新星《キラぼし》の生まれる場所で

 フルカウントからの6球目。俺は外角へのチェンジアップを左中間へ。スタンソン氏、打球処理も素早く、返球もなかなかの強肩ぶりで前走者は三塁止まり。これは守備もお上手ですか。続くジョシュの犠牲フライでの1点止まり。


 俺の名刺代わりのに右打者のスタンソン氏も応える。2回先頭の彼も外への変化球を逆らわずに右中間に。前評判通りの打撃は二塁打。彼のデビュー打席の初安打に観客からの拍手が自然と沸き起こる。彼も塁上でヘルメットを取って応じた。


 試合は俺もスタンソン氏も3安打ずつ打ち6対5でクッキーズがリード。9回裏のマウンドに俺が立つ。打順は4番スタンソン氏から。今日は左投げの日。


 いきなり4番スタンソン氏から。ホントに投げるんだ、って顔をされた。WBCを観なかったのかよ。まぁ観ていても日本人のことなんか覚えていないか。


 捕手は直球4シームシュート2シーム順回転バックスピン横回転ジャイロスピンのコンビネーションで投球を組み立てる。


 4SBと2SGをファールに切らせ4SGで空振り三振。スタンソン氏は首を傾げながらボックスを後にする。初見で見切られてたまるかよ。


 後続もレフトフライと三振で切り抜けチームは勝利。

「よし、うまいものでも食いに行くか。フロリダ名物とかどう?」

試合後ジョシュの音頭でホテルから街へ。

「ミールマネーの範囲でお願いします。」

「それがいちばん難しいわ。」

アメリカは物価も高いが付加税(消費税)も結構取られる。


「じゃあフロリダ名物のハンバーガーで。」

「いつもと変わらねー。」

「フロリダ全く関係ねー。」


やっぱり勝った後は気分が良い。野球選手である以上、個人の成績もさることながらチームの勝利がいちばんなのだ。


 翌日、球場入りしてロッカールームで昼食をとりながらミーティング。終わると由香さんたちが入ってくる。

「昨日は眠れた?⋯⋯健くんはどこでも眠れたわね。」

それは魔法スキルのおかげですけどね。しかし、もとは「状態異常魔法デバフスキル」の睡眠魔法スリープを健康維持に使ってくるとは転生の女神も予想しなかったろう。


 「そう言えばスタンソン君、昨日は試合後も居残って練習してたわよ。ああいう子は伸びるわね。」

 ほぼ身長2m、体重は100kg超。あれだけの体格ガタイに恵まれてなお、鍛え続ける。そうやってスター選手へと駆け登っていくのだろうか。


「んー。なんかAAなんぞ1月で卒業クリアしてやるつもりだったみたいだけど、健くんを見て刺激スパイスというか衝撃ショックを受けたみたいよ。AAも侮りがたい、絶対にきみには負けたくないそうよ。」

いや、俺がAAの平均ではないのだけど。素質とメンタルの両方が強くないとダメだよな。


「健くんにいちばん足りてないところね。特にメンタル面はね。」

「ぐぬぬ。」

こればかりは「中の人」がもともと凡人なので仕方ない⋯⋯ではなく凡人だからこそ鍛えねばならない。


 ビジターの練習時間になり、珍しく俺はゲージに入る。俺のバッティング練習をスタンソン氏がベンチから腕を組んでじっと見ている。なるほど、こいつは本物だな。じゃ、練習では滅多に使わない一撃魔法クリティカルをかけて見せようかな。


  サンズの本拠地177フィナンシャル野球場ベースボールグラウンドは癖のない左右対称シンメトリーな球場。俺は左と右で柵越えを連発する。一撃魔法クリティカルの効果が切れる頃には交代の時間。


 「健、お前が示威行動デモンストレーションとか珍しいな。あの坊やキッドが気になるか?」

順番を待っていたジョシュが交代がてらに俺をからかう。


「そんなことはないよ。」

 答えとは裏腹に俺は確かに意識している。高卒選手はじっくりと時間をかけて育てる傾向のあるアメリカで、素質一本でやすやすと突き破り、AAに上がって見せるのだから気にしない方がおかしいのだ。


 それは俺だけじゃない。ジョシュもきっとそうだし、なによりお客さんがそう思っている。俺たちの練習中に球場の開門時間。平日にもかかわらず大勢のお客さんがつめかける。


 それは野球を愛する文化から生まれた「新星スター」の誕生する瞬間に居合わせたいという思いだ。それがこの場所であり、マイナーリーグを応援する地元の人々の特権なのだ。


 スタンソン氏がベンチから出てスタンドから差し出されるボールへのサインに応じていた。


 もちろん、俺たちも彼だけにカッコいいところを見させるわけじゃない。ロッカールームでのミーティングでおれたちも監督に告げられたのだ。

「今回勝ち越したらミールマネー1日だけ倍ね。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る