第30話 平穏な日々

 朝の陽光を浴びて目を覚ますと、横には眠るロゼットの姿があった。

 昨夜はアニメ『魔法少女アリス』を一緒に観て、そのまま寝たんだっけ。

 双子も捨てがたいけど、無防備な美少女の寝顔を眺めながら目覚めるのは、これはこれで至高の御褒美である。

 前世では、アイリの抱き枕に頬ずりしながら目覚めたけど、リアルなアイリには敵わな──

 

「おはようございます。百合様」

「うわああああああぁ」

 

 どこかから不意に声がして、僕は叫びながら上体を起こす。

 声のした方を見やると、タルトが驚いた様子で立ち尽くしていた。

 ロゼットも起きて、目をぱちくりさせている。

 

「タ、タルト、どうして此処に? 次の戦いが始まるまで魔人は、魔王城で過ごすことになってたはずだけど」

「はい。食事の支度で来ました。準備が出来たので呼びに来たのですが、まだ寝ていらしたので、お目覚めになるまで待ってたのです」

 

 そっか。

 ロゼットだけでは、まともな調理が出来ないから、わざわざ来てくれたらしい。

 昨日は宴の準備や後片付けで、彼女も疲れているはず。

 今日くらいはゆっくりと休めばいいのに、本当にタルトは献身的で優しい娘だ。

 もともと人族は、土器などの道具を使っていたという。

 だけど戦争が始まって村が襲われると、着の身着のまま逃げたので、調理ができなくなった。

 道具がないから、採ってきた木の実や魚を単純に焼くしかできなくなったのだ。

 タルトは錬成魔法で自在に食材を加工できるから、此処には包丁なども無い。

 だからロゼットは、下ごしらえすら出来ないのである。

 もしタルトがいないと、まともな料理が食べられなくなってしまう。

 これは最優先で解決すべき事案だな。

 タルトに調理器具を造ってもらい、人族の女性に料理を覚えてもらおう。

 当分は自由に過ごしていいと姫様に言われて、どうしようか迷ったけど、人族みんなの生活を向上させることにした。

 

 食堂に移動して三人で朝食をとりながら、僕は食料事情について尋ねた。

 魔族は倒した敵や動物の肉を食べられるが、人族は滅多に口にできないという。

 人族は木の実や山菜のようなもの、魚などが主な食糧だけど、時期によっては入手が難しくなるそうだ。

 今後の安定的な食糧確保のためにも、人族の男性には自給することを覚えてもらうべきだな。

 基本的なことなら、スマホの百科事典などで調べて、彼らに教えることは可能だ。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 それからは、多忙を極めたけど、とても充実していた。

 人族の女性には料理を、男性には農耕を教え、子供たちの遊び相手もさせられたのだ。

 加えて、どんなに忙しくても毎日魔王城に赴き、姫様に顔を見せに行った。

 まぁ、ムースさんに逢うのが目的なので、姫様はついでなんだけど。

 

 料理を教えると言っても、僕は小学校の調理実習しか経験がない。

 それでもこの世界に包丁はないので、僕しか教えられないのである。

 簡単に包丁の説明をした後、女性たちが見守るなか、実際にイモのような食べ物の皮を剥いて、手本を見せることにした。

 さて、タルトに造らせた包丁の切れ味はというと……スパッ! と鋭く切れた。

 僕の指が!!

 

「あああああぁ! 血が!!」

 

 タラタラと流れ出す血に、狼狽える僕。

 

「もう、おっちょこちょいなんだから。それくらいで騒がないでよね。男の子でしょ」

 

 僕の腕を掴んでキャンディは言った。

 

「だってこんなに血がっ!! ど、どうしよう!」

「まぁ、驚いたわ。いきなり目の前に現れるんですもの」

 

 えっ!?

