第126話
その日、夕暮れの小麦亭で朝食を済ませたレイとセトはいつも通りにギルドへと向かって進んでいた。
だが……
(何だ、この視線は?)
これまたいつも通りに軽食の類を買ってセトと分け合いながら歩いていると、どこからともなく窺うような視線が向けられてくるのだ。
最初は昨日のボルンターの件で復讐なりなんなりに差し向けられた者達かとも思ったレイだったのだが、敵意や殺気といったものは感じられない為、すぐにそれを却下する。
視線の感じられた方へと視線を向けるが、そこにいるのはその殆どが荒事の類に向いていない者が殆どだ。中には鍛えた肉体を持っている者もいるが、荒事に慣れている者は少ない。
(間違い無く昨日の件が関係してるんだろうが……)
そんな風に考えつつも、取りあえず気にしてもしょうがないとばかりに買い食いをしながらギルドへと向かうのだった。
「あ、レイさん。良かった。毎日来ているのに昨日は来なかったから、てっきり一昨日の件で何かあったのかと」
ギルドへと入って来たレイを見て安堵の息を吐くレノラ。
昨日はボルンター邸での一件があった後で、ギルドへと行く気も起きなかった為にそのまま宿へと戻ったのだが……それを知らないレノラにしてみれば心配だったのだろう。
そしてその隣ではどこか拗ねているような顔をしているケニーの姿。
「その件は取りあえず何とかなったんだが……ケニーは何で拗ねてるんだ?」
まだ火種を残してはいそうだが、昨日あれだけの目に遭った以上はそうそう下手な真似は出来ないだろうと判断して口に出すレイ。
ギルドに来るまでに感じた視線の件を相談しようかとも考えたのだが、レノラにしろケニーにしろ、あくまでも一介のギルドの受付嬢でしかないのだ。ここで余計な話を耳に入れて近い将来か、あるいはある程度遠い未来かは分からないが騒ぎに巻き込むのはやめておいた方がいいだろうと判断する。
「別に何でもないですよーだ。レイ君がピンチの時に、私が休んでて力になれなかったから僻んでいる訳じゃないですよー」
あまりに分かりやすいその拗ね具合に、思わず苦笑を浮かべながら口を開く。
「別にケニーの手助けがいらないとか、そう言うことはない。ただ単純にタイミングが合わなかっただけだろ。それに実際特に何も起きてない……とは言えないが、取りあえずその件は何とかなったんだし」
「やっぱり揉め事は起きたんですね」
どこか呆れたような表情で呟くレノラ。
「まぁ、そうだな。さすがに俺の持っているマジックアイテムを無条件で寄こせとか、セトを譲れと言われてはな。はいそうですかと頷く訳にもいかないだろう」
そのレイの言葉にピクリと表情を動かすレノラ。
何しろレノラ自身すっかり忘れていたのだが、レノラはギルドマスターからレイが何かトラブルに巻き込まれたら報告するように言われているのだ。アゾット商会の会頭であるボルンターから呼び出されただけではトラブルとは判断しなかったが、今レイが口に出したのは間違い無くトラブルだ。
(そうは言っても、レイさんなら自分でどうとでも解決しちゃいそうな気がするけど)
内心で呟くレノラ。
何しろ色々とレイの出鱈目な部分をその目で見ている為に、ちょっとやそっとのトラブルでレイがどうにかなるとは思えないのだ。
そしてそれが原因で、レイがトラブルに巻き込まれたら報告をするというのを忘れていたりするのだが。
レイなら放っておけばどんなトラブルでも自力で解決しそうだという認識がある故に。
そんな風にレノラが考えている時だった。
「お、レイじゃないか。数日ぶりだな。丁度いい所で会えた」
カウンターの前にいるレイへとそう声が掛けられたのは。
レイが振り向くと、そこにいたのは30代程の女戦士のフロンだ。その隣には巨大なハンマーを背負っているドワーフのブラッソの姿もある。
「……お前等」
そんな2人へと思わずジト目を向けてしまったレイだったが、肝心の2人は何故そんな風な目を向けられているのかが分からないらしく首を傾げている。
「どうした、そんな剣呑な顔をして。俺達が何かしたか?」
「しただろう。酒はそれ程強くないって言ってるのに酔い潰しやがって」
「あ、あはははは。まさか俺としてもあんなにあっさりとダウンするとは思わなかったからな」
一応バツが悪そうに笑ってみせるフロンだったが、その隣にいるドワーフのブラッソは情けないとばかりに首を振る。
「あれしきの酒で酔い潰れるとは、戦士の風上にもおけぬぞ」
「いや、俺は純粋な戦士じゃないからな。魔法戦士だ。……と言うか、そもそも戦士と酒は関係無いだろう」
「何を言うか! 戦士とは戦いの後にお互いに勝利の祝杯を交わして絆を深めていくものなのじゃぞ」
