第62話

 領主の部屋へと入った途端に突如襲われたレイ。その襲撃者の素性を薄々予想しながらも己の実力を見せる為に応戦し、致命的な一撃が入りそうになった所で部屋の主。即ちこのギルムの街の領主であるラルクス辺境伯が待ったの声を掛けたのだった。

 空中へと浮き上げられ、その胴体へと今まさにデスサイズの刃を叩き込まれようとしていた男は何とか受け身を取りながらも床へと着地する。だが……


「ぐぅっ……」


 何しろ鎧越しとは言っても100kgを越える重量を誇るデスサイズの柄で、尚且つレイの力でまともに殴られたのだ。その威力は鎧の胴体部分が半ば砕けているのが十分証明していた。そして床へと着地した男は、その衝撃が更なる追い打ちとなったのか踞ったまま脇腹を手で押さえて痛みを堪える。


「キュステ殿、すぐに回復魔法を使える者を呼ぼう」

「いえ、それには及びません」


 キュステと呼ばれた男は被っていた兜を外して20代程の端正な顔とオレンジ色の髪を露わにし、脇腹を押さえながらラルクス辺境伯の言葉を断り意識を集中する。


『水よ、その慈悲の心持ちて我が傷を癒せ』


 手に青い光が集まり……


『青の癒し』


 回復魔法が完成し、その光がキュステの脇腹へと吸い込まれていく。そのまま数秒程その態勢を維持していたキュステだったが、やがてすっと立ち上がる。


「お見苦しい所をお見せしました。もう大丈夫です」

「ほう。水の回復魔法を使えるのか。さすがと言うべきだな」

「何しろあの方の護衛である以上は回復魔法は必須ですので」

「なるほど。っと、忘れてたな。私がこのギルムの街の領主だ」


 キュステの言葉に頷き、そのままレイへと自己紹介をしてくるラルクス辺境伯。

 それを受けたレイは慣れない様子で頭を下げながら口を開く。


「ランクD冒険者のレイです。今日は指名依頼の件で呼ばれて来ました。なにぶん、山奥で育った為に色々と失礼な言葉遣いもあると思いますが見逃して貰えると助かります」

「あぁ、気にしないでいい。それよりもその辺に座れ。これから依頼についての詳しい話をするからな」


 基本的にレイの自意識は日本の東北、それもどちらかと言えば山奥に近い田舎で育った佐伯玲二のものだ。当然その言葉遣いはそれ相応のものであり、貴族に対するものとしては不的確なのだが……幸い、ラルクス辺境伯は元々が武人肌であり細かい礼儀作法にも拘らない性格の為に特に気にした様子は無いようだった。

 ……ただし、その代わりとでも言うようにキュステが胡乱そうな視線をレイへと向けていたが。


「いや、そのソファでは座るに座れないか。ちょっと待ってろ」


 レイがデスサイズを振るった影響により背もたれの部分が真っ二つになっているソファを見てそう言い、机の上に置かれていた鈴を鳴らすラルクス辺境伯。

 するとすぐにドアがノックされる音が響いて執事らしき人物が部屋へと入ってくる。


「お呼びでしょうか?」

「うむ。そのソファがもう使い物にならんのでな。使える物と入れ替えろ」

「畏まりました」


 執事がペコリと頭を下げて出て行き、そのまま数分程すると3人の使用人がソファを抱えて部屋ヘと入って来てレイの手によって破壊されたソファと持ってきたソファを入れ替える。

 そしてそのまま無言で頭を下げて退室していくのだった。

 それを見送ったラルクス辺境伯は改めてキュステとレイの2人へと声を掛ける。


「さて、じゃあ早速だが依頼について話すとしようか。まず自己紹介からだな。先程も言ったが、俺がこのギルムの街の領主でもあるダスカー・ラルクスだ」


 執務用の机と思われる、豪華な机に手を着きながら自己紹介をするラルクス辺境伯のダスカー。

 それを受けて、キュステが口を開く。


「キュステ・ブラシン。エレーナ様の護衛部隊の隊長を務めている」


(なるほど、名字持ち。つまりはこのキュステとかいう男も貴族か)


 次はお前だ、とばかりにレイへと視線を向けるキュステ。

 その視線を受けてレイもまた同様に口を開く。


「ランクD冒険者、レイ」


 他2人と違い、特に肩書きのないレイの自己紹介は素っ気無く終わる。


「で、肝心の依頼の件だが……キュステ殿、説明を」


 ダスカーの言葉に頷き、キュステはレイへと向き直る。


「いいか、依頼としては至極単純だ。ケレベル公爵令嬢のエレーナ様をこのギルムの街の近くにあるダンジョンへとお連れし、最下層付近にあると言われている継承の祭壇と呼ばれる場所へとお連れすることだ」

