第123話

「レイだな?」


 いつものように宿を出て、ギルドへと向かおうとしたレイとセトの前に2人の男達が現れるや否やそう問いかけてくる。

 一応確認するような口調ではあるが、その男達の目にはレイが自分達の目的の人物であるという確信の光が宿っていた。

 何しろグリフォンを連れている冒険者なのだから見間違う筈も無い。

 喉の奥を機嫌良く慣らしながら串焼きを食べているグリフォンのセト。そんなセトから目を逸らすようにして自分へと視線を向けている2人の人物へと頷くレイ。


「ああ」


 レイが頷いたのを確認すると、2人がそれぞれ視線で何らかの会話をして再び口を開く。


「アゾット商会のボルンターさんがお前をお呼びだ。ついてこい」


 リーダー格なのだろう、30代程の戦士がそう告げるが……


「断る」


 レイは迷う様子も無くそう告げる。


「なっ!?」


 さすがにその対応は予想外だったのか、絶句する男達。

 それはそうだろう。男達が雇われているのはこのギルムの街でも武器屋の総元締めと言ってもいい有数の商人なのだ。これが普通の街であるのならともかく、辺境であるこのギルムの街には当然冒険者の数も多い。そしてそれ故にその冒険者達が使う為の武器屋も数が多いのだ。そんな人物からの呼び出しに、有無を言わさず断るとは思わなかったのだ。


「用件はそれだけだな? じゃあ行かせて貰うぞ」


 予想外の返答に男達の動きが止まったのを見たレイは、セトと共にその脇を通り過ぎ……


「待て! お前、ボルンターさんが誰かを知ってるのか!?」

「ああ。と言うか、今お前が自分でアゾット商会のって言ってたじゃないか」

「そうだ! ならそんな人物からの呼び出しを断ったらどうなるか分かるだろう!?」

「そうは言ってもな。昨日呼び出されて貴族街まで出向いたんだが、門番に呆気なく追い返されたぞ。なんでそんな奴の呼び出しに何度も応じなきゃいけないんだよ」

「……何?」


 レイの言葉に唖然とする男達。その様子に、半ば予想通りと内心でほくそ笑みながらセトと共に男達をその場に残して去っていく。だが……


「待ってくれ。その件に関しては確かにこちらの不手際だ。呼び出しておいて失礼な真似をした。すまない」


 リーダー格の男が深く頭を下げるのを見ては、さすがにそのまま無視する訳にはいかなかった。


(……ちょっと予想外だったな。俺が聞いた噂だと、アゾット商会にしろボルンターにしろ、その特権的な地位を笠に着て自分の要求を無理に押し通すってタイプだと思ってたんだが)


 立ち止まって、思わず溜息一つ。これで再び高圧的に出られていたのなら、有無を言わさずに無視してギルドへと向かっていた所なのだが。自分よりも随分と年上の、それも見るからに高品質な装備を身につけている男をこのままここへと置いて行った場合はどう見てもレイの方が悪者だろう。


「ちょっ、ガラハトさん。なにもこんな餓鬼に頭を下げなくても!」


 男達のうちの1人、ハルバードを持っている男が頭を下げているリーダー格――ガラハト――を見て慌てたようにそう口に出す。


「呼び出しておきながら門番が有無を言わせずに追い払ったのだ。この場合はどう見てもこちらが悪い。なら謝るのは当然だろう」

「それはガラハトさんが悪い訳じゃなくて、あの門番達が……ったく、おいお前! この人がどういう人か知ってるのか? ランクB冒険者のガラハトさんだぞ。そんな人にいつまでも頭を下げさせるなよ!」


 これ以上は言っても無駄だと思ったのだろう。ガラハトへと声を掛けた冒険者は、睨みつけるかのようにレイへと視線を向けてくる。


「ムルト! こちらは招いている立場なのだから相応の態度を見せろ!」

「けど!」

 

 ガラハトの叱責に、反射的に何かを言いかけようとするハルバードの男――ムルト――だったが、やがて舌打ちして視線を逸らす。


「度々失礼した。もし都合が良いようなら今から同行して貰えないだろうか。決して昨日のように不愉快な思いはさせないと約束するので」

「グルルゥ?」


 どうするの? とでも言うように小首を傾げているセトの背を撫でてから溜息を吐く。


「分かったよ。そこまで言われたのに断るというのも何だしな」


(ムルトとかいう男だけならすぐに断って無駄なことをしなくて済んだんだが……まさか評判の悪いアゾット商会にこんな男がいたとは思わなかった。やっぱり何事も噂だけで判断するのは駄目ってことか。そうなると、ボルンターとかいう男の評判の悪さも噂程じゃないのかもしれないし……そう言う意味では一度きちんと会ってみるのがいいだろうな)


