第43話
オークの討伐任務が終わった翌日。その戦いや移動での疲れから昼前まで寝ていたレイは空腹で目を覚まし、夕暮れの小麦亭で少し早めの昼食をサービスして貰ってからセトと共にギルドへと向かっていた。
前日のパレードでセトの姿を見た者や、その存在を教えられた者も多かったのだろう。いつもと違いセトを見ても最初ちょっと驚くだけで特に逃げ出すというようなことはなく、時には持っていた食べ物をセトに与えるような者もいた。
その度にセトは喉を鳴らしたり尻尾を振って感謝を伝え、それを見て恐る恐るその頭や背を撫でる者が出て来て……と、そんな状態だった為にギルドに着いた時には既に午後を過ぎた時間になっていた。
「じゃあセト、いつもの所で待っていてくれ」
「グルゥ」
既に慣れた様子でセトが馬車の待機所へと向かい、レイはギルドの中へと入っていく。
いつもと違う所があるとすれば、オークの討伐隊に参加した冒険者のうち数名がギルドに入る前にセトの姿を見つけて挨拶代わりにその頭や背を撫でたり、食べ物を与えたりしていたことだろうか。基本的には人懐っこいセトは嬉しそうに喉を鳴らしながら構って貰うのだった。
ギルドに入ると、依頼書が貼り付けられているボードには見向きもせずにカウンターへと向かう。
その姿をギルドの中にいた数人の冒険者達が目で追うが、特に何かちょっかいを掛けられることもなくレノラへと話し掛ける。
「あ、こんにちはレイさん。オークの件の精算ですか?」
「ああ。ついでに討伐証明部位の換金と素材の買い取りも頼みたいんだが」
「はい、大丈夫ですよ」
レノラが頷いたのを確認し、ミスティリングからオークの討伐証明部位である右耳を多数、オーク、オークアーチャー、オークメイジ、オークジェネラルの素材として使える部位の皮膚と牙。あるいは魔力が宿ってるおかげで錬金術や薬の材料として使えるオークメイジの眼球や心臓、舌や奥歯。弓の弦として使えるというオークジェネラルの腱や武器として使える骨や錬金術に使える内臓各種。そしてオークとオークアーチャーの魔石。
尚、それらの素材の処理には明らかに差異のある物があった。綺麗に処理されている方はエルクが手本として処理した物で、それに比べると所々傷が付いていたり、一部が欠けていたりする方はレイが処理した物だ。
「えーと、ちょっと待って下さいね。ケニー、あんたもちょっと手伝って」
カウンターの上に出された量が予想よりもかなり多かった為だろう。レノラが隣でニコニコしながらレイへと話し掛ける隙を狙っていたケニーへと声を掛ける。
その声に待ってましたとばかりにケニーがカウンターの方へと近寄って素材を選別していく。
「こっちとこっちは処理も完璧。これはちょっと駄目ね。これは……微妙な所だけど一応良しとしておくとして……」
「ちょっと、ケニー。頼んだのは私だけど、余りレイさんを贔屓しないでよね。そのオークメイジの舌は処理が雑だから良品の方に入れないで」
「あら、そう? うーん、レノラはちょっと厳しい気もするけど……」
そんな風にやり取りをしながら素材を処理が出来ている物、出来ていない物へと分別していく。
「おい、何だよあの素材の量。しかもあれってオークジェネラルの牙じゃないか。なんであんなガキが……」
ギルド内部にある酒場で飲んでいた冒険者の一人がカウンターで山となっているオークの素材に驚き、隣で飲んでいる友人へと尋ねる。
尋ねられた冒険者は一瞬呆れた目でそちらを見るが、すぐに何かを思い出したように頷く。
「あぁ、そう言えばお前は今朝ギルムに戻ってきたんだったな」
「ん? ああ」
「街で噂を聞いてないか? ギルムの街の近くにオークが集落を作ったって」
「もちろんそれは知ってる。と言うか、今朝この街に来てから店やら宿やらで散々聞かされたよ。ったく、護衛の依頼がなきゃ俺もオークの討伐隊に……おい、まさか」
そこまで喋り、ようやく自分の友人が何を言っているのかを理解する。
「おい、ちょっと待て。それじゃあ何か? あのガキがオークの討伐隊に参加したってことか?」
「そうなるな」
「嘘だろ? どう見てもまだ10代半ばのガキじゃねぇか」
「ところがだ。討伐隊に参加した他の奴から聞いた話によると、オークキングを仕留めたのはあいつだって話だぜ?」
「……オークキングを? あのガキが?」
「ああ。驚くなかれ、ギルドに登録したばかりのGランク冒険者がオークキングを倒したっていうんだからな。……自分で言ってて驚くなかれって言葉を取り消したいよ」
「Gランク……」
自分の理解を超えた話の内容に唖然とするその友人を見ながら、自分も聞いた時はそう思ったんだから精々驚けとばかりに意地の悪い笑みを浮かべながらワインを口へと運ぶのだった。
「あれ? レイ君。素材ってここにあるのだけ?」
