第120話

 素材の剥ぎ取りに関してギルドへと依頼した2日後、いつものようにレイの姿はギルドの内部にあった。ただしいつもの人混みを嫌っての時間帯ではなく、まだ朝の早い時間帯である。

 エレーナの護衛依頼を済ませ、1日を休養に。もう1日で消耗したアイテム等を買い揃えて準備万端でギルドへと来たのだが……


「運が悪いというか何と言うか」


 レイ自身がメインとして考えている討伐系の依頼は、早い者勝ちとばかりに他の冒険者が受けてしまっており殆ど残っていなかったのだ。

 残っている討伐系の依頼にしても、ランクAやBの物。あるいは常時依頼のゴブリンの類のみとなっている。

 もしレイがパーティを組んでいるのならBランクの依頼を受けることも出来たのだが、生憎とレイはソロの冒険者である為に受けられる依頼はあくまでも1ランク上のもの。つまりCランクまでとなっている。


(やっぱり早い所ランクが上がって欲しいよな)


 内心で呟きつつ依頼ボードを眺めていくレイ。

 ランクD~Fランクというのは一種のボリュームゾーンであり、登録されている人数も多い。そしてその為にランクD付近の依頼を受けるにはその人数の多さを勝ち抜かなければならないのだが……ソロであるレイにとってはその辺が一番の難題でもあった。

 かと言ってオークの集落を襲撃した時のようにランクの関係無い依頼や、あるいはエレーナの時のような指名依頼の類がそうそうある訳でもない。


(そうなると……ゴブリンか何かの常時依頼でも受けてから、セトと一緒に新しく収得したスキルを使いこなせるようにするべきか。運が良ければまだ出会ったことのないモンスターと遭遇出来るかもしれないし)


 そう思いつつも常時依頼の依頼書が貼られているボードへと目を向けようとした所で……ふと1枚の依頼書が目に入ってきた。

 ランクCの依頼ボードに張り出されている依頼書であり、報酬は金貨1枚と銀貨5枚。辺境であるギルムの街の物価で考えるとそれなりに高額な依頼だ。金自体には困っていなかったレイだが、何故か目を惹かれてその依頼書を読み進める。

 依頼内容としては護衛。ただし比較的遠出をする為に、盗賊の類やこの近辺では存在しないモンスターと戦う可能性もあり。尚、護衛期間中の食費は依頼者持ち。護衛としての拘束期間は10日前後。報酬は1日の物であり、10日拘束された場合は白金貨1枚と金貨5枚になる計算である。募集人員は5名。


「結構報酬のいい依頼だと思うんだが……何で残ってるんだ?」


 報酬額はランクCの依頼としては高額であり、護衛ということは襲撃してくるモンスターやら盗賊がいない場合はただ遠出をするだけとなる。

 確かにランクCとしては簡単すぎる依頼に思えるが、逆にこれだけの好条件で今もまだ残っている理由が分からない。そんな風にその依頼を見ていると、ふと隣に誰かが立つのを感じてそちらへと視線を向ける。

 そこにいたのは30代半ば程の中年の女。おばさんと言うのはちょっと憚られる程度の外見を持った戦士だった。身軽さを心情としているのか、基本的には何らかのモンスターの皮で出来たレザーアーマーに数ヶ所ほど金属の部分鎧を身につけている。

 その女もレイの視線に気が付いたのだろう。依頼書を見ていた視線をレイへと向ける。


「ん? どうしたんだ坊主。俺に何か用事か?」


 女の口から出たとは思えない、その予想外の言葉に数秒程呆気に取られるレイだったが、何でも無いとばかりに首を振り、改めて依頼書へと目を通す。


「ありゃ? 坊主はこの依頼を受ける気なのか? と言うか、ランクは大丈夫……いや、ローブを被ってて童顔の冒険者。お前、今結構噂になってるレイって奴だろ? グリフォンを連れてるとかいう」

「そうだな。噂になってるかどうかは知らないが、確かにグリフォンを連れてる冒険者で間違い無い」

「へぇ……俺達は暫くギルムの街を離れていてな。少し前に戻って来たばかりなんだが、それでもお前の話は街に入ってからすぐに噂で聞いたぜ。まぁ、あのグリフォンを従えているって言うんだから無理もないけどよ」