「悪いが、俺はそう言うのは合わなくてな。だからこそソロで活動しているんだ」
そう呟いた時、待ってましたとばかりにフロンが1歩前へと出る。
「そうそう。その件だけど、もし良かったら今回の俺達の依頼に協力してくれないか?」
チラリ、とランクBの依頼ボードへと視線を向けながら呟くフロン。
「依頼?」
「ああ。お前の大好きな討伐依頼だ」
「俺としては構わないが……何で俺を? いつもはお前達砕きし戦士の2人で活動しているんだろうに」
「あー、それがな。討伐対象が問題なんだよ。とにかくこっちに来て見てみろ」
ぐいっとばかりにレイを依頼ボードの前へと引っ張っていくフロン。
その強引さに、他の冒険者の相手をしていたケニーの視線が若干鋭くなったが……幸いにもフロンの年齢差からライバル認定はされなかったらしく、爆発するようなことにはならなかった。
「ほら、この依頼だよ。ちょっと前からずっと張り出されてるんだけど、そろそろどうにかしないと俺達にも少し影響してきそうでな」
フロンの言葉に多少の疑問を抱きつつも、依頼書へと目を通す。
そこには確かに討伐依頼の依頼書が貼られていた。討伐対象はハーピー。場所はギルムの街から少し離れた場所、レイ達が襲撃したオークの集落よりも大分手前にある山だ。ギルムの街からでも10時間程度の距離にあるその山にハーピーが棲み着き、ギルムの街へ向かう旅人や商人、時には冒険者までもが襲われることがあるらしい。しかし……
「ハーピーの討伐依頼がランクB? 俺の記憶が確かなら、ハーピーはランクDモンスターだった筈だが」
そう、レイの言う通りにハーピー自体の脅威度はそれ程高くはない。もちろんランクDモンスターである以上はゴブリン程度のモンスターとは比べものにならない程強力ではあるのだが、それでもランクBの依頼になるというのは不自然だった。
何しろランクBモンスターと言えば、レイがダンジョンで戦ったエメラルドウルフの集団。あるいはオークの集落で戦ったオークキングと同レベルなのだから。
だが、そんなレイの疑問にブラッソはあっさりと答える。
「それは場所が問題なんじゃよ。確かにレイの言う通りにハーピー自体は弱いとまでは言えないが、それ程強いモンスターではない。じゃが、棲み着いているのが山頂近くとあってな。その辺が絡んできておる」
「それと、群れているってのも問題だな。しっかりと数を確認した奴はまだいないらしいが、それでも20や30程度はいるらしい」
「……あぁ、なるほど」
ブラッソの言葉に頷くレイ。
確かにハーピーを倒す為には襲ってきたのを根気強く倒し続けるか、棲み着いている巣に襲撃を掛けるしかない。そして前者はいつ襲い掛かってくるかは完全に運任せであり、そもそも自分達以外を襲う確率の方が高いのだ。ハーピーにしてみれば、わざわざ自分達を待ち受けている冒険者達より何も知らない旅人を襲った方が安全なのだから。そしてハーピーの巣がある山頂まで出向くということは、その巣に辿り着くまでにも他のモンスターと戦闘になる可能性が高い。また、ハーピーは群れるモンスターである以上は戦う時は数匹……下手をすれば十数匹のハーピーと戦うことになるだろう。それらの事情を考えると、確かにハーピー自体はランクDモンスターではあるが、それよりも2段階上のランクBの依頼となっていてもおかしくはない。
「で、これが俺達に取っても影響してくるというのは、どんな理由でだ? このハーピーの襲撃が噂になっているとかか?」
そんなレイの質問に小さく首を横に振るブラッソ。
「それが影響無いとは言わん。じゃが、もっと切実な理由があるのじゃよ」
「切実な理由?」
「うむ。レイ、冒険者としてやっていく上で武器の手入れや補修、あるいは買い換えが重要じゃと言うのは理解出来るな?」
ブラッソの言葉に当然とばかりに頷くレイ。
レイ自身はメインの武器としているデスサイズはその能力故に手入れの必要は無い。だが、それ以外の……特にモンスターの素材を剥ぎ取る時に使うようなナイフの類は使用後の手入れが必須だ。もしその手入れを怠った場合は、モンスターの血や脂、あるいはそれ以外の体液や魔力の影響でそう遠くないうちに使い物にならなくなるだろう。
そう説明するレイに、ブラッソは頷く。
「そうじゃな、冒険者として危険な依頼を引き受ける以上は武器の手入れや補修、買い換えは必須事項じゃ。……で、その際には当然金属が必要になる」
ブラッソの言葉を聞き、殆ど反射的に何を言いたいのか理解するレイ。ハーピーの巣、山、金属。即ち……
「ハーピーの巣がある山では鉱石が採掘出来るのか?」
