第89話 覚悟を決めたら翌日には決行するべし

 翌日がデートだと思うとなかなか寝付けなかった。

 言っておくが、楽しみでワクワクしてとか、緊張でソワソワしてとか、そういうのでは断じてない。


 言うなれば、試験の前夜の感じが一番近い。

 無事に終えられるだろうか、覚えた内容は出題されるだろうか。

 これを僕の状況に置き換えると、こうなる。


 熱中症にならないだろうか。予習した順路は正しいだろうか。


 結局のところ気にしているではないかとか言う同士諸君は、もう同士と呼んであげないまであるので、ご注意されたし。


 2時間くらい右を向いたりうつ伏せになったりしていたら、いつの間にか眠りに落ちていたので、これはもう僕の集中力の勝利だと言っても良いだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて。何を着ようか」


 約束の時間まであと1時間。

 僕は、クローゼットにある服をいくつか並べて、少し考える。


 当然、全てユニクロで買ったものだ。

 オタクは黙ってユニクロ。

 ユニクロはオタクを裏切らないし、オタクもユニクロを裏切らない。


 ユニクロの服を着てさえいれば、とりあえずお店に入れるオシャレを手に入れられる事は、もうオタク界隈では口に出すのまでもない常識である。


『大晴くん! 上から下まで真っ黒になっていますよ!!』

「ああ、これはしまった。昔の癖でつい」


 どうしてこんなにも黒い服に心惹かれるのだろうか。

 僕は闇属性なのだろうか。

 中学生の頃とか、何かに急き立てられるように黒い服で全身をコーディネートしていた記憶がある。


 だけど、今の僕は違う。


『黄色のTシャツに赤のシャツを羽織るのはどうですか? 色目が鮮やかで、活動的な印象になります! 下は無難にジーンズで良いと思います!』

「ホノカはオシャレにも詳しいなぁ。僕は本当にステキな彼女と出会えて幸せだ!」


 ファッションの事ならホノカにお任せ。

 彼女は普段着を自作して着ているのはご存じの通り。


 常にオシャレであろうとするので、女子のものに限らず、男子のコーディネートの情報収集にも余念がない。

 かつてガンダムSEEDのキャラの私服みたいなものを好んで選んでいた僕よ、さらば。


 既に僕はオシャレ上級者たる資格を手に入れている。


「ホノカの冷却デバイスの準備もオッケー! 財布の中には、まあ5000円入っていれば良いだろうし。……やっぱり10000円にしておこう」


 小早川さんに昼ご飯ガチ食いされたら、5000円では心許ない。

 アメリカではどうかしてるサイズのピザとかを一人前と言い張る文化があるからして、ここは対アメリカ用シフトを敷いておくに越したことはないだろう。


『やや! 美海さんが移動を始めました! まだ約束の時間まで30分もあるのに! これは美海さんも相当ウキウキしていますねぇ! ほほえまですー!』


「小早川さんは大袈裟なんだよ。動物園に理想を抱き過ぎているから、その幻想をぶち壊されないかどうか心配でしょうがないなぁ」

『ふふふっ、大晴くんは優しいですねぇー!』


 「いや、別に小早川さんのためにとかじゃないよ?」と否定をしたのに、ホノカはニコニコしている。

 これはいけない。

 彼女に浮気を疑われる事案なのに、彼女が笑顔。


 これが倦怠期と言うヤツなのか。


「ホノカも含めて3人でデートでしょ?」

『あ、そうでしたね! 3人のデートでした! これはホノカもうっかりです!』


「ホノカは見たい動物とかいる? 涼風動物園、あいつがいるよ。レッサーパンダ。いつか、動物番組一緒に見た時に言ってたじゃん。レッサーパンダ可愛いって!」


 「もちろん、ホノカの方が可愛いけどね!」と付け加える事を忘れない。

 適切なお世辞は男女交際で効果を発揮するが、それがお世辞ではなく本心ならばなおのこと良いに決まっている。


 そんな事を考えていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おう、大晴! 小早川さんが来てるぞ!」

「知ってるよ。約束してたんだから。親父は黙って二度寝でもしとけば良いと思うよ」


「えっ!? お、おまっ!? おまぁぁぁ!? まさか、で、デートに行くのか!?」

「そうだよ! ホノカと3人でね!」


「ま、マジか! これはいかん! どうしたものか! よし、父さんとりあえず実家に電話しても良いかな? お袋にこの感動を伝えたい!!」

「ヤメてくれる? ばあちゃんに僕がアホになったと思われるから。良いからどいて。小早川さん待たせてるんだ」


 親父をかわして、ついでにワカメのカップ麺を投げつけて、僕は玄関へ向かった。


「あ。来間くん。おはよう。……ちゃんとオシャレしてくれてる。嬉しい」

「別に。普通だよ。普段着だから、このくらい」


「そっかぁ。えへへ」

「……まあ。小早川さんも、何て言うか、良いんじゃないの? 白いブラウスは清潔感があるし。スカートも程よい短さで品があるし。さすが、弥子さんのお店で貰っただけのことはあるよ。やっぱりプロの見立ては違うね。……可愛いんじゃない?」



「ほわっ。……嬉しい。えへへ。来間くん、ツンデレ」

『大晴くんも素直に可愛いって言えるようになって偉いです! ツンデレさんです!!』



 別にそう言うのじゃないから。

 そんな穿うがった見方をされると本当に迷惑だから、ヤメて欲しい。


 ホノカに対してこんな事を言いたくないけど、小早川さんと根っこが一緒だから、リアクションもシンクロしてきて、実に厄介である。


「ツンデレくん。今日晴れて良かったね」

「誰がツンデレくんだ。僕は来間大晴だ。変な呼び方しないでくれるかな」


「ふふっ。ごめんなさい。来間くん。来間くん」

「なに? 今度はどうしたの?」


「ん。動物園ね、楽しみ。実は昨日、なかなか寝付けなかったの」

「僕もなん……なんでもない。寝不足ならヤメとく? うちでゲームして帰れば良いよ」


「むぅ。いじわる。行くもん。来間くん、ほら、行こ?」

「……まあ。そういう予定だったし。行こうか。ちょっと待ってね」



「親父ぃ! なにこそこそ見てんだよ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「大晴! 男になって来いよ!!」



 あのおっさん、明日の朝飯も昼飯もカップ麺の刑だな。

 こうして、僕の二次元と三次元との三角デートが幕を開ける。

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