eight bullets 君をつなぐもの

 俺達はレビットパークのスタッフから迷惑行為を理由に退出命令を下された。寒さが厳しい外に出たせいか、修羅場は一時収まる。

 今度は臼井を北原の豪華な自宅に招いて飲むということで話も収まってくれそうだ。しかし、児島や新内などの周りのちゃちゃ入れ集団は放置するしかなかった。

 ぐだぐだのまま解散となり、妙な後味を感じつつ寒空を仰いで歩く。練習して疲れたというより、変なトラブルに巻き込まれて精神的疲弊を感じる。

 俺の隣には吐息を弾ませる陽気な女。俺と北原は臼井に腕を組まれていた。隣から臼井の鼻歌が聞こえてくる。


「たくっ、めんどくせぇ勘違いしやがって」

 北原は悪態をつく。

「え、夏希ちゃん椎堂君と付き合ってないの?」

「まだ言ってんのか、お前はっ!」

「あいたっ!?」

 北原は臼井のおでこに軽く張り手を入れる。

「付き合ってないよ。本当に飲んでただけだ」

 俺は今日何度目かの台詞を言う。

「それはそれでつまらないよ」

「結局どっちが良かったんだよお前は」

 北原は微妙な顔をしてぼやいた。

「椎堂君、夏希ちゃんと一緒にいてしようと思わなかったの?」

 なんて無垢な瞳で聞いてくるんだ、こいつ。


「そういう雰囲気は微塵の欠片もなかったし、北原は釘を差してたからな」

「そういう雰囲気でなおかつ釘を差してなかったら、しようとしてたってわけか……」

 臼井越しに濁った瞳が俺に訴えかけてくる。

「これ以上話をややこしくしてどうする」

「未生、社内に言いふらしてないよな?」

 北原は臼井に顔を寄せて凄む。本当に迫力がある眼力なのに、臼井は臆することもなく自然な笑顔のまま口を開く。

「他の子には言ってないから安心して。これでも、夏希ちゃんの親友だからねー」

「とりあえず、これで終結しとくか」

 北原もヘトヘトのようだ。

「まあ、他のメンバーからのカップルいじりは当分続くだろうけどな」

「そういうこと言うなよ。現実逃避しようとしてたんだから」

「それは悪かった」

 北原の顔は少し赤くなっているように見えたが、そこをいじると今度は何をされるか分からないので黙っておいた。


☆ ☆ ☆


 俺は相変わらず仕事の合間にマネージャー兼コーチの役割をこなす日常を送っていた。

 全メンバーに空いてる時間を聞いたり、他チームとの試合ができないか色々回ってみたり、ペイントシューターのプロが行っているトレーニング法を調べたり。お陰でもう1つの趣味である料理はなかなかできない。

 そんな中、俺はあるペイントシューターイベントをネットで見つける。腕試しには非常に良かった。3月の下旬に行われるらしい。

 俺は臼井にそのイベントに参加するかメールで聞いてみた。即答でオッケーの絵文字が返ってくる。他のメンバーが参加できるか聞かなければならない。

 俺はテーブルに置いていたコーヒーを取ろうとしたが、ペイントシューターの資料を入れたクリアファイルに手が当たってしまった。その拍子に、クリアファイルが床に落ちて、数枚の紙が散乱する。

 俺は落ちた紙を取ろうとした。ペイントシューター関連の資料の中に、別種の1枚の小さな紙が入っている。重なった紙の端から臓器提供の文字が覗いていた。


 マネージャー兼コーチの作業をしている間、まだ俺は臼井と汐織のつながりを調べていた。汐織の母親を通じて、汐織の担当だった臓器コーディネーターの人と会える機会をもらえたのだ。

 もちろん、汐織の心臓を受け取った患者の名前を教えてもらおうと思ったわけじゃない。本人の同意も、両親の同意もない状態で教えてもらえるものでもないだろう。

 ただ確かめたかった。ほんのわずかなことでもいい。決定打に近い根拠のようなものが欲しかった。


 俺はエヴァンスチームのみんなで撮った写真を臓器コーディネーターの男性に見せた。白髪が混じってきている髪の毛の間から見える目を少し細める。

 臼井の名前も、彼女が心臓の病気で移植手術を受けていたことも説明した。すると、男性はおもむろに尋ねる。「なんで今調べているのか」と。俺は迷わず言った。「最期に残した約束を叶えるため」と。


 結局、男性から手がかりとなるものは何も得られなかった。ただ、男性が去り際に放った言葉が、胸の奥のしこりを揺さぶった。


『10年以上も月日が流れているのに、子供の頃に交わした約束をずっと覚えてくれている。それを知って、ドナーになったあなたのお友達は、いったいどんな顔をしているのでしょうね』


 臓器コーディネーターの男性はなぜあんな言葉を言ったのか、俺には分からない。でも俺はその言葉を聞いた時、自然と病室にいる汐織の笑顔がよぎっていた。

 これで手詰まりだ。もしこれ以上調べるなら、踏み込む必要がある。

 幻滅されるかもしれない。北原は臼井を信頼した。そして、俺を信頼してくれた。俺も、その信頼に応えるべきかもしれない。

 俺は携帯を取り、メール画面を開く。しかし、なんて打とうかと俺の思考が至った時、俺の指は動かなくなった。胸の奥でうごめくような感覚が昇ってくる。携帯を持つ手に無駄な力が入ってしまう。


 俺は息を落として机に携帯を置いた。汐織と臼井のことを考えるのをやめ、マネージャー兼コーチの作業に戻る。

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