイの視線の先にあるのは10m程先に進んだ場所にある武器屋だった。奇しくも、今回の依頼を受けた後に槍を買おうとして断られた店だ。


「む? 武器屋で良いのか? 武器屋は基本的に武器を売る店であって、鉱石等を使って武器を作るのは鍛冶師じゃぞ? もちろん武器屋と鍛冶師の両方を兼任している店も多いから確実にそうだとは言わんが……」

「だな。どうせなら俺達の知り合いの鍛冶師辺りに鑑定して貰った方がいいだろう。迂闊な店だとぼったくられる可能性もあるけど、知り合い同士ならそんな真似はしないだろうし」

「お前達がそっちの方がいいと言うんならそれでもいいが。鑑定だけして貰って、買い取って貰わないかとかでも構わないのか?」


 場合によっては知り合い同士だからこそ揉めるんじゃないかと尋ねたレイだったが、フロンはその言葉に肩を竦め、ブラッソは笑みを浮かべる。


「奴は仕事には真面目な男じゃからな。だからこそこの街に来て短期間で多くの者達に評価されておるんじゃ。そういうみみっちい真似はせんよ」

「……この街に来て短期間の鍛冶師?」


 ふと何やら聞き覚えのある言葉に、数秒程悩み……


「なぁ、もしかしてその鍛冶師って子供が1人いないか? 名前はクミトとかいう」


 そう、以前ちょっとした暇潰しに絡まれている子供を助けたことがあり、その子供の父親がギルムの街に最近来たばかりの鍛冶師だと言っていた筈だ。それを思い出し、ブラッソとフロンの2人へと尋ねる。

 そんなレイの問いに、軽く目を見開く2人。


「よく知っておるな。確かにパミドールにはクミトという息子がおるが……」

「あぁ、やっぱりな。いや、以前悪ガキに絡まれている所を通りすがりに助けたことがあってな」

「……お前の年齢でも十分悪ガキなんだがな」


 ボソッと呟いたフロンの言葉に苦笑を浮かべるレイ。


「まぁ、それなら丁度いいと言えば丁度いい。クミトに一度遊びに来て欲しいって言われてたからな。ならその……パミドールとか言ったか? その鍛冶師の所に行くか」

「うむ。儂としては信頼出来る鍛冶師じゃから、そうしてくれると助かるわい」

「俺も異論はないな。何しろ下手な武器屋とかで鑑定して貰うと鑑定費用とか取る所もあるしな」


 こうして、3人はギルドに依頼達成の報告をした後でパミドールのやっている鍛冶工房へと行くことになったのだった。


「じゃあ暗くなる前に早い所ギルドに行くとするか。この時間帯だとそろそろ依頼完了の報告を持ってくる奴も多くなってくる筈だしな」

「……まぁそれはしょうがないわい。時間が時間じゃから、儂等も人のことは言えんしのう」

「人混みはあまり好きじゃないんだよな。特に冒険者とかだと体格のいい奴が多いし」


 ブラッソとフロンの会話を聞き、思わず漏れたレイの言葉。それを聞いたフロンは殆ど反射的に吹き出す。


「ぶっ、そ、それは確かにそうだろうな。レイの背丈じゃ前衛系の男達の間に入ると完全に埋まるだろうし」

「うーむ。レイでもそう言うのは気にするんじゃな。ええい、フロン。人の身体的特徴を笑うでないわい」

「け、けどよ。あれだけの力を持ってるレイが、自分の身長にコンプレックスを持ってるって……だ、駄目だ。似合わなさすぎる……」

「……一応、これでも俺はブラッソよりは大きいんだがな」

「お主も、ドワーフである儂より背が高いのが自慢になる訳ないであろうに」


 レイの言葉に思わず溜息を吐くブラッソ。

 そんなブラッソを見ていると、やがて街中でも賑やかな大通りの一画へと入り……


「お、セトじゃないか。今日も可愛いな。ほら、焼きたての串焼きがあるぞ。タレも新しい味だ」

「夕食前のちょっとした空腹にうちのパンはどうだい。中には肉がたっぷり入ってるよ」

「レイ、前に教えて貰ったように調整してみたんだが、スープを飲んでいかないか」


 その途端、露店で食べ物を売っている店主達がこれでもかとばかりにレイとセトへと声を掛けてくる。


「グルルルゥ」


 そしてそんな声を機嫌良さそうに喉の奥で鳴らしつつ露店の商人達から差し出される軽食の類を一口で食べていくセト。

 そんなセトのいつもの様子に、レイはしょうがないとばかりに笑みを浮かべて料金を支払っていく。……当然自分の分も含めてだが。


「うわ、凄いなこの騒ぎ」

「……さすがにこれは予想外じゃったな」


 フロンとブラッソも、そんないつもの様子に唖然としつつも時々串焼きの類を買ったりしながらレイとセトの後を追いかけていく。そしてそんな状態で歩き続け、やがてギルドが見えてくる頃にはレイもセトもそれなりに満足して、肉の刺さっていた串やパンの包まれていた紙の類を纏めて露店が用意してあるゴミを捨てるバケツへと放り込む。


