seven bullets 誘拐のわけ
北原は携帯をテーブルに置き、足を組んで椅子の背にもたれた。
「お前はチームの加入を断ったけど、臼井はお前のことを諦めてなかった」
「だから、俺を強引にここへ連れ去ったと?」
俺は不快に問いただす。
「勘違いすんなよ。あいつは人を選んで強引な方法を取る。いつもこういうやり方を取ってるわけじゃない」
「それで許せってことか」
「未生は男ウケいいから、大体許してくれるんだけどな」
北原はテーブルに片肘をついて頬に手を添える。
「いくら魅力があっても、相手の気分を損なうような真似をすれば印象は変わる」
「それもそうだな」
北原は微笑を浮かべる。
「でも、お前はペイントシューターを楽しんでない」
「そんなわけないだろ」
「本当にそうか?」
北原は俺を試すように聞いてくる。猫目の瞳にはブラウンの虹彩。カカオが多めに入ったチョコレートのような色は珍しくもないと思う。だが、瞳の奥に何かが囁いているくるような、そんな不思議な瞳をしていた。
俺は意識を持っていかれないように咳払いをする。
「俺は12年もやってる。好きでもないことをそんな長い期間やるなんてことないだろ」
北原は前のめりになっていた体を引く。
「普通はな。長い期間モチベーションを保ち続けるのは簡単じゃない。どんなに好きでも、いつかはその熱が冷めて過去になる。私達がお前を初めて見たのは、ペイントスクエアで仲間集めをしていた時だ。施設のスタッフとは知り合いでな。やってくれそうな人がいないか聞いた。そしたらお前を推薦され、後日、お前が来そうな曜日を狙って、お前の試合をモニターで観察させてもらった」
俺と会うずっと前からペイントスクエアに来てたのか。
「お前を初めて見た時、あいつ言ったんだよ。お前は楽しそうじゃない。ずっと苦しそうだってな」
北原の声が耳に奥に入り込み、鼓膜が痺れる。膝の上に置いていた手に力が入った。
「最初はただ単に試合で疲れて苦しそうに見えるだけだと思ったんだけどな。お前を見てきて、未生の言ってたことが分かったよ。お前は使命のためにペイントシューターをやってる」
「使命?」
俺は眉をしかめて問い返す。
「宿命って言ってもいいかな。でも強くなりたいとかじゃない。本当に強くなりたいんなら、私達の提案に乗ってくるはずだからな。お前は何かを終わらせたくて仕方がないんだ。その何かが怖くて、嫌で、それからずっと逃げ続けてる。私はあんたを見てそう思った」
北原は俺を真っすぐ見据える。俺は奥歯に力が入っていたのを緩め、意識して息を吐いた。
「何が言いたいんだ。占い師のつもりか?」
「お前はこのチームにいるべきだ。恐怖から脱却したいなら」
「あの手この手で……。お前達コンビはしつこいな」
「私はそうでもないよ。でも未生は強情だから。それは身をもって痛感してる」
北原は呆れた様子で苦笑する。
「とりあえずマネージャー兼コーチでいい。協力してくれ」
「さりげなくコーチが増えてるんだが」
俺は渋い表情で意見する。
「細かいことは気にするな。無理矢理大会に出したりはしない。やる気もなく出られたら足手まといだからな」
一応話は聞いてくれるようだ。このままなし崩しに大会へ出させる気じゃないだろうか。まだ安心できないが、最初に協力すると言い出したのは俺だ。全てを無下にするわけにもいかない。
「たまにでいいか?」
「ああ」
「分かった。だが条件がある」
「なんだ?」
北原は眉をひそめて引き込まれそうな眼力で見つめてくる。
「俺の質問に答えてくれ」
「なんだそんなことか」
北原は身構えた体を解き、肩をすかす。
「いいぞ、なんでも答えてやる。ただしスリーサイズとかだったらぶっ飛ばす」
「そんな質問じゃない」
「冗談だ」
俺は咳払いして気を取り直す。
「臼井のことだが、お前は臼井の銃の握り方を注意したことはあるか?」
「銃の握り方?」
北原は
「両手で銃のグリップを持った時、独特の握り方をする」
「ああ、あのヘンテコな持ち方か。それがどうかしたのか?」
「あれはどこで覚えたんだ?」
「それを私に聞くのかよ。本人に聞けばいいだろ」
「条件だ」
北原はめんどくさそうに表情を歪め、椅子の背の上に右腕を乗せて品を欠いた座り方をする。
