41話 決着

「なっ!?」

 首を完全に落としたと思ったイーブルは手応えのなさに驚く。

 斬られたはずのクロツキの体は影のように揺れて消える。


「くっ、貴様!!」

 目の前にいると思っていたクロツキは背後にいて肩と腕の鎧の境目を斬られ、腕の力が抜ける。

 振り向きながら回転切りを見せるが斬ったのは再び影。

 次は膝の部分を斬られて片膝をついてしまう。

 負ける可能性があるのか!?

 イーブルの心に疑念が生じる。

 イヴィルターズなんて名前で暴れても許されていたのは力があったからだ。

 それが無名のザコプレイヤーに負けたなどとなれば、どれほどの屈辱を受けるか。

 負けるわけにはいかない。

 やられるわけにはいかない……


 先程までは低リスクの行動しかしていなかったイーブルが突如超攻撃的なスタイルに変わる。

 影だろうがなんだろうがお構いなしにとにかく大剣を振り回す。

 いくらクロツキがチクチクと攻撃を当てても、イーブルは一撃当たれば勝てる。

 これはイーブルがよく使ってきた戦法である。

 今までキルしてきた奴らの中にも避けるのが上手い奴はいた。

 しかし、一つでもミスをすれば終わりのプレッシャーの中で延々と避け続けることなどできない。

 トッププロでも難しい芸当をアマチュアができるはずはないと。


 しかし、イーブルの思いとは裏腹にクロツキは淡々と機械的にイーブルのフルアーマーの弱点を突いていく。

 ダメージは蓄積され続ける。

 自身の耐性と毒の強さを考えて回復するほどでもないと高を括っていたのがまずかった。

 ここまでくると毒もバカにならないダメージソースになってしまっている。


「舐めるのも大概にしろぉぉぉぉぉ!?」

 先程まではヒットアンドアウェイで攻撃したらすぐに遠くに離れるを繰り返してきたクロツキはあろうことか、イーブルの攻撃の届く範囲内に留まりながら回避をしはじめた。

 自ら死地へ足を踏み入れた骸骨の仮面がイーブルには笑っているように見えた。


 黒い靄はほとんどが晴れてクロツキの思考は正常に戻り始めていた。

 俺にとって一撃で終わるなんて普通のことだ。

 突然、攻撃的な大振りになったおかげで回避も楽になっている。

 最もやられて嫌なのは当てるだけの攻撃だ。

 一撃で死ぬことはなくても動きが止まればそれは死と同義なのだから。

 らしくない判断だが、今のイーブルは恐怖に怯えて正しい判断ができていないのだ。

 それは死への恐怖か、それとも負けることが許されないというプライドなのか。


 とはいってもこちらも限界なのは違いない。

 怨恨纏いの反動で身体中が軋む。

 ヒットアンドアウェイを止めたのは足が重く、その移動すら厳しくなってきたからだ。

 このままいけば動けなくなるのはこちら、その前に勝負をつけたい。


それはお前のものじゃないイッツノットユー

「リオン!?」

 イーブルの胴体の鎧が消え、後ろに忍び寄っていたリオンが手に持ち、その重みでよろけて倒れる。


「今だクロツキ!!」

「キサマァァァァァ、殺してやる!!」

「余所見とは余裕だな」

「しまっ……た……」

「乱刀・斬」

 紫毒のナイフでガラ空きになった胴を何度も斬りつける。


「まだ……だ……」

 イーブルは大剣を捨てて拳で殴りかかってくる。

 ダメだ、体が動かない。


 こんなタイミングで共鳴石が震えている。

 ルーナからだろうが出る余裕なんてない。

 イーブルの足元に魔法陣が現れそこから出た黒い鎖がイーブルの両腕と両足を抑える。

 チャンスだがもう指の一本も動かない。

 意識が遠のいて前屈みに倒れる。

 そのとき刹那無常を持つ左手だけが軽くなった。

 黒い靄が左手だけに戻る。

 導かれるように刹那無常をイーブルの心臓に突き立てて俺の意識はそこで途切れた。


《警告、脳内波長に異常を検知、休息をとってください》

 向こうの世界で意識を失ったとしても実際に気を失うわけではなく強制的にログアウトされるだけだ。


「安全装置作動なんて滅多にあることじゃないと聞いてたけどなぁ」

 呟いた声が誰もいない部屋に響く。

 さっきまでの激戦が嘘のように急に現実世界に戻されてしまった。

 心臓を刺した手応えはあったがどうなったのかきになる。

 イーブルの心臓に刹那無常を突き刺したあと、ぼやける視界の中での光景が脳に残っている。

 出会ったこともない男性、村人だと思われるその人が微笑みながら口を動かす。

 息子を助けてくれてありがとう……と。


 村人たちは無事に逃げ出せたのだろうか。

 残念ながらこの状態では何もできない。

 極度の緊張が途切れたせいか腹の音がなる。

 そういえば、昨日からほとんど飲まず食わずでルキファナスにのめり込んでいた。

 これではアラートがなってもおかしくはない。

 俺は仕方なく、腹を満たすことにした。

 お湯を沸かして一人暮らしには欠かせないインスタントラーメンを召喚。

 麺を口に入れながらルキファナス・オンラインに関するニュースをチェックする。


「ぶっ!?」

 驚きで口から麺が飛び出しそうになってしまった。

 なんとイヴィルターズとの戦闘がニュースににってるではないか。

 しかもヒコ村全体を俯瞰できる位置からの動画つきで……

 これは見るしかないだろ。


 内容はというと……うん、本当にギリギリでイーブルを倒せてたみたいだ。

 それに関してはよかった。

 しかし、ニュースタイトルが『あのPK集団イヴィルターズが謎の男に完全敗北!?』では事実と違いすぎる。

 ルーナやリオンにもこのことを伝えて、このニュース記事の訂正もして欲しいけど、どこの誰に言えばいいんだ?

 とにかく今ははやくログインをしたい。


 焦る気持ちを抑え他のトピックにも目を通す。

 ようやく強制ログアウトからログインできるようになり、カプセルに入って目を閉じた。

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