第19話 道化のスナイパー

僕の名は九郎義経。今回鞍馬天狗の討伐を任された。死ぬかもしれない決死の作戦。ふとその時、過去を思い返していた。


始まりは、父親殺しだった。母がスラムでの清掃で日銭を稼ぐも全て父が酒とギャンブルにその金銭を溶かして、自分は何もせず、金が無くなれば僕や母親に暴力を振るったり、暴言を浴びせる。


僕はだから、力を選んだ。これ以上母を泣かせる屑を野放しにしない為にも。


そして初めて手に取った銃が、回転式拳銃のニューナンブ。スラムで警察官の払い上げ品として売られてたので、弾薬六発と拳銃本体を購入し、父が寝てる内に汚い頭を撃ち抜いた。


脳漿は畳に飛び散り、母がそれを泣きながら拭き、死体は餓人が発生する場所に捨てて、僕と母は地獄から解放された。ただ、僕は大丈夫だよ、と母に声を掛けるしか無かった。それが9歳の時。


それから1年後。僕は狩人見習いとして、様々な狩人のアシスタントをすることになった。日々の生活の為に殺す人、家族を守る為に殺す人、死地の中でギリギリのスリルを楽しむイカれた人。様々な狩人の元を転々としてきたが、どの狩人にも共通した信念があった。


それは、自分の為なら生命を奪うことを躊躇わない覚悟。僕は幼い年齢で、この世は蠱毒だと悟った。悪質な創造主が、この世にモノノケを創り出し、人間にそれを殺させ、それを需要にさせ、生活として成り立たせる。僕から言わせて貰えば、この世に善悪等無い。在るのは純粋な生存競争。自分が生きる為には、誰かを喰らうしか無いのだ。


それから15年の歳月が流れた。僕は異能を開花させ、より狩人として自分を研ぎ澄ませた。気付いたらS級狩人と成っていて、帝都に住む許可も降りた。その時、母の喜ぶ顔は忘れられない。そして、母は昔から夢が有ったと語っていた。


それは帝都に住んで、旅館を建てて、一般市民や狩人のオアシスとなる憩いの場を設けたいと。


僕は母の絶望が希望に変わったことが嬉しかった。帝都に住み、僕は今まで貯金してきた全ての金を旅館の建設に注ぎ込んだ。そして半年。遂に夢が叶った。


僕は狩人として働く以外の日は、旅館の番頭として様々な人に接客した。それからというものの、僕の価値観は変わり、人が好きになった。


こんな人殺しであっても、誰かを笑顔に出来ることが嬉しかった。そしてある日。僕は最愛の人に出会った。ブロンドのショートヘアーをした、サーベラスという名の女性だ。


僕がいつも通り、番頭をしていたら、常連の彼女が帰り際に訪ねてきた。


「ねぇ、九郎さん。」


「何ですか、お客様。」


「貴方って、彼女は居るの。」


「いや、今のところは居ませんが。」


「じゃあ、私が彼女になっていい?」


「え?」


「貴方、笑顔だけどどこか寂しそうな眼なの。それで、貴方のことを知りたくなって声を掛けた。私じゃ駄目?」


「いや、別に大丈夫ですけど...でも僕と居てもつまらないですよ。仕事とゲームとプラモ作りぐらいしかしてないですし。」


「いいの。貴方のことを知れるなら、なんでも。」


「じゃあ、これから彼氏彼女っていう関係で。」


「うん!」


それからというものの、僕の人生には色が付いた。二人で帝都の遊園地に行ったり、映画を観たり、夜通しプラモやゲームに没頭したり。今思えば最高の時間だった。


そして、二人で交わった夜。


「ねぇ、九郎さん。今日ぐらいは貴方の過去を聞かせて。いつも私が語ってばかりだからさ。」


僕は、今まで自分が血で手を染めてきた半生を語った。


「僕は、既に多くの屍の上に立っている。今更幸せになんてなれないよ。」


僕がそう言うと、彼女は僕にフレンチキスをした。


「今まで辛かったね。でも貴方は決して殺戮者なんかじゃない。本当の貴方は誰よりも家族想いで、今迄お母さんの為に頑張ってきたじゃない。やむを得ず辛い選択を選んできただけ。貴方は優しい人よ。」