 不意に背後からムースさんの声がした。

 

「激レア君が、指に怪我したんだ。治癒お願いね」

 

 動揺して気づかなかったけど、いつの間にか魔王城に転移していたのだ。

 僕の出血している指を、ムースさんは両手で握り締めながら、治癒してくれた。

 手を伸ばせば届くほど間近に彼女の顔があり、僕は痛みを忘れて見惚れてしまう。

 彼女が側にいるだけで、癒されて幸せな気分になれるのだ。

 このまま時間が、止まればいいのに──

 

「百合さん。治癒は終わりました」

「あ、有難うございます」

「……もう大丈夫ですよ」

「はい。有難うございます」

「……あの、手を放してもらっていいかしら?」

「はい。有難うございます?」

 

 上の空で答えいた僕は、いつの間にかムースさんの手を握り締めていたことに気づいた。

 まるで手をとり見つめ合う恋人どうしのような状況に、慌てて僕は手を離すと土下座して謝る。

 その後も幾度となく、指を怪我してはムースさんに手を握ってもら──もとい治癒してもらった。

 仕方ないよね。

 僕ってドジだもん。

 そもそも僕だって料理は、素人なんだからさ。

 擦り傷程度の傷なので、治癒してもムースさんの寿命はさほど縮まらず、ザコ一匹を倒せば充分に取り戻せるとのこと。

 ムースさんはウェーブでかなりの敵を倒したし、これからは彼女も率先して出撃してもらうから、何の問題もない。

 なので心おきなく、ムースさんの顔を拝みに行けるのだ。

 

 姫様に会いに行くと、いつも彼女はご機嫌な様子で、魔王の膝の上に座っていた。

 なんだかんだ言っても、まだ年端もいかない女の子。

 バジル王の肩車もお気に入りだったし、甘えん坊なお子様なのである。

 玉座に鎮座する魔王も、愛娘を抱きかかえながら、メロメロといった感じだ。

 よくもまあ、臣下を前にして魔王が、あんなにもだらしなくなれるなと、感心するほどの子煩悩振りである。

 そのことをムースさんに話すと、以前から仲の良い親子だったけど、前回のウェーブ以降その傾向が顕著になったらしい。

 加えて姫様は、毎日臣下全員に声を掛けて、スキンシップを取るようになったという。

 きっとウェーブの後、みんなの大切さが身に染みて分かり、絆を深めようとしているのかもしれない。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ある日、タルトの笑顔につられて、思わず僕も微笑むと、

 

「何か嬉しい事でもあったのですか? 百合様」

「そうだね。タルトの笑顔が増えたことかな」

 

 出会った頃の彼女は、自信が無くて、いつもおどおどした感じだった。

 おまけに戦う仲間のことが気掛かりで、いつも不安げな表情ばかり。

 そんな笑顔の殆ど見られなかった彼女も、今では会うたびに微笑んでくれる。

 それだけで僕も嬉しくなって、自然と顔がほころぶのだ。

 

「それは全て百合様のおかげです。皆さんを滅亡から救って頂き、こうして平穏な日々を過ごせて、私はとても幸せです。だから自然と笑顔になるのです。是非お礼をしたいので、何なりとお申し付けください。私に出来ることであれば、何でも致します」

「本当に? 本当に何でもしてくれるの?」

「はい」

 

 タルトは純粋な眼差しで、嬉しそうに返事した。

 まったく、この娘はピュアにもほどがる。

 僕が、彼女に対して嫌がることや、酷いことを要求するとは、これっぽっちも考えていないのだ。

 みんなで保護しなければならない、特別天然記念物のような娘である。

 タルトのようないい娘は、幸せになってほしい。

 

「これからもずっと、タルトの笑顔が見られれば、それで充分だよ」

 

 彼女が笑顔なら、それは幸せということだからな。

 以前のような、辛そうで暗い表情には戻ってほしくないのだ。

 

「え? そんなことで、いいんですか?」

 

 戸惑いぎみに、タルトは聞き返した。

 

「うん。男は単純だから、女の子が微笑んでくれるだけで、幸せな気分になれるんだ。だからタルトの笑顔が僕にとって、最高の御褒美なんだよ」

 

 そんな単純な男は、僕だけかもしれないけど。

 

「で、では、頑張って笑顔をお届けしますので、これからもよろしくお願いします」

 

 彼女は恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染め、最高の微笑みを見せてくれた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 いつものように魔王城を訪れ、姫様に会うため玉座の間へ行くと、魔王とフラムが何やら話をしていた。

 

「そろそろ我のものにならぬか。フラムよ」

「お断りだ。エロジジイなんかと一緒になるくらいなら、コイツと添い遂げるほうがマシだ」

 

 そう言って突然フラムに指名された僕は、憤怒の形相へと変化していく魔王に、睨み付けられた。

 とんだとばっちりである。

 ガンを飛ばされて、物凄い殺意に耐え切れなくなった僕は、

 

「姫様、後ろ!!」

 

