第106話
「あぁ、あんた等……無事だったのか」
ダンジョンを出た所でそう声を掛けられるエレーナ達。
その視線の先には、ダンジョンに入る時と同じギルド職員の姿があった。
だが、エレーナ達のパーティ人数が減っているのを見て残念そうな顔で小さく首を振る。
「パーティメンバーが亡くなったのは残念だったな。……あんた等が出て来たらギルドの方に連絡をして欲しいと言われているんだが、構わないか?」
「ああ。もちろん構わない。ただし私達には至急やらねばならないことがあるのでな。ギルドの方に出向くのは遅くなると伝言を頼む」
「分かった。その……なんだ。余り気を落とさないようにな。ダンジョンに潜って何泊もして、それでも全滅しなかっただけ運が良かったと思った方がいい」
「気遣い、感謝する。もし何か急な用事があるようなら宿の方に来てくれれば対応させて貰う」
ギルド職員へとそう声を掛け、エレーナ達一行はその場を後にする。
本来であれば少しでも早く宿へと向かいたい所ではあったのだが、人目を惹き付けて止まない美貌を持つエレーナに、ランクAモンスターであるグリフォンのセト。そんな1人と1匹がいる以上周囲の注目が集まっている為に周囲へと慌てる様子を見せる訳にもいかないのだった。
これでレイがその手にデスサイズを持ったままだったとしたら、尚更に目立っていただろう。
そして足早に道路を歩き15分程。やがてエレーナ達が取っている宿へと到着する。
「あ、皆さん! ご無事だった……いえ、その」
レイとセトの姿を見た宿の雑用として雇われているリンデが顔を輝かせてそう言うが、すぐに人数が少なくなっているのに気が付いたのだろう。言葉を濁す。
エレーナはそんなリンデに笑みを浮かべ、頭をクシャクシャと撫でながら口を開く。
「何、お前がそんなに気にすることではない。それよりも宿の者に言って手紙を至急届ける準備を整えてくれ」
「は、はい!」
エレーナという、これまで生きてきた中でも最も美しいと言ってもいい女に声を掛けられ、顔を赤く染めながらも急いで宿の中へと走り込んでいくリンデ。その後ろ姿を見送りながらレイはセトの背を撫でて口を開く。
「俺はセトを厩舎へと連れて行くよ」
「ああ。私は至急ヴェルの件を手紙に書いて父上に送らねばならないから暫く手が離せないだろう。その間はゆっくりしていてくれ」
その言葉に頷き、セトと共に厩舎へと向かうレイ。その後ろ姿を見送り、次にエレーナはアーラへと視線を向ける。
「アーラ、お前もだ。私は暫く手が離せないだろから今のうちに休憩をしておけ」
「……本来であれば儀式を行ったエレーナ様にこそ休憩して欲しかったのですが」
「何、私も手紙を出したら休憩するさ」
そう言い、周囲を素早く見回して人影がないのを確認してから続きを口に出す。
「何しろ完全ではないとは言ってもエンシェントドラゴンの力を取り込んですぐにダンジョンを脱出してきたのだからな。さすがに疲れた」
「それでも無事だったのはさすがエレーナ様ですよ。……本当ならここにキュステもいた筈なのですが……」
ギリッと奥歯を噛み締めた音が周囲へと響き渡る。
その肩へと手をやり、落ち着かせるように軽く叩く。
「そうだな。ミレアーナ王国を……そして私達を裏切った報いは必ず受けさせてやるさ。そもそもセイルズ子爵家が裏切った理由は、次の戦いで王国側の勝ち目が無いと判断したからだと言っていたらしいからな。ならばその判断が間違いだったとヴェルにその身をもって教えてやるとしよう」
「はい。その時は是非私もお供します」
「……まぁ、そうは言っても奴が前線に出て来るとは限らないが」
呟き、レイから聞いた話を思い出していた。
左腕を無くし、その顔はヴェル自身が用意していた液体で焼け爛れ、足にはダンジョンで見つかった毒液の滴る針を刺されたと聞く。
それでもレイ自身と話したヴェルの様子が真実ならば、いずれは自分達の前に現れるだろう。だがその身体が元通りに動くようになるまではどれだけ掛かるか分からないのだ。
「さて、こうしている時間も惜しい。早速父上に手紙を送らねば。運が良ければセイルズ子爵家を逃がす前に王国内でどうにか出来るかもしれない」
「そうですね。では、手紙を書き終わったら直ぐに運んで貰えるように召喚魔法の使い手か鳥の類を操るテイマーを……」
「だから、お前は少し休め。ただでさえダンジョンから戻ったばかりなんだから、体力に自信のない身としては休みは必須だろう」
エレーナの言葉に、その手に持っていたパワー・アクスを握りしめる。
「大丈夫です。このパワー・アクスがあれば体力なんて!」
