埋没したグランドスラム

 二死満塁。押し出し四球後の最初の一球はアウトサイドの直球4シーム


 俺は待ってましたとばかりにしっかりと踏み込み、バットを振り抜く。芯の真ん中スイートスポットを食ったボールはバックスクリーンに直撃する本塁打(2号)。これは気持ちがいい。


 「おい、俺の3ランが消し飛んだじゃん。」

ベンチに帰ると武良多さんに苦情を言われる。

「いえいえ、ムラさんの先制本塁打の方が上に決まってますって。」

追従ついしょうは欠かさない。


いい気分に浸っていると投手コーチに促される。

「健ちゃん、そろそろブルペン入って。」

そうだった。今日のメインは投手こっちだったわ。


 コールドゲームのペースになって来たので二番手の渡部さんが5回裏の1イニングだけの投球に変更になり、俺は6回裏に三番手登板が決まる。


 その後も着実にチームは得点を重ね、5回は蒼木さんの犠飛で1点。6回は錠島さんの2ランで2点。17対2と大差がついてしまった。そこで俺の登板。何点取られても勝負は揺るがないが、ここは投手としても少しでも爪痕つめあとを残さねば。俺の後の指名打者には小嵩原さんが入る。


 6回裏。南高麗は2番のチョンコンウ氏から。選球眼が良くファールで粘られると厄介。錠島さんのリード通り、アウトローに4SB、4SGの2球をファールさせてカウントを稼いでからのインハイにウエストとみせかけてのギリギリ入ってます。三振ストラックアウトのコールに信じられないという表情で球審アンパイアを振り返る。


 3番のキムケンシュ氏。巧打には定評がある。左打者なのでこちらも左にスイッチ。4SBからの2SGを引っかけてセカンドゴロ。


 そして4番のキムタイキン氏を迎える。そう言えば五輪の時はいなかったな。去年の高麗リーグの本塁打王。明らかに一発狙い。いや、あなた今日はもう松阪さんから打ってますやん。


 右打ちなのでこちらもまた右にスイッチ。南高麗の強打者は直球に強い選手が多い。


 初球はインハイぎりぎりの4SB。ピアノで鍛えた指先で加えるバックスピンはボールに揚力を与えるため落ちにくくなる。打者からすればホップしてくるような錯覚に陥る。もちろん、何度も見せればそのうちに対応できるだろうけど初見ならいける。


 のけぞった金氏。めちゃくちゃ睨んでくる。ストライク入ってますやん。今度はアウトローに4SG。横回転ジャイロスピンで揚力が発生しない分ストンと落ちる。空振り。


 そして2SG。全く同じ腕の振りからブレーキの効いたボール。空振り三振。身体がだいぶ前につっこんでいたので、待ちきれなかったご様子。


 これにて俺も今日はお役御免。7回表、日本チームは仲島さんの2塁打を足掛かりにさらにダメ押し。椙内さんが7回を3人でキッチリ抑えて試合終了。終わって見れば18対2の大勝ワンサイドゲーム


 ヒーローインタビューは今日3安打のヰチローさんと好投した松阪さん。

 

 俺も記者さんたちとやりとりをする。

「これでサンディエゴに行けることが決まったので良かったです。」

そう、これで1次の東京ラウンドを一抜け、アメリカのサンディエゴで行われる2次へ進むことが決まったのだ。


その夜は亜美と通信する。彼女もテレビ中継で試合を見てくれたのだ。

「おめでとう。本塁打すごかったね。」

「ありがとう。できれば今日の点を半分でいいから次の試合に繰り越したいよ。」

「そいつができたら苦労はないけどね。で、いつ渡米すんの?」


「9日。試合が終わったらそのままって感じ。チャーター機だぜ。さすがMLB主催だよなぁ。太っ腹だよね。」

俺の答えに亜美の顔が曇る。

「え?9日って卒業式当日じゃん。卒業式はどうすんの?」

「出るよ。それにそのまま向こうでシーズンインになると思う。」

WBCが終わるのは3月の末、4月頭からシーズンが始まるから日本に帰る暇はないのだ。

「えー、もしかしてシーズン終わるまでそのまま日本に帰れないの?」


「そうなるね。」

「なにがそうなるね、よ。あんたねぇ、……て、まあわかってはいたけど。」

「ごめん。……埋め合わせはきっちりするから。」

「うん。⋯⋯きっちりね。」


 幼馴染で同じリトルで二遊間を組んでいた間柄だった。だから互いの一挙一動でほぼ理解しあう仲だった。でもそれは野球の話。男女の関係はまた別の次元なのだ。「きっちりね」の復唱が嫌に迫力があった。

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