第4話 美少女艦長ナナオの繰り言

★創世歴20,200年★

★聖紀1,860年★


 「ご無事ですかぁ~、ナナオ様ぁ~」

 ノック無しで浴室のドアを開けて、ジャミーレが頭の上の両耳と一本の尻尾を揺らしながら飛び込んできおった。

 艦長であるわらわからの緊急呼集に、即座に対応できるとは日常の訓練が生きている証拠じゃの。

 ジャミーレは。

 妾の専属秘書官+世話係として、このガレオン船ゴールデン・ビクセンに乗務している女性たちのひとり。

 いや、女性妖狐たちのひとりと言うほうがいいかもしれぬ。

 尻尾の数は少ないけれど。

 妾と同族の妖狐であって、格下の立耳族ようせい従魔したばたらきなどではない。

 艦長秘書官を務めているあたり、妖狐の仲間内でもアタマの回転は抜群だし。

 おまけに、妾に負けぬほどの美貌と胸を持っておる。

 何がとは言わぬが、妾のほうが大きいけどの。

 コホン。

 ただ。

 いつでもアタマの上のケモ耳や尻尾を消していられる妾とは異なり、興奮したりするとケモ耳や尻尾が出た姿をさらしてしまうことがある。

 ふむ。

 修業が足りないのじゃ!


 ジャミーレは。

 非番の時には艦長室のあるデッキ甲板と同じ階に隠されたハッチの向こうにある、自分の船室キャビンにいて、艦内を歩き回ることは少ない。

 じゃが。

 艦内の主要区画で警衛勤務に就く海兵隊の、先任軍曹以下の海兵たちとは大昔からの顔見知り。

 ゴールデン・ビクセンの海兵隊でも、警衛勤務に就く海兵たちは、選りすぐりの精鋭でもあるのじゃ。

 大半が、立耳族のオオカミ族やイヌ族たちに見せかけた男性妖狐たちで構成されておるので、艦長室に出入りする姿を見られても問題は無いしの。

 それに海兵隊員として勤務している妖狐族以外のオオカミ族とかキツネ族とかイヌ族とかの立耳族たちは、大雑把には同類ということもあって余計な口は利かない。

 なんと言っても。

 「七尾の狐」という高位の妖狐である妾が。

 ゴールデン・ビクセンの艦長として、眷属である妖狐たちを基幹乗組員として率いておるのじゃ。

 とは言え。

 妖狐族と立耳族だけで艦の仕事を回せるわけでもないのは、お主に説明するまでも無いの。

 専門の技術が必要な職種とか単純な作業に就いている小耳族ヒト立耳族ようせいも、ゴールデン・ビクセンに採用拉致されて乗艦しておるぞ。

 水兵や機関兵といった艦の日常業務担当や、プログラマーやシェフなど専門職のほとんどは小耳族や立耳族じゃ。

 食堂や小間物屋などを開業している艦内商店街のテナント経営者の大半も、乗組員ではないが別世界の小耳族や立耳族であるしの。

 中には、妾たちとは別系統の妖怪族もののけも紛れ込んでおるけれど。

 艦の役に立ってくれているなら、見ないことにしておる。

 と、ここまで妾の秘密を知られたからには。

 この世界が終わるまで付き合ってもらうから、お主も覚悟を決めてたも。


 あい?

 そんな先のことなんか約束できないじゃと?

 寿命が尽きたらオレは天国に行きたいとか、アタイは解脱げだつしたいとか、異世界転生もいいねなどという寝言はほどほどにしやれ。

 ましてや。

 アダナエデンにあるオアシスのほとりに別荘を持って、自分から蛇と名乗る阿呆にアタマが良くなる果物を貰いたいと頼むとか、他化自在天に転生して魔王の愛人となり世界制覇をそそのかしたいとかは問題外じゃ。

 問題は。

 妾ではなく、このゴールデン・ビクセンがやってしまったということなのじゃ。

 ただの航海長心得の上等水兵だと思って契約拉致した、アングル出身のノアという小耳族ヒトの若い男が。

 有ろう事か、この艦長室で。

 実は妾よりも上位の魔法使いである大耳族エルフだと、自分ノアから正体を現して、妾を脅しにかかってきたことじゃ。

 いや。

 ただの大耳族なら良いけれど、それ以上のである可能性も否定できないという含みがあるからオトロシイのじゃ。

 あ?

 ただの大耳族でも、妾にとっては十分以上に面倒な相手ではあるけどの。

 その上の神族などということになったら、妾が太刀打ち出来る相手では無いぞえ。

 これこそ。

 滅多に起きない、大事件中の大事件。

 まさか。

 創世の神々の一柱だか末裔だかが、この世界次元でうろついているなどとゴールデン・ビクセンにもわらわにも想像できるはずがなかろうて。

 はて?

 なかろうな??


 ガレオン船としての。

 あるいは私掠船としての軍艦であるゴールデン・ビクセンをはしらせるための専門職については、妾ではなくゴールデン・ビクセンが独自に採用拉致することになっておる。

 妾が艦長をやっておるのも、眷属の妖狐族と下働きの立耳族を大人数で擁しておったことを評価して採用されたということじゃ。

 妾の場合は訳アリで、拉致されたのでもなければ誘拐されたのでもないけどの。

 ん?

 そんな不可思議な事をやってのけておるゴールデン・ビクセンとはナニモノであるかじゃと?

 あなや!

 其方の如き、ただの人でしかない者の身で。

 左様な、オトロシイ事を訊くものではないぞえ。

 クワバラ、クワバラ。

 思わず異教の呪文など唱えてしもうたではないか。

 ついでに草鞋わらじを頭に載せておくかの?