 魔王の膝に座っている姫様に、助けを求めた。

 なんじゃ? と姫様が振り向くと、魔王は一瞬で菩薩の様な表情に。

 僕に殺意を向けたことがバレたら、愛娘を怒らせてしまうので魔王は必死だ。

 

「そういえば、御殿で夜中にフラムの部屋から、モアイが出てきたことがあったの。あの時は随分とお楽しみのようじゃったが──」

 

 僕を助けるどころか、息の根を止めるような発言をする姫様。

 一段と怖ろしい顔になった魔王が、射るような視線で威圧してくる。

 

「姫様。後ろ、後ろ!!」

「だから、後ろが何じゃと言うのじゃ?」

 

 姫様が振り向くと、魔王は優しい表情で微笑む。

 するとニヤリとしたフラムが、

 

「あの時のことは、今でも忘れられないアタシにとって特別な夜。コイツが興奮して押し掛けてきたので、やむを得ず部屋に招き入れたのだが──」

 

 誤解を招くような言い方するな!

 確かにあの時は、炎のトークンが使えるかもしれないと閃いて、興奮ぎみだったかもしれないけど。

 益々怖ろしい形相になる魔王に、すぐさま僕は姫様を後ろに振り向かせて対処する。

 フラムが悪ノリして何度も挑発するので、魔王は憤怒と慈愛の表情を繰り返す羽目に。

 

「ええい! お主ら、いい加減にせぬか!!」

 

 と、さすがにキレる魔王。

 

「あはははっ。エロジジイの豹変ぶりが、あまりに面白かったんでな」

 

 悪びれる様子もなくフラムが楽しげに返すので、僕は思わず吹き出した。

 

「??? ズルいのじゃ!! 皆で楽しげにしおって。妾も仲間に入れるのじゃ!」

 

 姫様は口を尖らせて可愛く抗議した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 晩餐は魔人全員でとるのが決まりらしい。

 なので夕食の支度を終えると、タルトは双子とともに魔王城へ帰る。

 その時僕も一緒に連れて行ってもらい、姫様にお目通りするのが日課だ。

 四人で大広間に転移すると、

 

「それではまた明日、御殿に伺います」

 

 タルトはちょこんと頭を下げると、厨房へ向かった。

 

「ウチらは部屋にいるから、御殿に戻る時は声を掛けてね」

 

 キャンディはそう言って、姉と共に自室へ向かった。

 いつもこの時間に伺うことになっているので、姫様は玉座の間で待っていてくれる。

 僕は周囲を気にしながら足早に、そこへ向かったのだが、

 

「おや、百合殿ではないか。こんなところで会うとは奇遇ですな」

 

 ギクッ!

 何が奇遇だよ。

 毎度毎度同じパターンで、呼び止めておいて。

 

「これも何かのご縁、きっと我輩の娘に貴殿の子供を授かれという、神のお導きに違いない。ならば早速、エクレアの部屋へ参りましょう」

「すみません。急いでるので」

「ふっ。我輩を舐めてもらっては困るな。いつも同じ言い訳で、騙されるような我輩ではない」

 

 それはこっちの台詞だ!!

 

「今日こそは逃しませぬぞ」

 

 セダムさんは両手を広げて、僕の前に立ちふさがった。

 もうハッキリと断るしかなさそうだな。

 

「もっと娘さんのことを、考えてあげたらどうですか? 好きでもない相手の子供を産まされるなんて、可哀そうでしょ。エクレアさんは道具じゃないんだから」

「何を言うか。娘のことを想えばこそだ。もし百合殿がいなかったら、魔族は滅んでいた。エクレアの命を救ってくれたのは、貴殿である。だが人族の命は、我々に比べてあまりにも儚い。百合殿が亡き後、誰が娘を護ってくれるというのだ!」

 

 セダムさんが、そこまで考えていたとは思いも寄らず、僕は返す言葉がなかった。

 

「エクレアが、貴殿のユニークスキルを受け継いだ子を産めば、娘だけでなく子孫も救われることになる。それで娘に嫌われようが、世間から鬼畜と罵られようが構わない。我輩にとってエクレアは、掛け替えのない大切な一人娘なのだ。どうか娘とその子孫を救うために、聞き入れてはもらえないか」

 

 土下座して懇願するセダムさん。

 

