劉裕110 禅譲典策文 下

昔我

祖宗欽明 辰居其極

明晦代序 盈虧有期

 昔、我が宗祖は

 まさに天意の代行者であった。

 しかるに時が下り、

 その資格が減退していったようである。


翦商兆禍 非唯一世

曾是弗剋 矧伊在今

天之所廢 有自來矣

 災いの兆しとは、一代の人主にのみ

 示されるものではない。

 過去に解消できなかった過ちが、

 いまにまで引き継がれてきたのだ。

 すなわち天意が禅代を求め来るは、

 由来あることであった、と言える。


惟 王

體上聖之姿

苞二儀之德

明齊日月 道合四時

 思うに、宋王そうおうはこれまでにも

 聖王たるべき振る舞いを

 示してこられた。

 天地が示すべき徳を、

 自ずと内包しておられた。

 その徳の明らかなるは

 太陽や月にも等しく、

 その道理はあらゆるタイミングにも

 適合しておられた。


乃者

社稷傾覆 王拯而存之

中原蕪梗 又濟而復之

 ゆえにこそ建康けんこうを脅かすものが現れても

 見事に建康を保ち置かれ、

 中原が長らく徳化されなかった状態をも

 これを救い、回復をなしえられた。


負固不賓 干紀放命

肆逆滔天 竊據萬里

 無法者は自ずと処罰され、

 反逆者どもは遠方でひっそりと

 こちらを伺うより他なくなった。


靡不

潤之以風雨 震之以雷霆

九伐之道既敷

八法之化自理

 風雨が天下を潤さぬことはなく、

 雷鳴も天下を震わせぬことがない。

 なるほど、斯くのごとく、

 王がなされた九つの討伐や

 八つの改革により、

 天下には道理が示された。


豈伊

博施於民 濟斯黔庶

固以

義洽四海 道威八荒 者矣

 これらの偉業による変革が、

 広く民庶にもたらされぬことなど

 あり得ようか。なればこそ、

 道義は国内に広く行き渡り、

 威儀は国外に大いに轟いたのだ。


至於

上天垂象 四靈效徵

圖讖之文既明

人神之望已改

 これらにより、

 天帝や霊獣らが瑞兆を示し、

 予言書が大いに語り始めた。

 何をか? 皇帝の姓の交代である。


百工歌於朝 庶民頌于野

億兆抃踊 傾佇惟新

 百官らは城内で、

 民草らは市井で歌っている。

 誰もが手を叩き、踊っている。

 新たな人主の出現を。


自非

百姓樂推 天命攸集

豈伊在予 所得獨專

 無論これらは、単純に民らが

 心の底から王を推戴し、

 また天意が示されたからと、

 ただ予が従っているわけではない。


是用

仰祗皇靈 俯順羣議

敬禪神器 授帝位于 爾躬

 それらを受け、改めて

 歴代の王らの霊にお伺いを立て、

 また群臣らとも綿密な協議を為し、

 その上で、王のみにこそ天命が宿り、

 神器や帝位を授けるに相応しい、

 そのように判断したのである。


大祚告窮 天祿永終 於戲

 大いなる天命は、すでに示された。

 ここに晋の天命は終わりを告げたのだ、

 ああ!


王其

允執其中 敬遵典訓

副率土之嘉願

恢洪業於無窮

時膺休祐 以答三靈之眷望

 王よ、よくよく中道を守られ、

 古来よりの定めに畏まりて従われよ。

 この地に住まう皆々の思いに沿い、

 その偉業を、

 ますます大いなるものとされよ。

 時代は大いに兆しを示した。

 それこそが、まさに

 天地人の神々の望みであるのだ。




昔我祖宗欽明,辰居其極,而明晦代序,盈虧有期。翦商兆禍,非唯一世,曾是弗剋,矧伊在今,天之所廢,有自來矣。惟王體上聖之姿,苞二儀之德,明齊日月,道合四時。乃者社稷傾覆,王拯而存之,中原蕪梗,又濟而復之。自負固不賓,干紀放命,肆逆滔天,竊據萬里。靡不潤之以風雨,震之以雷霆。九伐之道既敷,八法之化自理。豈伊博施於民,濟斯黔庶;固以義洽四海,道威八荒者矣。至於上天垂象,四靈效徵,圖讖之文既明,人神之望已改。百工歌於朝,庶民頌于野,億兆抃踊,傾佇惟新。自非百姓樂推,天命攸集,豈伊在予,所得獨專。是用仰祗皇靈,俯順羣議,敬禪神器,授帝位于爾躬。大祚告窮,天祿永終。於戲!王其允執其中,敬遵典訓,副率土之嘉願,恢洪業於無窮,時膺休祐,以答三靈之眷望。


(宋書2-43_文学)




「あらゆるものが皇帝の交代をせっついてる、けど、そういう圧力に負けて禅譲をしようってんじゃないんだよ。あくまで皇帝として真剣に考え、この世を導くべき人間が誰であるかを深く検討した上で、それは劉裕殿以外にないってわかったんだ。だからぼくは、この座を喜んで劉裕殿に譲り渡すよ」ってえのが、禅譲典策文のあらましのようです。前話でざっと他の時代の典策文を洗い出したわけですが、まぁこの基本ルートは変わらないでしょうね。


この辺ってだいたいの概説書って「茶番だ」って糾弾してるけど、ただ正直、「どれだけ前任者が納得して後任者に職掌を譲り渡すか」のモデルケース的に考えると、この文面ってすっげえ勉強になります。いや、「こういう文面を書かせる」ことを勉強する気は無いですよ。言いたいのは、どれだけ納得してもらえるかってのが、こういう茶番で糊塗しなけりゃならないほど重要なのだ、ってこと。


「納得すること」はとても大切だけど、それ以上に「納得したことを表明したこと」は、更に大切。まぁこの辺が初手の曹丕の段階で形骸化してんのには笑うしかないんですけど。


なんでもそうだけど、納得したいよね。そして納得してもらいたい。誤魔化すとかねじ伏せるじゃなく、納得してもらいたい。そういう説得者にはなりたいが、あぁ、道は遠い。

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