カウンター一杯に広がった素材を前に、ケニーがレイへと尋ねる。
「ああ」
だが、レイは小さく頷くだけだった。
「魔石がオークとオークアーチャーのしかないんだけど……それとオークキングの素材も」
「ちょっと事情があってな。オークメイジとオークジェネラルの魔石はこっちで使う用事がある。オークキングの素材に関してもいつか使う可能性があるから悪いが売ることは出来ない」
オークメイジとオークジェネラルの魔石はそれぞれ2つしか入手出来なかった為に、セトとデスサイズにスキルを習得させることを考えると売る訳にはいかなかった。同様に1つだけしか入手出来なかったオークキングの魔石も売る訳にはいかない。
素材に関しては、貴重なランクBモンスターということでクイーンアントの例に漏れずにミスティリングに仕舞い込んでいる。
「うーん、出来れば売って欲しいんだけど……駄目?」
自慢の胸を強調するように聞いてくるケニーだったが、レイは小さく首を振るだけだった。
「こっちにも一応事情があるからな」
「そっかー……まぁ、しょうがないか。じゃあ、買い取りはこれで全部でいいのよね?」
「ああ」
「この量だとちょっと時間が掛かるから少し待っててね」
量が量だけにしょうがないと頷き、査定や鑑定が終わるまでは依頼書が貼られているボードを眺めて時間を潰す。
(取りあえず今日でランクEに上がるという話だから、まずはランクDとEの討伐モンスターだな)
内心で呟き、討伐依頼のものだけを選んで見ていくと、ふと気になる依頼書を発見する。
「……ドラゴントカゲ?」
そう、そこにはランクEの依頼としてドラゴントカゲの討伐依頼と書かれていた依頼書が貼られていたのだ。
(ドラゴンなのか? トカゲなのか? ……いやまぁ、ドラゴンならランクEなんて低ランクな訳は無いだろうから間違い無くトカゲなんだろうが)
妙な名前が気になったレイは、ミスティリングから書店で買ったモンスター辞典を取り出す。
『ドラゴントカゲ』
名前にドラゴンとついてはいるが、種族的には大型のトカゲである。ただ、その大きさが成人している人間よりも若干大きい為にドラゴンと名付けられた。トカゲである以上はもちろん炎等のブレスは吐かないが、その巨体で繰り出される攻撃はかなりの威力を誇るので注意が必要。
毒性は弱いが、その牙には毒を持っており噛まれると動きが鈍る。トカゲ故か氷系の魔法が弱点。また、痛覚が鈍く多少の傷では怯むということがない。ランクEモンスターで、討伐証明部位は尻尾の先端。買い取り価格は銀貨1枚。尚、その肉は味が濃く食通が好んで食べる。
(巨大トカゲか……ちょっと面白そうだが)
「レイさん、素材の査定が終わりました」
レノラに呼びかけられ、モンスター辞典をミスティリングへと収納してカウンターへと向かう。
「討伐証明部位による報酬、素材や魔石の買い取り、そして今回のオーク討伐依頼の報酬と、個別に加算される功績を全て合わせて……白金貨9枚の報酬となります」
カウンターの向こうでレノラが金額を告げたその瞬間、密かにレイの様子を窺っていたギルド内部の冒険者達がざわめく。
「おい、嘘だろ? 白金貨9枚なんてBランクやAランク並の報酬じゃないか?」
「馬鹿、それだけあのレイって子がオーク討伐で重要な役目を果たしたってことでしょ」
「凄いな、うちのパーティに入ってくれないかな」
「無駄だよ。噂じゃあの坊主1人でオークキングを倒したらしいぜ?」
「……マジ?」
「ああ。と言うか、よく考えろよ。オーク討伐の報酬は白金貨2枚。素材や討伐証明部位の金額があるにしても白金貨9枚だぞ? 敵の大将を倒しでもしないとその額には届かないだろうさ」
そんな会話を聞きつつレノラから白金貨9枚を受け取り、ミスティリングから金を入れている袋を取り出してそこに放り込み、再度収納する。
「……相変わらず便利ですよね、それ。あ、それとランクが上がるのでギルドカードを提出して下さい」
「ああ、そうだったな」
ギルドカードを受け取りカウンターの奥へと向かい、数分もせずに戻って来る。平静を装ってはいたが、その顔には動揺の色があった。
「どうぞ、お返しします。ランクアップ、おめでとうございます。けど、その……」
「いきなりEまで上がってて驚いた、か?」
「はい。その、正直な所夢なんじゃないかと思って頬を抓ってしまいました。……ギルドの受付嬢になってから数年経ちますが1つの依頼でランクが2つも上がった人なんて初めて見ましたよ」
「うわっ、本当? やっぱりレイ君って凄いわね」
レノラの言葉を聞き、ケニーがレイの持っているギルドカードを覗き込む。
そこには確かにギルドランクがGからEに書き換えられていた。