「残念ですけど、僕にユニークスキルはありません。僕の指揮能力は、経験で得られたものです。でも安心してください。僕のスキルを全てエクレアさんに、伝授しますから」

「そんな見え透いた嘘をついても、騙されませんぞ。百合殿の戦い方は、人智を超越していた。どの種族であっても、あのようなマネは不可能だし、我輩がどんだけ長く経験を積んでも無理である。なのに人族の貴殿が、数年の経験で身に付けたというのなら、それこそユニークスキル以外の何ものでもない」

 

 数年どころか、ゲームをやって未だ1年にも満たない新人殿プレイヤーなんだけどね。

 引きこもっていたので、かなり時間を費やしてプレイしてたけど。

 でもよく考えたら、セダムさんの言う通りかもしれない。

 魔族や人族は僕と外見は似ていても、異世界の人たちだから、中身が同じとは限らないんだよな。

 人類は何百万年? という長い年月をかけて、脳を進化させてきた。

 この世界の人たちとは、構造や機能が異なっていても、おかしくはないのだ。

 そのせいで彼らが、僕と同じ思考を持てないのであれば、それはユニークスキルと言えるだろう。

 

「はぁ……娘の行く末が心配で心配で、夜も眠れないのだ。この老い先短い我輩の願いを、叶えてはもらえぬか。後生だから、生きている間に、孫の顔を拝ませてほしい」

 

 セダムさんは、弱々しく涙ながらに訴えかけてきた。

 さすがエクレアさんの親、今度は泣き落としですか?

 

「何言ってんですか。僕より何百年も長生きするくせに」

「……と、とにかく、娘は一日千秋の思いで、毎日貴殿が訪れるのを待っているのですぞ。あまり焦らしては、娘はどうにかなってしまいます。おかげで娘は毎晩身もだえして、なかなか寝付けないみたいなのだよ」

「寝付けないのは僕の所為じゃなくて、魔王の抱き──」

「二人とも、さっきから黙って聞いていれば、勝手なことを言わないでください! 某は百合殿を待っていませんし、身もだえするような変態でもありません!!」

 

 魔王の抱き枕で悶えている変態──エクレアさんが柱の陰から飛び出してきた。

 

「何だ、聞いておったのか。なら話は早い。百合殿は奥手だから、年上のお前がリードしてあげなさい。このまま百合殿を部屋に連れ込んで──」

「もう! 父上はこれ以上余計なことを、言わないでください!!」

 

 そう言って娘は父親の手を引っ張った。

 

「お、おい。連れ込むのは我輩ではなくて、百合殿だぞ」

「誰も連れ込みません! 父上を部屋に閉じ込めるだけです」

 

 エクレアさんは強引にセダムさんの手を引いて去っていく。

 ふう。

 助かった。

 だけどセダムさんの憂慮は、もっともなこと。

 僕が死んだ後も、彼らは生き続けるのだから。

 魔族が平穏無事でいられるように、いずれ対策を講じる必要がありそうだ。

 

 10分ほどで謁見を終え玉座の間を後にすると、通路でエクレアさんが待っていた。

 

「さっきは父上が迷惑をかけて、すまなかった。父上の愚行を許してやってほしい」

 

 彼女はバツの悪そうに言って、深く頭を垂れた。

 

「許して欲しいのは僕の方だよ。セダムさんは、誰よりもエクレアさんのことを、大切に思っていて幸せを願っている。それなのに僕は浅はかな考えで、セダムさんに偉そうなことを言ってしまった」

「そ、そんなことはないぞ。百合殿も某のために、言ってくれたのではないか。それに貴殿のことは、魔族みんなを救ってくれた英雄だと思っている。魔王様以外で、某が唯一認めた男だ。だから某が父上に従わなくても、誤解しないで欲しい。決して百合殿を嫌いではないことを。それを伝えたかったのだ」

 

 いつも魔王のことしか頭にないと思っていたから、こんな風に気遣ってくれる意外な一面に触れ、彼女を見る目が少し変わった。

 もう変態を見るような目は止めよう。

 それにしても、僕が男として認められたのは、初めてである。

 

「うん。ありがとう」

 

 素直に嬉しかったので、満面の笑みで返した。

 その反応が意外だったのか、エクレアさんは戸惑ったような表情を見せ、

 

「そ、それじゃ、某は部屋に戻るから」

 

 そそくさと去って行った。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 御殿に戻ると、転移魔法陣の前でメイド服の美少女が出迎えてくれた。

 

「おかえりなさい。モアイさん」

 

