終わったことと始まること
――戦いと言って良かったのかすら怪しい異世界の出来事から数日が経過し、町内は平和に、そして穏やかになっていた。
しかし、学校へ登校しても霧夜の姿は、無い。
『扉』を通り抜ける瞬間に思い出したもののすでに八塚の身体からハーテュリアが抜けて神の居る舞台へと戻っており、探しに行くことがままならなかったからだ。
最上神が『なんとかしてみよう』と言ってくれたが、未だに連絡も戻ってくる様子も無いのが不安にさせる。
ちなみに戻ったあの日は仁さん達に見送られた時間軸のままだったが、仁さんと娘さんだけが残っており、宣言通り若杉さん達の記憶から俺達は消えてしまっていたらしい。
なんでこんなところにいるのかと不思議そうな顔で早々に帰ってしまったとか。
「俺達も元々異世界の人間だったから、そういう『力』の影響を受けなかったのかもしれないな」
「覚えているからたまに遊びにいくねー! ……わたしの双子のお姉ちゃんが見つからなかったのは残念だけど……」
「またな。異世界出身者の同士として仁君とは飲んでみたいところだ」
「はは、弱いですがお付き合いしますよ」
親父と握手をして別れた仁さんは今度の休みに家族で遊びに来ると連絡があったっけか。
とりあえずあの親子が生き返っていることや、町の噂など、ことが起きる前の状態に戻っているのを確認して安堵すると同時に寂しさも若干あったりする。
「……坂家君、どうなっちゃったんだろう……」
「まあ、あいつのことだ死んじゃいないと思うけど……」
「あ、怜ちゃんだ」
「お、本当だ。お嬢様って感じだな」
「スメラギさんを返さなくて良かったのかな?」
真理愛が俺にそう問いかけてくる。
アレはあくまでもハーテュリアがドラゴンをこっちに呼ぶため、そして利用するためにスメラギを回収していただけなので、記憶のない八塚がスメラギを受け取るとは思えないとの判断である。
<この家でもいいが……俺は今度こそあの親子を守りたい。力は……あるようだ>
ちなみにウルフは女の子の下へ行き、きちんと生活しているようだ。残りの6匹はウチの縁側で呑気に過ごしていることを付け加えておく。
真理愛と猫達のことを話しているとやかましいヤツが入って来た。
「スクープ……! スクープはありませんか!」
「おお、羽須じゃないか。ほら、これやるよ」
「スプーン……!? スしか合ってない……。というより、なんか、面白いことに首を突っ込んでいた気がするんだけど、神緒君達、知らない?」
「そんな事実は無いぞ。お前とつるんでいるなんて思われたどんな噂が立つかわからんし」
「酷い!? ……うーん、校舎裏にアジトがあったような気がするんだけど……」
そんなことを言いながら羽須は俺達の下を離れて自分のクラスに戻っていく。
彼女の言う通り、裏庭にあった部室も無くなっていて、恐らくだが俺達が産まれて猫達が転生した辺りから向こうとの繋がりは消えているようだ。
パラレルワールドに行くのかと思ったがそこは神様の腕かご都合主義かという感じである。
「帰ろう、修ちゃん」
「……ああ、そうだな」
――真理愛と二人で歩く下校の景色はいつもと変わらず、異世界の住人からの侵略で殺人事件があったなどとはとても思えない。
「まだ寒いねー。ね、手を繋がない?」
「急にどうしたんだよ」
「ん……わたしって真理愛だけどカレンじゃない? 一回死んじゃったけどこうやってまた一緒に、平和に生きていけるのが嬉しいなって」
「それは確かにな。今度は……ちゃんとお前を守るよ」
「よろしくね♪ あ、これで恋人同士になったのかな? お母さんがニヤニヤしそう」
「あー……でも挨拶はしとかないとな」
なんとなく手を繋いでそんなことを呟きながら二人で帰っていると、いつもの公園に差し掛かる。
ここはブランダと出会った場所で、他にも猫集めや結愛が襲われたりと色々あったのである意味思い出深い場所だ。
ふと立ち止まって公園を見ていると、見知った顔が向こうから走ってくるのが見えた。
「あ、兄ちゃんと真理愛ちゃん! いま帰りー? ……ありゃ手なんて繋いでー♪ ふひひ、どうしたのよ、お・兄・ちゃん」
「うるさい。今日から真理愛は恋人だってこと。元々そうだったから不思議じゃないだろ?」
「えへへー……」
