運命の出会い

「さて、お別れだな。吾輩の役割もこれで終わり……老人は潔く消えるとしよう」


 突然現れて殊勝な言葉を口にしたカルロに、アルバートは口ごもった。


 ようやく最後の魔法を習得してほっと息をついた瞬間だっただけに、意表を突かれてしまった。驚いたのが半分、人と話すということが久しく言葉が出てこなかったのが半分だろうか。


 思えば独り言ばかりが多くなってしまったものだ。

 妙な感慨を感じつつ、軽く発声練習をしてから礼を言うと、カルロは構わないと態度で示した。


「これが吾輩の仕事で、呪術王カース・ロードの遺志であるがゆえな。それ、最後にこれをやろう」


「これは?」


 渡された黒い宝玉に疑問を投げると、カルロはにやりと嗤う。


呪術王カース・ロード魂根ルギを精製したものだ。彼が彼として生きた証として、死ぬ間際に作り出した遺物だよ。これをくれてやるのも呪術王カース・ロードの遺志であるからしてな。君の役に立つとは思えんが……まぁ、彼もまた新たな呪術王カース・ロードの門出を見たいんだろう。老人の戯言と思って、もらっていけ」


「ありがとうございます。暗黒空間ダグア・ヴェロウ


 空間の裂けめに倉庫を作る魔法を唱えて宝玉を放り込むと、特にそれ以上の用事はないらしく外への出口に案内された。


 出口といっても地面に刻まれた魔法陣だ。これを使って転移することができるらしいが、一方通行で戻ることはできないという説明に焦る。


「魔導書、持って行っちゃ駄目ですよね?」


「全部読んだだろう。これは君の頭の中にだけあるべきものだ。君が転移すると同時にこの空間は消失する。本も一緒に消えるよ」


「そうか。ちょっともったいないですね……」


「ちなみにだがね、君のお気に入りの数冊……暗黒空間ダグア・ヴェロウの中に収納しているようだが、それも漏れなく消えるからね。こっそり持っていこうとしても……そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。欲しければ向こうで探せ。あるいは自分で書けばいい。それじゃあ、本当にお別れだぞ」


 一人が長かったせいか、カルロとの会話すら名残惜しいと感じてしまうが、すでに空間の消失は始まっているようだった。


 遠くのほうで書棚が崩れる地響きとともに、闇がじわじわと近づいてきているのが見える。その速度は遅く焦る必要もないのだが、なんとも恐怖をあおる演出に文句を言うと、カルロはからからと笑った。


「転移先は吾輩の城だ。城にあるものは好きに持っていってかまわん城について記した書物も図書館にあったはずだから、眼は通してあるだろう。ひとまず身を守るくらいはできるだろうさ」


「ええ、見ましたよ。ありがとうございます」


「では、早く行け。最後の時は一人でここを眺めて回ると決めてるんだ」


「わかりました。それでは……ああ、師匠。一緒に来る気はないですか?」


 カルロは少し驚いたように目を大きくし、くつと笑った。


「ないよ。もう吾輩は十分に戦ったからな。古きは滅び去り、呪術王カース・ロードの力と名は君に受け継がれる。新しい呪術王カース・ロードの誕生というわけだね。ふむ、それにしては威厳がないが」


 アルバートは長い年月でも歳を取っていない自分の姿を見回す。


「ないですか、威厳」


「ないね。顔が若いのは仕方ないとしても、少しは威厳のある話し方を意識してみたらどうだい。そう、吾輩のようなね。舐められると、それだけ物事はうまくいかないものだよ」


「一理ありますね。心しますよ」


 確かに見た目や言動で侮られて良いことはない。中身が伴わなければ意味がないが、形から入ることも大切だろう。


 納得してうなずくアルバートに、カルロは思いついたように願った。


「我が眷属達に出会うことがあれば、少しでいいから優しくしてやってくれるか。もう生きているかすらわからんが‥‥吾輩と共に戦った戦友なのだ」


「わかりました。出会ったら、必ず」


 別れの挨拶は終わり、アルバートが足を踏み入れるとすぐに魔法陣が光を放ち始めた。


「良き旅を。君がここにいた時間はとても楽しかったよ」


「良く言いいますね。最初と最後しか出てこなかったくせに。覗き見趣味は嫌われますよ?」


「そうだな。次の機会があれば心しようか」


 そんなものはないと分かっていつつ、お互いに湿っぽい言葉を避け、笑いを選ぶ。別れは惜しむいう者もいるだろうが、少なくともアルバートは別れはお互いの未来を祈り合うものだと思っている。