「ここを歩いただけで腹一杯になったのは初めてだ」

「酒があれば儂はまだまだ平気じゃぞい」


 そんな風に言いながら、セトと分かれてギルドの中に入ると……


「やっぱりな」


 思わず溜息を吐くレイ。夕方近くという時間帯の影響もありギルドの中には依頼を完了させた冒険者達や、併設されている酒場で宴会の如く盛り上がっている者達が溢れかえっていたのだ。

 そんな中を、ブラッソを先頭にしてカウンターの方へと向かっていく。

 何を考えたのか、途中でフロンを口説こうとして近づいて来た酔っ払いもいたのだが、それらは例外なくフロンの剣で横っ面を引っぱたかれて撃沈する結果となった。……剣が鞘に収められていたのがせめてもの救いだっただろう。


「あ、レイさん、それにブラッソさんにフロンさんもお帰りなさい。その様子だと依頼は無事に完了したようですね」


 レイ達の姿を見たレノラが、嬉しそうに笑みを浮かべて3人を出迎える。

 この混雑している中でも笑みを浮かべて、依頼の完了を知らせに来る冒険者を出迎えるのは受付嬢の鑑とも言えるだろう。


「ハーピーの討伐でしたよね」


 そう言い、一旦口を閉じてから周囲に聞こえないように小声で続きを口にする。


「実は領主様からギルドの上層部に何らかの連絡があったらしくて。本来であればこの手の討伐依頼は討伐を完了した後に10日程様子を見て、それで討伐対象のモンスターがいないのを確認されて、初めて依頼完了になるんですが……今回は領主様の権限で、特例としてすぐに依頼完了を承認すると。……また何かやったんですか?」


 どこか呆れたような目でレイへと視線を向けるレノラだったが、そっと目を逸らすレイだった。

 まさか自分の使った魔法の影響により、ハーピーの巣であった洞窟の一部分で火炎鉱石が生成されたなんてことはさすがに言えない。それに風石結晶やエメロスト鉱石に至ってはその稀少さから、さらに輪を掛けて口に出す訳にはいかないのだ。


「……」


 そんなレイを暫くジト目で見ていたレノラだったが、やがてしょうがないとばかりに溜息を吐きながら小さく首を振る。

 ……もっとも、そうした理由としては隣で嫉妬の籠もった目で自分を見ている同僚の猫の獣人、ケニーの存在があったせいもあるのだが。


「えっと、ハーピーの素材や討伐証明部位、魔石の類はありますか?」

「今はないのう。ちょっと急いでギルムの街まで戻って来たから、ハーピーの死体についてはレイのアイテムボックスの中じゃ」

「そうですか。それらについてはいつでも買い取りが可能ですので。では、これが報酬となります」


 そう言い、金貨3枚の入った布袋を手渡してくるレノラ。ブラッソはそれを受け取り、これでハーピー討伐依頼は完了となるのだった。


「あ、それとレイさん。素材の剥ぎ取り依頼の受注を希望する冒険者の方が数名いましたが……面接はどうします? 一応明日また集まるようにとは言っておきましたが」

「そうか。じゃあそうだな……明日の昼過ぎくらいに面接をしたい。2階の会議室は使えるか?」

「ええ、問題ありません。ではその旨を希望者に知らせておきますね。ただ、冒険者ですので必ず明日面接出来るとは限らないと覚えておいて下さい。その場合は早い者勝ちみたいな感じになると思いますが」

「ああ、それで構わない」

「では、そう言う流れで。明日の昼過ぎにお待ちしています」


(さて、火炎鉱石の件もだがいよいよ剥ぎ取りの依頼か。楽しみなような、不安なような。……どんな冒険者が来るのやら)


 内心で呟き、カウンターで済ませる用事は全て終わったので3人ともカウンターの前から離れる。

 そんなレイをレノラの隣でケニーが名残惜しそうに見ていたのだが、さすがにこの忙しい時間帯にレイを誘惑するなり食事に誘うなりをする暇がなかったらしく、次々に来る冒険者達を捌くのに精一杯なのだった。


「うーむ……なぁ、レイ、フロン。ちょっと寄っていくのは駄目じゃろうか」


 カウンターから離れつつブラッソの視線が向けられているのは、ギルド内部に併設されている酒場だった。

 いつもレイがギルドに来る人の少ない時間の酒場とは違い、今の酒場は座る場所も殆ど無い程に混み合っている。そして当然酒場では依頼を無事完了した冒険者達が宴会のように皆で飲んでおり、あるいは依頼を失敗した反省会と言う名で飲んでいたり……それをブラッソは羨ましそうに眺めている。

 だがそんなブラッソの懇願をフロンは一刀両断にする。


「馬鹿を言うな。今からパミドールの所に行くんだろ。ここで飲んでたらパミドールの工房が閉まっちまう」

「いや、何も思う存分飲ませろとは言わんぞ。ただ、ハーピー討伐の依頼を完了したんじゃし1杯や2杯は……」

「お前の場合、1杯や2杯じゃすまないから駄目だって言ってんだろうが! ほら、とっとと行くぞ!」

「痛っ! お、おいフロン。耳を引っ張るのは止めて欲しいのじゃが!」


 そんな風にギルドの外へと連れ出される2人を呆れたように眺めていたレイも、後を追っていく。


「おーい、ブラッソ。お前の分も酒を楽しんでやるから安心しろよー」


 ブラッソの知人らしき男の声をその背に受けながら。

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