女の子と猫
「宇田川さん」
「ん? おお、修か。どうだ、なにか気になることはあったか?」
「少しだけ。とりあえず動いてみないことには分からないかな。そっちは?」
「こっちも大した収穫は無いぜ……と言いたいところだけど、ちょっとおかしなことが分かった」
「おかしなこと……?」
俺の言葉に頷いた宇田川さんは血の跡がついた地面に視線を向け、不思議だと言わんばかりに口を開く。
「実況見分と遺体の状態からガイシャは正面から心臓を一突き。その後、体中を鋭利な刃物で何度も刺した痕跡があるらしいんだが、それにしちゃ血が飛び散っていないと思わないか?」
「……確かに」
横たわっていたであろう場所には血がべっとりと付着していたが、すぐそばにある自販機や道路標識の白い部分は綺麗なままだった。最初の被害者と同じく死体を隠していないため拭き取ったとは考えにくい。まるで何かで周りを囲んだような――
「おーい、修! まだかかりそうか?」
考え込んでいると霧夜から声がかかり、俺は顔を上げて返事をする。
「いや、もう行くぞ! どうした?」
「そろそろこの子を送って行こうぜ、放置は可哀想だ」
「宇田川さん、どうだ?」
「俺もいいぜ、邪魔したな」
「いえ、頑張ってください」
警官の言葉を背に受けながら『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープの外側に出ると、空気が変わったような気がする。
同じ場所だけど、殺人現場独特の空気が漂っているなと一瞬だけ振り返って胸中でそう感じた。
「それじゃ行くか」
「おうちに帰るの?」
「ここは怖いところだから一緒にね」
「うん! ウルフも見つかったし、わたし帰る!」
「ふにゃーご」
猫なのにウルフって名前なのか……センスあるな。スメラギより少し太い猫が女の子の肩に顎を乗せてあくびか鳴き声かわからない声を出していると女の子が俺の足元を見ながら聞いてくる。
「あれ? お兄ちゃんの猫、一匹居ないよ?」
「ああ、ちょっと散歩に行ったんだ。すぐ戻ってくるよ」
「うん! ウルフはもう逃げちゃダメだよ」
「にゃ」
小学生くらいだと思うけど、女の子と猫のやりとりが微笑ましい。結愛や真理愛の小さいころを思い出すな。
「とりあえず先に送った方がいいだろう、お嬢ちゃんの家はどっちだい?」
「こっちー!」
「うわ!?」
女の子は霧夜の手を握って走り出し、慌てて霧夜も足を踏み出した。俺達が居ない間に仲良くなったってところかな?
女の子の家へと向かうため繁華街をゆっくり歩いていると、出口付近で焦った様子の女性が周囲を気にしながら何かを探すようにウロウロしていた。すると女の子が大声で女性に手を振り始めた。
「あ、おかあさーん!」
「真由! ああ、良かった……どうしてこんなところに、目が覚めて居なかったからびっくりしたわ」
「お母さんですか? 私、こういうもので、この子達と一緒に猫を探していたところ保護させていただきました」
「え? 警察の方……? こ、これはどうもお世話になりまして……」
見た目はかなり若く、こんなに大きい子供が居るようには見えない。ウチの母ちゃんも若く見えるけど、それなりに歳は食っているんだよな。この人はそういうのじゃなくてガチで若いような気がする。
「いい子にしていましたよ、お母さん若いですね。ここは例の事件で危険です、私が送っていきましょう!」
「ああ、あの……怖いですね。でも、大丈夫です、すぐそこのアパートなので。本当にありがとうございました」
「ばいばーい!」
真由ちゃんとお母さんは手を繋いで笑顔で去っていき、俺達はホッと胸を撫で下ろしてそれを見送り、姿が見えなくなったところで繁華街へ戻る。
「よし! それじゃ、手がかりを探すか!」
「だな、スメラギ頼むぞ」
さて、頑張るとしますかね。
【ヒヒ……】
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