ぎゅっと力強く握る真理愛の手を握り返しながら口を尖らせていると、結愛は俺達の背後に回り込み飛びついて来た。
「まー、前世からなんてロマンティックだもんね。私以外はお父さんとお母さんも転生者だからちょっと羨ましいかな?」
「ふふ、でも魔法は使えるんでしょ?」
「まあねー。痴漢の撃退にはもってこいだし、こっそり喉が渇いた時に水を出せたりするもの」
水魔法が得意な結愛だが、他にも母ちゃんから色々教わっているからそのうち本当に魔法使いになりそうだ。バレて変な組織とかに狙われないといいが。
「今度二人にも見せてあげるんだよね」
組織行き決定か。
「達者でな結愛」
「なにが!? 変な兄ちゃんはほっといて帰りましょ真理愛ちゃん!」
こういうのも悪くないと苦笑しながら家に帰れば、今度は猫達がわらわらと群がってくる。
今日は真理愛もウチで晩御飯なので一緒に上がると、一斉に声を上げる。
<む、やっと帰ったか。飯は揃ってからだから我等も食べていないぞ>
「そわそわしているね、お腹空いているの? スメラギさん」
<そうだよ。それより聞いてくれよ真理愛ちゃん。近所の美人OLに拾ってもらおうと頑張ってるんだけど、全然ダメなんだよ……>
「なにやってんだヴァルカン。ウチで飼われているのは知られているんだから、変なことすんなよ」
<ちゃんとあっしは止めてますからね。ささ、ご飯にしましょう>
<結愛、後でブラッシングしてー。外を散歩するとオス猫が寄ってくんのよね>
スリートが先導し、いつも話を聞いてやる真理愛の足元に群がってわーわーと今日のできごとを俺達に話す。真理愛は猫使いにしか見えない。
ただ、こいつらとは意思疎通ができるし気が使えるので家に居ても気にならないのはいいことだ。
<シュウ、あいつは帰ってこないか?>
「取り残されたんだから仕方ないさ。……後は最高神とハーテュリア次第だと思う」
<関与してくると思うか? そもそも、あやつらにそれを伝えていないから難しくないか?>
「そこなんだよなあ……」
ただ、真理愛と八塚を止めるために飛び込んだのはハーテュリアも知っているからなんとかしてくれるといいが期待は薄い。もう世界に干渉できるかどうかすらわかんないからなあ。
そんなことを考えても手立てがない。
『扉』のあった場所へ行ってみたが、魔力を放出など試してもなにも起こらず、時間だけが過ぎて行った。
霧夜が居なくなったが誰もそのことに気づく人間はおらず、あの親子とは違い逆に『最初からいなかった』とされているような状況だ。
「こりゃ……期待できないか……?」
そして俺達が帰還してから一か月が経過した頃――
「修ちゃん、今日も行くの?」
「だな、休みの日くらいは『扉』が開くかどうか試さないと、諦めるわけにはいかないだろ」
「うん、そうだね……わたしも行くよ」
「あ、私もー」
――とある日の土曜日。
俺は毎週『扉』のあった場所へ足を運んでいたりする。
勇者と聖女の魔力をもってしても開くことは無いので、最高神の言う通り『扉』は破棄されてしまったのだろうか。
「はあああ……」
「……」
「やっぱダメかー。勇敢に突撃したけど、まさかこんなことになるなんて……」
俺達の魔力を感じながら首を振る結愛の言葉を聞きながら目を開ける。
「なんとかならないもんか……ハーテュリア! もしくは最高神! 聞こえていたら霧夜を返してくれ!」
「……返事、ないね」
真理愛が悲し気な顔で俺の手を握る。
もうどうしようもないのか? 折角平和になったし、北条先生も若杉さんと付き合っていない状態に戻ったのに……
俺がそんなことを考えていると、背後で魔力の奔流を感じて慌てて振り返る。
するとそこにさっきまで存在しなかった『扉』が輝いていた!!
「で、出てきた……!!」
「今までの努力が実った……!!」
「あ、扉が開くよ!?」
<誰か出てくる……!>
魔王達の記憶はあるだろうから攻めてくるってことはないはず。ブランダとかフィオ、エリクあたりならわからなくない。
考えられることはたくさんあるが、今は見守る。
すると――
「うおおおおお! 帰って来た! 帰って来たよリズ!」
「やった……やったわねキリヤさん!!」
――そこから完全武装の霧夜と知らない女の子が出てきた!