 

 事情はともあれ。

 妾の如き妖狐などは。

 魔法使いがいない、でこそ万能に近い力を誇れるけれど。

 かれらエルフに比べれば赤子も同然。

 いや、妾が相手ノア大耳族エルフじゃと思うておるだけで、本当の正体は判らぬのじゃが。

 そんなものノアに出くわすなんて。

 何のために眷属を引き連れて、ゴールデン・ビクセンに乗っているのか分からぬではないか?

 思わず、妾も自分の正体を露見しそうになって。

 狼狽ろうばいついでに漏らしてちびってしもうた。

 漏らしただけならいいけれど。

 いや、良くはないのじゃが。

 それをアヤツノアに知られてしまったのは、まずかったのじゃ。

 「うぅ。もう妾はお嫁に行けない」

 シャワーを浴びながら、ついつい弱音を吐いておる始末。

 よわい二千年を超える妖狐と言えど、妾は妙齢の女性なのじゃ。

 怖いものは怖いし。

 お漏らしを男に見られるなどは、恥辱どころか一生の不覚。

 たとえ相手が別格の化け物エルフで、妖狐との性別なんか無視していようとも。

 あってはならない非常事態。

 そう思いながら、ゴールデン・ビクセンが支給してくれているボディソープなるモノで汚れを洗い流していると。

 「むぅ。ナナオ様のお漏らしを見るなんて、なんとうらやましい。いえ、不届きな小耳族め」

 タオルや着替えを差し出しながら、ジャミーレが何か言いながら牙を剝いておる。

 「あんな小耳族の航海長なんか、艦の外に放り出してやりましょうよ。いまなら、高度百丈で飛行中ですし」

 気軽に言っておるが。

 たまたま艦内の書類仕事か何かに没頭していて、面会に立ち会えなかったジャミーレにしてみれば。

 アヤツノアとの面会内容を知らぬし、ましてやアヤツが小耳族に化けていた大耳族の魔法使いだとは思いもしまいしの。

 相手が魔法を使えない小耳族なら、ジャミーレにとっては一睨みひとにらみで殺せるであろうし。

 あるいは特殊能力持ちの立耳族や妖怪族であっても、ほぼ圧勝できるレベルなので気楽なことを言うておるようじゃ。

 だが、相手が神々の末裔たる大耳族の魔法使いクラス以上となれば。

 赤子扱いされるのは、我等妖狐族のほうとなる。

 アヤツノアの魔力からすれば、放り出されるのは妾たちのほうであろう。


 幸か不幸か。

 アヤツは。

 妾を従属化テイムするとか、ゴールデン・ビクセンを乗っ取るとかのつもりはないようじゃ。

 妾やゴールデン・ビクセンと、三者対等のタメでやる気があるのなら。

 そして、その気でおるようじゃから。

 いまのところはゴールデン・ビクセンも黙っているというあたりかの。

 「まぁ、ちょっと考えるところがあるからの。お仕置きは後でも良かろう」

 後は条件次第というところかなと計算していると。

 「ナナオ様が、そう仰るなら」

 ジャミーレは不思議そうな顔をしながらも、妾の言葉を受け入れたと見ゆる。

 ん?

 妾の名前は「ナナオ」であったかの?

 ふと。

 疑問が、アタマの隅を横切る気がしたのじゃが。

 ジャミーレが左様に呼んでおるし、気の迷いであったかのう?

 疑問はすぐに消え去って、目下の課題に意識は戻ってしまう。

 さよう。

 航海長や掌砲長、あるいは海兵隊員などはゴールデン・ビクセンに乗務している間は艦長命令には絶対服従というのが海の掟じゃ。

 意見具申は認めるが、反対意見は許さぬぞえ。

 されど、ジャミーレの仕事は妾に対する秘書官+世話係に加えて執事長。

 高位の妖狐でもあることから、おかしいことはおかしいと言うのが務め。

 それでも。

 新任の航海長とのことは、妾の裁量の範囲内ということで納得をしたらしく、別の話題へと切り替えたのじゃった。


          *


 なんでも、ジャミーレの申すことには。

 ゴールデン・ビクセン本艦を維持管理するための魔力を供給している魔炉のエネルギー源である黄金同位体の在庫が、オレンジラインを下回ったということらしいのじゃ。

 ところで。

 この大宇宙は。

 三千の世界がり合わされて構成されているということを、そなたは知っておるかの?

 賢者を自称する小耳族の学者の中には。

 この大宇宙は、気泡の集合体の如き姿をしておって。

 妾やそなたのおる世界は、その気泡の表面に貼りついている世界のひとつであるとか、ほざく者もおるようであるが。

 チッチッチと、指に尻尾も加えて振っておこうぞ。

 それぞれの世界は複雑に絡み合っておるのであって。

 さればこそ。

 妾の住んでおった世界と、そなたの住みおる世界とは僅差で繋がり僅差で異なる次元に存在しておるということなのじゃ。

 左様な訳で。

 本艦の魔炉に必要な黄金同位体は、此の世界でしか入手できないとゴールデン・ビクセンが申しておるらしい。

 我等妖狐族も創造魔法は使えるのじゃが、魔法で造れる量などはメダカの涙。

 なに?

 お主の世界にも、メダカはおるのか?

