第19話

 レイとセトの目の前には普通のゴブリンとは違う赤い肌のゴブリンの死体が転がっていた。希少種のゴブリンだ。首をセトに一撃でへし折られて殺された為に、外傷は殆ど見受けられない。そしてそんな死体を前に、レイはセトを撫でながら考えていた。


(一応希少種。つまりはレア物な訳だ。基本的にゴブリンから剥ぎ取れる素材は無いが、それが希少種だとしたらどうだ? もしかして使える部位がある可能性もある。幸いミスティリングに収納しておけば時間の流れもないから腐るなんてこともないようだし、取りあえず収納しておくか。使えるかどうかは冒険者ギルドで聞くなり図書館で調べるなりすればいいしな)


 結論を出すとその死体へと手を添え、ミスティリングの中へと収納する。


(討伐証明部位の右耳に関しても、提出しない方がいいな。もし俺が希少種のゴブリンを倒したことが知られたらその魔石をどうしたのか聞かれるのは間違い無い。倒した時に一緒に魔石を破壊してしまったと言えば取りあえずの問題は無いだろうが、同じようなことがいつまでも続くのは不審がられる恐れがある。なら、希少種とはやり合わなかったということにしておくのがいいだろう)


「グルゥ?」


 考え込んでいたレイへと、どうしたのとばかりに頭を擦りつけてきたセトの頭を撫でながら周囲を見回す。

 今回の依頼の目的はゴブリンの最低5匹の討伐。それに関しては1匹が希少種の攻撃により討伐証明部位である右耳を切り取れなかったが、それでも9匹分の耳は確保しているので依頼自体は完了している。


「そして時間的余裕はまだまだある、か」


 木々で遮られて薄暗い空を見ながら呟く。ゴブリンとの戦闘が数分、希少種との戦闘も数分だったことを考えると、まだ昼前で時間的にはまだまだ余裕があるだろうと判断するレイ。

 一応昼食は宿の方に金を払って用意して貰っているのだが、当然レイの分だけであり、その量に関しても小さい身体に見合わず燃費の悪いレイにとってはかなり量が足りない。


「となると、俺やセトの食事の為にも食えるモンスターを狩る必要がある訳だな」

「グルルゥ」


 レイの呟きが聞こえていたのだろう。そうだ、とばかりに小さく鳴くセト。


「よし、じゃあモンスター捜しといくか」

「グルゥッ!」






「……見つからないな」

「グルゥ」


 レイの言葉に、悲しそうに小さく鳴いて応えるセト。

 希少種のゴブリンを倒してから1時間程森の中を歩いて獲物を探しているのだが、一向に見つかる様子は無い。

 だが、それもある意味では当たり前なのだ。元々この森はギルムの街へと続く街道の脇にある森であり、旅人や商人に被害が出ないように定期的にギルドがモンスター駆除の依頼を出しているのだから。本来ならレイやセトに倒されたゴブリン達もその依頼で倒されていた筈だったのだが、希少種というリーダーを得たゴブリン達は森の奥に避難したり、リーダーの指示に従って身を潜めていたおかげで難を逃れながら街道を通る者達を襲っていたのだ。


(そう言えば、ギルドで聞いた話だと集団で商人や旅人を襲っていたとの話だったが……その割には武器が錆びた長剣とかというのはおかしくないか? きちんとした長剣を持ってたのは希少種のみだったしな。……武器を奪えなかった? あるいはどこかに纏めて保管してあってその荷物の中には武器が無いとかか?)


 内心で考えたレイだったが、そもそも金には困ってないのでゴブリン達のお宝を探す気は全く無かった。

 今のレイとセトにしてみれば、銀貨1枚よりも食べられるモンスターなのだ。

 そんな願いが通じたのか、レイの前を進んでいたセトが動きを止めて周囲を見回している。


「グルゥ」


 その様子から何らかの魔物がいると判断したレイは、いつでも攻撃出来るようにデスサイズを構えて獲物を待ち構える。

 そして次の瞬間。


「っ!?」


 近くにあった茂みから鋭く小さい何かが飛び出してくる。

 それを反射的にデスサイズで斬り飛ばすレイ。斬り飛ばされた物体は宙を飛び、近くにあった木の幹へビチャリと湿った音を立てて叩き付けられる。

 何が襲ってきたのかとその木の幹へと一瞬視線を走らせたレイの目に映ったのは、赤黒い色をした細長い肉片だった。


「蛇の類か?」


 小さく呟いたレイだったが、その疑問は次の瞬間には茂みから躍り出てきた存在によって解決する。現れたのはレイの膝上くらいまではありそうな巨大な蛙。その皮膚は斬り飛ばされた舌と同じような赤黒い粘液で覆われており、表情の一つも感じさせない無感情な視線でレイとセトを見ている。


(この森で蛙……確かFランクの依頼にポイズントードの討伐依頼があったな……こいつのことか?)