「……継承の祭壇? それは?」


 聞き覚えのない継承の祭壇という名称に聞き返すが、キュステはその質問を鼻で笑う。


「いくらラルクス辺境伯が推薦された人物だとは言っても、ただの冒険者風情が口を挟むことではない。お前はただ黙って言われた仕事をこなしていればいい」


 軽く眉を顰めたレイだったが、ラルクス辺境伯の前ということもありそのまま話を聞く。


「つまりは文字通りの護衛と考えていいんだな?」

「そうだ。お前はそれ以外何もしなくてもいい。……もっとも、その護衛とて我々やエレーナ様がいらっしゃれば必要無いとは思うのだがな。この街の領主であるラルクス辺境伯がどうしてもと言うから貴族でもないお前を連れていくのだ。……いいか、くれぐれも勘違いはしないようにな。お前はあくまでもおまけであり、余計な行動はしなくてもいい。大人しく私達についてくればそれで依頼達成となり報酬を貰えるんだ。文句は無いだろう」

「……キュステ殿、それはちょっと言い過ぎではないかな? そもそも、ランクDの冒険者を用意するようにと仰ったのはケレベル公爵なのだが?」

「いえ、それは存じております。ですが、せめて貴族の冒険者を用意は出来なかったのですか?」


 窘めるようなダスカーの言葉に、不満そうに言い募るキュステ。

 だが、ダスカーは小さく首を横に振る。


「残念だが、ここはキュステ殿も知っての通り辺境。冒険者として上に行くには家柄では無く実力こそが重要視されるのだよ」

「ラルクス辺境伯! それは我々貴族を馬鹿にしておいでですか!」


 貴族では実力がないと言われたキュステの言葉に、再度ダスカーは首を横に振る。


「落ち着け、キュステ殿。確かに王都では実力のある貴族もいるし、その貴族が冒険者として活動していることもあるだろう。だが、今も言ったがここは辺境なのだ。そもそも貴族の数自体が少なく、その数少ない貴族もまた実力のある家は殆ど無い。実際の戦闘力に関しても権力的に考えてもだ。それは貴族派の中心人物でもあるケレベル公爵に仕えているキュステ殿なら十分理解出来ているのではないのか?」

「それは……はい、理解出来ます」

「それに冒険者に必要なのは、あくまでも実力だ。レイの実力は先程自分で身をもって味わっただろう」

「……はい」

「そして最後に、この者はランクAモンスターのグリフォンを従えている。それでもまだ不満があるかな?」

「いえ。折角のラルクス辺境伯のご厚意ですのでありがたく受け取らせて貰います。では、私は明日エレーナ様をお出迎えする準備がありますのでこの辺で失礼させて貰います。……おい、レイとか言ったな。お前とエレーナ様との顔合わせも必要だ。明日の午前9時の鐘が鳴る頃には街の正門前に来るんだ。……グリフォンとやらも一緒にな。ただし、エレーナ様に対してくれぐれも失礼のないようにな」


 見下すようにレイを一瞥し、それだけ言って部屋を出て行くキュステ。

 幾らこの街の領主であるラルクス辺境伯の指示とは言え、レイのような存在が貴族である自分達と共に行動するというのは我慢が出来なかった。


(くそっ、何だってこの私がこんな平民風情に気を配らなくてはならないのだ。辺境伯も辺境伯だ。あんな氏素性も知れない者をエレーナ様の側に近づけようとは……何を考えている? まさかヴェルが心配していたようにこの機会に貴族派の権力や戦力を削ごうとでもしているのか?)


 このギルムの街へと出発する前に、自らの同僚でもあるヴェルから聞いた話が脳裏を過ぎる。

 即ち、今回のエレーナの件でラルクス辺境伯が何かを企んでいるかもしれないというものだ。その為にいざという時の危険を避ける意味でもヴェルはケレベル公爵に相談してエレーナ達に付けるのはランクD冒険者までとしたのだが……


(あの戦闘力はどう考えてもランクDなんてものじゃなかった。実力的に言えばランクB……いや、ランクAと言ってもおかしくないかもしれない。その上でランクAモンスターであるグリフォンを従えているだと? ……危険だな。一応エレーナ様達が到着したらヴェルに裏を取って貰った方がいいだろうな)


 性格が軽い割にはその手の裏の仕事に慣れている同僚の姿を脳裏に思い浮かべるキュステ。

 本来ならエレーナ一行の先触れとして出向くのは隊長である自分ではなく、部下達の予定だった。それをエレーナがこれから世話になるのだからと誠意を見せるべくキュステに先触れを命じたのだ。

 当初は自分が信望していると言ってもいいエレーナの側から離れるのは身を切られるような思いだったのだが、実際にギルムの街に来た今となってはこの街がどれ程に危険な場所なのかを身をもって知ることが出来たので、結果的には良かったのだろうと声に出さずに内心で考えていた。






「すまんな」


 キュステの姿が部屋から消えたのを見てダスカーはレイへと短く謝る。

 普通の貴族は平民に対して謝るような真似は権威の関係上まずしないのだが、それを平気で行える所にラルクス辺境伯であるダスカーの異質さが現れていた。もっとも、そのような人物だからこそこの辺境であるギルムの街の領主として皆に慕われているというのも事実なのだが。