 されば理解は出来ようの。

 たかだか一尺ほどしかない大きさのメダカが出す涙の量など、艦の要求に対しては付け足りにもならぬ。

 今後、数万年を無補給で航海できるだけの量ともなれば。

 この世界で何処ぞの国を占拠して鉱山開発をするか、精錬されたインゴットを購入するしかないのじゃが。

 主だった鉱山は、既にこの世界の住人たちが採掘中。

 あるいは。

 トン単位で黄金のインゴットなんか在庫しておる貴金属店など、この世界には存在せぬし。

 されば。

 どこかの国の金蔵を狙うというのが手っ取り早いところじゃが、何処にどれだけの在庫があるかは国家機密とかで不明であるしの。

 かと言って、手当たり次第に金蔵破りに及ぶなどは論外じゃ。

 あちこちでの押し込み強盗が表に出れば、今後の海賊稼業しょうばいに差し支えることは、言うまでも無く明白じゃ。

 国家相手にタイマンを張る強盗と略奪品を取引してくれる、強心臓の商人など滅多におらぬしの。

 ならば。

 狙えるのは、洋上をノロノロと航海している黄金同位体満載の輸送船団。

 こちらが何処にでもいそうな海賊船ならば、目撃者がいても大した騒ぎにはならぬであろうし。

 洋上で必要な量の黄金同位体さえ入手できれば。

 用済みの輸送船団なんぞ、沈めてしまえば問題解決。

 目撃者も証拠も残りはせぬの。

 ふっふっふ。

 コンコンコン。

 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた、と妾の尻尾で七本分を振っておくのじゃ。

 だいぶ以前にパールサの大王から巻き上げたカツアゲした拿捕免許状があれば本艦だって軍艦として通用するからして、たいていの港で余剰品や不足品の取引は出来るということでもあるし。

 そのあたりの。

 此の世界における輸送船団についての知識や襲撃方法を熟知しているのが、アングル海軍の航海長ノア

 ということであるから。

 たまたま。

 偶然。

 行き当たりばったり。

 行方不明の航海長の後任にとゴールデン・ビクセンが誘拐した、いや契約したアヤツノアが。

 ただの航海長心得の水兵だったら、十分に説得きょうはくをして輸送船団を探しに出かけられたのじゃが。

 されど。

 誇り高いと噂の、大耳族が。

 それも、かなり高位の魔力を持つ大耳族が。

 海賊行為に加担してくれるものかどうか。

 ゴールデン・ビクセンには自信がある様子だが、妾としては不安だらけじゃ。

 ちょっと、アヤツの船室キャビンを覗いて様子を見ることにしようぞ。


          *


 妾が、艦内ネットワークに繋がる艦長専用のマスターモニターを起動してみると。

 おぉ!

 丁度、アヤツノアもモニターを開けているところであった。

 壁紙として貼ってある、妾の麗しき姿を目にしたと見え。

 「この艦では。データを探す度に、コイツのご尊顔を拝し奉らなけりゃぁいけないのか。それとも実は。壁紙に見せて。コイツか、艦のバイオコンピュータが。乗組員を監視してるんじゃあるまいな?」 

 などと呟いておる。

 妾の麗しき姿を拝める幸運・眼福を有難がりもせぬとは、不届き千万。

 その上に、妾が覗き紛いの行為をするのではないかと疑うなど、許し難き考えであろうぞ。

 妾が、左様にはしたないことをするはずがなかろうて!

 カッとして。

 思わず返事をしてしもうた。

 「ふん。妾は、そんなことはせぬぞえ」

 モニターの向こうではアヤツが驚きもせずに、妾を見つめ返して抜かしおる。

 「ふざけたことしてると、OS丸ごとコンピュータ・プログラムを書き換えちゃうぞ。手間が掛かるけど、一日もあれば十分だろう。」

 ゲ!

 そうじゃった。

 相手が大耳族の魔法使いであることを失念しておった。

 何か良い手は無いものかとアレコレ思い巡らすが、咄嗟の名案なんぞあろうはずは無い。

 取り敢えず。

 横にいたジャミーレを、画面の前に立たせて。

 「ちょいでよいから、見せてやってたも」

 と耳元で頼み込む。

 妾の知る限り、ジャミーレは男に裸を見せた経験など無いことは承知の上じゃが。

 ここは族長である妾の代わりに、尊い生贄になってたも。

 無理筋ではあるけれど、艦長命令というより族長命令には逆らえぬと悟ったか。

 震えながら、ジャミーレが衣装の襟に手を掛ける。

 すると、アヤツノアがジャミーレに問うた。

 「おい、艦長室のデッキは綺麗に掃除できたか?」

 その一言に。

 妾は横から手を伸ばして、モニターの作動を止めたのじゃった。

 うぅ。

 「やはり、妾と同様にジャミーレもお嫁には行けない」

 他種族とは言え、番相手以外の男に裸を見せようとしただけでも、妖狐族の女性はランク落ちすることになっておる。

 「妖狐族に貰い手が無ければ、アヤツノアの側室にでもなるしかなかろうの?」

 思わず呟くと。

 ジャミーレは両手で顔を覆って、艦長室から飛び出して行きおった。


           ***


 既に判っておることとは、承知しておるけどな。

 ナナオやジャミーレは世間で言う「妖狐族」というあやかしが人の形を取っている心霊体なのじゃ。

 ただいま現在という時間において滞在している此の世界とは別の時間軸、別の次元に存在する世界に棲んでいた我らが。

 こうして時間と次元を跳び越えるガレオン船に乗っているには、相応の訳があるのじゃぞ。

 なに?

 どうあっても相応の訳というのを、聞かせて欲しいと?

 ・・・であるか。

 などと簡単にゲロする訳には参らぬぞ?

 お?

