eighteen bullets 酔えない狼

 祝宴の場は盛り上がっている。お酒を酌み交わし、テンションの上がった児島と梁間はマイクがあるのに使わず肩を組んで歌い出すし、一条さんは泣き上戸らしく、自分を卑下してなんだか身に覚えのない感謝と独り言を発しながら酒を呷り出す。


 荒れに荒れている。たった7人の宴会なのに20人くらいいるような感覚だ。

 俺はあまり飲み過ぎないようにしようと思ってセーブしていた。畳の仄かな匂いとお膳に並ぶ刺身を肴に、日本酒の味を深々と堪能する。

「大丈夫か? 滝本さん」

 俺は向かいで座布団に座り、食事をする滝本さんに声をかける。

「はい。凄く美味しいです」

 滝本さんと北原はほとんど表情を変えずに飲んでいる。2人ともまあまあ強いらしい。


「北原様、お酒を追加なされますか?」

「ああ、お前は飲まないのか?」

「僕はお酒に弱いみたいなので」

 新内は苦笑して答える。

「そうなのか」

「新内さんは色白さんですから、お酒飲むと赤くなりそうですね」

 滝本さんはクスクスと笑う。

「お恥ずかしいですが、その通りです。赤くなってすぐ寝てしまうんです」

「ちょっと見てみたいけどな」

「それだけはご勘弁ください。北原様」

「冗談だ。椎堂、お前もこっちに来て飲むか」

 北原が前で1人飲んでいる俺に向かい、ビールジョッキを掲げて誘う。

「話しながら飲みましょう」

「仕方ない。北原様に免じてこちらへ来ることを許可しよう」

 新内の上からの物言いに、若干腹が立ちながら長いテーブルをぐるりと回り、滝本さんの隣につく。


「お前は日本酒が好きなのか」

 北原は、淡い紫色の浴衣から出ている脚をポリポリ掻きながら聞いてくる。一応女性らしい座り方をしているが、やはりガサツだ。あの座り方も、滝本さんと新内に胡坐を掻くのは浴衣が崩れるからやめた方がいいと言われ、渋々座らされているに過ぎない。

「いや、たまにはと思って飲んでみた」

「一口いいですか」

「ああ」

 俺は徳利とっくりを持ち、滝本さんが差し出すコップに少し注ぐ。滝本さんがコップに注がれた日本酒を口に運ぶ。俺達は滝本さんの反応をうかがう。

「おお"~! 染み渡りますぅ」

 滝本さんはにんまりとする。今どこから出したんだという声が出ていたが、突っ込まない方がいいだろうか。

「アルコール度数はビールより高いからな」

「ちょっと癖になりそうですね」

「頼みましょうか?」

 新内が申し出る。

「いえ、自分で頼みますよ」

「遠慮なさらないでください」

 新内は優しく微笑して立ち上がり、部屋の壁に設置された電話機に向かう。

 滝本さんにも優しいのか。だったら俺にも優しく接してくれてもいいと思うのだが。


「本当に執事みたいになってきたな」

 俺はしみじみと零す。

「あいつ、本当に執事らしいぞ」

「は?」

 俺は怪訝けげんな表情で問う。

「執事カフェで働いているらしい」

「ああ、イケメン揃いで女性に人気の」

 滝本さんはコクコクと頷く。

「だから、体に染みついてしまっているらしい」

 そうだったのか。てっきり富豪の家に使われているのかと思った。

「でも残念ですね。臼井さんがいないとちょっと寂しいです」

 滝本は眉尻を下げてそう言う。

「ま、1人はしゃいで注意散漫だったあいつが悪いから、自業自得だけどな」

 北原は嘲笑してビールをゴクゴクと飲む。

 俺は離れた部屋の窓の外を見つめる。ただ暗い夜空が見えるだけだ。

 あの鶴が、俺達があげた鶴と一緒なわけがない。

 汐織が持っていた鶴が何色だったかも覚えていないし、もし同じ色だったからといって、同じ物という証明にもならないだろう。それでも、拭いきれない疑念が頭の中で回っていく。もし同じ鶴だったら……。

 そんな言葉が浮かんでくる。何をすべきなんだ。いや、何をしたいんだろうか、俺は……。

 抱えたままになっているしこりを取れるかもしれない。この苦しみを解き放てるかもしれない。

 臼井を利用するのは気がひけると一瞬思ったが、自分は強制的にここに連れてこられたんだからおあいこだなと思い直した。

 俺は立ち上がる。

「どうしたんですか?」

「トイレ行ってくる」

 滝本さんにそう言って座敷間から出た。


 俺はエレベーターに向かい、3階に行く。少し揺れる平衡感覚を感じながら、自分の泊まっている部屋に向かう。

 部屋に入り、丹前たんぜんのポケットから携帯を取り出した。携帯を操作し、連絡帳の中から選択する。俺は実家の文字をタップし、電話のアイコンを続けてタップした。コール音が聞こえてくる。プツっと途切れた瞬間、電話先から喜々とした声が流れてきた。

「久しぶりね辰人。あなたから電話してくるなんて、今日は吹雪かしら?」

「くだらない冗談はスルーするぞ」

 俺はベッドに腰かける。

「はあ……2年ぶりに息子の声を聞いて嬉しくなっている母親に対する態度なの? もしかして反抗期がぶり返した?」

 ベラベラとよくしゃべる母親だ。

「母さん。汐織の母親の連絡先を知らないか?」

「知ってるけど、急にどうしたの?」

「ちょっと調べたいことがあるだけさ」

「そう……。待ってて確認するから。一旦切るね」

「ああ」

 俺は母親の元気な声に安心しながらため息を零す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る