「俺……達?」

「ん? ああ。俺ともう1人でパーティを組んでてな。ほら、あそこにいる飲んだくれだ」


 そう言って女が示したのは、まだ朝も早いというのにギルドに併設されている酒場で酒を飲んでいる140cm程の男だった。だがその男は身長が低いと言っても頼りなさは感じられない。むしろレイとその男が並んで立っていれば、165cmのレイの方が頼りなく見えるだろう。何しろその身体には見て分かるほどの筋肉がミッシリと詰まっており、テーブルに立て掛けてあるのは1m近い柄の長さを持つ巨大なハンマーだ。柄の先に付いている頭部はまるで光を吸い込むかのような真っ黒な金属で出来ており、魔力を感じ取ることが出来ないレイでも何らかの魔法金属の類であろうというのは予想出来る。そして何よりも特徴的なのはその顎髭だ。背が低いがガッシリとした身体付き、胸元近くまで伸びている顎髭、酒好き、武器がハンマー。その4つが揃うとさすがにレイにも女が相棒と言っている人物の正体に気が付く。


「ドワーフ」

「正解。何かっていうと酒ばっかり飲んでる奴だが、戦士としての腕前はかなりのものだ」


 ポツリ、と呟いたレイの言葉に女が言葉を返す。


「っと、自己紹介がまだだったな。俺はフロン。あの飲んだくれはブラッソ。ランクCパーティの砕きし戦士だ。よろしくな」


 笑みを浮かべながら差し出された手を握り返すレイ。


「知ってるようだが、レイだ。ランクDのソロ冒険者」

「ああ、よろしく頼む。で、これは忠告なんだが……レイが見ていた依頼。あれは受けるのをやめておいた方がいいと思うぞ」


 チラリ、とランクCの依頼ボードへと視線を向けるフロン。


「何でだ? あんたもさっき見てたようだが」

「あの依頼を出しているのは、このギルムの街でもかなりの力を持っている……そうだな、分かりやすく言えばギルムの街にある武器屋の纏め役みたいな奴なんだよ。だから当然相応の権力を持っている。ここまで言えば大体分かるか?」


 フロンは顔を顰めつつ、心底嫌そうな表情でレイの方を見る。


「なるほど、つまりは典型的な馬鹿貴族の同類か」

「それよりもっと質が悪い。何しろこのギルムの街は領主のラルクス辺境伯が優秀なおかげでその手の馬鹿貴族は殆どいないからな。それだけに奴の横暴さが目立つ訳だ」

「……確かにその話を聞く限りだと依頼は受けない方が良さそうだな。報酬は高いようだったが」

「それだって、奴の性格が知れ渡って依頼を受ける冒険者の数が少なくなってきたからだよ。幾ら奴が権力を持っていると言っても、それはあくまでもギルムの街中に限られている。一歩街の外に出れば襲ってくるモンスターや盗賊の類は奴さんの権力なんか効果が無いからな。……いや、盗賊の場合はその身代金目当てに誘拐するって可能性もあるか。まぁ、もし本当に誘拐されたらそのまま無視される可能性の方が高いだろうがな」

「そもそも、何だってそんな人物が武器屋の纏め役みたいなことをやってるんだ? そんなに駄目な奴ならとっととどうにかすればいいんじゃないか?」


 当然、とばかりにフロンにそう告げたレイだったが、その言葉にフロンは無念そうに首を振る。


「何しろ代々武器屋の元締めをやってきた家系だからな。それに本人も強引ではあるがモンスターの素材を使った武器を他の街に卸して成果は上げているんだ。納めている税金もかなりのものだし、成果を上げている限りは本気で排除しようとする動きは出ない」

「……また厄介な。無能な馬鹿貴族じゃなくて、有能な馬鹿貴族の類な訳か」

「そうなるな。あんたもここ最近は目立ってきてるんだから目を付けられる可能性もある。ボルンターって奴からの指名依頼とかが入ったら受けないことをお薦めするよ。あぁ、ちなみにそのボルンターの商会名がその依頼書に書かれているアゾット商会だ」


 フロンの説明を聞き、先程まで見ていた依頼書へと視線を向ける。そこには依頼人の名前が確かにアゾット商会となっている。


「分かった。気を付けるよ。説明してくれて助かる」

「何、レイが本当に噂通りに腕の立つ冒険者なら俺が難しい依頼を受ける時とか手伝って貰えるかもって下心満載のアドバイスだから気にしなくてもいい。……あぁ、良ければレイをあの酔っ払いに紹介しておきたいんだけど構わないか?」


 チラリ、と豪快に酒を飲んでいるドワーフのブラッソへと視線を向けるフロン。


(アルコールはそれ程好きじゃないんだが……まぁ、特にやりたい依頼もないしな。ドワーフというのもどういう奴か興味あるし)