そんなレイの言葉にフロンが忌々しそうに頷く。
「そう言うことだ。もっとも、鉱石とは言っても魔法金属とかが含まれているような稀少な鉱石じゃない。それこそ鉄鉱石がメインだがな。運が良ければ魔水晶や火炎鉱石が何とか……って感じだな」
魔水晶というのは魔法発動体の媒体として一般的なものであり、若干ではあるが魔法の威力を向上させる性質を持つ。また、火炎鉱石は文字通りに炎の魔力が鉱石に封じ込められたものであり、錬金術の素材として有名だ。高純度な物になれば、衝撃を与えると砕けて爆炎を撒き散らす物もあるという。
「鉄鉱石くらいなら商人に運んできて貰う、とかは出来ないのか?」
「そりゃあ出来るか出来無いかで言えば、当然出来るさ。ただ、当然その輸送費用が鉄鉱石の料金に上乗せされるけどな」
「そうなると、ランクの低い冒険者が武器に手が届かなくなる可能性も出て来る」
そんな2人の説明を聞き、納得するレイ。
「だが、そんな事情なら他の冒険者がその依頼を受けてもいいんじゃないか? なんで数日も残ってるんだ?」
「それは簡単じゃよ。山の中でどこから襲ってくるかも分からないハーピーと戦いたがる者はそうはおらん。また、ハーピーのランクが低い影響で報酬もそれ程高くないからのぅ。つまり危険度が高い割に報酬が安いのじゃよ」
「……世知辛いな。で、じゃあなんでお前達2人はその依頼を受ける気に?」
危険度が高くて報酬が安い。ブラッソの言葉が真実ならば、わざわざ進んでそんな危険な依頼を受ける必要も無いだろうと尋ねるレイ。
「何、別に儂等とて義侠心にかられて……とかそう言う理由じゃ無いわい。ただ、知り合いの鍛冶師に頼まれての。色々と世話になっておる相手じゃから無下にも出来ん。それに……」
ニヤリ、とした笑みを浮かべるブラッソ。その隣ではフロンもまた同様の笑みを浮かべながら口を開く。
「ハーピーと戦う時に何が一番厄介かと言えば、集団で襲い掛かって来る戦法もそうだが何より空を飛んでいる。これに尽きるんだよ。だが幸い俺達にはグリフォンを従えているという冒険者、即ち空の敵に対処出来る奴に心当たりがあった。……ここまで言えば分かるだろう?」
その先は言うまでも無かった。つまり、空を飛べるセトがいればハーピーを相手にする時に有効な空中戦力となると言いたいのだろう。
「どうじゃな? 街の者を助けると思って臨時パーティを組んでくれんかのぅ」
ブラッソの言葉に、数秒程悩む。
だがそもそもレイ自身の目的はモンスターが持つ魔石であり、ハーピーの魔石は未だに入手していない魔石だ。同様に山の中で襲ってくるモンスターというのも、未だ見たこともないモンスターの可能性もある。
「そう、だな。倒したモンスターの魔石を1種類につき2つずつ俺へと譲渡するのを約束するのなら、協力してもいいが……どうする?」
「む、魔石か。……フロン、どうじゃな? 儂としては構わんと思うが」
「あー、そうだな……」
ブラッソの言葉に、髪を掻きながら悩み……しょうがないとばかりに頷く。
「ま、しょうがないだろ。ちなみにその魔石の分は当然報酬の分け前から引かせて貰うが……構わないな?」
「ああ、それは問題無い」
何しろエレーナの護衛の件で金銭的には全く困っていない。むしろ金で魔石が買えると思えば安いものだった。
(いや、待てよ? 素材の剥ぎ取りを依頼に出してるんだから、魔石の買い取りも依頼に……いや、そもそも魔石の買い取りに関してはギルドの方でも重要視しているから、下手に俺がそんな依頼を出せばギルドに目を付けられる可能性もあるか。あるいは俺が錬金術師だったらその方法もあったんだろうが)
モンスターの素材の中で一番高額な魔石。当然、その買い取り額が他の素材よりも高いのは相応の理由があるのだ。錬金術によるマジックアイテムの材料、あるいは錬金術師が多少の加工をすればマジックアイテムに使う為の電池的な役割を果たすことにもなるのだから。それを錬金術師でもないただの冒険者が欲しているのはあからさまに目立つ。アイテムボックスやグリフォン云々の話どころではない程に悪目立ちするだろう。
「レイ?」
「いや、何でも無い。条件はそれで構わないが、出発はいつにする?」
「ハーピーの駆除は早い方がいいからな。出来るだけ早めに。……可能ならこれからすぐにって所だ」
「分かった。こっちもすぐに用意しよう」
こうして、レイは女戦士のフロン、ドワーフのブラッソの2人と臨時のパーティを組むことになるのだった。
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