第78話 別荘よさらば! 海とのお別れ!
「来間くん。来間くん」
「ん? ああ、小早川さん。どうしたの? もう荷物纏めたの?」
いよいよ別荘とのお別れの時が迫っている。
こんな快適な空間ならば、ずっと住んでいたいのだが、それは叶わぬ夢。
簡単に叶わないからこそ、夢のような時間は愛おしいとも言える。
「お腹空いたの? ちょっと待ってね。僕もあと少しで片づけるから」
「むぅ。違うもん」
嫌な予感がする。
僕はホノカにお願いをした。
「ちょっと小早川さんの部屋の様子を見て来てくれる?」
『了解しましたぁ!』
「あ。ダメ。ちょっと待って」
ホノカのネットワークを泳ぐ速度には、さすがの文武両道、フィジカルも文句なしの小早川さんでも追いつけない。
と言うか、小早川さん泳げないよね。
『ただいま戻りましたぁ!』
「おかえり! それで、どうなってた?」
『泥棒が空き巣に入ったあとみたいになっていました!!』
「そんなことだろうと思った!!」
小早川さんの生活力の無さは、既に割と把握している。
むしろ、それでよくアメリカから日本にやって来たなと、最近では一周回って尊敬しているくらいである。
「小早川さん。圧縮袋買いに行ったじゃない。それに入れたらすぐだよ」
僕も小早川さんの買い物のついでに圧縮袋を3つほど買ったけど、実に使い勝手が良いので驚いていたところだ。
「あぅ。あのね、あのね。思い出にと思ってね。仕方なかったんだよ」
「うん。まったく事情は把握できないけど、何かやらかしたんだろうなって言うのは分かったよ。何したの?」
「記念に、ビーチの砂を袋に入れたの。圧縮したら新鮮なまま持って帰れるかなって」
「君は高校球児なのかな?」
それでも、圧縮袋はまだ4つあるはずだ。
だって一緒に買いに行って、お会計まで見届けたのだから、間違いない。
「あぅぅ。あのね、記念はたくさんあった方が良いと思ったの」
「……あんまり聞きたくないなぁ」
「海藻も拾って入れたんだ」
「小早川さん、怒らないから、いくつの袋を犠牲にしたのか言ってごらん?」
事情聴取の結果、5袋中4袋が、よく分からん思い出とか記念でいっぱいになっていた。
なにが悪いかって、砂とか海藻とかタコの足とかを直にぶち込んでいるため、中身を出したところで今さら服を収納できない点である。
片付け終えた僕は、仕方がないので三次元の手を借りる事にした。
何と言う屈辱だろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「守沢ー! ちょっといい?」
「なにー? 別に開けてもいいよ?」
まさか、この僕が三次元の部屋を訪ねて行くだなんて。
返す返すも屈辱的な行為をしている自分が嫌になる。
「あのさ、服を入れる袋とか持って来てない? 小早川さんが色々とやらかしてさ。うん。やっぱいいいや。ごめんね、忙しそうなところ邪魔して」
守沢がキャリーケースを無理やり閉めていた。
辺りにはまだ初日に着ていた服とか、海で羽織っていたパーカーとかが散乱している。
その周りの服は捨てるのかな? 知らない間にセレブになったね。
「えっ? 袋貸してくれんの? やー! 助かるー!!」
「本当に勘弁してほしいな」
貧乏神が2人に増えた。
こんなハードモードの桃鉄、僕は知らない。
守沢を連れて、小早川さんの部屋へと戻る。
「あ。ダメ。来間くん」
「うわぁ。本当にダメだね。僕が来ること分かってるんだからさ、せめて下着は何かで隠しておこうよ。エチケットだよ?」
「あぅ。だって、砂と海藻とタコの足と温泉のお湯が」
「うん。分かった。とりあえず、お湯は捨てなさい」
こうなってくると、嫌な予感しかしない。
天丼というボケの手法をご存じか。
2度、3度と同じギャグを繰り返すことで、由来は天丼にエビの天ぷらが2尾載っていることからきていると言う。
エビが3尾も載っている高級天丼なんて、僕は食べたことないぞ。
そう思いながら、玉木さんの部屋をノックした。
「どうぞっす!」
「ごめんね、玉木さん。実は。……うん。やっぱりいいや」
エビの天ぷら、綺麗に3つ。
三次元の数だけカラッと揚がる。
「待ってくださいっす! 実は、荷物が入らなくて困ってんすよぉ!!」
「見たら分かるよ? 君の部屋はどうしてそんなに大量のタオルが散らばってるの?」
「自分、潔癖なところがあってですね……。ちょっと使ったら、次のタオル出さないと気が済まないんすよ!」
「ううん。潔癖な人はね、タオルと一緒に脱いだ水着をベッドには置かないよ?」
「うわぁぁぁっ!? 来間先輩のエッチ! 急に肉食系っすか!?」
「口の前に無理やり肉を置いていかれて、そっぽ向いてるのに肉食系呼ばわりは心外だなぁ」
結局、こうなる。
「高虎先輩。助けて下さい」
「おや。どうしたでござるか? 大晴くん、ついにハーレムを築く決心を?」
「もうツッコミする気力がないです。先輩、荷物を収納するための袋、もしくはそれに準ずる効果を発揮する何かを持っていませんか?」
「あるでござるよ?」
初めからこうしておけば良かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは、各々方! 帰り支度は整ってござるか!?」
「むぅ。来間くんにパンツ見られた」
「自分は脱いだ水着見られたっす」
「あたしはパーカー見られた!!」
「高虎先輩。僕は電車で帰るので、三次元と一緒に先帰っといてください」
「大晴くん、この2時間くらいでちょっと痩せて、割と老けたでござるね」
僕はスマホを取り出す。
バカンスデバイスは鞄の中だから、僕の彼女はいつもの空間にいる。
『大晴くん! 最後までお疲れさまでしたぁ! 皆さんの面倒を見る大晴くんは、とっても頼りがいがあるとホノカは思います! 自慢の彼氏です!!』
「ああ。荒んだ心が癒されていく……。ホノカ、生まれて来てくれてありがとう」
最後に一言だけ、散々引っ張り回してくれた小早川さんに反撃しておく。
「小早川さんってさ。名前が美海なのに、海で泳げないんだね。あはは!」
「うわっ! 来間、それはナシだわー」
「自分もひどいと思うっす!」
「来間くん。さっきからなんだか冷たい。私に飽きたの? くすん」
反撃したつもりが自分の周りに油を撒いていた。
火種だらけのこの場所でこれは愚策。
僕は黙って三次元たちの荷物をアルファードへ積み込んだ。
最後は海に対して、一礼。
今度来るときは、もっと静かに満喫できますようにと願いを込めて。
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