判決、無罪
「気持ち悪いと思うんだけど。キモかったらそう言って良いから、ちょっとだけ話、聞いてくんね?」
靴箱に入っていた封筒の『今日の放課後、体育館裏で待っています』という文字。イマドキこんな古典的な告白方法があるのかとは思ったけれど、いわゆる告白イベントが人生初だったオレは行くつもりでいた。文字にはこれと言った特徴がなく、便せんも封筒も水色のシンプルなものだったから、そういえば確かに、女子だと確定させる要素はなかった。
とは言えこれは——かなり、想定外だ。授業が終わってからいそいそと荷物をまとめるオレをからかって笑っていた親友とも言うべき男が、いつ先回りしたのか目的地に立っていて、後ろめたいような照れたような顔でこんな言葉を述べている時点で、これから何が起こるのかは想像が付く。——告白イベントだ。ただ、性別が一般的に認識されているものとは異なるけれど。
「この手紙……お前、だったのか?」
「……そう。名前書いたら、来てくんないの分かってたし」
「つか、名前書いてあったら教室で直に聞いた自信あるわ……」
「だと思った」
なんとか軽口っぽい空気に持っていくことに成功して、内心息を吐く。想像は付いても、心構えは出来ていない。完全拒否するほどの偏見もないけど、だからといって自分が好きになる性は異性、のはずだ。——その割に、嫌悪感がないのは、自分でも不思議だけれど。
「……こんなベタベタなシチュだし、もう分かってると思うけど。……——お前が、皆瀬隼人が、好きだ。親友として、だけじゃなくて、恋愛対象、性的対象として。……すっぱり、フってくんね? 気持ち悪かったら、もう近づかないから……」
本来告白とは、自分が相手を好きであることを告げるもので、その先にあるのは、出来れば付き合いたいという希望とか、相手も自分のことを好きだったら良いなという期待とか、そういう、プラスの感情であるはずだ。中には、告げるだけで良い、付き合えるとは思っていない、という告白もあるだろうし、その相手と付き合うことで得られるステータスが目的のものもあるだろうけど、全くプラスの感情がない告白を、オレはこれまで知らなかった。こんなに、告げるだけで泣きそうになるほどの悲しさをもたらす告白を、オレは知らない。
「まずは、オレを好きになってくれてありがとう。で、優柔不断で悪いんだけどさ。オレは現時点で、お前を恋愛対象とか、性的対象? として見てはいない。直接的に言えば、お前の裸見て勃つかって言われたら、多分ノーだ」
思ったままの言葉を繋げていくと、下を向いて泣きそうになっていた裕樹が恐る恐るという風に顔を上げる。
「けど、お前に告白されて、キモいとかはない。絶対にない。こないだ保健でやったから、ある程度のことは分かってるつもりだし。で、気持ち悪くなかったから、多分オレも素質ないわけじゃないと思うんだよな、分かんねぇけど」
うつむいていた裕樹の顔が、バッと上がった。信じられないような目で、オレを凝視している。
「近づくなとかはない。今まで通り、仲良くして欲しい。んで、オレは、お前に告白されたっつーことを念頭に置いて自分の気持ちを考え直す。その結果やっぱ無理だわってなったら言うし、よろしくお願いします、って言うかも知れない。……こんなトコでいいか?」
気恥ずかしさから逸らしていた目線を裕樹に戻すと、ぼろぼろと涙を流していて驚く。顔を真っ赤にして必死に堪えようとしながらそれでも止まらない涙に混乱して、咄嗟にポケットティッシュを差し出すと、遠慮なく受け取った裕樹は数枚出したそれで涙を拭い、しゃくり上げながらも口を開いた。
「ごめっ、っく、っりがと、ホント、ふっう、ありがとぉっ、ひっく、」
ありがとう、ありがとうと繰り返しながら泣き続ける裕樹があまりにも痛々しくて、段々自分まで涙腺を刺激されて、泣き顔を見られたくなかったオレは咄嗟に裕樹を抱きしめていた。五センチほど低い裕樹の頭を肩に押しつけて、頭を抱えた腕で滲んだ涙を拭う。
「大丈夫……大丈夫だ。大丈夫……」
何がどう大丈夫なのかは、自分でも分からない。けど、裕樹に泣いて欲しくない、笑っていて欲しいと思う反面、今まで辛かったのならこのまま——つまり自分の腕の中で——泣ききってしまえばいいと思っている時点で、答えは出ているようなものなのかも知れない。
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