 レイが内心で呟くのを察知した訳でも無いのだろうが、次の瞬間には蛙特有の跳躍力を使って地を蹴りレイへと無言で襲い掛かってきた。

 だが……


「馬鹿が」


 蛙特有の跳躍力とは言っても、それは所詮Fランクの魔物でしかない。レイは敵が襲い掛かってくる軌道を冷静に読み取り、その軌道上にデスサイズの刃を差し出し、軽く魔力を流す。


「ゲロッ!?」


 跳躍したことで空中に身を置き、軌道を変更出来なかったポイズントードはその身を上下に一閃されて地面へと着地。そしてその衝撃で上半身と下半身が分かれて、地面へと落下するのだった。


「グルゥッ!」


 そしてセトが鋭く鳴いて、その死体に食らいつこうとするが……


「セト!」


 レイの制止によってセトの動きが止まる。


「グルゥ?」


 何で? と聞くかのような鳴き声に、ミスティリングから昨日購入した魔物の解体 初心者編の本を取り出しながら口を開く。


「恐らくこれがポイズントード、つまり名前そのままに毒持ちの蛙の魔物だ。お前なら平気かもしれないが、無理をしてまで毒の魔物を食うことはないだろう」

「グルゥ……」


 レイの説明に納得はしたものの、それでも未練がましくポイズントードへと視線を向けるセト。

 その皮膚は赤黒い液体に覆われており、見るからに毒! と強く自己主張をしているように見える。セトに周囲の警戒を頼んで、ポイズントードの項目を開く。


(剥ぎ取れる素材は舌、体内にある毒袋、後ろ足2本か。だが……)


 本と見比べながら地面へと視線を向ける。そこには舌をデスサイズによって切断され、身体を2つに切断されたポイズントードの死体。舌に関しては、レイへと伸びてきたのをそのまま切断したので根本からとはいかないが回収が可能だ。後ろ足に関しては丸々無傷なのだからこれも状態はいい。だが、ポイズントードの素材で一番高く買い取って貰える部位である毒袋に関しては胴体と一緒に真っ二つに斬り裂かれており、とても回収出来る状態ではない。というよりも斬り裂かれた箇所から毒液が溢れて既にポイズントードの内臓ごと痛み始めている。


「舌は後で回収するとしてまずは魔石だな」


 呟き、アイアンダガーを使って漏れ出ている毒液に触れないように注意しながら心臓から魔石を取り出す。大きさとしては通常のゴブリンのものよりは多少大きいくらいだろう。そして同様に後ろ足2本をばっさりと切り取る。

 尚、この後ろ足は正確には素材というよりは食材としての買い取りとなる。魔物の肉を扱っている肉屋により毒抜きをされて店頭に並べられるのだ。それなりに高価な食材なので意外に高く買い取って貰える。

 今回剥ぎ取れなかった毒袋は薬剤師により解毒剤や魔物に使う為の毒に。舌は弓の部品として使われるのが一般的だ。

 魔石と後ろ足をミスティリングへと収納し、木の根元に落ちている舌も回収する。

 尚、ポイズントードの討伐証明部位は水かきのついた右手なのだが、毒液により腐りかけていたのを見たレイは微かに眉を顰めて切り取るのを諦めた。


「で、残りの死体だが……どうしたものやら」


 少し前に戦ったゴブリンの死骸なら、毒も無いので何らかのモンスターが餌として片付けるだろう。だが、今レイの前にあるのはポイズントード。即ち毒蛙の死体なのだ。しかも毒袋を斬り裂かれてその毒液を垂れ流しにしている。


「一応念の為に燃やした方がいいんだろうが……」

「グルゥ」


 その呟きに、セトは小さく否定の鳴き声を漏らす。

 セトが心配しているのは燃やしたことにより起きる毒煙に関してだろう。それを何となく理解したレイは、セトの背を撫でながら頷く。


「そうだな、燃やした方が被害がでかくなるだろう。これはこのままにしておくか。さて、素材も剥ぎ取ったし、次こそは美味い魔物だといいな」

「グルゥ!」


 短く吠えたセトと共に、森の道無き道を歩いて行く。

 途中で木になっている果物を発見しては啄んで味見をしているセトの様子に笑みを誘われながらも、初めての依頼ということでそれなりに警戒しながら森の中を進んでいく。






「ここは……」


 ポイズントードを倒してから森を進み、暫くすると唐突に開けた場所へと出た。

 レイとセトの目の前に広がっている空間にはそれなりに広い湖があり、魔物や野生動物たちの水飲み場として使われているようだった。その証拠に、現在も湖の畔には牙が鋭く尖った猪らしき獣の姿がある。


「グルゥ」


 セトが何かをねだるようにレイへと顔を押しつけてきた。レイにもセトの言いたいことは分かる。あの猪を仕留めて自分の食事にしたいのだろう。

 その頭をコリコリと掻きながら、猪の様子を探るレイ。

 その猪は口元から上を向くように巨大な牙が生えており、ガッシリとしたその体格の重量は恐らくレイよりも確実に上だろう。そんな猪が湖面へと口をつけて、水を貪るように飲んでいる。


(100m程度離れているからまだこっちには気が付いてない。つまり奇襲の条件は揃ってる訳だな。牙を持つ猪……恐らくあれが夕暮れの小麦亭で食べたシチューに入っていたファングボアか?)