「マジックアイテムに頼って回復するというのは無理矢理に体力を回復させているのだ。身体に悪いとは言わないが、決して良いと言うものでもない。それにそのパワー・アクスはレイから借りているだけだ。そのうち返さないといけないというのを忘れるなよ」
エレーナの言葉を聞き、はっと我に返った様に自分の持っていたパワー・アクスへと視線を向けるアーラ。
何しろ不思議な程に手に馴染んでいたので、すっかり借り物だというのを忘れていたらしい。
「……そう言えば、これって借り物だったんですよね」
その、まるで自分の大事にしていた玩具を取り上げられた子供のような表情に思わず笑みを浮かべるエレーナ。
「何、そこまで気に入ったのならレイと交渉して譲って貰えばいいだろう。当然それだけの品だから相応の対価は必要だろうが、アーラに貸した時の様子を見る限りではパワー・アクスの存在すら忘れていたようだからな」
「はい、機会を見て頼んでみたいと思います」
2人の主従は頷き、宿屋の中へと向かっていく。
その頃、レイとセトは宿の裏手にある厩舎の近くへとやってきていた。
「グルゥ」
そしてその厩舎のすぐ近く、ポツンと生えている木の側で何をするでもなくゆっくりとした時を過ごしている。
セトは木の周辺に茂っている草むらに寝転がり、レイはその寝転がったセトへと体重を預けて目を閉じながらセトの頭を撫でている。
「今回の依頼はまぁ、何とか成功……と言った所か」
目を閉じながら小さく呟く。
依頼内容はケレベル公爵の一人娘であり、姫将軍としても名高いエレーナの護衛。少なくてもその護衛という依頼は完遂したと言ってもいいだろう。
だがパーティ内から裏切り者を出し、その裏切り者によって自分とは決して仲が良くなかった――正確に言えばその存在すら認めていなかった――パーティメンバーを死なせてしまったのだ。
(もっと……強くならなきゃな)
内心で呟き、久しぶりに感じた疲労に誘われるようにその意識は睡魔によって闇へと飲み込まれていく。
「よし、手紙に関してはこれでいいだろう」
エレーナは呟き、最終確認として手紙を読み直して封筒へと入れる。
「アーラは……あぁ、やはりな」
エレーナが手紙を書き終わるのを待っていると言い張って起きていたアーラだったが、やはりダンジョンでの疲労には抗いがたいものがあったらしい。大事そうに持っていたパワー・アクスを手放し、ベッドへと倒れ込むように眠っているその様子に思わず口元に笑みを浮かべる。
色々と猪突猛進気味な所のある部下兼友人でもあるのだが、自分を純粋に慕ってくれているというのは間違い無いのだ。公爵令嬢という身分のエレーナにとっては、それだけでこれ以上無い程に貴重な存在だった。
(……キュステ、お前の無念は必ず私がこの手で晴らす。それがお前の上司であった私のやるべきことだろう)
正直に言えば、キュステが自分に向けてきていた崇拝にも似た感情には時折辟易とする時もあった。だが、それも全ては自分のことを大事にしているという証でもあったのだ。貴族以外は人と見ていない典型的な貴族であり、それ故に色々と問題も起こされた。だがそれでもこんな場所で……しかも仲間と信じ、共に同じ時を過ごしてきた者に操られて死んでもいいような者ではなかったのだ。
「いや、今は感傷に浸っている暇は無かったな。少しでも早く手紙を出さねば」
呟き、宿の主人に頼んで召喚魔法の使い手に金貨5枚を渡す。
この時代、ギルド同士を繋いでいるマジックアイテムを除き、殆どの連絡のやり取りは主に手紙で行われる。その為に高級な宿ではなるべく早く手紙を届ける為の召喚魔法を使う者と契約していることが多い。
特にこの宿はダンジョンの周辺に出来た村であり、既にその規模は街と言ってもいい。そうなるとダンジョンで手に入れた物資等を目当てに訪れた大商人や貴族が何らかの理由で至急の連絡を取る必要が出て来ることもあり、そういう場合に空を飛ぶモンスターや、猛禽類、あるいは単純に鳥を召喚したりテイムしている人材がその手紙の配達を請け負うことになる。当然、その魔法使いが使役するモンスターを放つのだから、その間は冒険者として働いたりは出来ないという関係上かなり高額なサービスとなっている。
それでも大抵は金貨1枚が精々といった所なのだが、今回エレーナが支払った金額は金貨5枚。それだけ高レベルの魔法使いに大至急で確実にという無茶を頼んだ為だ。
「さて、最大の問題であった手紙も出した。なら私も少し休むと……ん?」
伸びをしつつ、ふと窓から外を見ると木の近くで眠っている1人と1匹の姿が目に入る。それが誰なのかというのはすぐに分かった。何しろここ暫くずっと一緒に行動をしているのだから。それに継承の儀式を受けて完全ではないとは言っても、エンシェントドラゴンの力を受け継いでいるのだ。当然視力も今までよりも何倍も鋭くなっている。
「……」
