第31話 学校のヒロインが少しずつポンコツになってきた
涼風西高校の期末試験は7月の第2週。
コスプレイベントはその前の週。
ガッツリ被っている。
僕の成績は上の下と言う、謎のポジション。
中の上よりちょっとだけ上なので、もう上なのか下なのかよく分からない。
小早川さんは、編入後一発目の定期考査である中間試験で、いきなり学年3位を獲得し、文武両道、才色兼備の称号を得たのが記憶に新しい。
ならば、僕たちはコスプレイベントに向けて集中していれば良い。
と、思っていたのだが。
いささか状況が変わって来た。
「小早川さん。先に言っておくけど、さっき君の鞄から落ちたから、親切心で拾った訳であって、見ようと思って見たんじゃない事を理解して欲しいんだ」
前置きは大事。
いかなる時でも予防線を張るのが、戦いにおいて肝要となる。
ワールドトリガーの三雲くんだって、ワイヤー張りまくることで存在意義を得ていたし、この考えに間違いはないはず。
張りまくろう、予防線と言う名のワイヤーを。
そして、その上で僕は言った。
「現国の小テスト。60点だよ? 日本史に至っては、50点だよね? ……大丈夫? いや、別に僕は構わないけどさ。次の期末試験、大丈夫かな?」
「あ、うん。大丈夫だよ。それより、スマブラの続きしよう? それとも、アニメ見る? 今日も雨だし、天気の子? けいおん!! の梅雨! も良いし、あ、ハルヒのサムデイインザレインも捨てがたいかも。部室、大手のサブスクにほとんど入ってるから、どれでも見られるね」
大丈夫じゃないな、この子。
ホノカを緊急招集。
恋人との内緒話をスタート。
「小早川さんってさ、がり勉秀才タイプだよね?」
『そうですねぇ。中間試験の時は、アニメ断ち、ゲーム断ち、ネット断ちで、すっごく努力してましたよ! 努力の勝利です!!』
「小早川さんが文芸部に来てから2週間だけどさ。この子、毎日下校時間ギリギリまでいるよね。家で勉強してる? ホノカ、よく遊びに行ってるから知ってるよね?」
『わたしが行った時は、だいたい部室でやったゲームの復習してますよ! あとは、一緒に別のゲームしたり、アニメ見たりしてます!!』
なるほど。だいたい分かった。
そして、もう一度だけ小早川さんに視線を移してみる。
「ふふっ、可愛い。むぅ、私がアニメに見とれているからって、容赦はしないよ。このレベルなら、アニメ見ながらでも余裕だもん」
のんのんびよりりぴーとの梅雨回見ながら、スマブラでサムスをボコっているのが、うちの学校のクールでミステリアスなヒロイン。
ダメだな、これは。
別に、小早川さんの権威が
少しだけ想像力を働かせてみると、嫌な未来が見える。
「小早川さんの成績が落ちたのは、文芸部に入ったからだ!」という、全校生徒の大合唱。
からの、「文芸部なんて潰せ! 学校のヒロインを返せ!」のシュプレヒコール。
冗談じゃない。
完全なとばっちりだ。
早急な対策が求められることは理解した僕であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「えっ……。勉強、するの?」
小早川さんが目に見えてしゅんとした。
動物病院に連れて来られて、全てを悟った猫のようである。
「小早川さんさ、最近、全然勉強してないよね?」
核心を突いていくのが今回の近道。
無駄な労力を支払うのはご免である。
既に、小早川さんの更生を目指している時点で労力の浪費以外の何ものでもないのに。
「……してるよ? 勉強でしょ? うん。してるよ?」
「どうして目を逸らすのかな?」
ミステリアスな碧い目が泳いでいる。
ダメだ。このままでは、僕の描いた最悪のパターンが普通に実現される。
文芸部を守らなければ。
「今日のゲームはここまでです。はい、コントローラーから手を放す」
「ええ……。今、良いところだったのに?」
「オタクはだいたいどのタイミングでも今良いところなの! 勉強するんだよ!」
「来間くん。信じてたのに……」
僕の何を信じていたのかは知らないけど、僕だって君の事を秀才だと信じていたよ。
お互い何かを裏切り合ったから、ここはイーブンという事で、さあ、現実と向き合おう。
『ファイトですよぉ、美海さん! ホノカはチアコスで応援します! 頑張れー!!』
ホノカさん、僕のエンジンの回転数を上昇させる。
よし、小テストで100点取るまで絶対に今日は帰さないぞ。
覚悟は良いな、小早川さん。
「はい。武士として初めて太政大臣になった人の名前は?」
「えと……。平のマサカリ?」
「惜しいように見えて惜しくない! それを言うなら平将門! そして答えは平清盛!!」
「むぅ。だって、平、平って、同じ名前ばっかりなんだもん。ゼニガメ、カメール、カメックスくらいの変化は欲しいと思う」
確かに、アメリカ育ちの小早川さんに平安時代は酷な気もする。
けれども、日本の高校に来ちゃったからには、もう仕方ないんだよ。
「うしろとりはね天皇?」
「後鳥羽天皇ね。そして、この人は後鳥羽上皇に進化するよ」
「戦国時代はまだかな? 私ね、戦国時代は詳しいよ。島津家で日本を西から征服していくのが私のスタイルなの」
「うん。今は信長の野望の話は置いておこうね」
いつかも言ったが、オタクは戦国時代になると無類の強さを発揮する。
全員、信長の野望やってるからね。
あと、幕末にも強いかな。
女子は新選組の隊長、ほとんど言えるよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「やれやれ。とりあえず、小テストの復習は終わったね。お疲れ様」
「もぉ。来間くんがこんなにオラオラ系だとは思わなかったかも」
僕だって、まさか勉強で小早川さんのマウント取る羽目になるとは思わなかったよ。
取りたくもないマウントって、本当に必要ない要素だよ。
「これからは、家に帰ったら試験範囲の復習を1時間は最低でもするように。小早川さんは元の頭が良いんだから、多分それで事足りるよ」
「来間くん。束縛するタイプなんだね」
「何とでも言うと良いよ。これも文芸部を守るため。ちなみに、ちゃんと勉強してるかは、ホノカに確認してもらうから」
『美海さん! わたし、美海さんのために鬼コーチホノカになります!! ふんすっ!!』
「むぅ。2人が結託するのって、ズルいと思う」
「結果を出したら何も言わないよ。まずは結果を出して、結果を」
僕はどうして、こんな業績至上主義な会社の主任みたいな事を言っているのだろう。
ちなみに、ホノカの熱い応援が効いたのか、小早川さんのテスト対策はその後、安定軌道に乗った事を付言しておく。
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