第9話:抱擁と罰

 ベル=ラプソティは教皇とディート=コンチェルト国主の前から去った後、クォール=コンチェルト第1王子に出会う。


「うぉっと! 会うなり、いきなり俺の左胸にブロークンマグナムを放ってくるんだ!?」


「うっさいっ! 男は落ち込んでいる女に胸を貸すための生き物でしょっ!」


 ベル=ラプソティは腹立たしい気持ちを右の拳に乗せて、さらにひねりのエネルギーを加えて、凱旋王の息子の左胸に向かって突き出す。しかし、その渾身の一撃をあっさりとクォール=コンチェルト第1王子が左手で受け止めてしまう。その行為がますますベル=ラプソティの心を掻き毟る結果となる。


「何を泣いてやがるっ!」


「泣いてなんかないわよっ!」


「そのキレイな眼から零れ落ちているのを涙と言わずに、何て言うんだよっ!?」


 ベル=ラプソティは青碧玉ブルー・サファイアの眼を潤ませていた。そして、そこから堰を切ったかのようにハラハラと涙を零す。しかし、それに気づかずにベル=ラプソティは握りしめたまま開かぬままになっていた両の拳をクォール=コンチェルト第一王子の胸へ叩きこもうとする。


 駄々っ子のようになっているベル=ラプソティの両手首をクォール=コンチェルトは両手で鷲掴みにすると、ベル=ラプソティの涙腺は崩壊し、瞳から頬、顎へ向かって、滝のような涙を流すことになる。クォール=コンチェルトはそんな彼女が心から愛おしく思え、彼女の両手首から両手を離し、そうしたかと思った矢先、彼女を両腕で包み込んでしまう。


「泣きたいなら、俺の胸を貸してやる」


「ばかっ! わたくしは星皇の妻なのよ!? あんた、星皇に石の彫像にされちゃうわよ!?」


「そしたら、俺はあんたを抱き寄せたままの恰好で彫像になっちまうな。それはそれで良いと思えるかもしれん」


「本当に馬鹿っ!!」


 ベル=ラプソティはクォール=コンチェルトと自分の身体の間に両手をねじ込み、無理やりに掌底でクォール=コンチェルトを突き飛ばす。尻餅をつく恰好となったクォール=コンチェルトは待てよっ! とベル=ラプソティに声をかけるが、ベル=ラプソティは彼に背中を向けて、どこかへと走り去っていく。ひとり残されたクォール=コンチェルトはボリボリと右手で自分の後頭部を掻く他無かった。


「若きは美しきかな。クォール=コンチェルト殿下。うちの娘はまだまだ20歳前後。心が惑いやすい年頃です」


 クォール=コンチェルト第1王子が未だに尻餅をついているところへ、後ろから声をかける人物が居た。その男は神官プリーストの衣に身を包みこんでおり、見た目40半ばというのに、教皇に匹敵する威厳をその身体にオーラとして纏わせていた。


「貴方は?」


「私はサフィロ=ラプソティと申します。あの気性の荒い娘の父親ですよ。さあ、お立ちください。娘をかどかわした男に罰を与えねばなりませぬので……」


 サフィロ=ラプソティと名乗った神官プリーストはにこやかな笑顔で、クォール=コンチェルト第1王子に手を差し伸べる。クォール=コンチェルトはしまった……としか思いようがなかった。父親の前で娘を抱きしめる男が居たとしたら、その父親は誰しもその辺に転がっているスコップを手に取り、そのスコップで頭をかち割り、さらにはそのスコップで墓穴を掘るのが当たり前である。


 クォール=コンチェルトはそうされることを覚悟の上で、ベル=ラプソティの父親に弁明しようとする。しかし、クォール=コンチェルトはその口から言葉を発する前に、不気味に怪しく紫色に光るサフィロ=ラプソティの眼に飲み込まれることになる。


「あれ? ベル様の声が聞こえたと思って、こちらに来たのですけどォ。サフィロ様。ベル様はどこですゥ?」


「ああ、カナリアくん。ベルなら不機嫌な顔のままで、あっちの方へと走っていったよ」


「げげェェェ。何かあったんですねぇ? うわ~~~。火急の件でベル様に伝えなきゃならないことがありますのにィ」


 後からやってきたカナリア=ソナタにベル=ラプソティの行き先を告げるベル=ラプソティの父親であった。彼の眼からは怪しげな紫色の光はすでに無く、いつもの柔和な笑みをその顔に讃えていた。そして、カナリア=ソナタが困り顔になりつつ、ベル=ラプソティが消えて行った先へと走っていく。サフィロ=ラプソティは膝立ち状態になって止まっているクォール=コンチェルト殿下を今度こそ、腕を引っ張って起こし上げる。


「はて……。俺は何をしていたんだ?」


「さあ……? 私にはわかりかねます」


 クォール=コンチェルトは首級くびを傾げながら、その場を後にする。残されたのはサフィロ=ラプソティのみとなる。彼はまぶしそうな顔つきで大空を見上げ、太陽を一度見た後、彼もまたそこから姿を消す。しかしながら、風が一陣吹いたと思ったと同時に、まるで彼の姿をその風がかき消すかのようにサフィロ=ラプソティの姿が消えたのであった。


 早足で怒りを足音に乗せたままのベル=ラプソティに追いついたカナリア=ソナタは、はあはあと肩で息をする。そして、アリス=ロンドが目覚めたことを御主人様に告げる。御主人様を伴い、カナリア=ソナタは聖地の宮殿の地下にある泉の広場へとやってくる。


「アリス。久しぶり。わたしが誰かわかる?」


「はい。星皇様の第一夫人であり、星皇様がこの世で一番大切に思っているベル=ラプソティ様デス」


 アリス=ロンドはベル=ラプソティの質問の回答をなるべく正確に伝えようと努力する。しかし、ベル=ラプソティはこめかみに青筋を2本立てつつ、アリス=ロンドの頭を右手で鷲掴みにし、神の蒼き血エリクシオール・地獄の中へと、その頭全体をぶっこむ。アリス=ロンドは驚きの表情で手足をばたつかせるが、ベル=ラプソティはアリス=ロンドに向かって、容赦の一切も見せなかった。そして、アリス=ロンドの蒼髪オカッパを鷲掴みにして、水面から出した後、もう一度、同じ質問をする。


「アリス。久しぶり。わたしが誰かわかる?」


「は、はい! 星皇様の第一夫人でありながら、ボクがその星皇様の愛を独占してしまっていて、非常に腹を立てているベル=ラプソティ様デス……」


「回答としては半分正解だけど、半分間違っているわね。まあ、良いわ。あなたをイジメようとか思ってないから」


 これをイジメと言わずにが何がイジメなのだろうと思ってしまうカナリア=ソナタであったが、何か言えば神の蒼き血エリクシオール・地獄に放り込まれるのは自分自身となってしまうため、彼女は口をつぐんでしまう。


 アリス=ロンドは身体の下半身を神の蒼き血エリクシオール・地獄に浸けたまま、頭をキョロキョロと左右に振り、ここがどこかの確認をする。そして、ホッと胸を撫でおろし、自分は第1位にしている役目を無事に果たしたことを実感する。


「ボクはベル様を護れたのデス。これ以上に嬉しいことは無いのデス。痛イッ!」


 安心しきった顔つきになっているアリス=ロンドの蒼髪オカッパの頂点に向かって、ベル=ラプソティがゴツンと強めに右の拳を振り下ろす。アリス=ロンドは涙目になりながら、そうしてきたベル=ラプソティを非難の眼で見るしかなかった。

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