そんなレノラとケニーの声を聞き、再びギルドがざわめくがそんなのは関係ないとばかりにギルドカードをミスティリングの中へと収納する。
「じゃあ、世話になったな」
「やっぱり今日は依頼を受けないんですか?」
「さすがに昨日の今日だしな。1日くらいはセトと一緒にゆっくり過ごすさ」
「あー、残念ね。この後暇だったら一緒にお酒でも飲みたい所なのに」
「ちょっ、ケニー!? 貴方一体何を考えてるのよ!」
突然レイを誘い出しに掛かったケニーへとレノラの怒声が飛ぶが、そんなのはお構いなしとばかりにレイへと手を振って自分をアピールする。
そんな2人の様子に苦笑を浮かべつつも、軽く挨拶をしてギルドを出るのだった。
「グルルゥ」
ギルドを出て来たレイをセトが嬉しげに喉を鳴らして出迎える。
周囲には数名の冒険者や街の住人達がいたが、セトはレイを見た途端短く鳴いてその場を離れる。
その様子に多少残念そうな顔をしてセトを送り出す。
そんな周囲の状況の変化に、レイはつい数日前までのことを思い出して思わず笑みを浮かべながらセトの頭をコリコリと掻く。
「待たせたな。じゃあ一旦外に出るか」
「グルゥ」
喉を鳴らしてレイの言葉に小さく頷くとそのまま大通りを通って門へと向かう。
「あれ? 昨日の今日でもう依頼ですか?」
そして既にレイの担当だとばかりに出て来たランガに従魔の首飾りとギルドカードを渡して手続きを済ませる。
「いや、さすがにそれはない。ただちょっとセトと一緒に大空の散歩と洒落込もうと思っただけだよ」
「なるほど。あ、以前にも言った通りに街の近くで飛び立ったり、着地したりはしないで下さいね」
「ああ、分かってる」
「それと、ランクアップおめでとうございます。それにしても、一気に2ランクアップですか。凄いですね」
ギルドカードに表示されているランクがGからEへと変わっていたのを見たランガがそう言い、レイもまた小さく微笑む。
その様子を満足そうに見たランガはギルドカードをレイへと返す。
「では、ギルドカードをお返ししますね。……レイさん」
「何だ?」
「オークの討伐、ご苦労様でした。警備隊隊長としても、街の住民の1人としても感謝しています」
ペコリ、と頭を下げるランガに一瞬呆気に取られるレイだったがすぐに苦笑を浮かべる。
「気にするな。俺としても色々と得る物のある依頼だった。お前も言ったようにランクも上がったしな。それに俺もまたこのギルムの街に居を構える身だ。オークのせいでこの街が危険になるというのが避けられたのは幸いだった」
軽く手を振ると、セトと共に街から少し離れた所まで移動してその背へと跨がる。
「セト、頼む」
「グルルルルルゥッ!」
高く鳴き、そのまま数歩の助走でその巨大な翼を羽ばたかせ、空気を踏みしめるように上空へと駈け上がっていく。
昨日までの天気と違い薄く雲が広がってはいるが、それは雨雲というものではなく、どちらかと言えば小さめの入道雲といった感じでまだまだ夏の天気だとレイには感じられた。
そんな太陽の直射日光を浴びながらも簡易的なエアコン付きとでも表現出来るドラゴンローブを着ているレイや、その程度の気温は全く意に介さないセトは特に何事も無く街から数時間程の距離を飛んで離れるのだった。
ただし、セトの翼で数時間の距離だ。普通に地面を歩いて移動する者なら1日、下手をしたら数日程度の距離である。
それだけ街から距離を取ったのには当然理由があった。オーク討伐で手に入れた魔石の吸収を行うという目的が。
上空を飛びながら地上を見下ろしたレイが、林の中でポッカリと穴が開いたように木が生えていない場所を発見する。大雑把にその周囲を見回すが、モンスターや冒険者達の姿も見えない。
「よし、セト。あそこに降りてくれ」
「グルゥ」
レイの言葉に小さく鳴き、指示された場所へと着陸するセト。地面に降りた後は素早く周囲を確認する。
レイもまたミスティリングからデスサイズを取り出していつモンスターに襲撃を受けても対応が可能なように周囲を鋭く見回す。
「……大丈夫なようだな」
「グルルゥ」
周囲にあるのは、現在レイ達がいる空き地のような場所の周囲を覆うようにして伸びている木のみで、特にレイやセトに対して敵意を持つモンスターの姿は存在しなかった。
いや、正確に言えばGランクで討伐依頼が出されているような角ウサギのようなモンスターはいたのだが、自分とは圧倒的に格が違うセトの姿を見て一目散に逃げ出したのだ。
「さて、じゃあ邪魔が入らないようだしここで魔石の吸収を済ませるとするか」
こうして、人目の無い場所でオーク討伐により手に入れた魔石やセトの食事としてのオークの肉をミスティリングから取り出すのだった。
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