「お、おお……! お前ぇぇ!」
「あ! 修! 修だ! 帰って来たぞ!」
「坂家君……良かったぁ……」
「興津も居るな、聞いていた通りだ」
「聞いていた……?」
霧夜が笑いながら俺達のところへ寄って来て事情を話し始める。
かなり汚れているが、結構立派な剣を背負い、鎧もしっかり着込んでいてガチモンの冒険者っぽかった。
だけど、ぽいだけではなく本当に冒険者になっていたらしく、このひと月は真理愛と八塚を追うため国を駆け巡っていたとのこと。
そこで最高神と名乗る声が聞こえてきて魔王のところへ行くよう指示された。
最終的に魔王の力と最高神の手伝いによりついに『扉』を開くことができ、今に至る。
一緒に居る子はリズといい、他にも二人女の子と一緒に居たとか。
ただ魔王のところに行くのにメンバーを募っていたところ、なんか変な奴に絡まれて妨害を受けながらあちこちを旅してきたんだと。ゲームでありそうなシチュに興奮状態だったみたいで苦笑した。
「すまん、迎えに行かずに……」
「いや、いいって。そっちも大変だったみたいだしな! 俺としてはリズと出会えたから良かったけどな」
「もう、キリヤさん調子いいんだから!」
「でも、リズさんはこっちに居たらマズイんじゃないの?」
「ああ……最高神って人が言ってたんだけど、俺がこっちに戻るともう一度世界に変化が起きるってさ」
「変化だって……?」
俺が訝しんでいると、聞いたことがある声が聞こえてきた。
「はあ……はあ……こ、ここだ! な、なんで忘れていたんだ……?」
「若杉さん足速いっす……」
「スクープは近くにあったじゃないですかやっぱり!!」
「おい、興津は……居るな、うむ。よくやったぞ、流石は私の教え子だ」
声の主は若杉さんや宇田川さん、先生に羽須という部活のメンツだった。
それぞれ、扉が開いた時に記憶を取り戻したと見ていいと霧夜が言う。
「それでリズちゃんがこっちに居て大丈夫な理由は……?」
「最高神様が言ったんだ、一方通行で良ければこっちの世界に来たい人間は来てもいいって。だから……」
霧夜が扉に目を向けると――
「シュウ兄ちゃん!」
「久しぶり!」
「フィオ、エリク!?」
「ああ、史樹さん……会いたかった」
「……ブランダ!?」
一方通行というのは向こうからこっちにくることが出来るが、もう帰ることはできない。
だからどうしても、という人間だけ、霧夜が帰るタイミングで許可したとか。
「やるなあ最高神……」
「だな! 俺も冒険者としてかなり強くなったんだぜ? 向こうじゃ勇者扱いだ。見ろ」
「へえ、魔法も使えるのか。いや、一か月でここまでなったんなら凄いと思うぞ」
「実に興味深いですねえ」
「ちょ、キリヤさんに近づかないでくださいね」
「ああん? 彼女ですか? そう言われると奪いたくなりますねえ……」
「やめろ」
俺が羽須の頭にチョップを食らわしていると、
「ふふ」
「どうした真理愛?」
「ううん、なんかこれで元通りって感じで……良かったなって思って」
「……ま、確かに」
<これで、ようやく終わったな>
俺はスメラギを抱き上げながらため息を吐き、再会を喜ぶみんなを見ながら安堵する。
だけど、話はここで終わりでは無かった。
「甘いわね、真理愛。元通りってことは、私も居るのよ」
「え?」
「お、お前……八塚、か!?」
「そうよ。女神が体から出て行ったけど、急に記憶が戻ってきたわ。ハーテュリアではないけど、それに近い感じだと思ってもらっていいかな? 分身か双子みたいな感じ?」
「怜ちゃーん! 覚えているんだね!」
八塚が真理愛に抱き着かれて困ったように笑う。
どうやらハーテュリアの記憶を継承した別人って感じだと思って良さそうだ。
これで、本当に全てが終わった……そう思っていると、八塚が真理愛に対してとんでもないことを言い出した。
「ふっふっふ……ハーテュリアはそうでも無かったけど、私は神緒君のこと好きなのよねー。だから真理愛、今日からあんたはライバルよ!」
「ふえ? ふふ、修ちゃんはわたしと付き合ってるからダメだよー」
「真理愛、目が笑ってないぞ」
<くく……勇者は辛いな?>
スメラギが含み笑いをしながら肉球で俺の頬を叩く。
八塚は意外だったが、これで元通り、か。
きっと部室も復活していて、八塚は俺と一緒に居たいとかで部活を再開するんだろうな。
「まあ、それも悪くない」
なんせ俺達はまだ17歳。
やりたいことはたくさんあるし、将来だって決まっていない。むしろ今から始まりなのだ。
「おーい、みんな! 今からファミレス貸切るけど行く?」
「規模がでかいな!? いいな、異世界の飯も悪くなかったけど、こっちのご飯が恋しいぜ」
「どきどきするわ……」
リズが握りこぶしを作って興奮するが、装備はちゃんと置いて行って欲しい。
すると真理愛が近づいてきて上目遣いで見ながら、口を開く。
「修ちゃん」
「お、どうした?」
「良かったね♪」
そう言って笑う真理愛の頭に手を乗せ、手を繋いで歩き出す。
明日からの生活はまた楽しくなりそうだ。そんなことを考えながら――
-FIN-
◆ ◇ ◆
『良かったんですか、異世界人を片道とはいえ地球に入れて?』
『まあ、これくらいならええじゃろう。すでに魔法が地球で使えることは変えられん。それに別世界の勇者と魔王が先住していたから、改変の規模は小さいわい』
『確かに……あっちは大丈夫なんですかね……』
『ふん、お前は今からのことを考えた方がいいんじゃないかのう? ほれ、まずは反省会じゃ!』
『ううう……良かったけど良くない……』
現代に転生した勇者は過去の記憶を取り戻し、再び聖剣を持って戦いへ赴く 八神 凪 @yagami0093
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