第118話

 火災旋風の実験をした翌日、レイの姿は再び冒険者ギルドの中にあった。時刻も朝と昼の間くらいであり、ギルド内部にいる冒険者の人数もかなり少ない。酒場の方でも朝から酒を飲んでいる者は少なく、午後からの依頼に備えて少し早めの昼食を取っている冒険者が数人いる程度だ。

 ……それでも酒を飲んでいる者がいない、と表現出来ないのは今日を休養日としたのか、あるいは依頼終了後の打ち上げなのか酒を飲んでいる者達が数人ではあるがいるからだ。

 そんな風に朝の喧噪が嘘のように穏やかな時間を過ごしているギルドの中を、レイがカウンターへと向かって歩いて行く。


「あ、レイ君。何か依頼を受けるの?」


 そんなレイを早速発見した受付嬢のケニーが満面の笑みを浮かべつつ手を振って来るのを見ながら、笑みを浮かべつつ首を振る。

 今日は珍しいことにカウンターにレノラの姿は無く、現在の受付嬢はケニーのみだったのだ。


「いや、今日は昨日剥がしたモンスターの素材や魔石の買い取りと、討伐証明部位の換金にな」

「なるほど。じゃ、出して……と言いたい所だけど、量はどのくらい? アイテムボックスを持ってるレイ君のことだから結構な量を溜め込んでるんじゃないの?」


 ケニーの鋭い意見に溜息を吐きつつ頷くレイ。


「ああ。何だかんだで結構な量になってるからな。カウンターの上に乗るかどうかはちょっと疑問だ」

「そう? じゃあ別室で鑑定しましょうか。私も丁度暇をしてたし……」

「ちょっとケニー。あんた何を考えてるのよ。受付嬢がカウンターに1人もいなくなってどうするの」


 カウンターの奥の方から聞こえて来る声。それは既に聞き慣れたと言ってもいいレノラの声だった。

 どうやら今日は休日という訳ではなく、単純に奥へと引っ込んでいただけらしい。


「そんなことを言うのならレノラがカウンターに来てよね」

「あのねぇ、つい10分前に交代したばかりでしょ。それにケニーはレイさんに甘いから品質チェックとかで大目に見るとかしそうだもの。私がレイさんの相手をするわ」

「ちょっ、ずるい!」

「上からの許可は貰ってあるわよ。……ほら」


 チラリ、とカウンター内部でも奥の方にいる老年の男へと視線を向けるレノラ。

 老年の男はレノラの視線に小さく頷くのだった。


「そんな、エポカさん……酷い」

「日頃の行いって奴よ。じゃあレイさん、2階の……以前オークの件やランクアップ試験で使った会議室へお願い出来ますか。そこで素材や魔石のチェックを済ませますので」

「ああ、よろしく頼む」


 そうして、レノラと2人でギルドの2階にある会議室へと向かう。

 会議室は特に誰が使っている訳でも無かったらしく人の姿は無い。そんな中でレノラが机を部屋の中央へと集めて、素材を乗せる為の場所、鑑定済みの物を仕分ける場所という風に淀みなく場所を作りあげていく。


「慣れてるな」


 その様子に思わず呟くと、机を移動させながら口を開く。


「ええ。カウンターを見て貰えば分かりますが、それ程大きくないんですよね。だから人数の多いパーティや、あるいは複数のパーティが組んで依頼を行った場合はこの会議室で素材の確認をするんです。そう言う時なんかは荷車や荷馬車一杯に素材を積んでギルドまでやってきて、その後にまたこの2階まで運んでと、凄く面倒な事になるんですよ。……本当であれば1階にもっと大きくて専用の場所を作ればいいんですけど、ギルドの上層部でも色々とあるみたいで提案されては却下されるというのを繰り返してるんです。……さてっと。準備出来ましたので、出していって下さい」


 レノラの言葉に従い、ミスティリングから魔石、素材、討伐証明部位を次々に取り出していく。リザードマン、リザードマン・ジェネラル、巨大蜘蛛、ウォーターモンキー、ウォーターモンキーの希少種、オーガ、スプリガン、エメラルドウルフ。そして他にもダンジョンに向かう途中や夜営をしている時に仕留めた類の物が大量に机の上へと並んでいく。