「いえ、貴族としてはああいう態度の方が普通なんでしょうから気にしてない……ません」

「くっくっく。敬語が余程苦手なようだな」


 わざわざ言い直すレイへと思わず笑みを浮かべるダスカー。だが、すぐに真面目な表情になって口を開く。


「だが、お前もランクDになった以上は貴族の類とも付き合いが増えていく可能性もあるだろう。それに実力だけなら既にランクBやAにも匹敵すると報告が来ているしな。今のうちに言葉遣いにも慣れておくことだ」

「……はい。ですが、実力だけはあっても殆ど初対面の俺とこうして2人で向かい合うというのは危険では?」

「そこは俺じゃなくて自分、もしくは私とした方がいいと思うが……ま、その辺はそれぞれか。何しろ俺自身が私なんて言葉遣いはしないしな。で、何だったか。こうして向かい合うのが危険だという話だが……気が付いているんだろう?」


 意味深に告げるダスカーに微かに視線を隣の部屋へと繋がっているドアや天井、そして床へと向けるレイ。

 その、レイが視線を向けた全ての場所から押し殺しているかのような人の気配を感じられるのだ。


「やっぱりお前はランクDなんて器じゃないな。エレーナ嬢の護衛隊を率いているキュステ殿でさえ気が付かなかったってのにな」


 レイの視線がどこを向いているのかを察したダスカーは苦笑を浮かべる。


「で、だ。キュステ殿がいなくなった所で早速依頼の本題に入らせて貰おうか。さっきキュステ殿が言ったように、エレーナ嬢の目的地はダンジョンの最下層付近にあると言われている継承の祭壇と呼ばれているエリアだというのは本当らしい」

「……何故姫将軍とも言われる人がわざわざダンジョンに?」

「さて、詳しい話は俺も知らない。だが、王都からわざわざこんな辺境まで来てダンジョンに向かい、継承の祭壇と呼ばれるエリアに向かう以上は何かしらの理由ってのがあるんだろうよ。で、問題はこの継承の祭壇と呼ばれるエリアが最下層付近にあるということだ。つまり、そこに行くまでにはダンジョンを突破していかないといけないんだが……レイ、ダンジョンについての知識はあるか?」


 そう問われたレイは、ここ最近読んでいたダンジョンについての本の内容を思い出す。


「何らかの理由で魔力が物質化して核となって創られると。そしてその核から力を得たモンスターがボスモンスターとなって、ボスモンスターが倒されるまではダンジョンは少しずつ規模を広げ、ボスモンスターを倒せばダンジョンの拡張は止まる。最終的には核を破壊すればダンジョンも崩壊するとか。ただ、ダンジョンで得られる素材や鉱石、貴重なアイテム等を入手出来なくなるので基本的に核は破壊しないと本にはありましたね」

「ああ、大体合っている。それでエレーナ嬢の向かうダンジョンは未だにボスモンスターが討伐されていない、いわゆる生きているダンジョンな訳だ。それだけに危険も多い。だからこそお前を指名して護衛に付かせる訳だが」

「……ダンジョンの地図等は?」


 ダンジョンの地図というのは、浅い階層の物なら普通にギルド等で売られている。だが、深い階層。それこそ金になる素材を持つモンスターや良質な鉱石、貴重な薬草が生えているような場所の地図は知ってる者達が情報を独占することが多い為に、余程のことが無い限りはランクの低い冒険者達はそれを知ることは出来無い。

 だが。


「その辺についてはこっちで用意している。さすがに継承の祭壇があるような最下層付近までの地図は無いが、中層階までなら何とか用意出来るだろう。ただし、その情報は貴重だからな。用意出来る地図は1枚で、それを持つのはお前じゃなくて今回の探索のリーダーであるエレーナ嬢になる」

「分かりました。ある程度まででも地図があるだけ助かります」

「……頼んだぞ。正直、今回の依頼は色々と不明瞭な所が多すぎる。姫将軍と呼ばれているとは言っても、エレーナ嬢が知っているのはあくまでも人間としての戦場が主な筈だ。それなのに何故か護衛隊は数名。そしてこちらから派遣出来る冒険者もランクDまで。こうまであからさま過ぎると却って裏がないんじゃないかと思える程だ。……だが、万が一この依頼でエレーナ嬢が死んだりしてしまえば俺の責任は免れないだろう」

「ですが、それは向こうの要求に無理があるのでは? それこそ、雷神の斧辺りを同行させれば問題はないと思うのですが……」

「その無理を押し通して、こっちの不備に出来るのが公爵って地位なんだよ。……正直、幾ら戦闘力に関しては信頼が置けるとは言っても、ランクDに昇格したばかりのお前にこの件を任せるのは厳しいとは思っている。だが、それを押してでも頼む。お前の為でもない、ましてや俺の為でもない。このギルムの街に貴族派が干渉してくる口実を与えない為にも、厳しいだろうがこの依頼を成功させて欲しい」


 再び頭を下げるダスカー。


「頭を上げて下さい。俺としてもこの街が妙な輩にちょっかいを出されるのは困りますから精々頑張らせてもらいます」


 こうして、レイは否応なく貴族達の揉め事に巻き込まれることになるのだった。

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