第85話 ちょっと寂しいホノカさん

「先輩方! お昼っすよ! ご飯食べましょうっす! 放課後ティータイムっすよ!」

「放課後ティータイムの意味が分からないけど、確かにお腹空いたね」


「むぅ。来間くん。私たちの人数ちゃんと見て。あずにゃんが言ってる通りだよ」

「言わんとしている事は分かるけど、僕は玉木さんをあずにゃんだとは認めたくないな。ちなみに小早川さんは自分を誰だと思ってるの?」



「控えめに言ってね。憂ちゃんかな」

「厚かましい控えめだなぁ。アメリカではそういう感じなの?」



 とりあえず、高虎先輩がムギちゃんポジションなため、自分からメインメンバーを譲る姿勢だけは認めてあげよう。

 僕たちはお昼ご飯を食べることにした。


「お待たせー! お弁当持って来たよ!」

「どうして守沢は普通にこっちで食べようとしてるの? なに、嫌われてるの? 生徒会の人たちに」


「おおおっ! 来間先輩のお弁当、美味しそうっすねぇ! なんすか、その卵焼きの色とツヤ!! しかも、中にミンチが混ぜ込んであるじゃないっすか! うっまーい!!」

「ちょっと! なんで玉木さんは僕に無断で卵焼き食べてるの!?」


「……来間くん。来間くん。じゅるり」

「ああ! どうして僕の卵焼きが! はいはい! あげるよ! 小早川さん、どうぞ!」


「あーんしてくれないとヤダ」

「僕はいつ、食べてもらえますかって言ったのかな」


「いいじゃんかー! 来間ぁ、ケチケチするなよー! 減るもんじゃないんだしさ!!」

「減るんだよね、僕の2つしかない卵焼きがさ」


『大晴くん? ホノカは信じていますよ?』

「ぐぅぅぅぅっ! なんて日だ! はい、小早川さん! あーん!!!」


「はむっ。ん。美味しい。結構なお手前で」

「屈辱だ。どうして僕が三次元にあーんしてやらないといけないんだ。意味が分からない」


 その後も僕は弁当を守りながら食べると言う、新感覚ハンティングゲームの狩られる方を体験しながら食事を終えた。

 飢えた三次元を2人も放つなんて、文芸部はいつから化け物の巣窟になったのか。


 ちなみに玉木さんは冗談みたいなサイズの弁当箱の8割にご飯を詰めて、2割はお漬物だった。

 最初から僕のオカズが狙いだったらしい。


 この子はどんどん厚かましくなっていくな。


 その後、全員で桃鉄をプレイして、当然のように僕が全員の標的になると言うハメ技の餌食になり、今日も部活を終了した。


 まあ、何と言うか、小早川さんがいつも通りに戻ったし、悪くない1日だったと思わないでもない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『大晴くん! 大晴くん! 今日は河原沿いを歩いて帰りませんか?』

「ホノカが言うなら喜んで! 晩ごはんの買い物はしなくていいや!」


 彼女の希望を叶えるのが彼氏の務め。

 そのためならば、晩ごはんはカップ麺でも厭わない男が僕である。

 合宿に行く前にドンキホーテで箱買いした安いカップ麺がまだ残っているから、親父にもあれを消費させよう。


『ほわぁぁぁ! 太陽が反射して、水面がキラキラですよぉ! ステキですねぇー』

「本当だね! この季節は水辺を歩くだけでも少し涼しくなる気がするなぁ」


『ホノカはこの思い出を大切に保存します! 大晴くんとの大事な思い出です!!』

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、こんな河原で良ければ、毎日歩いてあげるのに」


 するとホノカはプルプルと首を横に振った。

 その仕草がまた大層可愛らしくて、僕は立ち止まってホノカを凝視。

 歩きスマホは重大なマナー違反であるからして、ホノカを凝視する時は立ち止まるのが僕のジャスティス。世界の真理。


『大晴くんと過ごす今は、今だけなんですよ? もしかしたら、明日は違う景色になっているかもしれません。一緒にこの景色を眺められる、そんな今を、ホノカは大事にしたいのです』


「何と言うロマンチックな考え方!! よぉし、僕も目に焼き付けるよ!! ぐあぁぁ、目に太陽が反射して痛い! だけど、愛のためならば!!」


 ホノカの言葉に感銘を受けた僕は、今の景色を記憶すべく本気を出した。

 彼女の記憶能力に比べたら僕なんてちっぽけなものだけど、今を大事に思う気持ちは負けていない。



『大晴くん。幸せになっても、ホノカの事を忘れないで欲しいです……』



 ホノカが小さく呟いた言葉は、風の音にかき消される。

 僕は敢えて聞き返そうとしなかった。


 だって、そうじゃないか。

 明日も、明後日も、その先もずっと、僕たちの大事な今は続いて行くのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいま」

『ただいま帰りましたぁ!』


「おう、お帰り。晩ごはんなに?」

「普通はそのセリフを言うのが僕で、晩ごはん用意するのが親父だと思うんだけど」


 すると親父は舌を出しておどける。

 中年のてへぺろほど腹の立つものもない。

 親父から学ぶこともまだあるのだと思うと、ホノカが言っていたように、今と言うのは大切な時間だと重ねて思い直す。


 この瞬間にしか出来ない事や、感じられない事がある。

 そんな事を知ることができたのも、全てはホノカのおかげ。


 ホノカが生まれるために身を捧げてくれた小早川さんにも少しだけ感謝しても良い。

 親父は、まあいいか。


「なあ、大晴! 晩ごはんは? 今日は父さん、洋食の気分だな! ハンバーグ食べたい! ハンバーグ食べたい!! ハンバーグ!!!」

「うるさいな。晩ごはんなら、もうとっくに用意できているよ」


「マジか! さては、今朝弁当作るついでに仕込みを済ませていたな!? まったく、我が子ながら恐ろしい才能を秘めた若者だなぁ!」

「カップ麺。まだ残ってるから、今日はあれだよ」



「えっ。あの、具がワカメだけの? 味が薄いヤツ? ……マジで?」

「うん。それ。マジで」



 口を尖らせて文句を言う中年を無視して、僕はカップ麺を2つ箱から取り出した。

 まだ4つも残っている。


 明日の親父の昼ご飯のメニューも決まったな。

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