飛行機(移動)に憧れて。

  オールスター・フューチャーズゲームは毎年オールスターゲーム・ウイーク中に、オールスターゲームと同じ球場で行われるマイナーリーグの有望選手たちによって行われるエキシビジョン・ゲームである。


 メジャー30球団の各球団の傘下選手から1球団2名以下が選ばれる。選ぶのはベースボールUSという野球誌。一般には雑誌の発行とともに発表となるが先行して各球団に内示されたのだ。


 日本ではフレッシュオールスターという同様な試合がある。俺が以前「ジュニアオールスター」と言っていたが、それは平成10年までの話。うむ、中の人の昭和な記憶を引きずってるな。言い訳をすると名称が何度も入れ替わっているのだ。


 「ひ、飛行機で行けるんですか?」

デズの質問にグレッグやコーチ陣が大笑い。

「もちろん、モンゴメリーからは直行便がないのでバーミングハムまで出る必要はあるがな。それともバスがご希望かな。」


 「いえ。飛行機で。」

AAAからは飛行機移動になるのでテンションが上がるのはわかる。


「まあ、めでたい話も出たが、チームとしても前期優勝を目指そう。成績によっては上に上がる者、降格する者もいる。そして大半は後期もここで戦うだろう。一同の奮起に期待する。」



「健、今週の試合のピッチングで100マイル出したんだってね。ニュースでやっていたのを見たよ。」

 月曜日のマフィン家での朝食の話題もそれ。

「100はいきませんでしたけどね。でも、これからトレーニングを積んでいけばまだまだ速くなりますよ。よくそんなローカルニュースに気付きましたね。」

アメリカではもうさほど珍しい記録でもないのだ。


「いや、ライリーが美咲からメールをもらったそうだよ。『健が100マイル出したらしいからニュース映像が欲しい』って。だからライリーがこちらの映像を動画で送ってあげたんだ。」

へえ、まだ交流してたんだ。


「ありがとうライリー。妹に親切にしてくれて。」

「べつにあなたに礼を言われる話じゃないわよ。」

 俺のお礼にソッポを向く。まあ「怒ってる」のはだいぶ関係が良くなってきた証拠。同席拒否→完全無視→汚物を見るような眼→苛立ちと徐々に改善されているのだ。

 

「ライリーは将来映像の仕事につくことを目指しているんだよ。」

「パパ、こいつに余計なこと言わないで。」

「何言ってんの?健がメジャーリーグに上がったらそういう方面にコネができるんだぞ。営業は大事だぞ、ライリー。」


 営業て。今のところ俺がコネを使えそうなのは由香さんくらいかな。ライリーが大学を卒業する10年後くらいに由香さんが立派な事務所オフィスでも構えていれば紹介してあげるよ。

「余計なお世話。」

そう言って食事を切り上げる。怒ってる感じだが、さほど足音は怒っていない模様。


 さて、問題は火曜日からの敵地でのヴィスカウンツとの直接対決だ。バーミングハムは近いので⋯⋯って片道3時間を近いと感じるようになるとは。脳内もマイナーリーグに馴染んできたか。ただ今回は」優勝間近ということで安宿付きである。ありがたやありがたや。


 ただ安宿のでシャワーが水しかでないとか、シャワーが壊れて使えないなんてことはざら。チームメイトがシャワーを借りに来ることも良くあるのでバスタブにお湯を張るなんて芸当はなかなかできない。

 個人的にシャワーさえあればお湯につからなくても平気なんだけどね。


 あとはベッドのマットレス。時々スプリングが壊れてて、布地から先が飛び出していて、背中をひっかかれることがある。しょうがないので一度シーツを剥がしてマットレスごとひっくり返す。背中を引っ掛けて酷い目にあったことも。球場のシャワールームで背中のミミズバレを見られて

「健、昨晩はお盛んだったね。ベッドでお楽しみだったのかい?」

とからかわれたことも。いや、ベッドにやられたんですよ。


 ライバルのベッカム氏たちは上に上がったが、代わりに下から上がって来る選手もいるわけで、アメリカの選手層が厚さを思い知らされる。

 

 それが俺が勝手に「豆タン」と呼んでいるピシエド氏。俺より2歳年上で昨年キューバからイカダに乗って亡命してきた選手だ。相手チームだが俺がスペイン語ができるのを知っていて良く絡みにくる。スペイン語話者ヒスパニックの連中は陽気なので敵味方関係なく交流してくるのだ。


やあオラ聞いてくれよオイガ健。俺もオールスターに呼ばれたんだぜ。レイザースはお前とデズが代表だってな?」



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