40話 怨恨纏い

「うぅ、すみま……せん、ポーションを……!?」

「ふん、この程度で立てないゴミなどイヴィルターズにはいらん」

 カマイタチで地面に倒れた男の首が大剣で刎ねられ光の粒子に変わる。

 村人は安全圏まで逃げてくれたな。

 リオンは……なんとか大丈夫そうか。

 カマイタチのおかげで拘束が外れている。

 自力で逃げれるだろう。


 俺の見込みが甘かった。

 イーブルは胸糞悪い野郎だが実力は本物。

 ルーナとセン婆はナナシ率いるイヴィルターズの別部隊と交戦に入ったようだ。

 2人の援護なしでは勝てる見込みは薄い。

 しかし、より確実にみんなを守るためにも戦闘を続行する!!


「ちっ、PX、生贄どもを逃すな」

 イーブルの声で再びPX441が詠唱を始める。

 安全圏だと思ったがそうじゃなかったのか?

「詠唱を……やめろっ!!」

 イーブルから狙いをPX441に変える。


 ゾワッ……


 背筋が凍るような感覚、イーブルが大剣を振り下ろそうとしていた。

「なにっ!?」

「はぁぁぁ」

 振り下ろしを掻い潜りPX441の首を切るが、まだ浅い。


「風の矢」

 倒れながら指先がこちらに向く。

 次の瞬間に風で作られた矢が頬を掠めていく。

 無詠唱、超高速の風の魔法。

 危なかった。

 ナイフを心臓に突き刺しトドメを刺して残すはイーブル1人。


「面白い技だな、避けられた気配はなかった。こちらの狙いがズレていたか」

 そう、イーブルの振り下ろしもPX441の風魔法も避けたわけではない。

 2人は虚の心得がランクアップして強力になった虚像の振る舞いシャドームーブの見せた幻影を攻撃していた。


「随分と余裕だが残るはお前1人だぞ」

「ふんっ、他のゴミはどうでもいいが、いるかとPXを殺ったのは褒めてやろう。だが、俺相手では万に一つも勝ち目などないぞ」

 村にはもう3人しかおらず、勝負の行く末を見守るように静寂が包んでいた。

 はずだった……


「父ちゃんを返せーーー」

 逃げたはずの子どもが包丁を持ってイーブルに走っていく。

「なっ、どうしてここにっ!?」

「バカなガキがうぜぇんだよ!!」


「うぅ……くっ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「俺は大丈夫だから、逃げてくれ、頼む」

 少年を庇って深く肩口を切られた。


「全くもって理解不能だったな」

 血を失いすぎた。

 視界の端が黒く塗られていき、意識が朦朧とする。


 ありがとう……


 とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。

 ステータスを確認する。

 体力は一割を切って、イーブルの攻撃が掠めただけで死にそうだ。

 そしてふと気づく。

 グレーアウトして使うことができなかったスキルが使用可能になっている。

 一度も試せていないスキル。

 でもこの状況をどうにかするにはこれに賭けるしかなかった。


「怨恨纏い、発動」

 怨念が黒い霞となって様々なところから俺の体へと集まってくる。

 平穏な日常を壊したイヴィルターズへの恨み、悔しさ、負の感情が流れ込んでくる。

 先ほどそこにいた少年からは父を殺された仇を取ろうとする復讐心、殺された父親からは家族を傷つけられた憎悪。

 気づけば体が黒い霞で覆われていた。

 力が溢れてくる。

 奴らを殺し尽くせと心が叫ぶ。


「なんのスキルだ?」

「……コロス」

「っ……はやい!?」

 クロツキは目にも止まらぬ速度でイーブルに近づきフルアーマの関節部分を斬る。

 可動域の関係で他に比べれば脆いはずだが、それなりの強度を誇っていたようで、大剣が空を切るまでに5度同じ箇所を切りつけたというのに、ほとんどまともに切れていない。


 しかし、今までと確実に違うのはイーブルが痛みを感じているということ。

 そう、少しでもダメージが入るのなら殺すことができるということ。

 怨恨纏いによりステータスはイーブルに近づいていた。

 

「ハッ、多少スキルで強化されてもこの程度のダメージ、俺の体力からすれば痛くも痒くもない」

 事実その通りではあるがクロツキが自分を殺せる可能性が出てきたことにイーブルは若干の焦りを感じていた。

 そんな状態でも、いやそんな状態だからこそ冷静を心がけクロツキの能力の分析を始める。

 過激な言動で炎上を度々していてもプロゲーマーとして生き残れているのには確かな実力が備わっているからで、特に分析能力には定評があった。


 クロツキのステータスの高さは異常だ。

 特にAGIは尋常じゃない。

 さらに他のステータスも低く感じない。

 他のプレイヤーからバフを受けている様子もないことを考えるとあの黒い靄を発生させたスキルによるステータスアップは確実だ。

 あれだけの強化がノーリスクで発動できるわけがない。

 クロツキの発言や雰囲気からも狂戦士の狂化に近いと推測する。

 狂化は理性を失う代わりにステータスを上げるスキルだ。

 時間を稼げば大丈夫と判断する。


 イーブルは攻撃を捨てて大剣の腹を盾にして守りの戦闘にシフトした。

 長いプロゲーマ人生でこの引き際を見誤って転げ落ちていく同業者を何人も見てきた。

 誇りは必要だが、結果あってこそなのだ。

 そしてイーブルの想定通りに戦闘をすればするほど黒い霞は薄くなり、徐々にクロツキの動きが戻り始めていた。


 それでもクロツキは狂ったように同じ攻撃を繰り返してくる。

 いくら速くてもパターンが同じなら防ぐことは造作もない。

 速度も落ちてきている。

 そろそろ刈りどきだな。

 近づいてきたクロツキに合わせて大剣を横薙ぎに振るう。

 クロツキはそれを態勢を低くして躱しながら近づいてくる。


「終わりだっ!! ダブルスラッシュ」

 避けた先にほぼ同時にもう一つの斬撃が発生してクロツキを襲う。

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