 数秒程考え、すぐに頷く。


「ああ、問題無い。何しろ今日は依頼が無いからな。討伐依頼でいいのがあれば良かったんだが」

「はっはっは。噂通りに討伐依頼がメインな訳か。まぁ、俺達も人のことは言えないけどな」

「……ドワーフがいれば鍛冶とか出来るんじゃないのか?」


 思わず尋ねたレイの言葉に、どこか呆れたような目を向けてくるフロン。


「あのなぁ。確かにドワーフと言えば鍛冶師ってイメージかもしれないが、別にドワーフ全員が鍛冶師な訳じゃないぞ? というか、ドワーフ全員が鍛冶師だったらドワーフの集落とかどうやって生活するんだよ。何か? パンを捏ねるのにもハンマーを使えってのか?」

「……なるほど」


 フロンの説明に思わず納得するレイ。日本で読んでいた漫画や小説では大抵ドワーフ=鍛冶師であった為にそう思い込んでいたのだ。


「それで、悪いがブラッソの前では鍛冶師とかの話はしないでくれ。実はあいつ元々鍛冶師を目指していたんだが、合わなかったらしくてな」


 酒場の方へと向かいながらレイの耳元でそっと囁き、それに頷くレイ。

 尚、それを見ていた猫の亜人のギルド受付嬢が殺気立っていたが、それはすぐに隣にいたポニーテールの受付嬢に鎮圧されたのだった。






「おい、ブラッソ。お前朝から酒を飲むとかいい加減にしろよ。これから依頼に出るってのに……」 


 ドワーフのブラッソと同じ席へと着き、フロンが溜息を吐きながら文句を言う。

 だが、ブラッソはそんなの関係無いとばかりに近くにあった小さめの樽からコップへと酒を注ぎ、口へと運ぶ。


「何を言ってるんじゃい。ドワーフにとって酒とはお前等人間で言う水のようなもんじゃぞ。フロン、お前水を飲むのを止めろと言われて止められるか?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。酒と水が一緒の訳あるか。ったく、この酔っ払いは……」


 呆れたように再度溜息を吐くフロンだったが、その言葉にブラッソは持っていたコップをテーブルへと力強く叩き付ける。


「おいおい、フロン。儂がこんな酒で酔っ払うとでも本気で思っているのか? あまり見くびって貰っては困るんじゃがな」

「あーはいはい。分かった分かった。依頼前だってのにこんなに飲んでる時点で異常だろうに。お前とパーティを組んでる俺の身にもなってみろってんだ」

「けっ。お前みたいな嫁の貰い手もない女と組んでやってるだけありがたいと思うんじゃな」

「んだと、こら」


 レイをそっちのけで言い合いを始めた2人に、思わず溜息を吐きながら空いている席へと腰を下ろす。

 そんなレイに気が付き、ブラッソはフロンとの言い争いを止めて視線を向けてくる。


「フロン、この坊主は?」

「さっき知り合ってな。ほら、街に帰ってきてから何度か噂を聞いただろう? グリフォンを従えているって噂になってた冒険者。それがこいつだよ」


 フロンの言葉に、興味深そうな視線をレイへと向けるブラッソ。

 レイへと向けるその視線は、確かに本人が言っていたように酔っ払い特有の濁りといったものは感じられなかった。


「ほう、お前さんがグリフォンをな。……確かにただ者ではない雰囲気は感じるのう」


 そう言いながらレイの方へと酒が並々と注がれたコップを差し出してくるブラッソ。


「ほれ、まずは飲め。出会ったからにはまず酒じゃ。それがドワーフ流じゃからな。がっはっはっは」

「あー、俺はそれ程酒は好まないんだが……」


 押しつけられた木で作られたコップに溜息を吐きながらフロンの方へと視線を向ける。

 だがレイに視線を向けられたフロンはそっと視線を逸らしながら口を開く。


「その、悪いがちょっとだけ付き合ってやってくれ。ブラッソが酒を飲めと誘ってくるということは、それなりに気に入った証拠だしな」


 こうして、その日は結局昼過ぎまで2人の酒盛りへと付き合わされることになる。

 最終的にレイを救い出したのはレノラであり、フロンとブラッソの2人は酒盛りが終わった後に依頼へと繰り出していくのだった。

 尚、その際ブラッソはまるで酔った風には見えず、同時にそんなブラッソに慣れていた為に半ば宴会と化していても殆ど酒を飲んでいなかったフロンと合わせて、2人の足取りはしっかりしたものだったらしい。

 ……レイはそのまま酔い潰れて、依頼どころではなかったのだが。

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