「あんたに何が分かる、母しか居らず、その代わりに奪うしか無かった俺の感情が!」


「私もよ。私も、父親に母共々虐待されて、父親殺しをしなくちゃ生きられなかった。そして母の最後はモノノケに喰われた。」


「え?」


「だけど貴方は、そんな私に癒しの場と、沢山の思い出をくれた。そして、貴方は奪う為に戦ってる人じゃなくて、大切な人を守る為に戦う人。関わってれば分かるもの。」


僕は涙が止まらなかった。そんな僕を、彼女は抱き締めてくれた。


「大丈夫よ。貴方と私は、同じ痛みを持ってる。その痛覚が愛に変わるまで、変わってからもずっと居るから。後、貴方は表情が硬いから、もっと笑って。」


「うん、うん、そうするよ、僕、変わるよ...!」


「そう。やっぱり貴方、笑顔が素敵ね。」


今思えば、その瞬間が人生で最も嬉しい瞬間だった。だけど、その幸福は長く続かなかった。


彼女を旅館から送り出すその日、悲劇が起こった。


「じゃあ、九郎さん、またね!」


「また、サーベラスさん!」


銃声が鳴った。サーベラスさんは倒れる。


「あああああ」


僕は狼狽しながら、彼女に駆け寄る。射手は逃げてった。


「サーベラスさん、サーベラスさん!」


「私、もう駄目みたいだね...」


「おい、救急車!」


急いで通行人に呼びかける。


「サーベラスさん、救急隊が来るから、喋らないで!」


「心臓を撃たれてる...多分私は、助からない」


「大丈夫、大丈夫だから...!」


「私が居なくても、貴方はやっていける...」


「そんな、なんて事言うんだ...!」


「最後に、私と約束して貰ってもいい...?」


「ああ、なんだい!最後にしないから、いくらでも聞くよ!」


「貴方は、ずっと無表情だから、辛い時も、笑って生きてね...笑顔で居たら...幸福はきっとやってくるから...後、お母さんや、モノノケに虐げられる人々をちゃんと守ってね...貴方は、奪い合いの連鎖から、抜け出せる筈だから...」


「ああ、分かってる、分かってるよ!」


「愛してるわ...じゃあ、ね」


「サーベラスさん!」


その手は力を喪って、彼女は物言わぬ死体になった。


その後、犯人が捕まり、事情聴取の為に僕も呼び出された。


「今回の件に起きましては、誠にお悔やみ申し上げます。九郎さん、犯人が言うには、モノノケと化した親族を貴方が殺したという動機で、彼女を撃ったそうです。法律として、モノノケと化した存在には人権が適用されない為に、貴方は間違ってません。全くとんでもない逆恨みですよ。」


「犯人と話せるか?」


「はい、どうぞ...」


「私は、復讐が果たされるなら、貴方に殺されることを覚悟でやりました。私の処遇は、貴方に任せます。」


「いや、殺さないよ。」


「え?」


「僕は決して貴方を殺さない。僕が貴方の親族を殺したから、貴方も僕の一番大事な人を殺した。だけど、貴方は僕にとって、モノノケから守る対象である市民だ。それに、彼女と約束したんだ。奪う為でなく、守る為に力を振るうって。だから顔を上げて下さい。貴方は、親族の分と、僕の彼女の分を、償って生きるべきだ。」


「ありがとう、ありがとう...!」


それから僕は留置場を後にした。


涙がただ溢れ、溢れ落ちる。


その時の僕は、取り繕った笑顔で笑うことしか出来なかった。

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