 嬉しそうに微笑むロゼットは、めちゃくちゃ可愛い。

 僕の大好きなアニメ『魔法少女アリス』で一番のお気に入りであるアイリそのもの、つまり僕にとってドストライクな娘なのだ。

 可愛さならムースさんを凌いで、この世界で右に出る者はいないだろう。(個人の感想です)

 そんな美少女と二人きりでいても、僕が過ちを犯さないでいられるのは、彼女がココアの姉であり、人族は家族だと思っているからだ。

 彼女も僕のことを家族のように思ってくれているはず。

 僕は毎日午後4時になると魔王城へ赴き、5時前後に帰るようにしている。

 その間、この広い御殿で一人きりになるのが寂しいのか、いつもロゼットは魔法陣の前で待っていた。

 ちょくちょく彼女のもとにブラウニーが来ているが、彼も4時半には帰るらしい。

 

「ただいま。でも、今日みたいに遅くなることもあるから、待っていなくていいよ。先に夕食をとっていても構わないからね」

「でも、一人で食べても美味しくないから」

 

 人族は仲間と寄り添って生きてきたから、僕が思っている以上にロゼットは、寂しさを感じているのかもしれない。

 

「そっか。それじゃ早速、ご飯にしよう」

 

 僕たちは、そのまま食堂に行って、夕食を頂いた。

 二人になってからは、おしゃべりをしながら食事するようになった。

 魔人たちがいた時は、気を遣って大人しくしてたけど、広い食堂に二人きりで黙々と食べるのは、寂しいからね。

 

「モアイさん。魔王城で何かあったのですか? なんだか嬉しそうだけど」

「うん。ちょっとね。ロゼットは異世界って信じる?」

「いせかい? ですか」

「そこが異次元空間なのか、別の惑星なのか分からないけど、この世界とは別の世界が存在するんだ。僕は地球という惑星で生まれ育って、その異世界から来たんだよ。信じられないかもしれないけどね」

「私には難しくてよく分からないけど、信じます。モアイさんのことは信頼していますので」

「その世界での僕は、忌み嫌われ避けられていたので、生きているのが辛かった。でもこの世界では、みんなから英雄扱いされて、必要とされたので、とても嬉しかったんだよ。今日もエクレアさんたちに言われて、改めてそう思ったんだ」

 

 そう説明すると、何故かロゼットは頬を膨らませた。

 もしかして怒っている?

 でも、その表情も可愛すぎて、反則だ!!

 思わず僕はイエローカードを出しそうになった。

 

「どうかした? ロゼット」

「私はモアイさんと出会った時から、救世主だと思っていました。その時からモアイさんを、必要としてました。誰よりも私がモアイさんを──」

 

 その拗ねた表情に、レッドカード!!

 そう言えば、族長ジェノワーズさんも、そんなこと言ってたな。

 ロゼットが僕を救世主だと思っていると。

 

「そっか。ありがとう」

 

 僕が嬉しそうに返すと、彼女は機嫌を直してくれた。

 

「ねぇ、モアイさんの生まれ育った世界って、どんなところ?」

「そうだなぁ。まぁ、食うには困らないし、魔物に襲われる心配もないので、平和なのかもしれないけど──」

 

 突然ロゼットは表情を曇らせて、

 

「モアイさん。元の世界に戻るの? どこにも行かないで」

 

 不安げな眼差しで訴えてきた。

 元の世界に未練がないと言ったら嘘になる。

 僕が失踪して、親父が心配しているに違いないから。

 だから元気な姿を見せて、安心させてやりたいのだ。

 それでも元の世界に戻るつもりはない。

 まぁ、帰れるかどうかも、分からないのだけどね。

 

「約束するよ。ずっと一緒にいる」

 

 するとロゼットは安堵の表情を浮かべた。

 ボッチだった僕に、この世界で大切な家族や仲間が出来たのだ。

 もう誰も失いたくない。

 だから僕は命のある限り、この世界で彼らを守ると心に誓った。

 

 人族の生活は、着々と向上していった。

 料理は、調味料を増やすことができたので味の幅が広がり、レパートリーも増えて、種族や老若男女問わず大好評である。

 特にプリンなどのデザートは、女性や子供ウケがとても良かった。

 畑は、僕も手伝って鍬で耕した。

 幾つか種まきも済んで芽吹いたので、結果が出るのは未だ先だけど、収穫がとても楽しみである。

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