第28話

「ただいま、お母さん」


 玄関のドアを開け。リビングに居るであろうお母さんに帰ったことを知らせる。


「おかえり、陽愛。あれ? 蒼汰くんも。もしかして陽愛の事送ってくれたの?」

「違うよ、お母さん。蒼汰は今日泊るの」

「お、お邪魔します」


 私がお母さんに蒼汰が泊ることを伝えると何故か黙り込んだ。

 もしかして勝手に蒼汰を泊める事決めちゃってダメだったかな?


「あ、そうだったのね。ゆっくりしていってね、蒼汰くん」

「ありがとうございます」

「あ、陽愛。浴衣着替えようね。おいで」


 そう言ってお母さんは私を部屋に連れて行った。

 

「蒼汰くんはリビングで待っててね」

「の、覗いたら怒るからね」


 私がそう言うと蒼汰は「分かってるよ!」と言ってリビングへ向かった。


「ねぇ、リビングに蒼汰行かせて大丈夫なの?」

「どういうこと?」

「だってお父さんいない?」

「大丈夫よ、お父さんならもう寝室で眠っているから」

「そっか」


 それなら安心だ。


「でもまさか陽愛が蒼汰くんをお泊りに誘うなんてねぇ~」


 お母さんは私の浴衣を脱がしながらそう言った。


「別に……誘っても良いじゃん…………」

「ダメとは言ってないじゃない」

「そうだけどさ……」

「浴衣は明日返せばいいの?」

「うん。明日返しに行く予定だよ」


 明日蒼汰を家に送る帰りに返しに行こうと思っている。


「じゃあお母さんが返しに行ってあげるから、陽愛は蒼汰くんと遊んでなさい」

「え、良いよ。私の我儘で浴衣レンタルしたんだもん」

「お母さんが良いって言ってるんだから良いの~。陽愛はもっとお母さんにも我儘言いなさい」

「…………じゃあ、お願いしても良い?」

「勿論! ほら、蒼汰くん呼んできなさい。あ、それとゴムはちゃんと持ってる?」

「ゴム?」


 なんで急にゴムなの? ゴムって輪ゴムの事だよね?

 輪ゴムなら確か引き出しの中にしまってあるはず。

 

「持ってるけど、リビングにはないの?」

「リビングになんておいてあるわけないじゃない」

「そうなの? 確か引き出しにしまってあるよ。でも何に使うの?」

「何に使うのって、もしかして陽愛。無しでするつもり⁉」

「何をするの?」


 輪ゴムですることなんて何もないと思うけど……


「な、何って……」


 お母さんは私の耳元で囁くようにして言った。

 お母さんの言葉を聞いて私は今日一番の熱を顔に持った。

 サウナから今出たばかりと勘違いされるほど熱い。

 ゴムって…………持ってるわけないじゃん…………

 

「し、しないから!」

「え? だから蒼汰くんお泊りに誘ったんじゃないの?」

「ち、違うよ! ただ今日は蒼汰と一緒に居たかったから……だから誘ったの!」

「な~んだ。お母さんの勘違いだったのね。ごめんね、陽愛」

「も、もう! 蒼汰呼んでくる!」


 私は勢いよく自分の部屋を出てリビングで待っている蒼汰を呼びに行った。


「そ、蒼汰。もう良いよ」

「あ、うん。…………なんで顔赤いの?」

「な、なんでもいいでしょ! 良いから部屋行くよ」


 私は蒼汰の腕を掴んで自分の部屋に連れて行った。


「お、蒼汰くんきたきた~。さぁ、お話しましょ」


 部屋に戻ると、お母さんは私のベッドに腰を下ろして座っていた。

 

「な、なんでお母さんも一緒にお話するのよ」

「え~、いいじゃない。お母さんも二人とお話したい~」

「も~、良いから出て行ってよー」

「まぁ、まぁ。良いじゃん、陽愛」


 お母さんを部屋から追い出そうとする私を蒼汰は止めた。

 

「ほら、蒼汰くんも言ってるんだから、ね」

「蒼汰はお母さんに甘すぎ」


 私はお母さんを追い出すのを諦めて、ベッドに座った。

 勿論、蒼汰に下着を見られないように。

 

「そういえば、蒼汰くんは何処で寝るの? 敷布団出してあげようか」

「あ、大丈夫です。後で陽愛に場所聞いて自分で用意するので。お義母さんにやらせるわけにはいかないです」

「あら、蒼汰くんにお義母さんって言われちゃった」


 お母さんは頬に手を当てながらそう言った。

 

「あ、いえ、別にそう言うつもりで言ったわけじゃ」

「良いのよ、蒼汰くんになら言われても」

「ちょっとお母さん! これ以上蒼汰を揶揄ったら本当に追い出すから」

「分かったわよ。ごめんね、蒼汰くん」

「あ、いえ」

「それで、それで? 今日の夏祭りはどうだったの? それと、そういえば蒼汰くんは今日浴衣着て行かなかったの?」


 今の蒼汰は勿論浴衣を着ていない。

 私の家に来る途中に、蒼汰の住んでいるアパートにより、一度着替えてから私の家にやって来た。

 それをお母さんに説明すると納得してくれた。


「二人で夏祭りに行くのは初めてよね?」

「そうですね。昔は皆で行ってましたから」


 蒼汰の言う皆とは、私の家族と蒼汰の家族の事だ。

 

「そうよね~。懐かしいなぁ~。陽愛も蒼汰くんもこんな大きくなって。時間経つのって本当に早いよねぇ~」

「そうですね。最近は特に時の流れが速く感じますよ」


 私も蒼汰と同じ。蒼汰と付き合い始めてくらいから、急に時間が過ぎるのが凄く早く感じてしまう。今日の夏祭りだってそうだ。

 

「そうよね~。もう二人が高校卒業するのなんてあっという間だよ~」

「まだ二年もあるからあっという間では無いよ」

「そう? 二年なんてあっという間だよ?」


 二年なんてあっという間に入らないと思って言った言葉だけど、よく考えてみたらあっという間なのかもしれない。

 あっという間に過ぎていってしまう時間を大切にしないといけない。時間は限られている。特に学生なんて。

 

「花火はどうだったの?」

「凄く綺麗でしたよ。昔よりも迫力も、打ち上がる花火の数も間違いなく増えてました」

「そうなんだ~。写真とか撮ってきてないの?」


 お母さんは私の方をニコニコしながら見てくる。


「撮ってきたけど、絶対に見せたくない!」


 あんな、蒼汰の腕が私の胸に思いっきり当たってる写真なんてお母さんに見せられるわけがない。

 もっと別の、花火だけ写した写真も撮ってくるんだったと後悔した。


「え~、いいじゃない。見せてよ~」


 お母さんは手を合わせてお願いしてくるが、どんなにお願いしても見せる気はない。

 

「陽愛のけちぃ。蒼汰くん。後でこっそり見せてね」

「は、はい……」

「ちょっと、蒼汰! 見せたら怒るからね!」

「冗談だってば、陽愛。蒼汰くんも冗談だからね」

「も~! 出てって!」


 私は今度こそお母さんを自分の部屋から追い出した。

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