 聞かせてくれなければ、此の場で其方のほうがチビってやるぞ!と脅迫すると言うのかえ?

 ふむ?

 妾やジャミーレと共にチビリクラブを結成したいと?

 人の社会では然様な行為がトレンドになっておるのかえ?

 それも一興じゃがの?

 足元が板張りか合成樹脂のフローリングでなければ、後の掃除が面倒じゃという事は承知の上で言うておろうな?

 よもや、畳など言う草を編んだ敷物などに座ってはおらぬであろうな?

 あん?

 段通を敷いてある高級な書斎じゃと??

 そこで妾たちと一緒にチビろうなどとホザクとは。

 ただの人の身にしては、良い度胸じゃと褒めて取らそう。

 では。

 度胸に免じて、教えて遣わすとしようかの。


          *****


 パールサの夜の闇の中を、明かりも持たずに駆ける集団と、遥かに離れてはいるが松明を掲げて駆ける集団とが王都の郊外で追いかけっこを楽しんでいた。

 そのように見えたのだから仕方がないと、後で夜の森で獲物を探していた、目撃者の猟人ハンターが言っていた。

 ・・・らしい。

 「だからぁ~~!あたしは絶対に人間の王族なんかと関わるのは嫌だと言ったじゃありませんか~~?ハスティー存在様ぁ~~!」

 「今さら言う事かぁ~~!者共~~!とっとと疾らぬと魔導士共に捕まって毛皮にされるぞえ~~!」

 わらわはジャミーレの叫び声を聞きながら、眷属である妖狐たちの先頭に立ち七本の尻尾に風を纏わせて全力疾走をしておったのじゃ。

 眷属の妖狐たちや立耳族も、一本か二本しかない尻尾を必死に振って、走る速度を上げようとしておる。

 皆が皆。

 手にしておるのは片手剣か曲刀くらいと軽装じゃ。

 飛び道具として機械弓を持つものもいるが、走りながらでは命中精度は各段に落ちようしの。

 何故に軽装なのかと問われれば、我等は空間魔法の使い手で荷物は個人別の異次元倉庫に放り込んであるからの。

 異次元倉庫は持ち主に付いて来るから、外見上は着の身着のままで走っておるように見えるやも知れぬ。

 ふと、行く手に目を戻せば。

 怪しからぬ事に。

 ジャミーレのヤツは、族長である妾の前を走っておるではないか?

 妾の片手を握っておるから、族長を見捨てて逃亡しているのではないと、言い訳を立てておるのじゃろうけど。

 「おぬしが先に逃亡して、どうするというのじゃぁ~~?」

 思わず叫んでしまったのじゃ。

 「悪いのは九尾妖狐のホマー不死鳥様ですよぉ~~!あたしたちは騙されたんですよぉ~~!」

 ジャミーレも、斯様な生きるか死ぬかの瀬戸際にある者にしては随分と喋りおる。

 「ハスティー様、この先に身を隠せそうな岩山がございます!」

 前方から斥候に出していた護衛隊長のアニクが戻って来て教えてくれたのは、妾がジャミーレを喰ってやるかと殺気開放で考え始めた時じゃった。

 咄嗟に意識を切り替える。

 「ご苦労じゃ!先導してたも、アニク!」

 「御意」

 短く答えて前方へと走り出すアニクに続いて、妾も脚を速めることにした。

 「者共!続けぇ~~!いま少しじゃぞぉ~~!」

 後ろに続く眷属たちへ大声を上げた妾じゃったが、横に目をやればジャミーレの足元から湯気の立つ水が流れておるのぉ?


 アニクに導かれて進んだ岩山には、確かに洞窟が口を開けて待ち受けておったのじゃった。

 いや、待ち受けておったという言い方は変であろうかの?

 されど、確かに待ち受けておったという言葉は間違ってはおらぬ筈じゃぞ。

 何故かと申せば。

 族長の妾以下、眷属の妖狐族たちが逃げ込んだ途端に洞窟の口が閉じてしまったのじゃった。

 「ハスティー様ぁ~~!洞窟の入り口が塞がって、閉じ込められましたぁ~~!」

 あの声は、殿を務めておった護衛兵のバフラムであったかの。

 「良い!どうせ入り口は塞がねばならぬのじゃ!」

 追手から逃れるのに、逃げ込んだ洞窟の入口を開けたままにしておくなど、阿呆の所業じゃ。

 そんな事でアタフタするなど、妖狐族の護衛兵としては修業が足らぬのではなかろうかのぅ?

 それよりは。

 この洞窟の先に待っているモノのほうが問題じゃ。

 まぁ、我等の如き高位の妖狐族をどうにか出来るのは追跡者の王宮魔導士たちくらいのものであろうがの。

 「点呼は後回しじゃ。アニク、数名を連れて奥の様子を見て来てたもれ?」

 「御意!・・・ほら、バフラムとファリド!ついて来い!」

 アニクたちが洞窟の奥へと行ってから、妾はジャミーレに申しつけをしたのじゃ。

 「ジャミーレ、逃げ延びられた者たちを確かめて置いてたも?」

 「はい。ハスティー様」

 何が無し、内股でオドオドしながらもジャミーレは眷属たちの名前を呼び上げる作業を始めたのじゃった。


          *****


 だいたいが。

 中原帝国ちゅうげん皇帝おやだまツェンを誑かして美味い汁を吸ってやろうと九尾妖狐のホマー不死鳥姉が言い出した事が発端じゃった。

 実に上手にツェンに取り入ったホマー姉が、周辺の小国を脅して金銀財宝を搾り取るだけでは満足出来なかったというのがマズかったのじゃ。

 あの手この手と手練手管の限りを尽くして、西へ西へと勢力圏を拡大させたと思って見遣れ。

 およそ人間どものする事などは、何処でも同様の欲得絡みと決まっておっての。

 王であろうと統領であろうと、本人はもとより家族も親族も部下も一切合切ひっくるめて黄金饅頭で横っ面をペチペチしてやれば、国民の生活とか次世代の者たちの事とかは見えなくなるのが世の道理じゃというのが古今東西普遍の法則じゃ。

