埋没したグランドスラム
二死満塁。押し出し四球後の最初の一球はアウトサイドの
俺は待ってましたとばかりにしっかりと踏み込み、バットを振り抜く。
「おい、俺の3ランが消し飛んだじゃん。」
ベンチに帰ると武良多さんに苦情を言われる。
「いえいえ、ムラさんの先制本塁打の方が上に決まってますって。」
お
いい気分に浸っていると投手コーチに促される。
「健ちゃん、そろそろブルペン入って。」
そうだった。今日のメインは
コールドゲームのペースになって来たので二番手の渡部さんが5回裏の1
その後も着実にチームは得点を重ね、5回は蒼木さんの犠飛で1点。6回は錠島さんの2ランで2点。17対2と大差がついてしまった。そこで俺の登板。何点取られても勝負は揺るがないが、ここは投手としても少しでも
6回裏。南高麗は2番の
3番の
そして4番の
右打ちなのでこちらもまた右にスイッチ。南高麗の強打者は直球に強い選手が多い。
初球はインハイぎりぎりの4SB。ピアノで鍛えた指先で加えるバックスピンはボールに揚力を与えるため落ちにくくなる。打者からすればホップしてくるような錯覚に陥る。もちろん、何度も見せればそのうちに対応できるだろうけど初見ならいける。
のけぞった金氏。めちゃくちゃ睨んでくる。ストライク入ってますやん。今度はアウトローに4SG。
そして2SG。全く同じ腕の振りからブレーキの効いたボール。空振り三振。身体がだいぶ前につっこんでいたので、待ちきれなかったご様子。
これにて俺も今日はお役御免。7回表、日本チームは仲島さんの2塁打を足掛かりにさらにダメ押し。椙内さんが7回を3人でキッチリ抑えて試合終了。終わって見れば18対2の
ヒーローインタビューは今日3安打のヰチローさんと好投した松阪さん。
俺も記者さんたちとやりとりをする。
「これでサンディエゴに行けることが決まったので良かったです。」
そう、これで1次の東京ラウンドを一抜け、アメリカのサンディエゴで行われる2次へ進むことが決まったのだ。
その夜は亜美と通信する。彼女もテレビ中継で試合を見てくれたのだ。
「おめでとう。本塁打すごかったね。」
「ありがとう。できれば今日の点を半分でいいから次の試合に繰り越したいよ。」
「そいつができたら苦労はないけどね。で、いつ渡米すんの?」
「9日。試合が終わったらそのままって感じ。チャーター機だぜ。さすがMLB主催だよなぁ。太っ腹だよね。」
俺の答えに亜美の顔が曇る。
「え?9日って卒業式当日じゃん。卒業式はどうすんの?」
「出るよ。それにそのまま向こうでシーズンインになると思う。」
WBCが終わるのは3月の末、4月頭からシーズンが始まるから日本に帰る暇はないのだ。
「えー、もしかしてシーズン終わるまでそのまま日本に帰れないの?」
「そうなるね。」
「なにがそうなるね、よ。あんたねぇ、……て、まあわかってはいたけど。」
「ごめん。……埋め合わせはきっちりするから。」
「うん。⋯⋯きっちりね。」
幼馴染で同じリトルで二遊間を組んでいた間柄だった。だから互いの一挙一動でほぼ理解しあう仲だった。でもそれは野球の話。男女の関係はまた別の次元なのだ。「きっちりね」の復唱が嫌に迫力があった。
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