 幸いだったのは、数が多いウォーターモンキーやエメラルドウルフといった類はまだその殆どがミスティリングの中へと収納されていることだろう。魔石にしても当然セトとデスサイズがスキル習得に使用した分は無くなっているので、素材の中では一番高値で買い取ってくれる魔石の数は極少数という、ギルドの職員にしてみれば色々と怪しげなラインナップになっているのだった。


「モンスターの肉が少ないのは従魔のグリフォンに与える分と聞いてますが……魔石がこんなに少ないのは何でなんです? 殆どランクの低いモンスターのものしかないじゃないですか。素材そのものは結構な量があるのに」

「あー、いや。実は魔石を収集する趣味に目覚めてな。1種類のモンスターにつき2つずつはこっちで確保させて貰ってる。保存用と観賞用にな」

「……まぁ、冒険者の人は色々な意味で変人だと言うのは分かってますからいいですけど。それにしても魔石の収集ですか。また、妙な趣味に目覚めたものですね」


(やっぱりちょっと苦しかったか? けど、これからも素材を売る時に毎回魔石が無いのを訝しがられるよりはマシだ……と思いたい)


「知っての通り、俺はアイテムボックスを持ってるからな。幾ら魔石の数が増えても置き場所に困らないというのもある」

「便利なんですね。さて、じゃあ素材のチェックをしていきますね。あ、討伐証明部位に関してはそっちの机の上に置いて下さい。出来れば種別ごとに分けて貰えると助かります」


 レノラの指示に従い、素材のチェックを行っている横で討伐証明部位を分類していくレイ。

 暫くの間はお互いに黙ったまま黙々と自分の作業をこなしていたのだが、不意にレノラが口を開く。


「レイさん、この量を1人で剥ぎ取ったんですよね?」

「ん? あぁ、何しろソロで活動しているからな。まさかセトにモンスターの素材を剥ぎ取らせる訳にはいかないし」

「1人でこの量を剥ぎ取るのって大変じゃないですか?」

「まぁ、確かに。モンスターの大きさにもよるが、大体1匹で30分程度は掛かってるしな」


 小さいモンスターであっても大きいモンスターであっても、皮を剥ぐという行為には意外な程に時間を取られる。特に品質を考えると適当に皮を剥がす訳にもいかず、それなり以上に丁寧な処理を要求されるのだ。多少は素材の剥ぎ取りに慣れてきたとは言っても、それでもようやく他の冒険者達に比べても平均程度の剥ぎ取り速度なのだから尚更である。


「けど、今も言ったようにソロでやってる以上はしょうがないさ」


(魔石に関しては収集する趣味で通せるかもしれないが、セトの……本来ならグリフォンが持っているべきではないスキルの数々をその辺の奴等に知られる訳にもいかないしな。……そう、その辺の奴には)


 その時、レイの脳裏を過ぎったのは黄金の髪を持つ美女だった。エレーナ・ケレベル。レイとセトの真実を知って、それでも尚態度を変えないで接してくれた人物。そんな人物とならパーティを組んでも何一つ隠さずに済むかもしれないが……


(まぁ、普通に考えて無理だろ)


 そうあっさりと断言する。

 何しろ相手は公爵令嬢でもあり、ミレアーナ王国の中でも最大派閥である貴族派の象徴とも言える姫将軍なのだ。そんな人物が冒険者になると言っても、本人はともかく周囲がまず許す筈がない。


「まさか素材を剥ぐ為だけのパーティメンバーを探す訳にもいかないしな」


 ポツリ、と思わず漏れたその言葉だったが、それにレノラが反応する。


「可能と言えば可能ですよ? もちろん固定パーティと言う訳じゃありませんが」

「……何?」


 リザードマンの討伐証明部位である尾の先端を並べていたレイが、レノラの言葉に思わず振り返る。

 そこではエメラルドウルフの牙を確認しているレノラの姿があった。


「ですから可能だと言ったんです。あぁ、正確に言えばパーティと言う訳じゃないですね。依頼として素材の剥ぎ取りと解体をしてくれる冒険者を募集するんですよ」

「……その手があったか」


 正直、今まで自分が冒険者である為に、あくまでも依頼を受ける側だという意識ばかりがあった。自分が依頼を出すという選択肢が頭の中に思い浮かばなかったのだ。確かに素材の剥ぎ取りを依頼するのならモンスターから素材を剥ぎ取る手間は大幅に減らすことが可能だろう。しかし……