 ホマー姉に踊らされていい気になって、ツェンまでもが誇大妄想の埒を超えるとこまで行きおった。

 止せばいいのにとは、ツェンの臣下どもの中で誰も言い出す勇気など持ち合わせてはおらなんだのう。

 まぁ、臣下どもの考えは判らぬでもないぞえ。

 妾が率いる妖狐族とて、妾の命令に逆らう阿呆は毛皮を剝いで襟巻にしてくれるからのう。

 残った中身!は、その辺の肉屋へ売りつけてやるのじゃ。

 で、アヤツツェンが何をしたかと申すなら。

 北の彼方の聖都とやらに坐す、創世の神々の娘である巫女様に妾になれと申し送ったとかしないとか。

 神々の娘とは、すなわち女神様でもあるのじゃろうに。

 何処から然様な考えを持ち出したのかは、本人にしか分かるまい。

 いや。

 胴元である、九尾妖狐のホマー不死鳥姉なら、絵図の全てを承知しておるか。

 当然ながら、巫女様からは手厳しく断られたと聞いておる。

 じゃと申しての。

 我が意を受け入れぬのは怪しからぬ事と、アヤツが思うまでは良い。

 いや、良くは無かろうが思うのは個人の勝手じゃからの。

 怪しからぬ事をしているほうがどちらであるか、人間どもの理を妾は知らぬが。

 意に添わぬとあれば大軍を以て押し通すという事なれば、是非など問うところではないぞえ。

 結果は巫女様には逃げられて目的は達成できずに戦費だけが持ち出しとなり、国庫は赤字でツケは支配下の国々へと押し付ける始末じゃぞ?

 挙句の果てには。

 天から降ったと思しき星だか劫火だかに帝都を道連れに焼き尽くされて、世界制覇は一夜の夢と成り果ておった。

 そっち中原帝国のほうは九尾妖狐のホマー不死鳥姉がやらかしたことの帳尻じゃから、妾の知った事ではないと断言しておこうかの。

 ん?

 ホマー姉がどうなったかじゃと?

 妾も事の結末は聞いておらぬので、知らぬぞえ。


 妾のほうは。

 ホマー姉の向こうを張って、パールサの大王テイスを取り込んでやろうと画策したことで多忙であったからの。

 いやいや、妾は酒池肉林を現実化させるとかの馬鹿な真似はしておらぬぞえ。

 陸のほうは中原帝国が張り巡らした利権の網で入り込める余地など無いならば、手を出せるのは南の海を囲む国々しか残っておらぬのは明白な事実じゃ。

 幸いにも。

 西方世界と呼ばれる先進地域の貿易商や海賊たちも、遥々と大船団を手当てして出張って来るまでには至っておらぬし。

 勇猛果敢を地で行くパールサの陸軍と勢力争いをやるのは愚の骨頂じゃから、妾は大王に拿捕免許状の下賜を願い出たという事じゃ。

 それ自体は何処の王家でもやっていることで、戦闘艦と乗組員を用意できる裕福な個人か団体に切取御免の免許状を与えて、上がりの一部をピンハネするという単純極まるシステムに過ぎぬ。

 過ぎぬのじゃが、過ぎぬで済まさなかったのがマズかったかの?

 妖狐族と立耳族たちで編成された私掠船の戦闘能力はパールサ海軍を凌駕して、縄張りまでも横取りするところまで行ってしもうたのが間違いの元じゃったと今なら理解も出来るがの。

 物事の限度を読めぬという、その辺りが妖狐族が天下を取った試しが無い事の原因じゃろうて。

 不運な事には?大王の死という一大事に便乗した宮廷のクーデターとやらで状況が変わり、私掠船は没収の憂き目に遭って、妖狐族に対する追討令が出されたという結果が、王宮魔導士どもに追われた挙句に岩山の洞窟で土竜の真似をせねばならぬ羽目に陥っているという身の上なのじゃ。

 パールサの王室が飼っておる王宮魔導士共は、妖狐族に匹敵する魔力を持っておる上に聖都が育成した魔技師たちとは異なる系統の魔術を使いおる。

 どうも、妖狐族とは異なる妖怪を引き込んだ形跡があるのじゃが正体不明というのが戦闘では不利となって押されてしもうた。


          ***


 「ハスティー様、洞窟の内部を見回ってまいりました」

 回想に耽っていた妾の耳に、アニクが報告を言上する声が聞こえた。

 「うん、ご苦労」

 「それで・・・」

 アニクには珍しい事に、何事かを抱え込んで悩んで居るような返事じゃの?