「おお、助かる。では早速案内しよう。俺に付いて来てくれ」


 笑みを浮かべて皆を先導するように歩いて行くガラハトの後を追うようにしてムルトとレイ、そしてセトは付いていく。


「ったく、今回はガラハトさんが止めたからこの辺にしておいてやるけどよ。お前もちょっと有名になったからってはしゃぎ回っていると、そのうち潰されるぞ? 冒険者ってのは誰もがガラハトさんみたいに懐の深い男だけじゃないんだからよ」


 歩きながらムルトがレイへとそう声を掛けてくるが、その視線は自分の尊敬する男がこんな子供に対して頭を下げたというのが不満らしく、それを隠しもしないでレイに不満そうな視線を向けてくる。


「そもそも昨日の時点でアゾット商会がきちんと対応していればこういうことにはならなかったんだけどな。お前が俺を責めるのは筋違いじゃないのか?」

「あぁ!?」


 ムルトがそれを聞いて睨みつけてくるが……


「ムルト!」


 すぐに先頭を歩いているガラハトに叱責されて矛を収めるのだった。


(なるほど、このムルトって男はガラハトに頭が上がらない訳か。その原因が信頼なのか、あるいは憧れなのかは分からないが)


 内心で呟きながらそのままガラハト達と共に付いていき、やがて昨日もやってきたばかりの貴族街へと再び入っていく。

 そして昨日同様に貴族街を歩いていると、前方から数人の冒険者らしき男達が歩いて来るのを発見し……


「っ!?」


 ガラハト一行……と言うよりはセトを見て一瞬だけ固まるが、すぐに安堵の息を吐く。


「よう、ガラハトさん。そのグリフォンって街で噂になってる奴だろ? ……ん? って言うか、お前昨日の……」


 一行の先頭を歩いていたガラハトへと声を掛けて来た男だったが、すぐに見覚えのある顔に気が付く。それは昨日丁度この付近で見た顔だったからだ。


「何だ、坊主。お前昨日に引き続いて今日もアゾット商会に用事か?」


 そう言われ、ようやく目の前に立っている男達が誰だったのかを思い出すレイ。


「確か昨日この辺で会った……」

「ああ。いや、待て。そのグリフォンがいるってことは、もしかして坊主が最近噂になっている冒険者なのか?」

「大体どんな噂かは想像が付くが、恐らくそれで間違ってない。そっちは昨日とは随分装備が違うようだが?」


 昨日ここで会った男達は、揃って緑に染められた皮の鎧を身につけていた。だが今レイの目の前にいるのは、それぞれが金属鎧だったり、あるいはマントだったり。皮鎧を身につけている男もいるが、昨日の緑に染められた皮鎧を身につけている者はいない。

 レイのそんな視線に気が付いたのだろう。男は苦笑を浮かべながら口を開く。


「あの装備は俺が雇われている所の人が用意してくれた物でな。何か騎士団とかに憧れていたらしくて、自分に雇われている間は揃いの鎧を身につけるって契約になってるんだよ」

「今は違うようだけど?」

「まぁな。契約期間が昨日で終了したから、今日からは自前の装備品を使える訳だ」

「レイ、この人達と知り合いなのか?」


 気軽に会話をしている2人の様子にガラハトが尋ねてくるが、レイが何かを言う前に男が口を開く。


「別に親しいって訳じゃないけどな。昨日ここの見回りをしている時にボルンターさんの屋敷の場所を聞かれただけだよ」

「それは……そうか。済まなかった」

「は? 何で謝るんだよ」


 突然小さく頭を下げたガラハトに戸惑う男。


「いや、実は昨日レイがボルンターさんの屋敷に来たんだが……門番が追い返してしまったらしくてな。こうして二度手間を掛けさせている訳だ。お前達にも、折角昨日道を教えて貰ったのに結局無意味になってしまったからな」

「あぁ、いいって。気にすんなよ。あんたには色々と世話になってるんだ。このくらいのことどうってことないさ」


 男の声に、背後にいる男達も同様だとばかりに頷く。


(やっぱりこのガラハトって男はそれなりに人望もあるらしいな。ムルトだけが慕っているとか、そう言う訳じゃないのか)