数秒程考え込み、小さく笑みを浮かべて一つ頷くと、鎧は着けずにマントだけを羽織って外へと向かう。
木の近くへと向かって歩いて行くと、その音を聞きつけたのかセトが少しだけ目を開ける。
だが向かって来ているのがエレーナであると確認すると、そのまま再び睡眠へと戻るのだった。
その様子に、自分がセトにある程度は信頼されてると知って微妙に嬉しくなりながらもセトとレイから数歩程離れた場所へと腰を下ろす。
(風が涼しいな。もう秋か……)
夏の暑さから秋の涼しさへと移り変わっていく、その風に黄金の髪を揺らしながらセトに寄り掛かって眠っているレイへと視線を向ける。
自分よりも5歳程年下の少年でありながら、常識では量れない程の強さを持つ人物。
(そして……)
内心で呟き、そっと近付いて眠っているレイの様子を確認する。
いつも被っているローブのフードは寝るのに邪魔になる為か降ろしており、その赤い……真紅と言ってもいいような髪を剥き出しにしている。
今は瞑られている目は蒼穹の如く真っ青であり、その髪との対比は強く印象に残る。
顔だけを見ればどちらかと言えばそれなりに整っていると言えるのかもしれないが、それでも貴族を見慣れているエレーナにしてみればそう目を惹かれるようなものでもない。
「けど……」
小さく呟き、そっとその手を伸ばして眠っているレイの真紅の髪を撫でるのだった。
(……何だ?)
セトのシルクの如き毛並みに包まれて眠っていたレイは、誰かにどこか優しく撫でられているような感触を覚えて眠りから覚めていく。
(セト……か?)
セトの翼で撫でているのかと思いつつもどこか違和感があり、目を開けると……目の前にあったのは、エレーナの美しい顔だった。
「エレーナ?」
「っと、すまない。起きてしまったか」
「それは構わないが……」
呟きつつも、ここまで近付かれてもセトが行動を起こさなかったことに驚くレイ。
そのままセトの背に寄り掛かりながら起き上がり、周囲を見回す。
不幸中の幸いと言うべきか、周囲にはエレーナ以外の誰もおらず、それ故にセトも特に警戒していなかったのだろうと理解する。
「手紙……」
「うん?」
「いや、手紙はどうしたんだ? ケレベル公爵に今回の件で手紙を送ると言ってたが」
そんなレイの質問に、エレーナはセトのシルクのような毛並みを撫でながら頷く。
「ああ。その件については既に父上に送ってある。この宿自慢の、翼が4枚ある速度自慢の鳥を召喚して貰って早速手紙を運んで貰ってるよ。……それより幾らまだそれ程寒くないとは言っても、そろそろ秋だ。こんな風に外で眠っていては風邪を引くぞ」
「その程度で風邪を引くような柔な身体はしてないよ。それにセトもいる」
「確かにセトの体温やこの毛並みは素晴らしいが……あぁ、そうだ。話は変わるがアーラに貸しているマジックアイテムのパワー・アクスがあるだろう? 本人が偉く気に入っているようなので、出来れば譲って貰いたいと言っていたんだが……どうだ?」
「どうだ? と聞かれてもな。元々俺は斧を使うようなタイプじゃないし、他の奴とパーティを組んでる訳でもないから譲るの自体は構わないが。さすがに無料で渡すという訳にもいかないぞ?」
レイの言葉に苦笑を浮かべながら頷くエレーナ。
「もちろんだ。まさかマジックアイテムをただ渡せとは言わないさ。当然それ相応の支払いはする用意がある。白金貨2枚という所でどうだ?」
エレーナからの言葉に数秒程考え込むレイ。
白金貨2枚と言えば一般市民にとっても、そして冒険者にとってもかなりの大金と言えるだろう。
それだけの金額を出せるのなら、恐らくもっと高性能なマジックアイテムを買える程に。
「ちょっと出し過ぎじゃないか?」
「今回は色々とあったからな。アーラが落ち込んでいる姿はあまり見たくない。それに、それだけのものを私はいつもアーラから貰っているからその礼も込めてのプレゼントだな」
「……まぁ、そういうことなら構わないが」
そもそも鷹の爪から巻き上げたのはいいが、今回の件があるまでミスティリングに収納していたことすら忘れていた武器なのだ。それを欲しいというのなら譲っても特に問題は無いとして頷く。
「そうか。助かる」
輝くような笑みを浮かべ、ポーチから白金貨2枚を手渡してくるエレーナ。それを受け取る為に手を出し……次の瞬間、何故かその手を掴んでじっと掌を見つめてくる。
「エレーナ?」
「……この手」
「手がどうした?」
「私の手とそう変わらない。……この手が人工生命体の手だとはとても思えないな」
エレーナから呟かれたその言葉に、思わずレイは驚きの表情を浮かべるのだった。
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