 相手に未来がないのであればなおさらに、未来を祈り合うべきだ。涙ではなく、笑顔で。行く者も、残る者も、互いにしこりを残さぬように。


 アルバートは光に包まれる刹那、薄れゆくカルロに頭を下げる。


「‥‥なんだこれは?」


 頭をあげるとカルロの姿はなかった。


 代わりに目の前に広がっている光景に、アルバートは虚を突かれて一瞬思考が停止してしまった。


 なにせ目の前には炎のように赤い髪をした現実とは思えないほどの美少女と、彼女を容赦なく叩きつぶさんとする巨大な首なしの鎧の化け物がいたのだ。


 カルロの言葉を信じれば、ここは彼の城のはずだ。ならばどちらかが眷属かと思うが、一瞥で判別できようはずもなし。


 時は金なりという言葉が日本にはあるが、この場合は時は命なりだろうか。


 馬鹿なことを考えたのも一瞬、善悪の判断はつかないまでも、ひとまず少女への攻撃を防ぐべく行動に移した。


呪怨縛鎖アグニエール!!」


 第二梯呪術。

 七つある悌のうち、下から二つ目であるが、その効果は絶大だ。


 呪文とともに地面から現れたのは頭蓋骨の鎖だった。たかが骨であるはずなのに、赤黒いオーラを纏ったそれは異鎧の化け物の全身に絡みつくや末端を壁や天井に突き刺し、一切の動きを封じてのける。


 捕縛に特化した呪術であるからこそ、そう簡単に回避できるものではない。


「――――――――――っ!!!!」


 音として形容すらし難い叫び声を上げる鎧の騎士だが、どれほど暴れようと鎖はびくともしない。


 アルバートは鎧の化け物が鎖を断ち切ることができないと確信するまでじっくりと観察し、やがて満足して少女に顔を向けた。


 驚くべきことだが、少女もまた鎖で封じられていた。

 もちろん、アルバートの意図した行為だ。


 どちらが善か悪かを断じることができない以上、どちらにも同じ対応をする。彼にとって片方が醜悪な化け物であることなど関係がない。どんな容姿であれ、その気になれば人は殺せるし、善良でありえる。


「だ、誰ですかっ!」


 驚愕する少女は扉の中から現れたアルバートに気づいたらしく、驚愕に目を見開いていた。


 そこまで驚くこともないと思うのだが、良く考えてみれば状況は最悪だ。言ってみれば暴漢に襲われると思ったら暴漢ともども身動きを封じられ、知らない男が現れるのだ。


 日本であれば即通報事案だ。


 やってしまったことは今更取返しがつかないが、かといってどうしたものかと思案しても咄嗟にいいアイデアは浮かばぬもの。


 悩んだ挙句、アルバートはひとまず面倒な思考を棚に上げ、質問に答えることにした。


 だが、ここでまた困った。

 敵か味方か分からない状態で安易に名を名乗るのはいささか不用心にすぎる。偽名の一つも名乗るべきかと考えて、ふと先ほどのカルロとの会話を思い出した。


 カルロはアルバートに言ったのだ。

 新たな呪術王カース・ロードの誕生だと。

 そして、威厳が大切だと。


 威厳‥‥一人称はなんだろうか。

 私、俺、我、余‥‥どれもしっくりこない。幾つかの案を検討し、そういえばカルロには妙に堂々としていたことを思い出し、あれが威厳というものかと推察した。


 模倣は創造の母だ。

 形から入ることもまた大切だろうと決断する。


 アルバートはできるだけ害意を感じさせないように微笑みを浮かべ、口を開いた。


「初めまして、お嬢さん。吾輩は呪術王カース・ロードという者だ。ご機嫌はいかがかな?」


「え、あ……機嫌ですか……?」


 予想外に礼儀正しいアルバートの問いかけに呆気にとられたのか、少女の返答は間が抜けている。


 しかし少なくとも敵意を感じ取ることはできなかったから良しとして、アルバートはもう一人の捕縛者を振り返った。


「さて、君もご機嫌よう。吾輩のことは呪術王カース・ロードと呼んでくれたまえ。とはいえ、君に知能があるように見えないな。言葉が話せないだけで理解はできるのかな。どうだね?」


 試しに右手を上げるように指示をして鎖を緩めてみると、鎧の化け物はすぐさま大剣へ手を伸ばそうとする。これは話は通じないらしい。見切りをつければ、どちらを優先するかは定まった。


 であれば、あとは対処するだけだ。

 一気呵成に断行すべしと鎧の化け物に手を伸ばし、指の先で軽く触れた。


腐れ落ちた巨人の拳オルルーラ・エレ・ゲレハウラ

 

 第四梯呪術。

 鎧の化け物の強さが分からぬがゆえに、少々強めの・・・・・呪術を選択した。


 呪術が解き放たれると同時、指先から現れた腐りかけの巨大な拳が鎧の化け物を打ちすえる。


 衝撃で腐臭のする液体が部屋中に飛び散ったが、そんなものは気にならないほどの轟音と衝撃が二人を襲う。


 だが、常時展開されている防御壁があらゆる石くれを弾き飛ばしてのけた。


「……ふうむ。予想より威力があるな。本来の使い方とは少々異なるが……これはこれで面白いと言うべきか?」


 ぼそぼそと一人ごちながら、行使した呪術の結果を確かめるために粉塵をかき分けたアルバートは、すぐに完膚なきまでにひしゃげ潰れた鎧を発見した。


 すでに動く気配はなく、活動を停止しているのが分かる。


「ああ、やりすぎか。もう少し威力の低い呪術でもよかったな」


 その姿を粉塵の切れ間から目を輝かせて見つめる少女がいたのだが、呪文の結果の分析に忙しいアルバートがそれに気づくのはもう少しあとのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る