第10話:変態

 アリス=ロンドは何故にここまでベル様が不機嫌なのかがわからなかった。確かにベル様を護るために無茶をしすぎたがゆえにベル様がそれで不機嫌なのは理解できる。しかし、天界にベル様が在籍していた時から、ベル様は自分に対して、そんなに良い感情を持っていないことも知っている。


「ベル様。ボクのどこが気にいらないのデス? ボクは星皇様とベル様のためなら、なんでもできるのデス」


「そう、まさにそこ。それがわたくしの癪に障るの。あなたはもっと自分を大事にすべきなの、わかる?」


 ベル=ラプソティの指摘にキョトンとした顔つきになって首級くびを傾げてしまうアリス=ロンドであった。まったくもってわかってないという表情にベル=ラプソティがわなわなと身体を震わせて、もう一度、右手を握りこぶしにしてしまうが、それを止めたのが彼女の軍師であるカナリア=ソナタであった。


「ベ、ベル様。アリス様にはあたしのほうから噛み砕いて説明しておきますゥ。今はそれどころじゃないはずですゥ」


 カナリア=ソナタの言葉で冷静さを取り戻したベル=ラプソティはフゥ……と長い嘆息をしつつ、強張った身体から力を抜く。そして、その場で立ち上がり、アリス=ロンドに今の聖地の状況を手短に伝える。


「なるほどデス。アリスは理解しまシタ。聖地は放棄されるのデスネ」


「あんた……。ことの重要さをわかっている!? お、お、おちんこさんをいじりながら言うことじゃないわよ!?」


「そう言われましテモ……。ボクが着てきた超一級天使装束が剥ぎ取られているのデス。変えの服を持ってきてないのデス」


 アリス=ロンドは手持ちぶたさゆえか、股間についているポークビッツと子宝袋を両手でいじりつづけていた。彼女としてはベル様にそんな粗末なモノを見せてはいけないと思って、それをなんとか隠そうとしているのである。しかし、彼女の手は存外に小さく、ポークビッツだとしても子宝袋も含めて、完全に隠し切れるものではなかった。


「アリス様が着ていた天使装束の8割方、焼失していたのですゥ。ボロキレに近しい状態ですが、身につけておきますゥ?」


 カナリア=ソナタが神の蒼き血エリクシオール・地獄の脇にある黒焦げのオープン型フルフェイス・ヘルメットとその近くに散乱している真っ黒な布切れを指差す。アリス=ロンドはジャブジャブと音を立てつつ、泉の中を走っていき、その黒焦げのオープン型フルフェイス・ヘルメットを頭に被り、さらには布切れを腰に巻く。これで一応、彼女のポークビッツと子宝袋は隠れることになるのだが……


「どっからどう見ても、星皇クラスの変態だわ」


「はい……。ベル様と同じ感想を抱きましたァ」


「そんなこと言われると、お尻が濡れてきちゃいマス。星皇様と一心同体と言われたら、ベル様もお尻が濡れちゃいますヨネ?」


「そんなことあるわけないでしょっ!」


 ベル=ラプソティはアリス=ロンドに同意を求められたことで、星皇にされたことを思い出し、一気に頭に血が昇ってしまう。なんでこうも星皇に関わった人物は人格も壊れているのかと嘆きの声をあげずにはいられないベル=ラプソティである。夫の求めることに適応出来ずに、天界から地上界へと逃げ帰った自分も十分にやましい気持ちは持っているが、アリス=ロンドはやましいというよりも、明らかに壊れていると表現の方が正しかった。


 そして、お尻から何かが漏れ出している感じになっているのか、お尻の部分に両手を当てて、身体をくねらせているアリス=ロンドに対して、さきほど払拭したばかりの怒りが再度、沸き上がってきてしょうがない。


「と、とりあえず。変態にしか見えないのでヘルメットは外しておいたほうが良いと思うのですゥ」


「身体に装着していたほうが、修復が早くなるのデス。ボクはその提案を跳ね除けさせてもらいマス」


 アリス=ロンドの言う通り、真っ黒こげであったオープン型フルフェイス・ヘルメットが自己修復を開始しはじめていた。アリス=ロンドの顔の前面を覆い隠していた真っ黒なフェイスガード部分が元の透明な色へと戻っていっている。そして、腰に巻き付けていた布切れもその部分を秒単位で増していく。しかし、ショーツ一丁でオープン型フルフェイス・ヘルメットを被っている変態という姿は変わらずであり、それを見ていたベル=ラプソティの怒りもどこか彼方へすっ飛んでいく。


「とりあえず、アリスのことは天使装束がもう少し修復されてから、皆に紹介するわ……」


「それが良いと思いますゥ。ヒトって第1印象が肝心って言いますからァ……」


 ベル=ラプソティとカナリア=ソナタは、もっとまともな恰好になってから、皆の前に出てくるようにとアリス=ロンドに告げて、聖地の宮殿の地下にある泉の広場から地上へと移動する。アリス=ロンドは明らかに不満気な表情であったが、変態の仲間だと思われるのは嫌なのはカナリア=ソナタも同じであった。


 ベル=ラプソティとカナリア=ソナタは宮殿の1階部分へ戻ると、天界の騎乗獣であるケルビムことコッシロー=ネヅが血相を変えて走ってくる。


「おい、ベル様、大変でッチュウ! ベル様とアリス様に出張ってもらえないか聞きに来たでッチュウ!」


「何をそんなに慌ててるの? ハイヨル混沌軍団は太陽の光で活動を大きく制限されているはずよ? 聖地を取り囲んでいた怪物たちが壊滅した今、すぐに襲い掛かってくるはずは無いわよ?」


「論より証拠ってやつでッチュウ! 今、凱旋王様とその兵士たちで対処してもらっているけど、時間の問題なのでッチュウ!」


 コッシロー=ネヅは自分の背中に乗るようにと、ベル=ラプソティとカナリア=ソナタに促す。ベル=ラプソティたちはコッシロー=ネヅが何をそんなに慌てふためいているのかが、まったくもってわからなかった。だが、催促されるままにコッシロー=ネヅに騎乗した2人は風が吹き荒れるような速度で現場へと運ばれることとなる。


「な、何なの!? あの巨体はっ!?」


 ベル=ラプソティは自分の眼を疑う他無かった。まるでそこに伝説に謳われる7人の巨人が現れたのかとさえ思ってしまう。その7人は実際には巨人ではなかったが、その身からあふれ出させている呪力ちからがベル=ラプソティたちの眼に巨人の姿を連想させたのである。


「フフッ……。聖地を陥落させようと怨霊の軍勢レギオンを放ったは良いけど、それを壊滅させるとはネ……」


われ、昂るっ! ソロモン88柱の中で最弱と言われる怨霊の軍勢レギオンと言えども、聖地を完全に破壊できるっ! それを邪魔した存在がいかほどの者か、試してみたくなるっ!」


「こりゃ、ジ・アース攻略を一から練り直さなきゃならんかもねぇ~。おっと、俺様は嫌だぜ? 七大悪魔が直々に相手するほどじゃないだろうしなぁ~?」


 悪魔の羽根を持つ7人の巨人が地上で狼狽える小虫たちを見ながら、そう感想を漏らす……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る