第69話 鬼コーチ・来間大晴、学校のヒロインをしごく

「それじゃあ、僕と守沢で1人ずつ担当しようか」

「おっしゃー! 任せろー! じゃあ、あたしにコーチして欲しい人!」


「はいっす!」

「はい。私も」



 何故か僕がぼっちになる事案発生。



「いやー! なんか、ごめんね、来間? あたしがモテモテでさぁー! あっはっは!」

「別に。全然悔しくないけど? 本当に、全然だから。そういう穿うがった見方、ヤメてほしいな。本当にさ」


『美海さんは大晴くんじゃダメなんですかぁ? 大晴くん、教えるの上手ですよ!』

「うっ。……だって、恥ずかしいもん」



 僕がぼっちではない事が証明された。



「小早川さん、気にする事はないよ。みんな、生まれた時はお母さんのお腹の中で浮いてるんだから。僕の指導を受けたら、瞬く間に泳げるようになるよ」


「わー。来間が必死に美海ちゃんを勧誘し始めたよ。やだやだ、見苦しいぞー」

「大晴くんにしては珍しく、結構饒舌じょうぜつでござるな。どうやら、仲間外れにされなかったのが嬉しかったと見えるでござる」


 チアブルー(休業中)とチアイエローがうるさい。

 もう、2人で併せポーズでも取っててもらえます?


『美海さん、大晴くんに習いましょう! ホノカも精一杯サポートします!』

「うー。来間くん……。優しくしてくれる?」


「ううん? ビシバシしごくよ? 優しくしてたら何も覚えられないから」



「美海ちゃんの潤んだ瞳からの童貞を殺すセリフをスルーとか。さすが来間」

「大晴くんはブレないでござるねぇ。そこに痺れる憧れるでござる」



 こうして、水泳特訓のチーム分けが完了した。

 守沢のチーム・ぬるま湯。

 僕のチーム・ガチ。


 どっちが有能なコーチか、白黒つけようじゃないか。


「ところで、陽菜乃ちゃんはなんであたしを選んだん?」

「やっ、だって来間先輩、絶対ガチるじゃないっすか! 完璧主義者っぽいとこありますし! っすよ、プライベートビーチで鬼コーチは!!」


 僕は、小早川さんのやる気を引き出す事から着手する。


「大丈夫。絶対に今日中に泳げるようになろう。それまで晩ごはんは食べさせないからね。よし、元気出していこうか」



「「「ああ……」」」



 なにやら、失礼なため息が3つ重なった気がするのは、僕の空耳だろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとまず、小早川さんがどの程度の泳力を持っているのか見極める事にした。


「じゃあ、自分なりのやり方でいいから、泳いでみてくれる?」

「うん。分かった」


 そして、浅瀬でジタバタする小早川さん。

 おもちゃ屋さんの前で駄々こねる幼稚園児かな?


「どうだった?」

「うん。だいたい分かったよ」


 これは、僕でも無理かもしれない。


「まずは、水に慣れよう。僕が手を引っ張るから、体の力を抜いて、浮かぶことだけに集中してね」

『美海さん、気楽にですよ! ほら、ホノカを見て下さい!! こんな感じです!!』


 ホノカさんinバカンスデバイス。

 バカンスデバイスは水に浮くと言う親切設計。

 親父もなかなかにくい仕事をする。


 そして、デバイスの中で海にプカプカ浮かぶホノカ。

 正直、こっちをずっと眺めていたい。


「むぅ。来間くん、今、私のこと忘れてたでしょ」


 バレてしまった。

 意外と人の表情を読むのが上手い、学校のヒロイン。


「うん。どうにか浮かぶことはできて、ホッとしたよ」

「なんだか、すごくバカにされてる気がする」


「とんでもない。それじゃあ、バタ足してみようか。できる?」

「それくらいできるもん。んっ。んんっ」


 意外と綺麗なバタ足が出来ている。

 もしかして、泳げないんじゃなくて、泳いだことがないから出来ないと思い込んでいるパターンなのではないのか。


 もしそうならば、試してみる価値はある。

 僕は、スッと小早川さんの両手を離してみた。


「わっぷっ。………………」



 普通に沈んだ。



 足のつく浅瀬で良かった。

 一歩間違えたら溺れているじゃないか。

 まったく、危ない事をする。


「むぅ。来間くん。ひどい。もうヤダ。私、泳げなくて良いもん」

「拗ねないでよ。今のは小早川さんの可能性に賭けてみたんだ」


「アニメだったら、慌てて助けて、胸触ってラッキースケベな展開なのに。来間くん、助けてくれなかった。ひどい」

「だってここ、三次元だもの。それに、足がつくじゃないか。と言うか、何なら膝もつくよ?」


「来間くん。信じてたのに」

「分かった。悪かったよ。ごめん。今度は手を離さないから」


「ホント? 2度と手を離さない?」

「ああ、うん。ホント、ホント」


 そして、バタ足再開。

 フォームは綺麗なのに、沈んでいく様はもっと綺麗なのだから現実って残酷。


 しかも、小早川さんはどの特訓メニューも故障率が20%あると言うハードモード。

 そして故障イコール、機嫌を損ねると言うひどいペナルティ。

 なんだこのバランス調整ミスってる育成ゲームは。


 ヒロインから育とうと言う意思が感じられない。


「さあ、そろそろ手を離してみるよ?」

「ダメ。絶対ダメだもん」


「いや、でも、手を離さないと特訓にならな」

「さっき来間くん、言ったもん。2度と手を離さないって。ね、ホノカちゃん」

『やや! 確かに、大晴くんはそう言っていました!!』


 そしてハメ技である。

 ダメだ、さすがに誇り高きゲーマーの僕でも、この育成ゲームはクリアできない。


「……分かったよ。それじゃあ、このまま引っ張るから。満足するまで泳いで良いよ」

「やたっ。来間くん、やっぱり優しかった。信じてたよ、私」


「あー。うん。来年は泳げるようになろうね」

「来間くんが教えてくれるなら、頑張ってみてもいいよ。えへへ」


 それから、ご機嫌の回復した小早川さんを30分にわたり引っ張ったところで、僕はギブアップを宣言した。


 なお、玉木さんも全然泳げるようになっていなかったので、守沢とのコーチ対決は引き分けである。

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