 そんな男達の様子を見ながら、内心でガラハトの評価を上げるレイ。


「じゃあ俺達はギルドに行って報酬を貰ってくるから。またな、ガラハトさん。ムルトもあまりガラハトさんの手を焼かせるなよ」

「ああ。お前達も気を付けてな」

「うるせー。依頼が終わったらさっさとギルドに行って、その報酬で飲んだくれてやがれ」


 口では文句を言いつつも、ムルトが去っていく男達を見送る視線はどこか親しみが宿っていた。


「今の奴等とは親しいのか?」


 そんなムルトの様子がふと気になり、ガラハトへと尋ねるレイ。

 レイの見た所、ムルトという冒険者は典型的な脳筋タイプの冒険者だ。自分よりも強かったり世話になっているガラハトを慕っており、同時に自分よりも弱く見えるレイは格下だと判断している。そんな性格だけに、それ程親しくもない相手に先程の様な親しみの籠もった視線を送るようなことはないだろうと思ったのだ。


「ん? あぁ、まぁな。あいつ等はそれなりに腕の立つ冒険者だ。ランクも確かCだったと思うし」


 貴族街の道を、再びボルンターの屋敷へと向かって歩きつつ会話を続ける。


「へぇ。パーティ名は? 俺の知ってるランクCパーティって言えば灼熱の風と砕きし戦士くらいしか知らないけど」

「いや、あいつ等は別にパーティを組んでる訳じゃない。今回はたまたま依頼が一緒だっただけで、それぞれが別のパーティだったりソロだったりした筈だ」

「……そう言うのって珍しくないのか?」


 折角パーティを組んでいるのに、わざわざパーティではなくソロで動いているというのが意外だったらしく驚きの表情を浮かべつつガラハトの方へと視線を向ける。


「確かに珍しいだろうな。だが冒険者ごとに色々な事情があるからそれを気にするのは野暮ってものだ。……さて、見えてきたぞ」


 ガラハトの視線の先にいるのは、レイにとっては1日ぶりとなる金色の屋根。そしてその門の前に立っている2人の門番だった。

 その門番2人は昨日と同じように槍を持って雇い主の屋敷に近付いてくる一行を睨みつけていたが……


「あ、ガラハトさん」


 一行の先頭にいるのがガラハトだと知ると、安堵の息を吐き槍の穂先を下ろすのだった。


「あれ? その餓鬼は確か昨日……」


 そして門番達は一行の中に混ざっているレイに気が付き、戸惑ったような声を上げる。

 そんな2人を冷たい眼で眺め、ガラハトが口を開く。


「こいつはレイ。昨日もここに来た筈だな?」

「え、ええ。アゾット商会に雇って貰いたいって言って」

「いや、俺はそんなことを言った覚えは無いんだがな」


 慌てたように言い繕うフェーダーの言葉をバッサリと切り捨てるレイ。


「ぐっ、だ、黙れこの餓鬼! 今日は何しに来やがった!」


 自分の立場が悪くなるのを恐れたのだろう。持っていた槍の穂先をレイへと向けるが……


「グルルルルルゥッ!」


 レイの前へと姿を現したセトが好戦的な鳴き声を洩らしながら、その鋭い視線でフェーダーを睨みつける。

 普段は円らな瞳と表現するのが正しいセトの眼だが、今は敵を見るような剣呑な視線へと変わっていた。


「ひっ、ひぃっ!」


 セトのそんな視線を真っ正面から見つめてしまったフェーダーは、咄嗟に後退って相棒であるサンカントへと背をぶつけてその動きを止める。


「馬鹿が。レイはボルンターさんが直々に呼び出した人物だ。お前達はそれを自分の勝手な判断で追い返したんだよ。つまりは、ボルンターさんの客をだ。……大体、その辺の情報は聞いている筈だが覚えていなかったとでも言うのか?」

「その……まさかこんな小汚い餓鬼がボルンターさんの客だとは思わなくて……」


 必死に取り繕おうとするフェーダーに、自分達がしでかした致命的なミスを理解して沈痛な表情を浮かべているサンカント。そんな対照的な2人の様子を眺め、ガラハトは口を開く。ただし、サンカントやフェーダーに向けてではなくムルトに向けてだ。


「いいか。自分だけの思い込みで行動をすると、こいつらのような取り返しの付かないミスを犯すことがあると覚えておけ」

「はい」

「そしてレイ。君には不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ない。この2人はきちんと処罰するからそれで許して貰えると助かる」

「まぁ、ガラハトがそう言うんならそれでもいいさ」

「では、改めて。ボルンター邸へようこそ」


 冒険者らしくもない、優雅な仕草で一礼するガラハトだった。

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