「私も気になって聞いたら、癖でなっちゃうんだとよ。1回直そうとしたら全然当たらなくなって戻したそうだ」
「誰かに教えてもらったとか言ってなかったか?」
「癖ってのは教えてもらうもんじゃねぇだろ」
なんか知らんが、北原の態度が少し悪くなった気がする。
「子供の頃に子供用の銃で遊んでて、それが癖になったのか?」
今触れると話題が逸れると思い、無視することにした。
「あいつ、サバゲーしてなかったらしいぜ。銃握ったの18くらいって聞いてるし」
「じゃあ初めて銃を握り方を教えてもらったのは……」
「ああ、ペイントシューター施設のスタッフだよ」
「そうか……」
「そんなこと気にしてたのか。もしかして、最近ボーっとしてたのもそのせいか?」
「え?」
「サバゲーの施設で練習試合した時やさっきのSAの時も、気の抜けた顔してたぜ」
気づかれてたのか……。
「お前デカい図体してるくせに神経質なタイプなんだな」
北原はニタ~とほくそ笑む。激しく見くびっているようだ。
「人を見た目で判断するな」
「ん、なんか激しくデジャブだな」
「お前に言われたことを返したんだよ」
「ああ、そうだったな」
「お待たせ~」
「あ、椎堂さん」
滝本さんと臼井が温泉から帰ってきたようだ。滝本さんと臼井はラフな恰好になり、頬はほんのり上気していた。ノーメイクだろうが、2人ともほとんど変わらない。
「あれ、もしかしてお邪魔だったかなぁ?」
臼井はニヤニヤしながら変なことを言い出す。
「お前の話してたんだよ」
「え、私の話?」
「ああ、リーダーの手癖が気に食わねぇって、マネージャーがな」
「おい」
俺はたまらず口を挟む。
「そう言ってただろ」
「言い方に悪意あるだろ」
「手癖って、私万引きなんかしてないよ」
臼井は思い違いを必死に弁解する。
「話はもう終わったか?」
北原は臼井を無視して尋ねてくる。
「ああ」
「え、2人とも何話してたの? 私にも教えてよ」
「椎堂に聞けよ」
「ね、ねえ、何話してたの? 椎堂くん」
不安げな臼井は俺達のついているテーブルの横で、俺と北原にオロオロと視線を投げてくる。
「とりあえず落ち着け」
北原のおかげで落ち着きを取り戻した臼井は北原の隣に座る。俺も奥に詰めて滝本さんに座ってもらう。臼井にも北原にした話をする。
「なんだそんな話だったんだぁ」
臼井はホッとした様子で笑みを浮かべる。
「全然気づきませんでした」
滝本さんは驚いた表情をする。
「さすがエヴァンスチームのマネージャーだね。それだったら直接聞いてくれたら良かったのに」
「椎堂は恥ずかしがり屋らしいからな」
「勝手に恥ずかしがり屋にするな」
俺は北原にツッコむ。
「特に支障ないし、大丈夫だよ」
「ああ……」
「お前の握り方のほうが左右にはぶれにくいな」
北原は臼井の銃の握り方を真似する。
「いいでしょ~」
臼井は無邪気に自慢する。
「別に憧れてねぇよ」
臼井は期待外れの北原の反応に不満げな顔をする。
「銃の握り方って最初の頃に染みついちゃうとなかなか変えられませんよね」
滝本さんは眉尻を落として苦笑する。
「そうそう。いつの間にかそれが当たり前になってるから、握り方に合わせて別のところを調整しちゃうんだよね~!」
「は~っ……そろそろ部屋に行こうぜ。ねみぃや」
北原は恥じらいすらなく大きなあくびをしていた。
「そうだね。明日もあるし」
俺達は席を立ち、エレベーターに向かった。
「じゃあまた明日」
「おやすみなさい」
「ああ」
3階の廊下で女子3人と別れた。俺は315号室のドアの前に立つ。錠にルームキーを差し込み、ドアを開けた。
ドアの閉まる音がすると同時に少し落ち着いた感覚が押し寄せる。それは仕事から自分のマンションに帰ってきて、ドアを閉める時の感覚に似ていた。
俺は部屋の中に進む。電気はベッドサイドにあるスタンドランプが灯っているだけだ。梁間はもう寝ていた。携帯が枕元に置かれたままになっている。携帯をつつきながら寝落ちしたらしい。
俺はスタンドランプを消し、真新しいふかふかのベッドの中に入って眠りについた。
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