「グルゥ」


 早く早くと急かすように鳴くセトに頷き、寄せてきた頭の耳元でそっと呟く。


「いいか、セト。俺が火の魔法でファングボアの注意を引くから、お前は上空から奴の隙を突いて攻撃するんだ」

「グルゥ!」


 任せろ、とばかりに小さく鳴いてレイから離れていくセト。上空へと飛んでもファングボアに見つからないようにという判断だろう。

 そうして離れていくセトを見ながら、どういう魔法を使うかを考えるレイ。


(第一の目的はあのファングボアを逃がさないこと。つまりは足を止める必要があるな。となると……なるほど、炎で周囲を覆ってしまうのが一番早いか)


 少し離れた場所からセトが羽ばたきながら上空へと昇っていくのを見たレイは魔力を高めて呪文を唱える。


『炎よ、業火となりて触れる者全てを焼き尽くす灼熱の壁と成せ』


 レイの口から放たれた魔力を乗せた呪文により、深紅の線がファングボアを中心にして円を描くように広がって行く。

 その深紅の線は、込められた魔力により本来なら火を消す筈の湖面の上にすら描かれる。そして異変に気が付いたファングボアが逃げだそうとして地面を蹴ったその瞬間。


『極炎壁』


 レイの呪文が完成して地面を走った深紅の線から炎が吹き上がり、ファングボアと外の世界を分かつ壁として形成される。


「ブルルルル!」


 走り出そうとしたその目の前に巨大な炎の壁が現れ突進を止めて後退するファングボア。その口から漏れた鳴き声は、猪というよりは馬のようなものだった。


「ブルルル」


 炎の壁の中で右往左往するファングボアだが、その炎の温度は近付くだけで頑丈なはずのファングボアの毛皮を熱して皮膚へと軽い火傷を負わせるので、炎の壁へと近づいては離れ、離れては近づきというのを繰り返していた。

 目の前の炎の壁を突破した時に自分がどのくらいのダメージを受けるのかを野生動物ながらに……否、野生動物だからこそ、その本能で理解しているのだろう。だが、その躊躇がファングボアの生涯最大最後の失敗となった。もしこの時に炎の壁を突破していれば、火傷でかなりのダメージは受けたものの、それでも生き残る可能性はあっただろう。だがそれを躊躇したことにより、ファングボアを死へと導く存在は上空からやって来た。


「グルルルルルゥッ!」


 雄叫びを上げながら上空から急降下するセト。ファングボアがその存在に気が付いた時には既に遅く、次の瞬間には振り下ろされた前足の鉤爪が頭部を吹き飛ばしていた。


「グルルゥッ!」


 勝利の雄叫びを上げながら、その肉を生のまま啄むセト。100kg以上はあろうかというファングボアは、次々とセトの胃に収まっていく。

 その様子に苦笑を浮かべつつ極炎壁を解除するレイ。

 その後は湖の景色を眺めながら宿で渡された弁当を食べ、多少の物足りなさを感じながらもセトの食事が終わるのをゆっくりと待つのだった。






「討伐証明のゴブリンの右耳、9匹分だ。確認をよろしく頼む」


 ギルムの街のギルドで、受付嬢へとミスティリングから取り出したゴブリンの右耳を渡す。

 結局あの後は、セトがファングボアを食べきって満足したので1日目の依頼は終了して街に戻ることにしたのだった。


「あ、はい。えっと、右耳1つに付き銅貨3枚ですので銀貨2枚に銅貨7枚となります。それで、初めての依頼はどうでしたか?」


 報酬を渡しながら話し掛けてくる受付嬢に首を振る。


「ゴブリン自体はそれなりにいたが、希少種は見かけなかったな。恐らく隠れるのが上手い奴なんだろう」

「そうですか……分かりました。その辺は上に上げておきます」

「言っておくが、実際に見た訳じゃない。あくまでも俺の予想だぞ?」

「はい。ですが現場の人間の意見ですし」

「……現場の人間でも、今日が冒険者として初めて活動した日なんだがな」

「グリフォンを従えている人がGランクだなんて普通は信じませんよ。それよりも、今日はご苦労様でした」


 ペコリと頭を下げる受付嬢に頷き、冒険者としての初日は終わったのだった。

 尚、ポイズントードの舌は途中で切断されているという理由で銅貨5枚、足の肉は両足で銀貨2枚、ゴブリンの魔石は銅貨9枚で買い取られたとだけ記しておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る