 「それで?」

 「はい。この奥で船を見つけたのでありますが」

 「ふむ。謹厳実直で真面目が服を着て歩くと言われるアニクが転合冗談を言うとは、珍しいことがあるものじゃ?」

 この危機に際して族長相手に遊び心を忘れぬとは、我が眷属ながら見上げた根性の持ち主じゃのう。

 「いえ。正真正銘、天地神明の事実でございます」

 いや、待ちやれ。

 如何に切羽詰まったとはいえ、妖狐族の身で神の名まで持ち出すとは容易ならざる状況であると妾も気が付いたのじゃ。

 「マジ、じゃな?」

 「マジ、でございます」

 アニクの尻尾がパタパタと音を立てんばかりに振られておるからには、きっと良い事が待っておるのであろう。

 そういう事で。

 その船を見ようという事になったのじゃった。


 「う~~む」

 「はぁ~~」

 「ふぅ~~ん」

 「へぇ~~」

 「ほぉ~~」

 「あ~~」

 「う~~」

 「わんわん」

 「マジで、御覧の通りでございます。ハスティー様」

 いやいや、ドヤ顔で言わずとも妾はアニクの言を疑ったことなど無かったぞえ。

 マジで、真じゃぞ。

 「それにしても、これはパールサのモノ軍船ではございませんねぇ~?」

 ジャミーレが皆の感想を代表して申しおったのじゃが。

 洞窟を奥へと進んだ、その先の。

 高さも奥行きもたっぷりとある空洞に座り込んで。

 異国の軍船が我らを待ち受けておったのじゃ。

 ジャミーレの申す事にも一理はあるのぅ。

 妾も然様な軍船など目にした記憶は持ちあわせておらぬぞえ。

 「帆柱が三本もあって、帆の数も多いしのぅ」

 パールサの軍船は帆柱が一本に帆も一枚。

 何よりも、コレは船体のサイズが段違いで大きい。

 しかも舳先は鋭角で、帆に風を受ければ速度のほうも比較にはなるまい。

 「それよりも、舷側に並んだ大筒のほうをご覧くださいませ」

 ジャミーレは文官の筈なのに、妙なところで軍事に関心を持っておるのじゃのぅ。

 此の世界の軍船と申せば、大筒は舳先に一門か舷側両舷に一門か二門しか搭載しておらぬ。

 いや。

 船体の小さな船では、多数の大筒を搭載しておらぬではなくて出来ぬと言うほうが公正な比較であるかのぅ。

 「あれだけの大筒があれば、追手などはイチコロでございますよ」

 ジャミーレまでもが尻尾をパタパタと振って、とんでもない事をヌカシおる。

 これ、勝手に話を進めるではないぞえ。

 「待ちゃれ、うつけ者めが!」

 思わず、妾は大声を上げてしもうたのじゃ。

 「あの軍船にとて、持ち主がおろうに」

 まさかとは思うが、ここで大筒を撃たれたら、我等妖狐族一同は枕を並べて討ち死にとなろう。

 皆は、空間収納に枕を仕舞うておったかの?

 あるいは。

 ジャミーレかアニクが五百個以上の枕を空間収納に溜め込んでおればの話じゃが?

 ではのうて!

 相手がナニモノであるかを確かめるのが先であろうよ。

 妾は正体不明の軍船に近寄って、声掛けをすることを決意したのじゃった。

 一族を率いる族長たるハスティーが、ここで率先垂範せぬとあらば眷属たちからの信頼を失うことになるであろうぞ。

 「ハスティー様ぁ~!危のうございますぅ~!」

 「ハスティー様。此処はわたくしアニクめにお任せくださいませ」

 うむ。

 其方らの忠義のほどは、よう分かったのじゃ。

 「決定権を持つ者が行かねば、アレとの交渉はできまいて」

 左様。

 軍船は洞窟に座り込んではおるのじゃが。

 乗組員のひとりとて姿を見せぬのは剣呑じゃ。

 我らの様子を見ておるのか、それともシカトを決め込みおるのか?

 いずれであろうと、交渉に臨むのは妾の責任でもあり職務でもあるからの。

 

 「頼もう~~!」

 軍船の間近に立って、見上げるような姿勢にはなるが妾は訪いを入れたのじゃ。

 「う~~ん、誰だよ?あたしの寝入り端を邪魔するヤツはぁ?」

 あなや!

 妾の呼び掛けに応えたのは、目の前の軍船そのものじゃった!

 「お?随分と大勢の妖狐族たちが並んでるじゃないか?」

 軍船が舌なめずりしたように見えたのは、妾の見間違いではなかろうな?

 思わず。

 七本の尻尾を広げて、毛を逆立ててしもうたが。

 「おいおい。お前等を取って喰おうとは思ってないぜ」

 実にノンビリとした口調で断りを入れながら、軍船が両舷の大筒を船体の中へと引き込みおった。

 「それよりも、パールサの魔導士連中に追われてるんだったらスケテ助けてやらないこともないけどな?」

 うむ。

 目の前の吃驚箱軍船に気を取られて、肝心な事を失念しておったのじゃ。

 閉じてしまった洞窟の入り口のほうからは、ツルハシか何かの道具で岩を砕いておるような物音が響いて騒々しい。

 もしかすると、ツルハシではのうて攻撃魔法の石槍でも撃ち込んで居るやもしれぬのか?

 そちらに近いほうにおる眷属どもは落ち着かぬ風でざわついておるしの。

 強力な武装を持つ軍船が味方してくれるのならば、危急の避難場所としては願ったり叶ったりの好条件ではあるけどの?