「色々と問題もあると思うが、その辺はどうなるんだ?」


 当然、素材を剥ぎ取ると言うことは冒険者達がレイの倒したモンスターに触れると言うことになる。そして冒険者の中には少なからず質の悪い者も存在しており……


「その辺に関しては、申し訳ありませんがこちらではどうにも出来ません。レイさんが依頼を受けた冒険者の方と面接なりなんなりをして判断して貰うしかないかと。ただし1度優良なパーティと縁が出来れば次からは指名依頼や、あるいはギルドを通さないで……あ、今のは聞かなかったことにして下さい」

「ギルドを通さないで依頼? 詳しく聞かせてくれ」

「……ふぅ。口を滑らせたのは私ですし、しょうがないですね」


 レノラは溜息を吐きながら保存用のケースに入れられているリザードマン・ジェネラルの眼球を机の上に置き、口を開く。


「依頼主がギルドに話を通さないで、冒険者に直接依頼をするというのがたまにあるんですよ。当然、そう言う依頼は殆どがまともな依頼ではありません。半ば犯罪染みているものや、酷い時にはそのまま犯罪だったり。その手の依頼は大抵報酬がギルドで張り出されている依頼の数倍から数十倍だったりするので、その辺の事情を知らない冒険者が引っ掛かることがあるんですよ。まぁ、中にはギルドに仲介料を払いたくないという依頼者が……というケースもありますが」

「なるほど。とりあえずギルドを通した方が確実な訳だ」

「そうなります。ギルドにしても仲介料を貰わないと運営出来ませんし。なので、特にレイさんはこの手の依頼には気を付けて下さいね」

「は? 何で俺が?」


 ポカン、としたようにレノラの顔を眺めるレイ。

 だがレノラは至って真面目な顔で説明を続ける。


「いいですか? レイさんはギルドに登録してからまだ日が浅いですが、ギルムの街の中ではランクDに達した最速の冒険者でもあります。つまり実力はありつつも、冒険者としての裏の事情とかに詳しくないですよね。……微妙に人付き合いが苦手そうですし」

「いや、まぁ。そう言われると反論出来ないが」

「つまり腕が立つのに裏事情に疎いというのは、さっき言った犯罪に巻き込まれやすいということになるんです。……まぁ、レイさんなら自分が嵌められたと理解したら相手ごと潰してしまいそうな気がしますが」


 溜息を吐きつつ小さく首を振る。


「あ、でもレイさんはグリフォンを従えているということでギルムの街じゃ色々な意味で有名になってますから、そういう人達も誘いにくいかもしれませんけどね」

「……で、結局俺はどうすればいいんだ?」

「さぁ? その辺は冒険者だけにやっぱり自己責任ですよ。自分で苦労してモンスターの素材を剥ぐも良し。冒険者を雇って素材の剥ぎ取りを頼むのも良し。私に出来ることと言えば、その依頼を受けようとしているパーティの評判とかを教えるくらいですね」

「他のパーティの評判とかを教えるというのはいいのか?」

「別に珍しいことじゃありませんよ? 面接を前もって行う類の依頼ではギルドとしては普通のサービスです」


 レノラのその言葉に討伐証明部位を全て並べ終えたレイは少しの間考えて頷く。


「そうだな、じゃあ取りあえず依頼として出してみるか。この鑑定が終わったら手続きを頼む」

「はい、分かりました。鑑定についてはもう少し掛かりますので。……それにしても、素材の剥ぎ取りが随分と上手くなりましたね」


 エメラルドウルフの毛皮を確認しながら感心したように呟くレノラ。


「それこそ1人でやってるからな。嫌でも上手くなるさ。エルクにもある程度教わったし」

「エルクさん? 雷神の斧の? ……あぁ、そう言えばオークの件で知り合ったんですよね」


 ギルムの街の冒険者でもトップクラスの実力を持ち、尚且つ悪戯小僧がそのまま成長したような性格の人物を思い出すレノラ。実力は間違い無いのだが、その性格のおかげで時々突拍子もない騒ぎを起こすことがあり、その関係でレノラも何度かギルド内部で起きた騒ぎに巻き込まれたことがある。

 そんな風に会話を続けながらもレノラは素材や魔石のチェックをしていき、30分程度でその全てを終了するのだった。


「そっちはさすがに慣れてるな」


 素材を次々に鑑定していくレノラの姿に、討伐証明部位を並べ終えた後はそのやり取りを眺めていたレイが呟く。

 そんなレイの言葉に笑みを浮かべながら、小さく頷く。


「それこそレイさんと同じく慣れですよ」

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