 「助けると申すからには、条件があろうの?」

 「うん。これからずっと、このゴールデン・ビクセンに乗ってくれるんだったら歓迎するぜ?」

 「奴隷働きは、御免じゃぞ!?」

 パールサにも奴隷たちに櫂を漕がせる軍船が存在するし、うかつな返事は身の破滅となることくらいは承知しておる。

 「親玉のお前は艦長にしてやるし、子分共にも衣食住に足して相応の地位と給料を保障してやるから心配するな」

 何と。

 軍船のほうから予想外の好待遇を提示しおったのじゃ。

 おお!と、背後の眷属どもからどよめきが上がる。

 間違ってもパールサの陸軍如きに殺されるような我等ではないのじゃが、やたらと広大なパールサの領土を逃れて不慣れな土地でやり直しをせねばならぬというのは本意では無い。

 無いのじゃが。

 妾の一存で決めてしまうのもどうかとは思うしのぉ?

 此処は、民主的に多数決を持ち出して、責任逃れをカマスのじゃ。

 「皆も、この軍船に乗り組むという事で異存は無かろうの?」

 「「「「「「「はいぃ~~、ハスティー様ぁ~!」」」」」」」

 そういう経緯で、七尾の妖狐である妾以下の妖狐族と眷属たちはゴールデン・ビクセンと名乗る軍船に乗り組む事になったのじゃった。


          ***


 「う~~む。コレを纏わねばならぬのかのぅ~?」

 ゴールデン・ビクセンの艦長室で、目の前に置かれた艦長服なる衣装を睨みつけた妾は呻き声を上げたのじゃ。

 上衣は金の房飾りを肩に置いた赤い生地の軍服らしい意匠じゃが。

 下には上衣と同じ生地ながら膝丈よりも短いミニスカートなるモノを着用しろと申し渡されたのじゃ。

 脚にはストッキングなるモノを着け、履物はブーツなる陸軍兵が使いおるような革靴が用意されておる。

 「ハスティー様、お似合いでございますよぉ~。たぶん?」

 おい、ジャミーレ。

 語尾に疑問符を付けて撥ね上げおったろう?

 お主はパールサの宮廷衣装である女官服をマンマで着ていられるから、他人事じゃと思っておろうが?

 ゴールデン・ビクセンが、艦長なる地位の者は制服を着なければならぬと、断言をいたしおるからの。

 しかも、その制服なる衣装一式は既に仕立てて並べてある手回しの良さじゃ。

 仕方なく、ジャミーレに手伝わせて着替えることになったのじゃが。

 「それで、いいんだよ」

 ビッキーと名乗る女性の声が空中から聞こえてくるのじゃ。

 このゴールデン・ビクセンの主じゃと申しながら、姿を現す事はせぬという無作法の極みを行くような状態ではあるのじゃが。

 逃亡場所として住処を提供してくれた上に、給料に加えて衣食住までも保証すると言われては逆らう訳には参らぬからの?

 「早く着替えて、追手をどうにかしないと面倒になるぞ?」

 久しく他人から命令などされたことが無い妾に、ビッキーなる者は遠慮も斟酌も無しで物申しおる。

 「それは道理じゃと思うが、妾は斯様な形をした異国の軍船の運用など指揮した経験は無いのじゃが?」

 「うん。航海長は用意してあるから、操艦は航海長に任せていいぞ」

 「では、妾のほうは戦闘を受け持つだけで良いのかの?」

 「まぁ、妖狐族の戦士たちや眷属たちには海兵隊や水兵として活躍してもらうことになるけどな」

 ほかにも、いろいろと仕事の分担があると言われたのじゃがジャミーレに一任するという事で面倒事からは逃れたのじゃった。

 おぉ、ついでにパールサ陸軍の追跡からも逃れる事が出来たのも付け足しておこうかの。

 ゴールデン・ビクセンが転移魔法を使って洞窟から外洋へと抜け出せたのがビッキーとやらの魔力を見せられた最初であったのぅ。


          ***


 「アニク。今日からはわらわの護衛隊長であると共に、ゴールデン・ビクセンの海兵中隊先任軍曹として勤務することを命ずる」

 「アイ・アイ、サー、艦長!アニクは海兵隊先任軍曹として勤務する事をを命じられました!」

 ゴールデン・ビクセンに乗艦してから数日の間。

 ビッキーから指示された勤務割り当てに従って、妾は妖狐族たちや眷属たちに辞令を交付していったのじゃ。

 護衛隊員たちは海兵隊という名称の部隊へと編成替えを行って、揃いで着ている制服もパールサ陸軍の革鎧に剣というモノから海軍式らしい制服に着替えることになったと承知してたもれ。

 武器も支給されたのじゃが、見た事も無いL85《えるはちご》ライフル銃とか称する魔道具紛いの優れモノで魔力は必要とされずに金属弾を連射できるのには驚くよりも呆れたのじゃった。

 他にも、水兵と呼ばれる本艦の運用に関わる兵士には相応の制服と作業用短剣が支給されるなどビッキーの気前の良さには言葉が出ぬぞ。

 だけではなく。

 洞窟で約束された通りに、妾だけではなくてジャミーレ以下の全員にバストイレ付の個室が与えられたのには驚嘆と感謝の叫びが艦内に木霊したのじゃった。 

 妾も妖狐の上位種であるからには空間魔法を使えるのじゃが、ビッキーのやることは想像の上を行っておるの。

 ガレオン船と呼ぶのじゃと教えられたが、本艦程度のサイズの艦内に五百名以上の人員に与える個室を組み込んでも満杯では無いと申すではないか?

 さらには農場から武器工場に被服廠までも揃えて在って、五百名に職務を与えても人員不足なのじゃと言われた。


          ***


 「海賊働きをして欲しい、じゃと?」

 ある日。

 妾以下の者達が艦内の生活に慣れた頃、ビッキーを自称する艦の声が斯様な要請を申してきたのじゃ。

 妾達の立場から申すなら、コレは要請ではのうて命令なのじゃと理解する程度のアタマくらいは持ち合わせておる。

 「うん。お前はパールサの大王からカツアゲして手に入れた拿捕免許状を持っていたよな?」

 「ゲ!」

 そんな事まで知っておったのか?という疑問と驚愕の声は飲み込んでおくのじゃ。

 「拿捕免許状を持っておれば海賊ではのうて海軍並みの扱いなのじゃぞ!」

 ここは一丁、切り返して売り込んでおくとしようの。

 「分かった。お前がそう言うのなら、今日からゴールデン・ビクセンは軍艦扱いの私掠船でオーケーだ」

 ビッキーの声は惚けたとぼけた調子で流しておるが。

 これは絶対に確信犯じゃと妾は胸の内で呟いたのじゃ。

 そうでもなければ。

 妾に艦長服なるアブナイ衣装を着ろと言わぬであろうし、護衛隊に海兵隊なる海軍式の制服など着せはせぬじゃろう。

 「うむ。いつまでも只飯を食ろうておるわけにもいかぬであろうしの。世話になっておる分は働かせてもらおうぞ」

 「おう。話が早くて助かるわ」

 そして。

 ビッキーから海賊稼業、いや私掠船働きのプランを聞かされた妾とジャミーレは好きなようにしてたもれと呟く事しかできなんだ。


          *****


 大いなる預言者の没後五千二百年。

 星間航路貨物船カンサー・トリは、銀河円盤の端っこを出た自由空間で海賊船に捕まっていた。

 いまいましいことに。

 あちらこちらの星々に置かれた銀河星間管制部の指示を離れて、これからジャンプでもして時間と燃費を稼いでやるかと思った矢先の出来事なのだ。

 フピテルの深海で採れた希少価値が高い魔銀貝殻を船倉に呑み込んで、銀河円盤にしがみついているように見えるぺキエナン・マガリャンエスのヌエバ・マラガへと運搬する途上の災難である。

 運が良ければ積み荷を強奪されただけで放免してもらえるかもしれないが、相手が宇宙海賊とあっては先など読めよう筈は無い。

 放免してもらったところで、荷主のクレームは言うに及ばず本社船会社の重役達が何と言うかは考えてみたくも無い。

 だいたい、相手は大昔の帆船がマンマで出て来たような海賊船なのだから。

 外部の映像を映し出すモニターの画面には三本マストに帆を張って、舷側から大砲を突き出した船体が輝いている。

 子供の頃に御伽話で聞かされたような、黒髭のオッサンが肩に鸚鵡を止まらせてるんじゃあるまいな?

 ・・・。

 運が悪ければ船を丸ごと召し上げられて、乗組員は宇宙空間へと放り出される運命が相場だ。

 「何だって、うちの船なんか捕まえる必要があるんだよ?」

 船長のホセは口髭を震わせながら、ブリッジ管制室に設置されている通信モニターに向かって喚き散らしている。

 「騒ぐでない!静かにしておれば船体のほうは見逃してやるぞえ」

 モニター画面の向こうで、海賊とは思えない艦長服を着た美少女が古風な言葉で命令している。

 「これから本艦の海兵隊を移乗させるから、銃を持ちだすとかカトラスを抜くとか無駄な抵抗はしないで大人しくしておきゃれ」

 「わぁったよ!わぁったから、撃つんじゃねぇぞ!」

 商船の船長といえば紳士階級と相場が決まっているが、非常事態に言葉遣いなど気にしている場合では無い。

 「通信士!亜空間経由のスクランブル回線で本社へメーデーを入れておけ!」

 「サード三等航海士!エアロックで海賊様をお出迎えしろ。銃なんか持つなよ!」

 本社へ報告だけは届くだろうが、近くのパトロール隊が警備艦を派遣してくれても手遅れになることは明白だ。

 まぁ、船ごと積み荷を持ち逃げしたと疑われるよりはマシという程度の気休めだがなと唇の端を曲げてみる。

 自分たちに何かあっても、家族には見舞金か年金が支給されることだろう。

 外宇宙まで出て行く船乗りの家族は、相応の覚悟だけはしているものだ。

 フィーーン!

 微かな音がして、本船のエアロックが開いたことを知らせるアラートがモニター画面に表示されている。

 画面を見ていると古風な海兵隊の制服を着て短銃身のライフル銃を手にしたキツネやオオカミたちがエアロックを通り抜けて来た!

 「わぁ~~!」

 サードの叫び声が聞こえて、サードが先頭にいる海兵キツネに喰われるシーンが目に入る。

 「総員!武器を取って海賊と戦闘だ!」

 画面にある非常警報のマークに指先をタッチさせて、船長席に備え付けてある短機関銃に手をやったところで意識が途切れた。


          ***


 「お宝は手に入ったし、貨物船の乗組員も美味しかったし。海賊というのも悪い仕事じゃありませんねぇ?」

 「これ、ジャミーレ!我らは私掠船乗りで海賊では無いと、何度申したら分かるんじゃ?」

 浮かれておるジャミーレに、妾は艦長室の壁に掛けてある額装の拿捕免許状を指差して見せたのじゃ。

 ビッキーと名乗るナニモノかに乗せられた感はあるものの、これまではパールサにおった時よりも楽しい時間であったのう。

 じゃが。

 これまで乗艦しておった航海長が戦闘のドサクサ紛れに原因不明の疾走を遂げおって、ビッキーが新しい航海長を拉致して来た時から。

 その楽しい時間も、ノアとか名乗りおる大耳族の登場で幕を下ろすことになったのじゃった。

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